表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/91

第86話 キメラ祭にいこう!

勇斗は、アンジェロに誘われて、キメラ祭で賑わう街に繰り出す。

「すごい人出だなぁ……」

 街に出た勇斗は、思わず感嘆した。


 今日は、五月の一日である。

 月初めは、大市が立ったり、冒険者ギルドでのランキング発表があったりするので、そもそも人出が多い。

 しかし、それにしたところで、今日はとんでもない。街並みに人が溢れかえるようである。


 いつもなら中央広場あたりにしか出ていない露店が、宿場区画にまで出ている。

 そして、町全体から、肉の焼けるいい匂いがしていた。


「当たり前じゃん」

 とアンジェロは言った。

「なんたって、今日はキメラ祭の日なんだから!」


 そのことは勇斗も知っていた。そう言って、アンジェロに街へ連れ出されたのである。


「なんとかいう英雄が、魔獣キメラを倒した記念の日……なんだっけ?」


「そう。だから毎年、五月一日は、キメラ祭が各地で開催されるんだよ」


「なんで各地なんだ? 普通、その英雄の故郷だとか、キメラが退治された地だとか、そういうとこでやるんもんじゃないのか?」


「最初はそうだったみたいだね。でも、その英雄譚がオルフェイシア全体に知られるようになったら、いろんなところでキメラ祭が始まって、今では国中で定番の祭になったみたいな感じ、かな?」


「伝統的な祭って感じじゃないのな」


 勇斗の言葉に、アンジェロは笑って答えた。


「ベルモントはできたばっかりの新興都市だからね。伝統的な祭なんて、ほとんどないよ。あるのは、こういう定番ものとか、あとは神殿がらみくらいだね」


「なるほど」

 と勇斗は頷く。ベルモントに集う人々は、基本的に雑多な出自をしている。彼らの中で共通するものは、ほとんど信仰だけと言ってよい。なにせこの世界には、一柱の神しかいないのである。


 そこで、あっ、とアンジェロが声を上げる。

「でも、この街ができたとき、村ごと移民してきた人たちは独自の祭をやってるって聞いたことがあるよ」


「そんな人たちがいるのか?」


「ていうか、ベルモントの街の人々って、ほとんどその村の出身者だよ。冒険者以外」


「そうなのか? なんでまた、こんな辺鄙な新興都市に」


「ベルモント候の生まれた村の人たちなんだって。魔王との戦いで村が荒れて、立ち行かなくなっていたところを、ベルモント候が全員を移住させてお救いしたとか。だから、この街の人たちは、ベルモント候をすごく尊敬しているよ」


「へえ。知らなかったな」


 感心している勇斗の手を、アンジェロが引いた。

「それはそうとして、早く露店に行こうよ! 朝ごはん抜いてきたから、僕もう、おなかぺこぺこだよ!」


「わーったよ」

 勇斗は苦笑して、アンジェロに引かれるまま、街を歩き始めた。



 露店の看板に書かれた文字を見て、勇斗は目を疑った。

「キメラの串焼き? あっちは、キメラの鉄板焼き? え? まじで?」

 どこもかしこも、キメラ肉を使った商品を、看板に掲げているのである。


 アンジェロが笑った。

「当たり前でしょー。だって、キメラ祭だよ?」


「キメラ食うの!?」


「え? 食べるけど?」


「英雄がキメラを倒したってのが起源の祭なんだろ? なんでキメラ食うんだよ!」


「その英雄が、狩ってきたキメラの肉を、住民に振舞ったんだよ。どちらかといえば、そっちのほうが祭の起源かな」


 ごくり、と唾を飲み込んで、勇斗は尋ねた。

「キメラって……うまいのか?」


 むふ、とアンジェロが含み笑いをした。

「そりゃあ、美味しいに決まってるでしょ? だから、キメラ祭なんてのが各地で流行ってるんだよ」


 それはそうか、と勇斗は納得した。


「キメラって確か……ライオンの頭、山羊の胴体、蛇の尻尾を持つ魔物……だっけ?」


「ユートの世界ではそうなの?」


「こっちでは違うのか?」


「こっちでは、複数の動物の身体が組み合わさった魔物を、総じてキメラって呼ぶ感じかな」


「じゃあ、いろんなキメラがいるわけか」


 アンジェロが微妙な顔をして、少し考える。

「まあ、そういうことになる、かな?」


 たしかに、元の世界でも、複数の生物の遺伝子を持つものを、生物学的な意味でキメラと呼んだりする。ニュアンス的には、それに近いだろうか。

 そんなふうに、勇斗は納得した。


 アンジェロがぷくりと頬を膨らませた。

「話してたら、ぜんぜん食べれないじゃん! 質問はとりあえず、食べてから!」


「はいはい」

 と勇斗は苦笑した。



「最初はやっぱり、鉄板焼きかなー」


 アンジェロがチョイスした露店で、勇斗たちは料理を買い込んだ。木皿に入ったそれは、薄切りの肉が、たれに付け込まれて焼かれたものである。

 皿からは、暴力的なほどにうまそうな匂いがしていて、思わず勇斗は、喉をごくりと鳴らした。


 道の中央には、テーブルと椅子が一列に並んでいて、そこが共通の食事スペースのようである。


 皿を持った勇斗たちが席に着くと、すかさず、両脇に小さめの樽をぶら下げた青年が声をかける。

「お兄ちゃんたち、その鉄板焼きには、ワインが欲しくなるんじゃないかい?」


 どうやら、飲食している客を目当てにした、流しの酒売りのようである。


「ごめんね。僕たち、お酒のめないんだ」

 笑顔でアンジェロが断りを入れる。


「おっと、そういうお客さんのために、果実水もあるぜ? 今朝搾ったばっかりの、柑橘水なんてどうだい?」


「いくらだ?」


 と勇斗が尋ねると、酒売りはにんまりと笑った。


「一杯で銀貨三枚だ」


 酒場で同じものを頼んだ場合、銀貨二枚ほどである。祭価格が上乗せされているその額に、勇斗は苦笑した。

 しかし、確かに飲み物は欲しいところである。結局、勇斗は、二杯の柑橘水を酒売りから購った。


「かんぱーい!」


 満面の笑みでアンジェロが言って、二人はコップを打ち付ける。

 口にした柑橘水は、多少酸味が強いものの、十分な甘みがあって、うまかった。


「ようやく食べれるよー! いただきまーす!」

 薄切り肉を口に入れたアンジェロが、左手で頬を押さえて身もだえした。

「めちゃくちゃおいしいー」


 勇斗は、皿に盛られた肉を、フォークで掬い上げた。焼きたての肉は、たまらない匂いを放っている。たれには色々なスパイスが使われているようで、複雑な香りがする。


 口に入れて噛みしめると、肉はとても柔らかい。同時に、少し癖のある肉本来の香りが鼻に抜けた。羊肉のようだ、と勇斗は思った。ということは、キメラの胴体部分だな、と考えて、この世界のキメラは、胴体が山羊であるとは限らないことに思い至る。


「どう? おいしいでしょ!」


 アンジェロの問いに、勇斗は大きく頷く。

「めちゃくちゃうまい! 羊肉っぽいけど、これがキメラの肉なんだな」


 勇斗の言葉に、アンジェロが、ふふん、と鼻を鳴らす。

「まだまだ、キメラのおいしさは、こんなもんじゃないよ! これ食べたら次の店に行こう!」


 確かに、露店はまだまだあるし、多くの店がキメラ料理を出しているのである。

 勇斗は俄然、楽しくなってきた。


「よーし。今日はキメラ料理で食い倒れだ!」

 と高らかに宣言して、皿にもられた肉をもりもりと頬張った。



 次の露店は、串焼きである。


 勇斗の頼んだ串は、ほとんど鶏肉といった風合いであった。塩のみで味付けされた肉に、付け合わせの香草がしゃきっとした食感をアクセントとして加えている。当然ながらうまい。


 串焼きはいくつか種類があって、アンジェロの食べているものは、たれ焼である。そして、明らかに、肉の見た目が勇斗の串とは異なっている。


 アンジェロが勇斗に言った。

「一口ちょーだい」


「じゃあ俺も一口」

 勇斗も答えて、二人は食べかけの串を交換する。


 たれ焼の肉は、塩焼きのものより、食べ応えがあった。たれのうま味もあるが、肉自体の味が濃いのである。よく焼かれて、さっくりとした脂身がうまい。豚肉のような感じである。


「こいつもうまいな!」

 と勇斗は感嘆する。

「それにしても、肉質がぜんぜん違うんだな……」


「そりゃそうさ。キメラは部位ごとに違う生き物になってるんだから」


「その割に、知ってる肉に近い感じだよな」


「そりゃそうさ。キメラは、そのへんの生き物の混じりあった魔獣なんだから」


 二人はそれからも、いくつかの露店を回る。

 どの店もうまいが、肉質は本当に様々である。


 勇斗は思わず言った。

「キメラって、どんだけの種類の生き物が寄せ集まってるんだよ!」


 アンジェロが笑いながら言った。

「人の数だけキメラはあるって言うよね」


「え? どういうこと?」


「キメラって、見る人によって、いろんな生き物が混じりあった姿になってるらしいよ。だいたい、三種類の生き物が混じってるみたいだけど、人によっては五種類とかが混じって見える人もいるってさ」


「見る人によって違うって……それはキメラが幻を見せてるんじゃないか?」


「そういう説もある」


「キメラってなんなんだよ!」


「謎の魔獣だよねー」

 と言ってアンジェロは笑った。



「さあさ、お客さん。見てってくれ! キメラのゲソ焼だ! うんまいよー!」


 露天商の口上に、勇斗は思わず足を止める。


「げ……ゲソ焼? キメラの、ゲソ?」


 ゲソというのは、一般的に言えば、イカの足のことである。


 見れば、炭火でこんがりと焼かれているのは、小さな吸盤の並んだ細長い物体である。


「うん。ゲソ……だな」

 と、勇斗は一度頷いてから、大きく首を傾げる。


「はぁ!? ゲソ!? ゲソって何だよ!? キメラからゲソ生えてんの!? そんなんアリ!?」


 勇斗の反応に、アンジェロが盛大に噴き出した。腹を抱えて笑っている。


 勇斗は横目でアンジェロを睨みながら言った。

「もしかして、俺のこと、からかった?」


「ううん。からかってなんかないよ」


「だって、キメラの肉って言いながら、どれも知ってる肉しかないぜ。それに、ゲソ焼ってなんだよ!」


「あー、気づいちゃった?」


 勇斗はジト目でアンジェロを見る。

「やっぱり、からかってたんだな」


「ちがう、ちがう」

 と、アンジェロはかぶりを振って言った。

「そういうお祭りなんだよ。いろんなお店が、いろんなお肉を、キメラだよって言って売りに出すの。参加する人も、それをわかったうえで、わーいキメラだって飲んで食べて楽しむ。そういうお祭りなんだよ」


 勇斗は唇を尖らせた。

「なんだよぉ。先に言えよぉ」


「ごめんごめん。何も知らない初参加の人には、黙ってないといけないって決まりがあるんだよ」


「この祭考えた人、いじわるだな!」


「知らないで楽しめるのは最初の頃だけだからさ。この国の人間ならみんな、子供の頃に通った道だよ。何歳までキメラ信じてた? っていうのも、定番の話題だね」


「サンタクロースみたいだな」


「サンタクロース? ってなに?」


「うーんと、俺らの世界の……妖精たいなもんかな? 聖なる夜に子供たちにプレゼントを配って回るおっさん」


「おっさんなんだ……」


「で、結局、キメラってなんなんだ?」


「誰も見たことのない魔獣だよ。言うなれば、わけのわからないものの象徴かな」


「じゃあ、それを退治した英雄ってのは?」


「さあ? 実在するって話は聞いたことがないね。でも、これ自体は有名なおとぎ話なんだ。子供が聴いたら、キメラ討伐の英雄譚。でも、大人が聴けば、誰も見たことのない、存在するかもわからない魔物を倒した、って吹聴して回る、自称英雄の滑稽話になる。そこで英雄が倒したと主張する魔物が、キメラなの」


「なるほど。面白いな!」


「でしょでしょ」


「そうとわかれば……おっちゃん、キメラのゲソ、二本くれ!」


「はい、毎度!」

 二人のやり取りを聞いていた露天商が、笑顔で答えた。

「ほらよ。一本分は、兄ちゃんの初参加を祝してのサービスだ!」


「わーい。ありがとう」

 と小躍りしてアンジェロが串を受け取る。


「兄ちゃん、その歳でキメラのこと知らないってことは、この国の人間じゃないな?」


「まあな」

 と答えながら串を受け取って、勇斗は苦笑する。

 実のところ、勇斗は異世界からこの世界に召喚された勇者である。今は役立たずの烙印を押され、ハズレ勇者などという異名をもらっているのだが……。


「さあ、改めて、キメラ祭をめいっぱい楽しむぞ!」

 と勇斗は気合を入れなおした。



 夕暮れ時である。

 人出も落ち着いてきて、早くも祭りの後の雰囲気が、街に漂い始めていた。

 子供たちの姿は少なくなり、代わりに冒険者の身なりをした者を多く見かける。彼らの夜はこれからなのだろう。酒売りの姿も、昼間より多いように見えた。


「はー、食った食ったー」

 と勇斗は嘆息した。


「僕もおなかいっぱいだー」


 途中に食休みを挟みつつ、勇斗たちは一日中、片っ端からキメラを食べた。

 露天商も、年に一度のキメラ祭で気合を入れていたのだろう。値段からは考えられないほど、うまい肉ばかりであった。


 大満足の一日である。


 二人は、街をぶらぶらと歩いていき、やがて中央広場に差し掛かった。普段より多くの露店が出ていて、人出も多い。


 中央広場には、冒険者ギルドがある。勇斗はふと、そこに目をやって、呟いた。

「そういえば、今日って一日だったよな?」


「うん。そうだけど?」


「てことは、冒険者ギルドでランキング出てるんじゃないか?」


 アンジェロが、はっとして声を上げる。

「お祭りですっかり忘れてた! ていうか、ユートってランキング興味ある人だっけ?」


「いや、ランキング自体には興味ないんだけどな……」

 言ってから、勇斗は冒険者ギルドに指を向ける。

「ちょっと見に行ってもいいか?」


「いいけど……?」

 歩きだした勇斗の後を、アンジェロがついていく。


 冒険者ギルド前の掲示板には、最新のランキングが張り出されている。毎月一日に発表されるそれは、冒険者たちの楽しみの一つであった。

 しかし、夕刻とあっては、人の姿もまばらである。


「今回も、ギルバート伯のところが一位だね。地下八階の踏破率、六十%か。これは、地下九階も近いかもね」


「ああ、だな」

 アンジェロの言葉にそう応えつつ、勇斗の目は違うところを見ていた。ランキング八位の、ルミナス伯の名前を。


「えっ!?」

 と、アンジェロが驚きの声を上げた。

「神殿騎士団、もう七階に到達しちゃったの!? 先月ダンジョンに入ったばっかりなのに、早すぎない!?」


「神殿騎士団?」


「神殿がダンジョンに派遣したパーティだよ。噂になってたの知らない?」


「ぜんぜん」

 勇斗は冒険者の噂に疎いのである。


「で、何を見に来たの?」


 アンジェロの問いに、勇斗は八位のルミナス伯の名――その横に書かれた文字を示す。


 地下七階 踏破率 九十五%


「これがどうかしたの?」


「先月のランキングでは、別のパーティが、地下七階九十五%で載ってた」


「そうなの?」


「そして、その前の月も、別のパーティが、地下七階九十五%でランキングに載っていたんだ」


「ふうん。よく覚えてるねー」


「アンジェロ、わかるか? 九十五%なんだよ」

 と勇斗は言った。

「どのパーティも、百%じゃないんだ」


 えっ、とアンジェロは言った。

「まって! まって! それってつまり……」


「そう。残りの五%は、たぶん、未踏破領域だ」

 勇斗は、にやりと笑って、言った。

「あるんだよ。地下七階には、誰も見つけてない――隠しエリアが」

キメラ祭は勇斗がランキングを見にいくまでのマクラのつもりで書き始めたんですが、めっちゃ長くなってしまいました…。楽しんでいただけるとありがたいです!

次回更新は10/28予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ