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閑話 初心者は二面で殺す

天城が独立する前、玲子の上司だった頃の話です。

 ドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ」

 と、声をかけると、

「失礼します」

 と声がして、ドアが開く。


 面談室に入ってきたのは、年若い女性である。

 彼女のことは無論、知っていた。


 ――橘玲子。

 今年、新卒で入ったプランナーであり、彼女の採用を決めたのも、社長である天城本人であった。


 天城が、社長などという分不相応な立場に就くことになったのは、会社の方針によるものである。


 タイガエンタープライズは、国内最大手のゲーム開発会社であり、内部には多数の開発セクションを、部署の形で抱えていた。昨年、そのそれぞれを、分社という形で子会社化したのである。

 AM開発セクションで部長を務めていた天城は、そのまま社長に担ぎ上げられた。社名はAMC。アミューズメントマシンクリエイションの略であった部署名を、そのまま社名にした。


 橘は小さくお辞儀してから、椅子に座った。少し緊張している様子がうかがえる。


 天城は、努めて軽い口調で、声をかけた。

「そんな気張らんでくれよ。社長面談っつっても、まあ、軽く雑談するだけだから。もちろん、会社に対する不満とかあったら聞くし、ざっくばらんによろしくどうぞ」


 天城の言葉に、橘はにこりと笑った。


「で、どうよ。入社してもうすぐ一年になるけどさ」


 尋ねつつも、橘の仕事ぶりは部下から聞いているし、天城本人も見ている。

 今年のプランナーの新卒採用は四人。その中では、抜群に優秀である。天城は彼女の、自分の中に芯がある感じを気に入っていた。


「そうですねぇ……」

 と、橘は、少し考えてから答えた。

「天城さんと話す機会が少ないのが不満ですかね」


「は?」


「ていうか、ゲームクリエイター天城龍一に憧れて入社したのに、天城龍一が現場にいないのが不満です!」


「いや、だって俺、社長なんだよ! そんな現場に入ってあれこれやってる余裕なんてないの! 俺だって、社長一年生なんだからさ! めっちゃ忙しいの!」


 はぁ、と天城はため息をついた。現場でバリバリやりたい気持ちは、勿論ある。しかし、社長業をやりながらディレクターをやれるほど、天城は器用な人間ではない。


「じゃあ、飲みに連れてってください! 他の人とは行ってるんでしょ?」


「それは、まあ、いいけどさ……」


「やった! サシでお願いします!」


「いや、それはちょっと問題あるんじゃないか? 橘は女性なんだし、二人きりはまずいだろ」


「問題ないです。ていうか、橘じゃなくて下の名前で呼んでください。玲子でお願いします!」


「えええ……」


 押しが強い。まあ、それは、プランナーやディレクターとしては悪いことでもない。調整に長けた人材も必要だが、理想を掲げて皆を引っ張っていく人材もまた必要である。天城本人も、後者のタイプであった。


「ま、いっか。じゃあ、今夜どうだ?」


「はい! もちろんです!」


「じゃ、ここは終了で。続きは後でな」


 社長面談の目的は、組織のトップである天城と、各社員のコミュニケーションの場を作ることにある。各社員の評価や指導などは、直属の上司が行うものであるので、天城の出る幕はないのである。

 飲みに行くことが決まった以上、この面談を続ける必要はなかった。


「えー! 一人につき十分の時間もらえるんですよね? まだ三分くらいじゃないですか!?」


「夜にめっちゃ時間とってやるから!」

 と天城は言った。

「あと二十人くらい面談しないとなんだよ。まじで大変なんだよ、社長って……」


「わかりましたぁ……」


 渋々といった顔で、橘は立ち上がった。

 失礼しました、と面談室を出ていく橘を見て、天城は軽くため息をついた。



 店は、会社の近くの安居酒屋を選んだ。

 小さな個人店だが、焼き鳥がうまい。


 二人並んでカウンター席に陣取る。

 店内を見やると、他の分社の社員と思しき、見知った顔が見えた。分社化したといっても、ほとんどの子会社は、これまで通り本社ビル内に席を置いている。


 出されたジョッキを二人で持ち、乾杯、と軽く打ち合わせる。

 冷たく冷えたビールが心地いい。


 喉の奥の余韻が消えるのを待って、天城は言った。

「で、今はなにやってるんだっけ?」


「何とは?」

 いきなり話題を振ったからか、橘は一瞬、戸惑いの表情を浮かべる。


「仕事だよ。橘は、カタナチームだったよな」


 彼女は、ああと言って、手をポンと打つ。

「はい、そうです。配属されて半年くらいですね」


 カタナというのは、プロジェクト名である。制作中のタイトルは、外の人間にうっかり聞かれても具体的な内容がわからないように、適当なプロジェクト名を付ける。

 カタナは、侍を主人公にした3DのアクションRPGである。本社に所属している間は、アーケードゲームばかりを作ってきたAMCであるが、分社化した以上、家庭用ゲームにも手を出さざるを得ない。そういった意味で、最も力を入れているプロジェクトであった。


「なんか、わかんないとことかあるか? つっても、俺はアーケードのアクションばっかり作ってたから、アドバイスできることはないんだが」


「ないんですか!?」


「すまんな……」


「実は、経験値とレベル周りのパラメータ設定とか、バトル周りのバランス調整の仕事を任されていまして。コツとかあったら聞きたいなと思ってたんですけど……」


「コツかぁ……」

 と天城は腕を組む。

「アーケードのアクションゲームなら、バランスについては明確なルールがあるんだけどな」


「え、聞きたい! なんですか?」


「初心者は二面で殺す。もしくは、三分で殺す」


「なんですか、それ!?」


「アーケードゲームは時間貸しの商売だからな。だらだらプレイされちゃ困るんだよ。だから、最初は易しくしておもてなし、その後、急に難しくして、すぐ殺しにかかるんだ」


「参考になりませんね……」


「アーケードゲームのお客さんは、二種類いるんだ。ひとつは、ゲームをプレイする人。もうひとつが、ゲームを買ってくれるお店だ。ゲームを遊んでくれた人が楽しいと思えるのはもちろんとして、お店が儲からないと意味がない」


 天城は、ビールを一口飲んだ。


「で、カタナのお客さんは、どういうお客さんだ?」


 む、と唸って、橘は考え込んだ。ビールを一口。それから、ため息をついた。

「ごめんなさい。それ、考えたことがなかったです」


「まあ、それを考えるのはディレクターの仕事で、お前の仕事じゃないからな。ディレクターは牧野だったか。あいつはもちろん、考えてる」


 ポケットから煙草を取り出して、火を点けた。

「吸うか?」

 と聞くと、橘は首を横に振った。


「牧野の提示したカタナのコンセプトは、俺たちアーケード開発の技術を使って、新しいコンシューマゲームを作る、だ。それは知ってるよな?」


「はい。知ってます」


「つまり、メインとなる客は、俺たちのゲームを好きでいてくれる連中だ。つまり、二十代前半から三十代前半くらいの男性。ゲーセンに来てる客のボリュームゾーンだな」


「なるほど」


「で、こいつらは、ゲーセンに来るような連中だから、ゲームに慣れている。多少難しくしても喜んでやってくれる連中だ。そういう客向けに調整するって考えたら、どうだ?」


「おお!」

 と橘は声を上げた。

「なるほど、そう考えればいいのか……。それだったら、考えられそうです」


「うん。それがまず、第一段階だな」


「第一段階? まだ先があるんですか?」


「まず、そういう目が肥えたユーザーに向けて、彼らが満足できるものを作る。そのうえで、間口を広げないとダメだ」


「間口を広げる?」


「そういう、ゲーム慣れしているプレイヤー以外でも、ちゃんと楽しめるように作るんだ。そういう連中は、単に難しいだけじゃ、すぐにやめちまうぞ。今回のタイトルは家庭用向けだ。買ってもらったからには、それなりのおもてなしをしてやらないと」


「……熟練者向けに難しくしつつ、初心者にも配慮する? そんなことできるんですか?」


「できる、と俺は思う。アーケードゲームで、客にコンティニューで百円入れてもらうには、何が必要だと思う?」


「コンティニューしたらクリアできそうだ、っていう期待ですかね」


 橘の答えに、天城は破願した。

「やるな。正解だ。じゃあ、その期待は、どうやったら生まれると思う?」


 焼き鳥に手を伸ばす橘の手が止まった。そのままの姿勢で考える。


 悔しそうに言った。

「……わかりません」


「大前提として、ゲームオーバーに納得感があること。理不尽にやられたと感じたら、もうプレイヤーはそのゲームに期待しちゃくれない。ゲームオーバーは自分のミス、自分に責任があると感じられないとダメだ」


「あー、それは確かにそうですね」


「さっき言った、二面で殺す、ってやつもな。きちんとうまく殺さないといけないわけだ。いけるかも、って余地を残して殺すわけだからな」


「うわー、それは難しそうですね」

 橘は笑って言って、ビールに口をつけた。


 天城は続けた。

「もう一つある。そうやって、納得ずくでゲームオーバーにした上で、プレイヤーが正しく反省できることだ」


「反省ですか?」


 不思議そうに尋ねる橘に、天城は頷く。

「今の攻撃を避けれていれば勝てた。その前の攻撃がスカらなかったら勝てた。そういう、前向きな反省だな。攻撃パターンはわかってきたから、あの攻撃だけどうにかできれば勝てる、みたいに、より具体的な攻略イメージが持てれば、プレイヤーはコンティニューしてくれる」


「なるほど」


「家庭用でも、これはきっと同じだと思う。ゲーセンだとコンティニューに金がかかるから、もっとシビアだけども、家庭用なら何度だってやれるだろ?」


「はい。そうやって、初心者が熟練者になってくれればいいんですね」


「なってくれれば、じゃない。そうなるように、俺たちが作るんだよ」


「……私たちが、作る」


「序盤易しく、終盤厳しくなるように、難易度曲線を作る。プレイを正しく反省して、次回プレイに生かせるように攻略性を持たせる。繰り返し遊びやすくなるようにリトライポイントを作る。やりようはいくらでもある」

 言ってから、天城は苦笑した。

「バランス調整の話から、ちょっと遠くまで来ちまったか」


「いえ! 非常にためになりました!」

 そう言ってから、橘は少し考えこんだ。

 ややあって、言った。

「でも、どうしてもクリアできない人に対してはどうしたらいいでしょう? アクションがどうしても上手くならない人だっているじゃないですか。アクションとはいえ、RPGだから、誰でもクリアできるようにはしたいんです」


「確かに、ボスで詰まるってことはありそうだな……」


「まあ、大体ボスですよね」


「RPGだし、パラメータや武器を強化すれば、大抵の相手はなんとかなるだろう。しかし、そうすると、全体の難易度が下がってしまって、遊び応えがなくなる……」

 レベル上げしすぎてワンパンなんていうのは、普通のRPGでもよくあることではある。しかしそれは、カタナで求めているゲーム性とは違う。


 二人して、うーん、と唸る。


 橘が、ぱっと顔をあげた。

「ボスに弱点を作るのはどうでしょう?」


「弱点? まあ、ありがちだが」


「弱点というか、そのボスにだけ効く、強力な武器を用意するんです。他の敵には普通の武器と変わらないけど、そのボスにだけ効果的に効くやつ。そうすれば、全体のバランスを崩さずに、そのボスに対してだけ難易度調整が効きます」


 天城は驚いた。なんのことはないアイデアだが、確かに効果的である。


「なるほど。いいな、それ。ちょっと手に入れにくい、隠し武器とかにしておけば、行き詰ったプレイヤーだけ救済できるかもしれない。何度もコンティニューを繰り返すプレイヤーに対して、隠し場所を伝えるメッセージを仕込めば……」


「でしょでしょ。いやー、我ながらいい考えかも。明日、牧野さんに相談してみます」


 上機嫌にビールを飲む橘を見て、天城もまた上機嫌にビールを飲んだ。



 カタナこと、スピリット・オブ・サムライソードは、翌年末にリリースされ、市場から好評を持って迎えられた。分社化したAMCが最初に世に送り出した、ミリオンセラータイトルであった。

というわけで、今回で第二部「基本無料編」完です。

次回から、第三部「レベルデザイン編」開始します!

次回更新は、8/25(月)の予定です。

評価、ブクマ、レビュー、感想などいただけますと励みになります。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
ボスで行き詰まるレベルのプレイヤーがどうやって隠し武器の存在に気がつけるんだ…?
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