第74話 課金アイテムを改修します
四月最初の定例会議で、玲子たちは三月の売上を確認する。
課金アイテムを初期実装してから、三カ月が経った。出前の呪符を新規実装してからは、一か月である。
本日は、四月初の定例会議であった。
月初の会議では、アンドリューから前月の売上について報告がされる。
アルスが皆の手元に、資料を配っていく。以前は口頭でのやり取りのみであったが、最近は紙の資料を用意するようになった。玲子たちが文字を読めるようになったからである。
「三月の売上でございますが……」
と、皆に資料が行き渡るのを見て、アンドリューは言った。
「聖金貨四万枚でございました」
おお、と皆から歓声が上がった。それは、日本円にして、おおよそ四億円である。先月より、五千枚ほど多く売り上げている。
玲子は尋ねた。
「それは、現金で購入されたものだけ? 聖女の石で購入したものを含む?」
「現金による取引のみです。聖女の石での取引は、聖金貨二千枚相当でございました」
ゴーレムや宝箱を通じて配布した聖女の石は、おおむね六千個ほどである。そのうちの三分の一は消費されたということになる。
資料に目を通しながら、玲子は言った。
「内訳は……と。やっぱりダントツで帰還の呪符が売れてるわね」
これだけで、聖金貨二万五千枚を売り上げている。売り上げの半分以上である。
「はい。店員の肌感になってしまいますが、おおよそ六割ほどの冒険者が購入しているようです」
「次が、回復ポーション。売り上げとしては帰還の呪符の三分の一くらいか」
「回復力は段違いながら、回復ポーションは市井でも安価に買うことができますので、なかなか伸び悩んでいるようです」
「アイテム召喚の呪符が伸びているわね。売り上げがほとんど回復ポーションと変わらないくらいになってる」
「深い階層まで進んだ冒険者たちは、ほとんど皆が買っているようです。地下深くまで潜るには、日数がかかります。そうなると、水や食料などが嵩張ってきます。これまでは、荷物持ちを別に雇ったりしていたようなのですが、アイテム召喚の呪符があれば、そのような者を雇う必要がなくなりますので」
「なるほど。それで、ランキング上位者が買ってくれているわけね」
「はい。彼らには貴族の後ろ盾がありますし、資金力も申し分ありません」
「アイテム送還の呪符のほうはあんまり売れてないわね」
この呪符は、アイテム召喚の反対で、手持ちアイテムを倉庫に送り込む機能がある。
「魔物の素材など、ダンジョンで手に入るものは、それほど嵩張りませんからな。帰りは、帰還の呪符もありますし、あまり需要がないようです」
「そっか。アイテム召喚とセットで作っちゃったけど、あんまりいらなかったかもね」
玲子はため息をついた。
仕方ない。そういうこともある。
気を取り直して、玲子は言った。
「あとは、新規実装した出前の呪符ね。売り上げが聖金貨千枚は微妙……なんだけど、おかしくない? カレーはかなり売れてたわよね? 一日三十食は出てるって聞いてるんだけど?」
単純計算で、聖金貨三千枚程度は売り上げているはずである。トッピングの売れ行き次第では、もっと増えていい。
「二枚目のほうに書かせていただいているのですが、現金取引でなく、聖女の石での取引で、出前の呪符がよく売れているようです」
「そうなの?」
「おそらくですが、パトロンの貴族からすると出前の呪符は贅沢品と見えるのでしょう。彼らが冒険者に買い与えてくれないのか、冒険者が自腹で購入しているのが現実のようです」
「なるほど」
「とはいえ、聖金貨三枚は安い買い物ではありません。そこで、聖女の石で試しに買ってみた、といったところでしょうな」
今のところ、カレーは順調に一日の売上を伸ばしている。リピーターがついてくれている証左であろう。
しかし、出前の呪符が売れているのか……。
「聖女の石は、無課金ユーザーへの支援のつもりだったんだけどなー」
玲子がそう愚痴ると、北條が笑った。
「まあ、そういうこともあるよ」
水谷が言った。
「聖女の石を出前の呪符に使っているユーザーは、貴族がパトロンについている人たちですよね? だったら、無課金ユーザーはちゃんと他の有益なアイテムに使ってくれてるんじゃないでしょうか?」
確かにそうかもしれない。
玲子はアンドリューに尋ねた。
「冒険者が、どのくらい聖女の石を手元に持っているか、わかったりする?」
「それは、冒険者個別に、という意味でしょうか?」
「いいえ。全体で」
「それでしたら、配ったものが六千個ほど、取引に使われたのが二千個ほどなので、冒険者の手元には四千個ほど残っているのではないでしょうか?」
「水谷。取引で回収した聖女の石は、もう再配布に使ってる?」
「いえ新品の在庫がまだありますので、使っていません」
「オッケー。じゃあ、アンドリューの試算で間違いなさそうね。四千個が使われずに残ってるんだとしたら、無課金ユーザーがため込んでる可能性は高いわ」
「思ったより貯めこまれてるんだねー」
北條が驚いたように言った。
「いいの? もっと使ってもらったほうがよくない?」
「そうね。ただ、今の課金アイテムには、ちょっと問題があるのよね……」
「問題? どういうこと?」
「ダンジョンから持ち出したら消えちゃうじゃない?」
玲子の言葉に、ああ、と皆が頷いた。課金アイテムは、ダンジョンの魔法で実体化している。ダンジョン外では、その形状を維持できず、消えてしまうのである。
「消えないようにできたら、帰還の呪符なんかは、もっと交換されてると思うのよ」
水谷は言った。
「でも、ダンジョンの魔法で作っている以上、仕方なくないですか?」
いいえ、と言って、玲子は微笑んだ。
「ダンジョン外に持ち出せるようにする方法が、ひとつだけある」
北條が驚いて言った。
「えっ! どうやるの!?」
「なによー。北條が思いついたことじゃない」
と言って、玲子は唇を尖らせた。
北條が目を丸くした。
「え、俺が?」
「装備アイテムを作る方法。あれと同じで考えればいいのよ」
「そうか!」
と水谷が声をあげた。
「呪符の実物を作って、それにダンジョンの魔法式を組み込めば……。外に持ち出してもモノは残りますね!」
「なるほど。魔法が発動するのはダンジョン内だけだけど、そこは問題ないわけだもんね」
北條の考えた装備アイテム制作方法は、実物の指輪を用意して、それにダンジョンの魔法を組み込むというものであった。指輪にかけられた魔法によって、装備品を具現化するのである。
装備品として使えるのはダンジョン内のみであるが、指輪そのものは実物なので、ダンジョン外に持ち出すことができる。
「これまでは、使いきらなきゃいけない、ダンジョンの外に持ち出したら消えちゃう、ってところで、聖女の石とアイテムを交換するのを躊躇してた人もいると思うのよね。持ち出しても大丈夫なら、いざというときのために、帰還の呪符くらいは交換してくれると思うわ」
「呪符だから、紙を用意すればいいわけか。でも、デザインって手描きになる? 俺とメルル二人じゃきついかも……」
懸念を示す北條に、水谷が言った。
「いいえ。そこはオリジナルのデザインがあれば、魔法で印刷できると思います」
「そうなの!?」
食いついたのは玲子である。
それなら、同人誌の発行もできるのでは!? と思わず口にしそうになったが、ぎりぎりで踏みとどまる。
「すっ、すごいじゃない。さすが水谷!」
慌てて取り繕うと、水谷は照れたように笑った。
玲子は言った。
「じゃあ、アンドリュー。紙の手配をお願い」
「はい。どのような紙がよろしいでしょう?」
その質問に答えたのは、フェリスである。
「マナツリーから作られた紙が良い。魔力の伝達効率が高いでの」
うむ、とアンドリューは頷いた。
「では、すぐに手配しましょう」
こうして、課金アイテムの改修は実施され、冒険者からの好評をもって迎えられたのである。
書き溜め分がなくなってしまいました……。
今後のプロット整理と、原稿の書き溜め期間として、一カ月ほどお休みさせていただきます。
次回更新は8/4予定です。
再開までしばらくお待ちください。
変わらぬご愛顧のほどよろしくお願いします!




