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第73話 ダンジョンで出前はじめました

冒険者のジミーは、ダンジョンの売店で、見慣れない呪符を見かける――。

 盗賊のジミーは、ダンジョンの地階にある売店で、見慣れない呪符を見つけた。

「出前の呪符?」


 ジミーの呟きに、若い店員が笑顔で言った。

「はい。そちら、新商品でございます」


「出前って、あの出前か?」


「はい! しかし、出前と言いますか、出来立ての食事を召喚する呪符、と言ったほうが正しいかもしれません」


「すげえ!」

 僧侶のカイルが歓声をあげた。

「本当に作っちまったのか!」

 そういうアイテムが欲しいと運営にお願いしていたのは、カイルなのである。


 ジミーは店員に尋ねた。

「で、こいつはいくらだ?」


「呪符は、聖金貨三枚になります」


「まじかよ! すげえ安いな!」

 他の呪符の料金は、聖金貨十枚からである。それと比べれば随分と安い。


「これだけでもメインの料理は召喚できますが、別料金でトッピングを追加することもできますよ!」


「トッピング? 付け合わせって感じか? どういうのがあるんだ?」


「メニューはこちらに」

 と、店員が呪符を見せてくる。呪符そのものにメニューが記載されているようだ。

 ざっと見る限り、トッピングは揚げ物類であるようだ。


「欲しいものに丸を付けて、追加料金を上に置いてから呪符を発動してください。すぐにはお届けできませんが……そうですね。五分以内には、お金と入れ替わりに、温かい食事が召喚されると思います」


「買った!」

 とカイルが言った。


「おいおい。いいのかよ」

 他の呪符と比べて割安ではあるが、一回の食事としては相当に高額である。


 へへん、とカイルは笑った。

「俺には、こいつがあるんでね」

 布袋から取り出したのは、聖女の石である。ジミーたちのパーティは、入手したものを頭割りにしているが、それでも各自十個ずつくらいは持っている。

「こいつで払っても、いいんだろ?」


「ええ。もちろんですとも!」

 ころんと転がされた親指の先ほどある石に、店員が手をかざす。三個の石は緑色に光った。偽物ではない証拠である。


「いやあ、楽しみだなぁ!」

 出前の呪符を手に入れたカイルが、ほくほく顔で言った。


「俺にもくれ」

 と戦士のベンが言った。それに、リーダーのハンソンと、魔法使いのレイアが続く。


 やれやれ、とジミーは首を振ると、懐から聖女の石を取り出した。

「俺にもだ」



 やっちまったかもしれないと、ジミーは思った。


 ――知らなければ良かった。

 そこはかとない後悔があった。


 ――戻れない。

 そう、戻れないのだ。

 出前の呪符のなかった時代には、もう戻れない。


 温かい食事。湯気の立つ食事。それだけでも最高だった。

 それなのに……それなのにだ。

 その料理は、うますぎた。


 カレーという料理であるらしい。見たことも聞いたこともない料理である。

 嗅いだことのないくらい、様々なスパイスの香りがする。やや辛い。しかし、その辛さの奥に、信じられないほどのうまさがあった。


 ジミーは普段、白米をあまり食べない。白米は南方の産で、小麦より高価であるから、多くの市民はパンを食べる。それもあって、あまり食べなれていない。

 米はこんなにうまいものであったのかと、ジミーは驚いた。いや、このかかっている汁との相性が抜群なのだ。


 パーティの皆は、最初こそ思い思いの感想を言い合っていたものの、いつしか無言でかきこんでいた。スプーンを運ぶ手が止まらない。


 魅了の魔法がかかっているのだ、とジミーは思った。そうに違いない。

 ジミーは、大鍋をぐるぐるとかき回す老婆を思い浮かべた。


 しかしもちろん、このカレーを作ったのは魔女などではない。

 ベルモントの街にあるカレー屋の大将、転移者にして日本人、木下太一郎である。



「カレーを城に納品してほしいだと?」

 カレー屋の大将、木下太一郎は驚いたように言った。


 玲子は頷く。

 街のカレー屋の存在を北條に聞いたのは、前日のことである。そして、すぐにカレー屋に赴いた。

 もちろん、久しぶりにカレーを食べたかったというのはある。しかし、メインの目的は商談にあった。


「最初は一日に三十食。軌道に乗ったら、そうね……百食はいけるかもしれない。もちろん、充分な対価は払わせていただくわ」


「いやいや。うちは一人でやってる小さな店だぜ。いま作ってるのも、一日で五十食程度。それをもっと作るとなると、さすがに一人じゃきつい」


「人を雇ってくれても構わない。その分の賃金もうちが持つわ」


 うーん、と木下は唸った。

「そういうのが嫌だから、一人でやってるんだがなぁ……」


「もっと稼ぎたいとか、そういう考えはないの?」


「いやあ、半分くらい趣味でやってるようなもんでな」


 ちっ、と玲子は心の中で舌打ちをした。

 退職後に喫茶店とか蕎麦屋とか開くタイプのやつね……。こういうタイプは、利で諭しても食いついてこない。

 ならば――。

「あなたのカレーを、もっといろんな人に食べてもらいたいと思わない? この味は、この世界では唯一無二だと思うけど」

 趣味性に訴える形で説得してみる。しかし――。


「わかってくれる人にだけわかってもらえりゃあ、いいんだよ。俺はそのくらいで丁度いいんだ」


 ダメか……。心の中でため息をつく。意外と面倒くさい人種であるようだ。


 どうしよう、と少しだけ考える。このおっさんに通用しそうな殺し文句は……?

 ふと、思いついた一言を、玲子は口にした。


「日本に帰りたい、って思ったことはない?」


 木下は、ぎくりとして、玲子を見返した。

「……帰れるのか?」


 ええ、と玲子は頷いた。

「帰れるわ。――お金があれば」


「いくらだ? いくらあれば帰れる?」

 その口調は、少しだけ上ずっている。


 玲子は答えた。

「三人で、聖金貨百万枚が必要って聞いてる。けど、あなたも帰るなら、四人でいくらになるか聞いてみるわ。安く済むかもしれないし、むしろちょっと割高になるかもしれないけど」


「百万枚か……」

 遠い目をして、木下が言った。

「途方もねえ額だな……」


「ええ。でも、私たちはダンジョンの運営で莫大な利益を上げているわ。いずれ貯めてみせる。あなたもそれに、少しだけ手を貸して欲しいの」


 木下は少しだけ考えた。しかし、すぐに答えは出たようだ。

「……わかった。詳しい話を聞かせてくれ」


 玲子は、ダンジョンでの出前計画について話した。

 アイテム召喚の呪符を応用して、冒険者に食事を提供する予定であること。ただ、それには作り置きの問題や、提供時間の問題があったため、棚上げになっていたこと。

「でも、その問題は、カレーなら解決できる」

 玲子が言うと、木下は頷いた。


「ああ。飯を盛って、それにカレーソースをかけるだけ。オペレーションの容易さもさることながら、すぐに提供できるのがカレーの利点だな」


「それに、ちゃんとおいしい。うちにいる貴族がこないだ食べたみたいなんだけど、大絶賛していたわ。あの美食家のアルスがよ」

 アルスは食道楽の遊び道楽である。数多の美食を尽くしてきた彼が、太鼓判を押したのである。


 木下は笑った。

「嬉しいことを言ってくれる」


「いや、本当においしかった。元の世界でも通用するレベルだわ」


 しかし、と言って、木下は顎に手を当てた。

「うちのおススメはカツカレーなんだよなぁ。もちろん、単体のカレーでもうまく食えるように作っちゃあいるが、揚げ物と合わせたほうがうまくなるように味を調えてあるんだ」


「それは、揚げたてじゃないとだめかしら? ある程度作り置けるならオペレーションも多少簡易化できるし、むしろトッピングで単価をあげられるから、大歓迎なんだけど」


「あんまり長時間置いとくんじゃなけりゃ、揚げたてにこだわりはないが……ちょっとやってみねえとわからねえな」


 木下の前向きな言葉を聞いて、玲子は顔をほころばせた。

「じゃあ、やってくれるの?」


「ああ」

 と木下は頷いた。

「帰れるってんなら、帰りたいわな。俺だって、あっちに未練がないじゃねえんだ」



 出前の呪符で食べられるカレーは冒険者に評判となり、やがて木下の店にも冒険者が押し寄せるようになるのだが――それはまた別の話である。

次回更新は7/2です。

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