第5話 一番めんどいやつじゃん!
この世界における魔王と勇者の物語。
一体なぜ、玲子たちは異世界に召喚されたのか――?
オルフェイシア王国には、かつて魔王と呼ばれる存在がいた。さほど古い話ではない。たかだか十年ほど前のことである。
各地を次々に侵略し、一時は支配域を広範に広げていた魔王軍であったが、王国の人々の反抗は強く、次第にその力は衰えていった。
魔王は、最初の支配地であったこの地を、最後の抵抗拠点として籠城した。
この地には、地下迷宮があった。いつからあるかも由来も知れない、王国の人々がただ「ダンジョン」と呼ぶ、その迷宮の奥深くに魔王は居座った。
やがて、魔王軍と王国軍との趨勢は決した。魔王の軍勢は駆逐され、王国の地は彼らの手に取り戻された。
地上においては、である。
ダンジョンのみが魔王の支配する地となった。迷宮内には魔物が徘徊し、魔王の配下である魔族が人々の侵入を阻んだ。
その攻略は容易にはいかなかった。迷宮という地勢が、軍のような多人数による攻略を許さなかったからである。
王国の少数精鋭による攻勢は、魔族の少数精鋭による守勢によって撃退される。
それが幾度か続いたのち、王国は方針を改める。
攻略から、封鎖へと。
ダンジョン内への魔王の封じ込めである。
それと同時に、時のオルフェイシア国王、ロバート三世は布告を出した。
「ダンジョンを攻略し、魔王を打倒せし者に、その者の望むすべてを与えよう」
冒険者と呼ばれる人々がいる。
ある者は竜を殺した英雄であった。ある者は罪を犯してすべてを失った者であった。そして多くの者は、まだ何も為しえていない、栄達を望む者たちであった。
彼らはこぞって、ダンジョンでその勇を試した。
長い年月が過ぎ、数多の冒険者が息絶え、あるいは諦めたころ、遂に一人の男がそれを為す。後に勇者と呼ばれる男である。
ただ彼も、魔王を斃すことはできなかった。激闘の末、かろうじて魔王を封印することに成功したのみである。
王は、その若き勇者に、求める褒美を尋ねた。
勇者は、王ロバート三世に告げる。
魔王の眠るこの地を私に下さい、と。
アンドリューは言った。
「話に出てきました勇者というのが、私めにございます」
彼はダンジョンの周囲に街をつくり、自らが生まれた村の人々を移住させた。元々実りの少ないその村は戦争によって荒廃しきっており、消滅間近であったのである。
勇者は拝領とともにベルモント侯爵の地位を賜った。街もまた、勇者の賜った爵位と同じく、ベルモントを名乗った。
ベルモントは以降も冒険者を受け入れた。ダンジョンにはまだ魔王が、そしていくばくかの宝物が眠っていたのである。
勇者にも魔王の打倒は叶わなかった。しかし、後進の者たちの中にそれを為すものが現れるかもしれない。ベルモントは彼ら冒険者の支援のための街である。
アンドリューは言った。
「我が領の収益のほとんどが、ダンジョンに関連した産業で賄われております」
「有名な観光地みたいなもんね」
「現状はそれに近いと言ってよいでしょう。武具、防具、冒険に必要な様々な道具類、そういったものの生産と販売。ダンジョンでの取得物の売買。宿泊場所の提供。冒険者の教育や鍛錬。その他もろもろすべて請け負っているのが、我々ベルモントの領民です」
「そして僕たちがその魔王を打倒するために呼ばれたわけですね!」
目を輝かせて水谷が言った。
「それで、僕の固有スキルは? チート能力は? なんなんです!?」
「こちらにいらっしゃった皆様が、そういったことを仰るのですが……」
と、アンドリューは困り顔をした。
「これまでのところ、そういったものがあった、という話は寡聞にして聞いたことがございません」
あからさまに水谷はがっかりした。
「魔王退治とか無理じゃない? 俺たちはただのゲーム開発者だよ。体力なんてそのへんの人より劣るくらいだし」
北條の言葉に頷きつつ、玲子は言う。
「しかし、わざわざ私らをご指名なんでしょ。てことは、なんか別の理由があるんじゃない?」
「さようでございます」
と、アンドリューは頭を下げる。
「タチバナ様がたには、このダンジョンの運営をしていただきたいのです」
うわ、と玲子は言った。
「運営の引継ぎとか、一番めんどいやつじゃん!」
そろそろ目が覚めてもいい頃合いだけどなぁ、と玲子は思った。