第5話 ファンサガの運営は神なんです!
夕食をとるため、仕方なく酒場を訪れた勇斗は、アルスと名乗る貴族に声をかけられる。
彼は、異世界のゲームについて調べているようで――。
勇斗は酒場にいた。
滅多にないことである。そもそも勇斗は酒を飲んだことがない。
普段は宿の食堂で食事をしている。その宿の台所が、急に使えなくなってしまったらしい。それを知ったのは、仕事から戻ってのことである。
広場に足を延ばしてみたが、既に市は引けていて、露店も店じまいしていた。よって、酒場以外の選択肢がなかったのである。
あまり来たい場所ではなかった。酒場は冒険者の社交場である。勇斗のことを知る者がいるかもしれないのだ。
異世界から召喚された勇者が、ギルバート伯のところから解雇されたという噂は、すぐに広まった。
あの勇者はハズレだったな、と誰かが言い出した。
それで、ついた呼び名が「ハズレ勇者」である。
勇斗はどうやら、勇者召喚ガチャの、ハズレ枠だったようである。そんなもの、本人にとっては知ったことではないのだが。
勇斗はカウンターに座り、腹にたまりそうなリゾットのようなものを頼んだ。
「失礼ながら、もしやあなたは、ユート様ではございませんか?」
「違います」
勇斗は、隣に座る男からかけられた言葉を、即座に否定した。
「私は、ベルモント候のところで働かせていただいています、アルスと申す者です。異世界からいらっしゃったユート様に、是非お話をお伺いしたく」
勇斗の言葉をまるで気にせず、アルスと名乗った男は話をつづけた。
勇斗はそれを無視することにした。
「私は異世界の文化に非常に興味があるのです」
とアルスは言った。
「ですから、少しだけでもよろしいので、話を聞かせてもらえないでしょうか」
注文した品は、まだ届かない。
勇斗は必死に、アルスから目をそらし続ける。
「私どもは今、ゲームについて調べています」
その言葉に、ぴく、と少しだけ勇斗は反応する。
いま、ゲームって言ったのか?
「よろしければ、私にここの勘定を持たせていただきたい。異世界のゲームについて、お話をお聞かせ願いたいのです」
ため息をひとつついて、わかりましたよ、と勇斗は答えた。
異世界で、ゲームの話ができる。実はそのことに、ちょっとだけ心が躍った。
アルスが、勇斗をハズレ勇者と呼ばないことにも安心した。
では、と言って、アルスが店員に注文する。
「この店で一番いいワインを。それに合う料理をいくつか見繕ってくれ」
ワインはすぐに運ばれてきた。
アルスはそれを二つのグラスに注いで、ひとつを勇斗に手渡した。
勇斗は酒を飲んだことがない。しかし、店で一番いいワイン、というものに興味がわいた。
出会いに、と言って、アルスが軽くグラスを打ち合わせた。
アルスのきざったらしい物言いに少し眉を顰めつつ、勇斗はワインの入ったグラスをじっと見た。
迷った末に、少しだけ舐めるように飲む。
「うまい」
それは思ったより甘く、酒であるという感じがしなかった。
「それはよかった」
アルスが人好きのする笑みを浮かべた。
出された料理もまたうまかった。
ワインに合わせたと言うだけあって、ワインがすすむ。
気がつけば勇斗はほろ酔いになっている。
「それで、ファンサガってやつなんすけど……」
勇斗は上機嫌で喋った。ファンサガが、いかに面白いゲームであったか。
「スキルツリーが、装備ごとに設定されてるんすよ。そのツリーが、別の武器から繋がったりしてて、要するにスキルツリーそのものを、プレイヤー自身がビルドするってとこがめっちゃ新しくって……」
何の斟酌もせず、専門用語盛り盛りで喋る。おそらくアルスには意味不明であったろう。
ややあって、勇斗は言った。
「ファンサガの運営チームは神なんすよ!」
ほう、とアルスは言ってから、尋ねる。
「ゲームを運営していたのは、神だったのですか?」
「比喩です。本物の神様じゃないっすよ!」
と勇斗は笑った。
「それだけ完璧だったってことっす。俺たちは運営チームを信頼できてたし、たぶん運営チームもユーザーのことを信頼してくれてた」
「それでは、ゲームというものは人が作り、人が運営しているのですね」
「当ったり前でしょう!」
「なるほど。いったい誰が運営しているのでしょう?」
「作ったのは、天城っていう有名クリエイターなんすけど、運営してたのは……」
ええと、と勇斗は考え込む。たしか、ネットのインタビュー記事を読んだ覚えがある。
「そうだ、橘だ! 橘玲子つったかな。おばさんだけど、綺麗な人だった」
「タチバナ・レーコ様ですね。ありがとうございます。覚えておきます」
そう言ってアルスは頭を下げた。
気がつけば勇斗は、宿で寝ていた。
起きしなに少しだけ記憶が甦り、勇斗は身悶えする。
強烈なオタク語りをしてしまっていた気がするのである。
――今後は酒を控えよう、と勇斗は思った。
ベルモントの北部、貴族街のはずれに、その城はあった。
元は砦であったそれを、ほとんどそのまま流用した城は、主が居住し始めてから日が浅いにもかかわらず、古城の佇まいである。
そのうちの一室――城の主の執務室に、アルスは赴いていた。
「かようなことがございまして」
報告したのは、先日の酒場で、勇者として召喚された少年と交わした、ゲームに関する話である。
その報告に、なるほど、と頷いたのは、老境に差し掛かろうかという男である。
名は、アンドリューといった。
アルスの上司にあたる人物で、この城の主である。すなわち、ここベルモントの領主であった。
それは同時に、ダンジョンの管理者でもあることも意味する。
アルスは続けた。
「我々の条件に合った人物であるとは思われます」
うむ、とアンドリューがまた頷いてから、重々しく言った。
「フェリスに準備をさせよう」
「やはり、召喚をなさるのですね」
「その勇者は、彼らのことを、神であると言ったのであろう?」
アルスは苦笑した。
「比喩である、とのことでしたが」
「無論だ」
と言って、アンドリューは笑んだ。
「神を召喚できた者など、これまでおりはせぬ」
「それは確かに」
「彼らが、我々の神となってくれることを願おう」
「彼ら? 召喚するのは一人ではないのですか?」
うむ、とアンドリューは頷く。
「運営チームと、そのユート殿は言ったのであろう。彼ら全員とは言わずとも、主要なメンバーは同時に召喚する必要があるであろうな」
「それは……」
とアルスは絶句した。
「フェリス殿も難儀なことでしょうな……」
「困難は承知であるが、何とかしてもらうしかないな」
言って、アンドリューはまた笑んだ。それから――
「タチバナ・レーコ」
召喚する人物の名を、口にした。
異世界人の名前は不可思議である。どうやら、女性であるということだが……。
「きっと、このお方が、我々を救ってくださるはずだ」
アンドリューの呟きに、アルスが小さく頷いた。




