第4話 みんな若返ってるんですけど!?
若返ったことに喜んで、テンションが上がってしまった玲子は、思わずひらひらのドレスを着てしまう。
そんな玲子の前に、超絶カワイイ美少年が現れて――。
「どこのお姫様よ、それぇ!」
華美な装飾に彩られたひらひらの白いドレスに身を包んだ玲子を見て、北條が爆笑した。
「うっるさいわね! 着せられたのよ!」
嘘である。たしかにドレスはメイドが選んだものだが、あれが良いこれが良いと取捨選択したのは玲子である。このドレスを選んだのは、乙女ゲーム「運命のティアラ」の主人公が着ていたものに似ていたからだ。折角だからとティアラも頭に乗せている。要はコスプレである。
できれば顔の痣も隠したいところだったが、ヴェールをかぶるとキャラが違ってしまうのでそのままにしている。
そういう北條はといえば、いかにも貴族然とした正装をしていた。暗めのグリーンのジャケットと、カーキのパンツ。スーツに近いイメージである。憎たらしいことに、長身で細身の彼にそれはとても似合っていた。
服装以外はいつも通りの北條である。夢の中でくらい静かにしてほしいものである。
「見てー。玲子ちゃんが素敵だよー」
笑い涙をぬぐいながら北條が、部屋にいる一人の少年に声をかける。
それは輝くような美少年であった。ちょっと天然パーマの黒髪と、大きな黒い瞳が非常に愛らしい。中学生くらいだろうか。着ている服は、これまた貴族のそれであった。
玲子は思わず叫んだ。
「誰!? そのカワイイのは!?」
「だよね! めっちゃカワイイよね!」
「あんまりカワイイって言わないで下さいよ!」
少年が赤面して言った。その仕草までかわいい。
「でも、橘さんも、その……。かわいい、です」
そう言って目を伏せる。胸がキュンとして、思わず玲子も赤面してしまう。
ひょっとして、どこかの王子様か何かだろうか?
そんなことを考えている玲子を横目に見ながら、北條がわざとらしく、こほんと咳払いをした。
「玲子ちゃん、まだ気づかない?」
「なにが?」
「彼、水谷君だよ」
「はぁ~? 水谷って、あの、オタクで、デブで、中年のあれ!?」
「ひどい……」
少年の顔が曇った。
玲子はとてつもない罪悪感を覚えて、ごめん、と頭を下げる。
「でも、どうしたっていうの!? 転生……転生なの!? 魂が王子様の体に入ったとか、そういうあれ?」
「いや、玲子ちゃんとか俺に起きたことと一緒だよ」
北條が笑って言った。
「――若返り」
「ウソよ!」
と玲子は叫んで、少年を指さした。
「このカワイイのが、将来アレになるわけがないでしょ!」
「そ、そんな……」
水谷が愕然とする。
ごめん、と玲子はまた反射的に謝った。
「しかし、一体なにがどうなったら、ああなるの……」
「一人暮らしを始めてからですね……」
玲子と水谷は同時にため息をついた。
玲子は北條に振り返る。
「そんで、あんたは何でなんにも変わってないのよ!?」
「いや、俺だって若返ってるよ?」
北條は自らの体を見回す。
「お腹がちょびっとだけ引き締まってるし、シワもちょこっと減ってるし。あと、コンタクトなしでモノが見える。たぶん、四十くらいじゃないかな?」
「ほとんど変わんない。誤差だわ」
「まあ俺は、アンチエイジングしっかりめだったから」
「まじでキモいわね、あんたは……」
言ってから、まあいいか、夢だし、と玲子は思う。
「皆様、お揃いですね」
扉が開いてアンドリューが入室してきた。三人の視線が集まる。
アンドリューは、二人のメイドと、二人の執事を従えていた。やはりいずれもケモ耳である。
水谷が立ち上がり目を輝かせる。
「け、ケモ耳メイドさん! ほんものだ……」
「やめて! その見た目でそういうオタクらしいリアクションをするのはやめて!」
「だって本物ですよ! しかし、こういうクラシカルなメイド服もまたたまらんものがありますなぁ」
「その口調も!」
そこで玲子は、はっと気づく。
「まさか、あなたたち、メイドに着替えさせてもらったりしてないでしょうね?」
「いえ、僕は執事の方に手伝ってもらいましたが……」
水谷の回答に玲子はほっと胸をなでおろす。今の水谷がメイドに傅かれて喜んでいる様は、想像するだになんだか嫌である。
「俺は内緒」
そう言った北條のことは無視する。北條の場合、相手がメイドだろうが執事だろうが関係ないのである。
「てことは、橘さんはメイドさんに着替えさせてもらったんですか!? くぅ~、羨ましすぎますっ!」
玲子は、この美少年が水谷で間違いないことを、いま心の底から納得した。
こほん、とアンドリューが咳払いをした。
「現在の状況について、ご説明させていただきたいのですが、よろしいですかな?」
はっと正気に戻った水谷が頭を下げる。
「すみません。よろしくお願いします」
では、と前置いてアンドリューは言った。
「従前に申し上げました通り、あなたがたを召喚したのは、私どもです」
「まって、その召喚、っていうやつ。あたしたちが知っている召喚と同じものと考えていいの?」
「以前にも、タチバナ様がたのような者は、我らが世界に何度か召喚されています。彼らの話を総合すれば、召喚という概念に我々との齟齬は、さほどないように思われます」
つまり、と水谷が嘆息した。
「いわゆる、異世界転移、ってやつですか……」
その概念は玲子も知っていた。異世界転生と並び立つ超人気のジャンルである。
異世界転生と異世界転移の違いは、他者として転生するのか、当人そのままとして召喚されるかの違いで……、と考えたところで、ちょっと待って、と玲子は声を上げた。
「若返ってるんだけど!?」
そのパターンはあまり聞いたことがない。
「はい。我々の行使する召喚術式は、元来、異世界より勇者を召喚するためのものでございます。どうやらそのために、肉体が本来持つ潜在能力を最大限発揮できるよう、召喚に際して時を遡ることがあるようです」
「ドラえもんのタイムふろしきみたいなイメージかな」
北條の言葉に二人は頷いた。アンドリューは、はて、と首をかしげる。
「そちらの世界に魔法に類するものはないと聞き及んでおりますが」
「ああ、ごめん。フィクションの話だから気にしないで」
アンドリューは頷く。
「あなた様がたの世界と私どもの世界との大きな違いは魔法の存在でございますが、それ以外にも大小さまざまな違いがあると聞き及んでおります。どうやらあなた様がたの世界には、ゲームなるものがあり、その作り手があなた様がたであらせられるということですが、間違いございませんか?」
「へえ。ゲームを知ってるの?」
「はい。こちらの世界にも古来より伝わるものや子供達が行うようなゲームは存在しますが、あなたがたの世界には別次元の、それこそ別世界を創造したかのようなものまで存在するそうですな」
「まあね」
「そのお力を我々にお貸しいただきたいのです」
玲子は、ぽかんと口を開ける。
「私らにゲームを作れってこと?」
「順を追ってお話いたしましょう」
アンドリューは語りだした。