第31話 街にゴブリンが出た!?
蘇生術のバグによりゴブリンが街に出現してしまった。
休暇中の勇斗は、アンジェロの呼びかけで嫌々ながらゴブリン討伐に参加する――。
「え? 今なんつった?」
勇斗は思わず聞き返した。
向かいに座るアンジェロが、先ほどの言葉を繰り返す。
「おお冒険者よ。死んでしまうとは情けない」
「まじかよ!」
ベルモントの酒場である。今日の勇斗は日雇い仕事が休みであり、同じく冒険が休みのアンジェロとお茶をしていた。
オルフェイシア王国の法では、飲酒可能年齢は特に定められていないので、十七歳の勇斗も十八歳のアンジェロも、別に酒を飲んで構わない。しかし、勇斗は酒で記憶を無くしたことがあるので、人前では飲まないようにしている。アンジェロは下戸である。
今日の話題は、先日から酒場でも噂になっている、ダンジョンでの死者復活に関してであった。
冒険者の間で、復活の間と呼ばれるようになったその部屋では、不思議な声が聞こえるということである。それが今、アンジェロが言った言葉であった。
勇斗にはそのメッセージに聞き覚えがある。
いや。日本人のゲーマーであれば、知らない者はいないと言っても過言ではないだろう。
「ドラクエじゃねーか!」
「ドラクエ?」
「俺たちの世界に、そういうゲームがあんだよ。そのゲームでは、勇者が死ぬと王様のところで復活すんだけど、そのときに王様がこう言うんだ。おお勇者よ、死んでしまうとはなさけない」
「えっ! それって……?」
「偶然とは考えにくいよな。たぶん誰か……、俺と同じ世界から来た誰かが、その死者蘇生の仕組みを作ったんだ」
「作ったって!? 死者蘇生なんて、神殿しか扱えない秘術だ。相当に高位の神聖魔法だよ?」
「だよなぁ。それに、ダンジョンは魔王の管轄下にあるんだろ? そんなダンジョンでどうやって……」
「魔王側も勇斗みたいな異世界人を召喚してるってことかな?」
「召喚された異世界人が魔王側だとしたら、冒険者の蘇生なんかしてやる義理なくね?」
「たしかに……」
「ベルモントの領主様が、ダンジョンで冒険者の支援を始めた? だとしたら、公式な発表があってもよさそうなもんだが……」
考え込む勇斗に、アンジェロが笑顔を浮かべながら言った。
「わかんないけど、ダンジョンで死ななくなったっていうのは嬉しいよね」
まあな、と勇斗は頷く。
「勇斗もまたダンジョンに潜る気になった?」
「ハズレ勇者を雇いたい貴族なんていねーよ」
勇斗がそう自嘲したとき――。
「おい! 手が空いてる冒険者はいないか!?」
叫びながら酒場に飛び込んできたのは、ギルドマスター代理のギルガメッシュであった。
「よお、ギルガメッシュさんじゃねえか。どうかしたか?」
酒瓶を片手に一人の冒険者が問いかける。
ギルガメッシュは、ちっと舌打ちをした。
「酔っ払いに用はねえ。シラフの奴ぁいねえのか!」
はい、とアンジェロが手を挙げる。
「すぐ大門前に行ってくれ! ゴブリンが集団で現れたんだ。どこから湧いたもんだか知らないが、数も少しづつ増えている」
えっ! と酒場内で動揺が広がる。
「わかりました!」
と言って、アンジェロは勇斗の手を取る。
「行こう!」
えっ、と勇斗は驚く。
「行かねーよ!」
「ギルガメッシュさん、ちゃんと報酬は出るんですよね!」
アンジェロの問いかけにギルガメッシュが頷き――、勇斗を見て、舌打ちした。
「お前か……。仕方ねえな。今は猫の手だって借りたいところなんだ」
「俺は猫の手かよ……」
「いいから! 行くよ!」
アンジェロに促されて、勇斗は渋々立ち上がった。
勇斗が装備を整えて大門に辿り着いたころには、街の人々はすでに退避していて、大門付近には衛兵と冒険者だけしかいなかった。
ギルガメッシュは方々の酒場や宿舎で人を募って回ったらしい。それでも集まった数は十人に満たない。ほとんどの冒険者は、ダンジョンに出払っているか、そうでなければ酒を飲んで使い物にならない状態であったようである。
ギルガメッシュは言った。
「すぐに来られた奴はこれだけだ! あとは追って援軍が来る。それまで持ちこたえてくれ!」
ゴブリンの数は、既に二十ほどに増えていた。
とはいえ、この数の冒険者がいれば、撃退は可能であろう。ゴブリンは最弱クラスの魔物である。
問題は、ゴブリンが今も数を増やし続けていることであった。何故だかわからないが、ダンジョンの壁に出現した扉から、次々と出てくるのである。
集まった冒険者たちがゴブリンを葬っていく。先頭に立つのはギルガメッシュで、戦力としては圧倒的である。アンジェロもそのスピードを生かしてゴブリンと交戦している。勇斗はといえば、どうしていいかわからず右往左往するばかりであった。
意外なことに、討伐はなかなか捗らなかった。ゴブリンのほうが数が多いのもあるが、冒険者たちの連携が取れていない。臨時招集されたメンバーで、いつものパーティではないのである。
半面、ゴブリンたちは統率が取れている。集団の中心に、通常のゴブリンとは明らかに違った個体がいた。
「ゴブリンリーダーだ! あいつをやれ!」
ギルガメッシュの指示で、それがゴブリンリーダーという種であることを勇斗は知る。確かにその個体が全体の指揮を執っているようだ。
勇斗は改めて、状況を観察する。
定期的に扉からゴブリンが出てくる。扉から出てきた直後の彼らは、ひどく混乱しているようだ。どうやら自らの意思で出てきたものではないように見える。
しかしその後、ゴブリンリーダーの指揮下におさまると、途端に獰猛に冒険者に対峙してくる。そうなると勇斗の腕ではなかなか討伐が難しい。
まてよ? と勇斗は思った。
だったら、扉から出てきた直後を狙えば、簡単に倒せるんじゃないか?
ゴブリンリーダーの指揮下に入る前に増援を潰していければ、地力の勝る冒険者たちがいずれは勝てるはずである。
では、扉の位置は……?
ここから見えるところでは、六ケ所。いずれも位置は固定である。大門の左右に、それぞれ三つずつの扉が出現しては、ゴブリンが出てきている。その奥からもゴブリンが襲来しているので、見えない位置にも扉はありそうだ。ただ、その数は多くないだろう。
出現する扉はランダムに見えるものの、明らかに大門近くの扉の出現頻度が高く、大門から離れるほど出現頻度が低くなっている。
とりあえず、大門近くの扉だけでも押さえられないだろうか?
「アンジェロ!」
勇斗はアンジェロに近づいて、その考えを伝える。
なるほど、とアンジェロは頷いた。
「やってみよう。行くよ!」
勇斗の提案に全く疑問を挟むことなく、アンジェロは走り出す。
二人は、戦闘が行われているエリアを大きく回り込んで、大門に近づいた。
「なにやってやがる! 勝手なことすんな!」
ギルガメッシュの怒号を無視して、アンジェロが言った。
「僕は左をやるから、勇斗は右を頼む!」
「わかった!」
返事をしたまさにその時、勇斗の目の前に扉が出現した。勇斗は剣を構える。
扉から出てきたゴブリンは、やはり混乱している。状況を把握できていないそれを、勇斗は一刀のもとに切り伏せた。
いける!
冒険者たちと交戦しているゴブリンたちは、ゴブリンリーダーも含め、扉のことをまるで気にしていない。そこから増援が来ていること自体、把握していないようである。従って、扉を守るというような行動には至っていない。
勇斗とアンジェロは、増援を次々に葬っていく。
「そうか、扉か! よーし、他の扉の前にも出張れ! 右と左で二人ずつだ!」
二人の行動の意味に気づいたギルガメッシュが冒険者に指示を出す。
今にも勇斗に襲い掛かろうとしていたゴブリンを、駆け寄った冒険者が切り捨てる。おそらく勇斗の前にあるものとは別の扉から出現したゴブリンである。
「ありがとうございます!」
「ここは任せる! 脇からくる奴は俺が対応する」
はい! と叫んで勇斗は目の前の壁面に集中する。
扉から出てきたばかりのゴブリンを次々に屠っていく。周りを気にする余裕は勇斗にはない。
壁面にまた扉が現れ、開く。出てきたそれに向けて、勇斗は剣を振り上げ――。
「ま、まってくれ!」
それから上がった叫び声に、勇斗は剣を止めた。
それは、人間であった。
「つまり、どういうことなんだ?」
扉から出現するゴブリンがいなくなり、ゴブリンリーダーも含めて大門前のゴブリンもすべて退治したところで、ギルガメッシュはゴブリン同様に扉から出てきた男に問いかけた。
男が言うには、彼らのパーティは、地下一階のゴブリン集落を襲撃していたのだという。
「なんだって、そんな事を?」
「パーティの装備を新調したんだ。それで、試し切りにちょうどいいだろうってこって……」
集落を襲い、いくらかゴブリンを倒しているうちに、誰かがこう言いだした。
「いっそのこと、全部やっちまうか?」
襲撃の初期段階で、ゴブリンリーダーを倒すことができていたので、集落のゴブリンはかなり弱体化していたのである。
「そういえば、ゴブリンの集落を探索した冒険者はいなかったんじゃないか? もしかしたら、なんかお宝を貯めこんでるかも……」
誰かがそう言ったところで、彼らの欲に火が付いた。
そこからゴブリンの虐殺が始まった。奇妙なことに、倒れたゴブリンたちは死体も残さず消えていったが、誰も深くは考えなかった。
男たちは大部分のゴブリンを殺し尽くしたものの、男自身はわずかな油断でゴブリンの包囲にあい、あえなく死んでしまったのだという。
「気が付いたら、復活の間にいたんだ。初めてのことなんで、ここがそうかとちょっと驚いたね。まあ、戦利品も持ってなかったし、復活料を払うまでもねえなと思ってとりあえず扉を出てみたら、そこの兄ちゃんに剣を突き付けられて――」
いやもう、肝を冷やしたのなんの、と男は自らの肩を抱く。
「つまり、どういうことだ?」
とギルガメッシュは言った。
状況がわかっていない様子のギルガメッシュに、勇斗が言った。
「要するに、殺されたゴブリンも、復活の間を通って街に出てきたってことなんじゃないっすかね?」
「なんだと? じゃあ、ゴブリンも冒険者みたいに生き返ったってことかよ!」
「そう考えると辻褄が合います」
「なんでだよ! 神の奇蹟じゃなかったのか?」
「まー、何かのバグじゃないっすかね」
「バグ?」
「こっちの話です」
ギルガメッシュは舌打ちした。
「アンドリューの野郎、一体なにしやがったんだ……? 後で問い詰めねえと……」
そう独り言ちてから、勇斗に言った。
「それにしても、今回はありがとうな」
え? と勇斗は言った。
「俺なんて何にもできませんでしたけど?」
「扉のことだ。あれに気づいてくれたのは助かったぜ。おかげで楽に撃退できた」
「いやいや、あんなの、戦闘に参加できないで見てるだけだったから気づいただけなんで……」
「隠されたものを見抜く目は、冒険者にとって重要な資質だ」
ギルガメッシュは真面目くさった顔で言った。
「もしお前が希望するなら、どっかの貴族様を紹介してやってもいいぜ? 今回の働きは、充分それに見合うもんだ」
「本当ですか!?」
そう声を上げたのは、勇斗ではなくアンジェロであった。
「ぜひお願いします!」
勇斗は慌てて手を左右に振る。
「いやいや! こちとらハズレ勇者様だぞ! 雇う奴なんかいねーって!」
アンジェロが勇斗を横目で見た。
「勇斗ってさー。人から言われると嫌がるくせに、自分のやらない言い訳にはそれ使うよね?」
アンジェロの言葉に、勇斗は何も言い返せなかった。
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