第10話 ダンジョンの売上っていくらなの?
売上=ユーザー数×課金率×課金単価
「といったところが、現在のダンジョンのあらましでございます」
アンドリューはそう言って説明を締め括った。
聞き終えて玲子は、うーん、と唸った。
「いくつか聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「なんなりと」
「まず、ダンジョン運営の目的を教えて」
「と、申しますと?」
「ダンジョンの挑戦者を増やすことが目的なの? それとも、お金を稼ぐことが目的?」
「それは……、同じことではありませんでしょうか?」
「入場税だっけ? まあ、それを前提とすれば、人が増えれば売上も増えるから、同じっちゃあ同じなんだけど……」
言って、玲子は頭をかく。
「まあ、単純に挑戦者を増やしたいだけだったら、入場税なんか取らないか。大方、お金でしょう?」
「はい。私たちには、多くの資金が必要なのです」
「資金? ダンジョン運営の?」
「そうではございませんが、今は申し上げられません」
ふん、と玲子は鼻を鳴らして、まあいいわ、と言った。
「ダンジョンの売上は、その入場税ってやつだけ?」
「はい。その通りでございます」
アンドリューの言葉に、玲子は頷いた。
「紙とペンはある?」
アンドリューが目くばせすると、メイドがそれを持ってくる。
玲子は、それほど質の良くない紙をテーブルに広げて、黒い液体の入った壜に刺さった見慣れないペンを見やった。
「へえ。羽ペンってやつね」
言って、紙の上で試し書きをする。
「意外と書きやすいわね」
玲子はするするとペンを走らせた。水谷と北條が書かれたそれを覗き込み、ああ、と頷いた。
そこには、こう書かれている。
売上=ユーザー数×課金率×課金単価
玲子はそこで、はた、と気づいてアンドリューに尋ねる。
「読める?」
アンドリューは眉根を寄せて首を横に振った。
「やっぱそうかー!」
玲子は頭を抱えた。
北條が言った。
「言葉は通じるのに不思議だよね」
「まあ、異世界もののお約束ですから」
と水谷が言った。
「ていうか、四則演算は大丈夫ですかね? 足し算とか、掛け算とかってわかります?」
アンドリューは頷いた。
「はい。教育を受けた者であれば理解できます」
「それじゃあ、ひとまず口頭でいきましよう。これは、ダンジョンの売上を計算する数式よ」
ほう、とアンドリューは驚いた声をあげる。玲子は続けた。
「まず、ユーザー数ね。ダンジョンには、一か月にどのくらいの冒険者が挑んでるの? のべ人数で」
「おおよそ、百人といったところです。ベルモントに滞在する冒険者の人数としては五十人程度ですが、ほとんどの者が月に二度ほどのペースでダンジョンに挑んでおるようです」
玲子は、ユーザー数の文字の上に、一〇〇と書き込む。
「次に課金率だけど、これは入場税の形で取っていて、一〇〇%になるから考慮しなくてよし」
課金率の項目にバツをつける。
「で、課金単価は、一回の入場で聖金貨? ってやつを二十枚だから……」
課金単価に、二十と書く。
「計算すれば、百×二十で、聖金貨二千枚、っていうのが一カ月の売り上げになる」
「はい。その通りでございます」
アンドリューは頷く。当然、玲子に言われるまでもなく、この程度の計算は既にしてあるはずである。
「さて、売上をあげるためにはどうすればいいのか? まあ、数式を見れば自明だわね」
ここか、と言って、ユーザー数を指さす。それから、ここ、と言って、課金額を指さす。
「ユーザー数か、課金額を増やすしかない。課金額を二倍にすれば、売上も二倍になるって理屈はわかる?」
アンドリューは再び頷く。
「問題は、ユーザー数と課金額は、しばしばトレードオフの関係にあるってところね」
「トレードオフでございますか?」
「ええ。入場税を増額すれば、その分、ダンジョンへの入場者は減る。払えない人が出てくるから」
「なるほど」
「だから、課金額を二倍にすれば売上が二倍になる、なんて、そんな単純な計算ではいかない。バランスが重要よ」
そこで、玲子はにやりと笑う。
「相手を見て、いくらまでなら嫌な顔しながら払ってくれるか、を見極める必要があるってこと」
「嫌な顔、ですか?」
「笑顔で払う額なら、もっと上げられるでしょ?」
ははあ、とアンドリューが嘆息する。
「もちろん、こっちも笑顔、あっちも笑顔、ってのが商売の理想ではあるけどね。ただ、今の入場税は、一般的な冒険者には払えない額なんでしょ? だったら、払うのはパトロンの貴族だけよね。貴族からだったら、もっと取ってもいいんじゃない?」
「はい。私もそう思っていたところでした」
「あるいは逆に、貴族に雇われてないフリーの冒険者を呼び込むために、入場税を下げるという方針も取れなくはない。例えば、入場税を半額にするとかね。ただ、それで売上を増やすには、二倍以上のユーザー増を見込む必要がある。世間に冒険者がどれだけいるかはわかんないけど、入場税を払ってまでダンジョンに入る人が、それほどいるとは思えない。倍増は難しいんじゃない?」
「ええ。それは確かに難しそうです」
てなわけで、と玲子は手を打った。
「ひとまずは入場税の増額が、売上増に向けての施策になります。具体的な金額は後で決めましょう」
北條が言った。
「わりと当たり前な話じゃない?」
「そうね。でも、とりあえずちゃんと数字を挙げて確認するのは大事なのよ」
「そういうものかねぇ」
と北條は言ってから、続ける。
「それより、問題はユーザー数のほうじゃない?」
玲子は頷いて、腕を組んで考え込む。
北條の言うとおりである。ダンジョンに挑む冒険者の数は、簡単に増やせそうにない。
しかしそれでも、できることはあるのである。
玲子は言った。
「とりあえず、バケツの穴をふさぐところから始めましょうか」
ぷっ、と水谷と北條が噴き出した。
アンドリューはぽかんとした。
「バケツの穴、ですか?」
そう、と玲子は頷く。
「私らの世界、ていうか業界の有名なたとえ話よ。穴の開いたバケツに水は入れられない」
アンドリューは首をかしげた。
「どういう意味でしょうか?」
「ここで言うバケツは、運営するサービスね。水がユーザー数だと考えてちょうだい。バケツに穴が空いてたら、入ってきた水はそのまま流れてしまって、バケツの中には何も残らない。要するに、何らかの方策でサービスのユーザーを増やすとして、サービスから離脱するユーザーが多ければ、そのユーザーを増やす方策そのものが無意味になるってことね」
「なるほど、理解できます。しかしその、離脱というのは、ダンジョンにおいては何を意味するのでしょうか?」
「そのまま。ダンジョンに二度と訪れないって意味」
はて、とアンドリューは首をひねる。
「貴族と契約している以上、ほとんどの冒険者が再訪するように思えるのですが」
「いや。この世界には、めちゃめちゃ大きい離脱要因がひとつあるわ」
「なんでしょうか?」
「死よ」
ため息をつきながら玲子は言った。
「死んだ冒険者からはもう金をとれない」