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第106話 ハズレ勇者と聖女

勇斗は、魔晶石に埋まったノルムたち三人を助けるため、運営の代表である玲子に会うことになる。

「すまん、待たせたな!」


 冒険者ギルドの会議室に通され、そわそわと落ち着かない時間を過ごしていた勇斗は、入り口で発せられた大声に、びくりと身体を緊張させた。


 振り返ると、そこにいたのは、冒険者ギルドマスター代理のギルガメッシュである。


 勇斗は、ほっと息をついた。

「なんだ、ギルガメッシュさんか……」


「なんだとはなんだ!」


「すんません。ちょっと緊張してて」


「聖女様に会うからか? そんな緊張しなくても大丈夫だ。取って食われたりしねえよ」


「それはわかってるんですけどね……」

 と勇斗は口ごもる。


 この緊張は別に、相手が聖女であるからとか、交渉が不安だから、などという理由からではなかった。


 かつての酒場で、遠目に見た運営の人々は、明らかに日本人であった。

 こちらに来てからおよそ二年。他の転移者と会うのは、初めてのことなのである。


 おそらく、勇斗自身の素性を打ち明けることになるだろう。

 彼らは、ハズレ勇者である勇斗を、どう思うだろうか――?


 そこに、緊張してしまうのだ。


 ギルガメッシュが言った。

「運営がくる前に、先に話しておこうか」 


「何をです?」


「ダンジョンで見つかった、魔晶石の鉱脈だがな。あれの所有権は、お前らで問題ない」


「まじすか!?」


 ただ……とギルガメッシュは言った。

「魔晶石に埋まってる冒険者がいるだろ? あれがどうにかできない限り、採掘開始は認められん」


「どうにかって?」


「生きてるか死んでるかは置いといて、あいつらが入ってる魔晶石を、雇われの採掘者が掘るなんざできんだろ? お前らが、何らかの形で責任を持って対処するんだな」


「責任……」


「要は、お前らが責任もって掘り出せってことだ。掘り出して、生きてるか死んでるかは、どっちでもいいがな。そうならねえと、他の採掘者は鉱脈に手が出せねえ」


「何言ってるんすか!」

 と勇斗は声を荒げた。

「絶対、生きて出します。そのための、今日の交渉です」


「ま、せいぜい頑張れよ」

 言って、ギルガメッシュは勇斗の背中を叩いた。


 あまりの強さに、勇斗が息を詰まらせているところに、会議室の扉が開いた。

 一人の女性が入室してくる。


 勇斗より年上であることがすぐに見て取れた。髪をフロントボブに切りそろえた、細身の美しい女性である。

 彼女は、スカートの裾を持ち上げて、ふわりと礼をした。


「初めまして。運営の代表を務めております、橘玲子と申します」

 それから、にかっと笑って言った。

「よろしくね! 今日は、同じ日本人同士、肩肘張らずいきましょ」


 差し出された手を、勇斗はおずおずと握り返す。


 勇斗は、彼女のことを知っていた。

 もしかすると――という思いはあった。

 それを確信できなかったのは、酒場で見かけた彼女が若かったからである。勇斗の知っている彼女は、なんというか、おばさんだったのである。


 勇斗は、ぽつりと言った。

「……ファンサガの、運営の人?」


 言われて、玲子が大きく目を見開いた。

「えっ? えっ? な、なんで!?」


「俺、めっちゃプレイしてました! 攻略記事とかネットで読んだりして、そんとき、インタビュー記事も読んで……」

 勇斗は握った手をぶんぶんと上下に振った。


「そうなの!? 私、顔出しインタビューはそんな多くないのに!?」


「なんとなく名前も覚えてたんすけど、奇麗な人だなって印象っていうか……。あっ! そういえばその頬の痣おぼえてます! 間違いないっす。あっ……」

 勇斗は口ごもった。女性の見た目に、無遠慮に言及するのは、あまりよろしくないことである。少なくとも、前の世界においては。


 玲子は笑った。

「いいのよ。奇麗って言ってくれてありがとね。それと、ファンサガを遊んでくれて嬉しいわ! めっちゃ嬉しい!」

 そう言うと、勇斗の手を両手で包んで、玲子は微笑んだ。


「サ終、本当に残念で。最終日は、いつメンで強制ログアウトされるまで遊んでたっす」


「最終日までやってくれてたのね! ごめんね。本当は、もっと続けたかったんだけど……」

 そこで玲子は、繋がれたままの手に気が付いたのか、はっとしたように離した。

「ごめんごめん。今日は別の話で来たんだったわね。とりあえず座って。要件から片付けちゃいましょう」


 いい人そうだ、と勇斗は思った。



 勇斗が、ことの顛末を語り終えると、玲子はひとつ頷いた。


「私たち運営のほうでも、状況は確認しているわ。彼らが魔晶石に埋まっていることも、おそらく生きているであろうことも」


「じゃあ! なんとか、生きたまま出すことはできないっすか!?」


「結論から言うと、できないわ」

 と玲子は言った。


 勇斗は立ち上がって叫んだ。

「そんな!?」


 玲子は小さくため息をついてから、言った。

「ひとまず、彼らの状態について説明してもいいかしら?」


 勇斗は奥歯をかみしめながら、なんとか頷く。


 玲子によれば、ノルムたち三人の状態は、見た目通り、魔晶石と完全に融合しているということである。彼らの血液は循環しておらず、そういう意味で、肉体的には死に等しい状態である。

 しかし、この状態にあっても、彼らの肉体――というか細胞は、生きているらしい。それは、高濃度のマナの中にあるからだ。当然ながら、そのマナの供給源は、彼らと融合している魔晶石である。


「要は、魔晶石の生命維持装置で生きているような状態なわけ。だから、魔晶石にいる間は、生きていられる。もちろん、魔晶石のマナが尽きたら終わりだけど、このままなら、肉体の時間が止まったまま、あと数百年でも生きていられる」


 勇斗は、ぐっと眦をあげて、玲子を睨みつけた。

「あんたら運営は、ダンジョンを管理している。そうでしょう?」


「ええ。もちろん、管理しているわ。探索用のアイテムを準備したりね」


「そういう意味じゃない。あんたらは、いわゆるダンジョン管理者じゃないかって言ってるんすよ」


 勇斗の不意打ちに、玲子は一瞬、狼狽したような表情を見せたが、すぐに肩をすくめて首を振った。

「何を言ってるかわからないわね」


「ダンジョンにトイレを作ったのは、あんたら運営だ」

 と勇斗は言った。

「建築ギルドじゃない。あんたら運営がやったんだ。トイレは、ダンジョン内の新たな区画――つまり、壁を壊して部屋を作り、その中に新設されている。ダンジョンの壁を破壊することは、誰にもできないはずだった。もちろん、建築ギルドにも。できるのは、あんたら運営がダンジョンの管理者だからだ。違いますか?」


「ダンジョンの管理者――まあ異世界ファンタジーの定番ではあるわね。でも、そんなものがいるなんて本当に思ってる?」


「ランキングで書き出される、踏破率だってそうだ。各階層の踏破率なんて、冒険者には知りようがないメタ情報だ。だって、俺たち冒険者は、ダンジョン全体の正確な地図を持っていない。あんたら運営は、その正確な地図を持っていて、そこから踏破率なんてもんを出してるんだ」


 玲子は苦笑した。

「地図を持っていることは認めるわ。でも、それと管理者であることは、別だと思うけど」


「聖女の石」

 と勇斗は言った。

「当然、あれも運営が用意したもんでしょ。玲子さんの顔が彫ってあるし」


 言われた玲子は、頬を紅潮させた。ひょっとすると恥ずかしいのかもしれない。


「あれを手に入れる方法は二つ。ひとつは、土ゴーレムからのドロップ。あいつがファンサガの奴と似てるのが不思議だったけど、あんたら運営がファンサガの運営だったってんなら、何も不思議じゃないです。あれは、どうしてダンジョン内に出現するようになったんでしょうね?」


 玲子はため息をつく。


 勇斗は続ける。


「入手手段のもうひとつは、宝箱からのルートです。あの宝箱、聖女の石が出るようになってから、いきなり出現するようになったんすよね。出現場所は、特定位置でのランダムポップ。出現間隔も、入ってる数もランダムになってます。めっちゃゲーム的じゃないっすか?」


 言い切って、勇斗はじっと玲子を見つめる。


 玲子は、これまで以上に深いため息を――諦めの混じったようなため息をついて、言った。

「だったら、どうだっていうの?」


「ノルムたち三人を助けてほしいんですよ!」

 勇斗は叫んだ。

「あんたらがダンジョンの管理者なら、それができるはずだ! トイレを作ったみたいに! モンスターをダンジョンに出現させたみたいに!」


 玲子は、苦笑交じりに言った。

「……できないとは言ってないでしょう?」


「へ?」

 玲子の言葉に、勇斗は間抜けな声を上げた。

「いや、だって、できないって……。できるんですか?」


「私は、生きたまま出すことはできない、って言ったのよ」


「じゃあやっぱりダメじゃないっすか!」


「一度死んだところを、蘇生させる」


「は?」


「ダンジョンの蘇生術よ。知らない? 私たちが作ったんだけどね」


「そりゃあ、知ってますけど……」

 勇斗も一度、蘇生したことがあるのである。

「それで、大丈夫なんすか?」


「現状のままじゃ、うまくいかない。詳しくは言えないけど、蘇生術には発動条件があって、彼らはその対象外になってるのよ。そこを調整するのと、あとは色々実験中。だけど、十中八九うまくいくはず」


「そ、それじゃあ!」


 ええ、と玲子は微笑んだ。

「少し時間を頂戴。必ず、彼らを助けて見せるわ」


 それはまるで、聖女であるかのように、勇斗には見えた。

遂に二人が対面しました。

次回更新は3/25の予定です。

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