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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
番外編 夏 七月 野島湖乃波の夏休み
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三章 図書館の美女と美男探偵(2)

 野球場傍の木陰で二人並んでベンチに腰掛けた。風が吹いて汗が引いて行くのが解る。

「涼しいね」

「そうですね」

 静流さんは紙袋を広げてる。

「豚まんと野菜まん、どっちを先に食べる?」

 静流さんのおススメは野菜まんだから、それはメインディッシュにしようかな。

「豚まんを先に」

「じゃあ、私も」

 私は静流さんから豚まんを受け取る。熱っ、私はその熱さに落としそうになるが、辛うじて両手で包み込む。

「いただきます」

「どうぞ」

 二人共豚まんに齧り付く。噛みしめた豚まんの中からアツアツの肉汁が吹き出し、私の口腔を蹂躙した。

「あ、熱っ!」

「アッツ、でも美味しい」

 熱いけど甘い肉汁を飲み込んでから、肉まんのガワと種を噛み締める。肉が弾力があって歯応えが有り、引っ切り無しに肉の油が出てくる。

「ふうっ、食べ終えた」

 肉まんを平らげた静流さんが満足そうに呟いた。

「美味しかったですね」

「そうね。次は野菜まんにチャレンジ」

 静流さんから受け取った野菜まんを、私は豚まんのときの様に肉汁が噴き出さないか注意しつつ齧り付いた。

「あ、これ」

「食べやすいですね」

 危惧していた肉汁や煮汁が噴き出すことは無く、私の口にきくらげやキャベツ春雨と中華スープの味が広がる。あっさりしているけど、味付けは確りとされている絶妙なバランスだ。

 野菜まんを食べ終えた静流さんは「結構お腹が膨れるわね」と漏らした。私も二個で十分お腹を満たしている。

 二人揃って道中で買ってきたお茶のペットボトルで喉を潤して空を見上げた。雲の無い夏の青空に目を細める。

「それで、どうして紛争問題に興味を持ったの?」

 静流さんは興味があるのか、前を向いたまま私に問い掛けて来た。

 普通なら夏休みが始まったばかりなので、夏休みの課題をこなしている最中だと思う。それなのに紛争問題や武装解除といったものに興味を持つところが、彼女の好奇心に触れたのだろう。

「……」

 どうしよう、昨日出会った子供を失くした夫婦に付いて、相談してもいいのだろうか。

 今の状態では手詰まりで、うまく説明出来るか解らないけど静流さんなら何か打開策が思いつくかもしれかった。

「実は昨日、狗狼と運びの仕事ついでに夏休みの旅行に出かけたんです」

 それから私は、旅行中に出会った海外で子供を亡くした元夫婦について話し、静流さんは私のたどたどしい説明にも、根気よく最後まで口を挿まずに耳を傾けてくれた。

「湖乃波さん、貴女はその子供を失った夫婦をどうしたいのかな?」

「私は、あの人達の、子供を失った苦しみを、少しでも癒すことが出来たら」

 私の返答に静流さんは僅かに目を伏せた。

「湖乃波さん、その悲しみや苦しみはずっと残り続けるの。日々の中に埋もれていくけど、何かの拍子にそれが顔を出す時がある。それは避けられない事なの。癒されることは無いのよ」

「……」

「それに、海外で犠牲になった、その御嬢さん。彼女を失くしたのは、その彼女の母親にとっては海外で働くことを認めた父親の責任。そう言っているのね」

「はい。でも、それは、違うように思うんです」

「じゃあ、この件は何処の誰に責任があるか。それを考えてみましょうか」

 そう言って静流さんはひょいっと人差し指を立てた。綺麗な形をした薄いピンク色の爪が私の目を引いた。

「ひとつ、彼女を襲って金品を強奪しようとした少年。これは直接、手を下しているから罪があるのは明白じゃないかな」

 私もその意見には賛成する。彼女を殺害したのはその少年だから彼は裁かれるべきだ。

「でも、こんな解釈もある。少年たちは元少年兵だった。彼等は幼い頃から武器を持たされ戦わされてきた。人を殺した事も一度や二度ではない。彼等はそのせいで命は尊いものだと認識出来なかった。生きる為には人を殺して奪って生きていくしかない。そうして生きて来た。これは彼の意思でそうなったのではない。彼の生きて来た環境や制度に罪がある」

「……」

 静流さんは中指を立てる。

「ふたつ、先程挙げたその国の環境や制度に罪がある。さっき述べた理由以外に、武装解除によって彼等は唯一の活計(たつき)の手段を失った。職業訓練を受けるものの、それで収入を得るまで時間が掛る。もしかしたら戦争が終結したばかりでその収入を得るシステムが完全には出来上がっていないかもしれない」

「少年兵が武器無しで暮らしていく環境が成り立っていないという事ですか?」

「そうかもね。紛争終結で権力を失うかもしれない政治家や指導者が、これまでの制度を残そうと非協力的な例もあるね」

 静流さんは三本目の指、薬指を立てた。

「彼等を支援する方法や資金が不十分だった可能性。それを補う為の組織、武装解除組織やそれと関係する支援組織に罪がある。武装解除後の元兵士が自活する手段を獲る迄の間、彼等に対する給金やそれを獲る為の職が与えられるんだけど、それが不十分だった場合も考えられる。でもこれは難しくて元兵士達が自発的に武装以外の生活手段を見つけられるようにしなければならない。あまり元兵士が優遇されると支援に頼りきりになってしまうの」

「……難しいんですね」

「そうね、難しいよ。でも紛争による被害者や難民は増える一方で、問題は山積み」

 暗い顔になる私に静流さんは小指を立てた。

「最後に嫌な言い方になるけど、彼女自身の罪。自分の指導する元少年兵と一緒だからといって、夜中だと思うけど警護も付けずに帰るのはどうかしている。彼女としては相手を信頼していたのかもしれないけど」

「……」

 私は増々、どうすれば良いのか解らなくなる。

 静流さんは単純にこの問題を説明してくれた。

 誰にも罪が有り、誰にも罪は無い。

 海外で子供を失った女性の声が甦る。「私から娘を奪った罪は誰にあるのですか」と。

「まあ、私程度が説明出来る事なんか、今日借りた本を読めばよく解ると思うよ」

 表情が暗くなってしまったのだろうか、静流さんが慰めるように声を掛けてくれた。

「狗狼は何て?」

「この件は、もう終わっているって」

「なるほどね。失くしたものに関わる程、無駄なことは無いってことかな?」

 静流さんは宙を仰いだ。そのままじっと空を見つめる。

「でも、それじゃ救いが無いよ。誰も彼も」

 その言葉は狗狼に向けたものか、それとも空の彼方で見下ろしているはずの神様へ向けたのか。唯一の肉親を失った事のある私も静流さんの言葉に共感出来るものがあった。

「湖乃波さん」

「は、はい」

 静流さんが急に私に話し掛けて来たので、私は慌てて返事をする。

「現地で亡くなった、その娘さん 彼女の現地での活動は無駄だったのかな?」

「?」

「何故、娘さんが海外で働くことを決心したのか。今回の救いはそこにあるんじゃないかな」

「救いですか」

 私が聞き返すと静流さんは苦笑した。

「この件、やっぱり湖乃波さんがカギかも知れないね」

 そう言って静流さんはベンチから立ち上がる。

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