事件簿6:闇森の魔女編3
「おまえが、俺を召喚した魔法使いの一人だと?」
俺は動揺を悟られまいと平然を装っていた。
それを知ってか知らずか、ゆっくりと黒髪の魔女は近づいてくる。
相手は真名を明かさない人呼んで『闇森の魔女』だ。切れ長の目元、そして薄い唇には余裕の笑みをうかべている。
「そうよ。王国の誇る魔法使い集団である『白銀翼の家族達』に頼まれて、私は協力したわ」
「頼まれた?」
「えぇ。こことは違う世界、より優れた知恵と技術を有する世界から、有望な人材を得るためにね」
「違う世界ってのはつまり」
「工藤さんのいた世界。機械による文明が極度に発達した異世界のことよ」
驚くべき話だが、ここまではまぁお復習のようなものだ。
「……なるほど。しかし忌むべき魔女であるアンタが、俺や他の警察官の召喚儀式に関係していたとはな。それも王国きっての魔法使いに紛れていたとは驚きだ」
「少し違うわ。私は正式な協力者よ」
「バカな、そんなはずあるわけないだろう」
王政府と魔女が裏で繋がっている。だとしたら一体どういうことだ。
「驚くことじゃないわ。魔法使いとしての力は同格で、つまり同業者だもの」
飄々と言ってのけるが、魔女と魔法使いは違う。特に『白銀翼の家族達』はファーデンブリア王国が誇る最強にして最も偉大な魔法使いの一団だ。
その名はプリセットされた知識の中にあった。召喚された段階で埋め込まれた前提知識としてだ。
彼らは王国が誇る魔法使いの精鋭というだけではない。魔導連携することで伝説の賢者のような強大な魔法力を行使する。
大規模な災いを退けるための国事級の儀式魔法を執り行い、必要とあれば自ら戦地に赴き、天変地異のようなレベルの魔法を行使するのだという。
更には、強大な魔法により時空を越える「穴」を穿ち、異界から精霊や魔神を召喚する。
あるいは異世界の対象物をコピーするように、召喚する術を確立しているという。
「確かに同業者かもしれないが、王国に忠誠を誓う魔法使いが、お前のようなアウトローと組むわけがないだろう」
気が付くと魔女は目の前まで近づいていた。
足がすくんだように動かない。
転移魔法でこの地下教会に召喚された事による影響か、まるで自分の身体ではないかのような違和感がある。
「フフフ、表向きはね。けれど時と場合による。お互い様のビジネスだもの。王国の各組織ごとに裏で取引を持ちかけてくることもあるわ。彼らは必要とあらばどんな手段も、汚い手だって使う。そうでなければ清らかで美しい都と、誇り高い人類最後の砦たる王都を護れないもの」
魔女は長く艷やかな黒髪を静かに払いのけた。
発した言葉の節々が心に引っかかり、さざ波が広がってゆく。
「人類……最後の砦?」
「あら? その知識はお持ちでなくて?」
「何のことだ」
「すでに国境線さえも曖昧だわ。王国の外側の『領域』は、私のような『悪い魔女』や敵対的な外国が支配している、とでも教えられたのかしら?」
心臓の鼓動がはやくなる。不快な胸のもやもやが募る。俺の知らない事を魔女は知っている。
召喚された事だけじゃない、王都の何か重大な秘密についてだ。
「一体、どういうことだ」
度重なる国境付近での外敵との小競り合い。諸外国との睨み合い。
王国軍は、諸侯や辺境伯など貴族たちと共に国境警備に力を傾けている。
だから手薄になりがちな国内、王都の治安維持のために俺達のような「王都警察」が必要となった。
それが知らされている全てだ。
「現在、王国を取り囲む外側、つまり『領域』には何もないの」
魔女は真顔で言った。
「何も無いとは……どういう意味だ?」
「言葉通りの意味。虚無が支配する、何も無い領域が広がっているわ」
「おいおい、冗談はよしてくれ。信じられるかそんなバカな話を」
「信じられないのも無理はないわ」
すると魔女は、空中に浮かべていた水晶球に映像を映し出した。
巨大な300万人もの人口を擁する巨大都市。王都グランストリアージの街並みが、モニターのように表示される。
鳥が鳥瞰するように徐々に視点が高くなる。王都全体を見下ろしながら速度を増して離れてゆく。
「見ればわかるわ」
「ぬ……?」
王都を取り囲むように、広大な農地が広がっている。川沿いには小さな村々、集落が点在する。そんなのどかな風景が広がっている。
やがて映像は森へと移り変わる。人の住まない深い森。
王国を取り囲む森の一角に、館が映る。おそらくここだろうか。古びた礼拝堂のある教会のような建物だった。
「ここよ」
「場所がわかったが、いいのか」
「構わないわ」
映像は鬱蒼とした森を飛び越えて、更に飛翔する。
「使い魔、小型の翼竜の目から視ている映像よ」
「まるで空撮用のドローンだな」
「機械文明における機械仕掛けの『鳥』のことかしら」
「そんなところだな」
視点は物凄い速度で森を飛び超えて、やがて山脈を越えた。
その向こう側には、辺境伯が支配する領地がひろがっていた。小さな町や村がポツポツと点在している。
だが前方に突如として、黒いモヤのような色の違うエリアが見えはじめた。
悪天候の空を思わせる、ゆっくりと渦巻くダークグレーの霧だ。近づくにつれ、それがまるで壁のように立ちはだかる。
「な、なんだありゃ……!?」
「あれが境界。そこから先は虚無の領域よ」
映像は境界のギリギリまで近づいたところで、減速する。
おそらく翼竜が直前で回避するために旋回を始めたのだろう。
その先の黒い霧がかかる領域の内側には、わずかに家々や畑の痕跡が見えた。しかし人や生き物の気配は見当たらない。
廃墟のようなうすら寂しい、荒れ果てた領域がどこまでも広がっている。
と、渡り鳥の一団が黒い霧を避けきれずに、接触するのが見えた。
途端に、まるで塵のように空中で分解して消えてしまった。逃れられたのは僅か数羽の鳥だけだ。慌てて黒い霧とは反対方向へと逃げてゆく。
「消えた……!? ヤバイだろあれは」
飲みこまれた土地で暮らしていた人々はどうなったのだろう?
「森も動物も人も、黒い霧に呑み込まれてしまえば消えてしまうわ。そんな場所がジワジワと領域を侵食してきている。月の位置と、太陽の位置、地脈、何の影響かはわからないけれど、停まったと思えば突然動き出す。すでに幾つもの村や町、あるいは国が、呑み込まれて消えてしまったわ」
「ば……バカな。そんな話は聞いていないぜ。信じられない」
「見たものが真実よ」
これは魔女の戯言、あるいは動揺させるための罠かもしれない。
しかし映像は作り物には思えなかった。そんな手の込んだ事をする意味も無いのだろう。
「なら、あの黒い霧は何なんだ……?」
「『白銀翼の家族達』たちは『暗黒侵食領域』と呼んでいるわ」
「ダーク、ボトム……」
「時空の損壊が引き起こした災厄とか。どこかの国のイカレた魔法使いが、実験に失敗した災厄とも言われている」
「時空の……損壊だと」
あまりの急展開に目眩がする。
そんな唐突で、バカげた話が俄に信じられるものか。
だが、こんなものを見せた以上、魔女の目的を聞かねばなるまい。
「…………わかった。世界の終わりが近い、てな話は百歩譲って受け入れるとして、だ」
「理解力と思考の柔軟性は素晴らしいわ、工藤さん」
「魔女に褒められても嬉しくない」
「貴方が必要で、そして高く評価しているからこそ、招待したのよ」
魔女の本拠地に連れ込んで、そして殆どの人間が知りえない情報を与えられた。
つまりこれは何か目的があってのことか。
ここは出方を窺うしかない。
「こちとら異世界から召喚された初日から、交番勤務だからな。多少のことじゃ動揺しねぇよ」
異世界にやってきての交番勤務初日を思い出す。
ゴブリンがお金を拾いましたと届けに来たり、エルフがペットの小型竜が逃げたと駆け込んできたり。
流石にあの時は頭を抱えたが、なんとか乗り越えた。
「頼もしいわ。……お茶でもどうかしら?」
魔女に褒められても嬉しくはないが、ここまできたら潜入捜査官になったつもりで、相手の真意を探るしかない。
いつのまにか、魔族の姉弟が慣れない手付きでお茶のカップを運んできた。カチャカチャと危なっかしい手付きでカップを差し出す。
「クドー、お茶だよ、飲んで」
「ドクダミ茶だけど毒ないよ! 大丈夫だよ」
魔族の姉弟の人懐っこい笑顔が怖い。
「だ、大丈夫かよホントに……」
とはいえ、ここで茶を拒否して魔女の気を害しても良いことは無い。
それに今さら毒殺する理由も無いだろう。
カップを受け取ると、煎茶っぼい。だが毒という単語が耳に残っている。
魔女と魔族にはお茶でも、俺には毒かもしれない。
「魔女とはいっても人間であることに変わりはないわ」
目の前でお茶を口にする闇森の魔女。
俺も仕方なく口にお茶を含むと、独特な味と匂いは煎茶みたいだった。
「ふぅ……」
とりあえず一息はつけた。
「さて、何処まで話したかしら?」
「世界が終わるかもしれないってところだ」
「そうね」
「単刀直入に言ってくれ。目的は何だ?」
魔女は飲み干したカップを、姉のアイピへと静かに渡す。
そして俺に静かに向き直った。
「異世界から召喚された工藤さん、貴方は『希望の鍵』よ」
「おいおい、変な期待はよしてくれ」
「いいえ、これは始めから仕組まれていたこと。もっとも……計画を知ったのはつい最近。『白銀翼の家族達』の中でも三人しか知らない極秘中の極秘計画だもの」
「極秘計画……だと?」
「選ばれし者だけが、この世界を捨てて脱出する」
「な……!?」
言葉を失う。脱出? 脱出ってどこへだ。嫌な予感しかしない。
だが俺の「嫌な予感」は大抵当たる。
「異世界へのアンカーとして生成された『希望の鍵』。それこそが工藤さん、貴方よ」
闇森の魔女は静かに俺を見据えながら言った。
「じゃぁ、まさか脱出先ってのは……」
「機械文明、貴方のオリジナルが今も暮らしている世界よ」
<つづく>




