事件簿6:闇森の魔女編2
極彩色のトンネルを落ちていく。
周囲の景色が溶け、目の眩むような穴を墜ちているのだ。
――魔女の転移魔法か……!
「うぉおおおおっ………!?」
足が地につかない恐怖が全身を駆け巡る。それは紐なしのバンジージャンプを行う感覚に似ていた。
「わぁー!?」
「きゃはは!」
だが、すぐ横からははしゃぐ声が響いていた。魔族の姉弟、アイピとマックだ。俺の右腕と左腕に小さな身体がしがみついている。蝙蝠にも化けられる魔族だから平気なのか、元々が蝙蝠だから平気なのか……と、どうでもいいことが脳裏をよぎる。
「くっ……そ!」
だが、おかげで気を失わずに済んだ。
上下の感覚が戻り、間抜けな悲鳴を飲み込む事に成功。奥歯を噛み締めて次の衝撃に備える。
ギュゥウウウウン……と、今度は全身に急制動に伴うGがかかる。ジェットコースターの最後に急ブレーキで全身が押さえつけられる感じだ。
周囲の景色が極彩色のトンネルから、急速に輪郭を取り戻してゆく。
最初に感じたのは、確かな床の硬さだった。
目眩を覚え思わず片膝と手をつく。冷たい石の手触りが伝わってきた。
「うっ………」
磨き込まれた石のタイルはかなり古い。綺麗に掃除が行き届いており塵一つ無い。
顔をあげる。そこは、白い大理石の柱が林立する大広間のような場所だった。
整然と並ぶ大きな柱が左右にあり、柱が支える天井はかなり高い位置にある。
細長いスリット状の窓が柱と柱の間にいくつも並び、斜めに差し込む光がキラキラと空中を舞う塵を照らし出している。
正面には祭壇のような一段高くなった場所があり、巨大なステンドグラスが床から天井まで続いている。
「ここは……?」
城の大広間と言うよりは、荘厳な教会の礼拝堂にも思える。
「半地下式の礼拝堂だよ」
「魔女さまがいってたね」
いつの間にか、左右には姉のアイピと、弟のマックが立っていた。姿かたちは食堂のときと同じだが、来ている服が違う。
ボロボロのフードではなく、仕立ての良い小奇麗な服を身に着けていることに違和感を覚える。
と、声が響いた。
「――ようこそ、工藤純作さん」
耳に心地の良い、歌うような声だった。
ハッとして正面を見据えると、いた。
白いドレスを着た、長い黒髪の女性が。
距離は15メートルほど離れている。祭壇のように一段高くなった場所、ステンドグラスを背に佇んでいる。
「おまえが……!」
「そうね、通称『闇森の魔女』でよいわ。真名は明かせないもの」
静かで、余裕を感じさせる口調だった。
――闇森の魔女!
咄嗟に、腰に手を伸ばし銃のホルダーを探る。ニューナンブ・カスタムに魔弾は装填されていた。
今なら、この距離なら確実に……!
「……無い!?」
手が空をきった。銃が無い……!? いや、ホルダーごと無い。慌てて確かめると、腰から装備品一式が失われていた。
「銃は無いわ」
魔女がクスッと笑う。
「なっ、これは一体……!?」
それどころか、身につけている服装が違うのだ。
貴族の着る平服のような、古い時代の服を身に着けている。もちろん、ここに来る前は警察官の服装に銃や警棒も装備していた筈なのに。
「転移魔法の一種で、精神だけを召喚しているの。だから、工藤さんの肉体は元の場所にあるわ」
「これが幻だって?」
手を見つめると手のシワや指紋まで見える。
礼拝堂のような空間も、自分自身の身体も、感覚として存在している。
踏みしめる床の感触は確かで、服の手触りも本物としか思えない。
感じる空気もそうだ。古い建物特有の埃と、時間を重ねた匂いがする。決して不快ではなく、何か香木を燻したような、ほのかな甘い香りも混じっている。
精神だけ召喚したにしては、実感が伴いすぎている。
「疑問を抱くのは当然だわ。言い方を変えれば……『同時に存在している』と言ったほうが解りやすいかしら?」
「同時に存在? 魔法というより、量子力学のパラドックスみたいな話だな」
試しに、現代の知識を交えて言葉を返してみる。
「……ふふ。理解力は流石ね、最新式のお巡りさん」
「なんだと?」
「うふふ、怒らないで。理解しているんでしょう? 自分がコピー、模造品だってこと」
「だからなんだ」
「――工藤純作。王国の魔法使い十人がかりで儀式魔法を行って召喚した、『魔導量子鏡像召喚』の完全成功例。シリアルナンバーを付与された、13番めの実用個体だもの」
「……な?」
「その元となったのは世界の可能性のひとつ。私達にだけわかる言葉をつかうなら、『21世紀の地球』と言えばいいかしら? そうね、電磁気力……つまり粒子が帯びた電荷を使う機械文明が極度に発達した世界。そこから転写した存在ね」
呆れ返るほどの知識だ。
魔女だと? とんでもない、元いた世界のSF作家か、似非物理学者か。まるで世界の主のごとき物言いだ。
ここまでくると逆に冷静さを取り戻してきた。
「おいおい。なぁ、冗談じゃないぜ? まるで何でもお見通しって訳知り顔だ。なぜそこまで知っている……?」
「さぁ、何故でしょうね?」
だが、実際問題、この魔女は知っている。
召喚された俺のことを含めて、かなりのことを。
嫌な汗が滲み出てくる。
「お前は一体何者で、何が目的なんだ?」
背負っているステンドグラスの光がまぶしく、細かい表情は窺えない。
だが、明らかに余裕の表情で、俺を観察し続けている。
反応を愉しみ、試している。
何のためにここに呼び出した?
目的はなんだ?
もし、生きて戻れるのなら、せめて情報を……とにかく情報を引き出さねば。
「魔女さま!」
「ただいま!」
気が付くと、姉弟の魔族は魔女の元へと駆け寄っていた。
「……おかえり。よく働いてくれたわね。思ってたよりも時間がかかったけれど……。どこで油を売っていたのかしら?」
「美味しいもの食べていたの!」
「クドーがごちそうしてくれた」
「そう。それは良かったわ。お礼をしなくちゃいけないわ」
二人の頭を撫でながら、ちらりとこちらに視線を向ける魔女。
「その二人もコピーなのか」
俺をここに召喚、呼び出した魔法の仕掛けは二人が鍵となっていた。
「アイピとマックは、可愛い我がしもべ。ここに居る二人は本物よ。召喚したのだから、王都にはもう居ないわ」
姉弟は魔女の左右に立つと、背中からコウモリのような羽を広げて「うんっ」と、背伸びをしている。
つまり二人は本物で、俺は精神体だけのコピーということか。
「不公平だな。俺は今ごろ向こうで、間抜けに気を失ってるってわけか?」
「いいえ、違うわ」
「なに?」
「工藤さんは今、この世界に同時に二人、存在しているの。虚ろなる存在だからこそ可能なのだけれど」
「何言ってるかわかんねぇな」
「今ごろ王都で、二人の魔族の子どもたちに逃げられたことを悔しがりながら、交番に戻るところじゃないかしら?」
魔女は手のひらを上に向けると、空中に水晶のような球体を浮かび上がらせた。
大きさは直径1メートルほどだろうか。忽然と空中に出現し、中心では白い霧が渦巻いている。その中心に何か映像が浮かび、徐々に映鮮明になる。
見覚えのある場所が映し出された。
そこは、アイピとマックと再会した食堂の前だった。
警官の服を着た俺が、周囲をキョロキョロと見回して、そして何やら悪態をつきながら歩きだしたところだった。
「俺……なんで?」
「だから複製の複製。存在の可能性を分岐させただけ。それが、今の貴方」
「なっ?」
鈍器で殴られたような衝撃が全身を貫いた。
魔女がこちらに歩いてくる。
顔がようやく見えた。前髪を切りそろえた、黒髪のロングヘアー。
日本人にしか思えない顔立ち。
「私は、貴方を召喚した十人の魔法使いの、ひとり」
<つづく>




