事件簿6:闇森の魔女編1
「こっち!」
男の子が先導する後を追う。
交番からひとつ区画を進んだところで、路地を右に曲がる。その路地は狭く薄暗い。
ドブ臭い通りの道端で怪しげな商品を売っていた露天商が、警官の姿を見て慌てて商品を隠す。
「昼間から変なもん売ってるんじゃないだろうな?」
「もちろんですとも」
「ほどほどにしとけよ」
「へ、ヘイ旦那……!」
このあたりの路地は昼間でも治安がよろしくない。俺も毎日のように警らしているが、売っているのはタバコのような嗜好品だ。中にはコソコソと完全に違法な薬草を販売している者もいる。
摘発したところで闇家業は無くならならず、イタチごっこ。盗みや強盗、他の悪事に手を染めるより、商売をしているだけマシと思うしかないグレーな連中だ。
「お巡りさん、こっちだよ!」
「おう!」
こんな場所にある食堂ということは、激安の路地裏食堂か。材料の入手経路や、調理された中身を問わなければ、驚くほど安くメシが食えるらしい。
無銭飲食の容疑者は今も食堂に居座っているという。食事をした挙げ句、お金がないと言ったらしいが、図々しいにも程がある。
こういう場所で店を出す親父も、ワケ有りの者が少なくない。無銭飲食なんて、食堂の親父にボコボコにされ、叩き出されるのがオチだろう。
だが、こうして「交番のお巡りさん」を頼りに来たということは、一筋縄でいかないような危険な相手なのかもしれない。
「ここだよ!」
粗末な服を着た男の子は、小さな食堂を指さした。
崩れた漆喰の壁、開け放たれた木製のドア。中からは確かに料理の香りが漂ってくる。ドアの上の看板には『キッチン、美味しんぼう』とある。
……美味しいのを辛抱しろ、という皮肉だろうか。
開け放たれたドアをくぐると、店は手前にテーブル席が6つほどある。一番奥が厨房で、何かの料理が湯気を立てている。
薄暗い店内には、安っぽく使い古された揚げ油の臭いが充満していた。
昼の忙しい時間帯が過ぎているのか、店内を見回すと、いたのは二人の客だけだ。
一つのテーブルに座っている一組が、無銭飲食の容疑者ということになる。
だが、顔や姿はよく見えない。魔法の光源をケチっているのか、代わりに低価格な香油ランプが灯されている。
「母ちゃん、連れてきたよ!」
「ありがとうよライチ。で、アンタが正義のお巡りさんかい? じゃぁ、そこの客をなんとかしておくれよ」
「おうっ?」
横からズイッと出てきたのは、屈強な訳ありコック……ではなく、樽のように幅ある身体つきの、強面の女将だった。
エプロン姿で頭に三角巾を巻いている。顔には傷があり、なんとなく元女戦士っぽい。
キャミリアも将来こうなっちまうのか、とぼんやりと考える。
女将は手に持ったしゃもじで、テーブル席を指し示す。
「可愛そうだから飯は食わせたけどさ。まぁ期待しちゃいなかったんだけどね。けど、お巡りさんを呼べば、代わりに払ってもらえるんだろ?」
「ちゃっかりしてるなぁ」
奥のテーブルには、小さな客が二人座っている。ボロ布を身体に巻いている様子から、浮浪児だろうか。王都に浮浪児や孤児は居ない。ミケのように保護されて施設送りか、里子として育てられるからだ。
ゆっくりと奥のテーブル席に近づいた。
テーブルには平らげたばかりの皿が、それぞれ三つ置かれている。
「おい、君たち」
声を掛けると、二人はぱっと振り向いた。
「あ、きたきた」
「クドーだ!」
それは、三週間前から行方を探していた魔族の姉弟だった。
「って!? あの時の……おまえらか?」
見た目はまるで6歳ぐらいの子供のようだ。しかしその顔には見覚えがあった。まなじりの吊り上がった赤い瞳に、魔族特有の青白い肌。そして適当に伸びた黒い髪。
ボロ布で隠れているが、背中にはコウモリに似た小さな羽があるのだろう。モゾモゾと背中が動いている。
姉のアイピに、弟のマック。
10歳ぐらいの子供の姿で俺の目の前に現れ、コウモリの姿で逃げ去った魔族だ。
だが、その姿はあの時よりも更に小さく縮んでいた。
「ごはん、美味しいんだよ!」
「でも、もうくれないって言われちゃって」
残念そうに空になった皿を見せる。
「そりゃそうだ。図々しいぞおまえら、お金もっていないんだろ?」
「お金……? 無いよ」
「だからクドーを呼んだの」
「親切なニンゲン、ご飯くれた」
「魔女様の言う通り、美味しいゴハン!」
笑顔で、あっけらかんと言う二人。
「ったく。まぁ俺を呼んだのは良い判断だ。それと、この国ではお金を払わないと、ご飯は食えないんだぞ? そんなことも知らんのか」
「しらない」
「ふべんだねー」
「おいおい……」
「腹が空いているってんで、その二人が店の前で指くわえてるもんだからさぁ。浮浪児なんて、今どき珍しいってのに。ちょっと不憫に思ってね」
強面の女将さんが、かわいそうに思ってご飯を食わせたのだろう。二人の様子から、お金など無いのは最初から判っていたはずだ。
「そうですか、通報に感謝します」
栄光ある輝かしい王都に、浮浪児など居てはならない。それは王政府の政策だ。遅かれ早かれ、こうして通報がくるのがオチだったのだ。
「お金はお巡りさんが立て替えておくれよ?」
「はは、そうさせてもらいます」
代金を払えないなら留置場にお泊り頂くしか無いのだが、魔女の関係者である二人の魔族は重要な容疑者でもある。
この場の代金は俺が立て替えて、交番に来てもらおう。
だか、下手に刺激して逃げられても困る。
メシで釣るか……。
「ほら! おまえら、俺がお金を払っておくから、女将さんに感謝しなさい」
「おー?」
「ほー?」
「お礼を言えっていってんだよ。ご飯、くわしてもらったんだろ?」
銀貨二枚を女将さんに渡すのを見せながら、姉弟に小声で語りかける。
「……ありがとうございます」
「……美味しかった。もっとくれ」
「ガハハ! いいともさ、また来ておくれ。今度は、ちゃーんとお代を持ってね」
豪快に笑う女将さんに頭を下げつつ、俺は二人を引き連れて店を後にした。店の前の路地で、二人の視線までしゃがみ込んむ。
「まったく、今まで何処にいたんだ?」
「家の屋根とか」
「教会の屋根とか」
「あ、コウモリになってたってわけか。魔女様のところには戻らないのか?」
何故か人間モードに戻り、空腹に耐えられなくなったのか。
「ここからどうやって帰るかわからないの」
「見渡す限り屋根ばかりで、わからないし」
「うーん。なるほど」
逃げ出すつもりは無いようだ。事情は交番で聞くことにしよう。
「ごはん、もっと食べたい」
「クドー、食わして!」
まだ食い足りないのか。どんだけメシを食っていないのだろうか。もしかして、メシを食わせれば元の大きさに戻ったりするのだろうか……?
「わかった。ちょっと今から交……俺の家にいこうか。美味しいもの、食わしてやるからさ」
なんだか子供を騙す悪い大人みたいな言い方だが、下手に刺激して逃げられても困る。
「ほんと!?」
「やったぜ!」
魔族の子供たちが嬉しそうに跳ねながら、小さな手でぎゅっと両手を握る。
と、その時だった。
ギュゥン……! と周囲に紫色の光が輝いた。
「なっ!?」
魔族の子供の腕には、何かブレスレットのような、細い金属のリングが巻かれていた。それが光を放っている。
何か、魔法の仕掛けが動いた!?
「あれ?」
「なに?」
姉と弟も、自分の腕で光るリングに、驚いた様子で顔を見合わせている。
紫色の光は、あっという間に俺達の周囲を円形のオーロラのように包みこんだ。
魔法円のようなものが、地面に幾重にも描かれる。
「まずいッ!」
次の瞬間、急激に落下するような感覚に包み込まれた。足下に真っ黒な穴が開き、そのまま吸い込まれて落下するような感覚だ。
「わっ!?」
「あっ!?」
「うぉおおお、ぉっ!?」
――これは、転移魔法……!?
<つづく>




