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バンッ、バンッと鉄製の扉を強く打つ音がした。
「ひっ!」
何かは分からないが、この様子ではどうせ碌なものじゃないに決まっている。第一、夜中に扉を叩くよ
うなものにまともな奴などいるだろうか。......夜中?
「ここは......」
私は初めて顔を上げて辺りを見回した。ずっと体育座りで地面ばかり見つめていたこともあって、実は
今自分がどこにいるのかさっぱり分からないのだ。顔を上げると私は家の玄関に蹲っていた。よくあるア
パートの一室らしく、そこそこ長くて手洗いと風呂場がある廊下の突き当りに不透明ガラスがはめ込まれ
ているドアがある。それを開けばリビングと自室に繋がるわけなのだが、どうしてか私はあのドアは絶対
に開かないと確信していた。
また、扉がドンドンと叩かれた。さっきよりも性急で、気のせいかイラついているようにも見えた。
「う、う、ううう......」
自分の口から獣じみたうなり声が零れる。
こんなものは初めてのはずなのに。なぜか。とてもとても、なじみがある恐怖だ。
「どう、どう、どうしたら......」
じり、と後ずさり、扉から距離をとる。リビングの電気はついていて、そこが無性に楽園のような心持
がした。玄関のある廊下は薄暗く、電気すらついていない。開かないと分かっている不透明ガラスのドア
に辿り着きたくて、私はさらにじりじりと後ずさった。
「か、か、カギは......」
カギはかかっている。チェーンだってかかっている。だから万が一強盗がやってきたとてそう簡単には
押し入られないだろう。なのに、そのチェーンですら、頼りなく揺れていた。目を扉から離せない。視線
は釘付けになって扉を見つめ、心臓は不安で動悸を早めている。
早く、早くリビングに入らなければ。
訳もなくそう思い、私はさらに焦った。
『わっはっはっはっは......』
突如リビングから弾けるような笑い声が聞こえてきて、私は肩を大きく震わせた。テレビのお笑い番組
だ。そう理解するまでいくらかかった。だがテレビなんてついていただろうか?私の家にはテレビがなか
ったはずなのだが......。
ドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!
扉を叩く音がさらに大きく、早くなる。動悸がいよいよせわしなくなる。嫌な汗がつうっと脇を潜り、
眼球が絶えず左右するのが感じられた。まずい。扉の向こうに何があるか分からないが、絶対に入らせて
はならない。入ってしまえば最後、私はどうなるか分かったものじゃない。
いや。
分かっている。
“アレ”が入ってしまったら、私は永久に白昼夢と現実の狭間で邏‽¿呶喇s死んでしまう臚邂dddd邏儺dだろう。
入らせてはならない。
私の体は徐々に光あるリビングに近づき、いよいよドアの取っ手に手が乗るところで、
真っ逆さまに暗闇へと放り投げられた。
最後に何をどう踏み間違えたのか、私は底なしの闇へと滑り落ちていったのだ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
どん底の絶望に絶叫が響き渡る。
『わははははは......』
呑気なお笑い番組の歓声がどんどん遠くに、なのに嫌に耳について離れない。
ずっと落ちる。果てしなく落ちる。終わることのない落下なのに、あと少しもすれば手痛く落ち潰れて
しまうかもしれない恐怖が付き纏ってきた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ......!!!」
悲鳴が私を追いかけるように聞こえてきた。
ああ、これが私のお終いなんだ......
ピピピピピピッ。
ピピピピピピッ。
「!?!?!?!?」
無機質なアラームが私を叩き起こす前に、私はがバリと跳ね起きた。ベッドのシーツはぐっしょりと汗
に濡れ、相当悪夢にうなされていたことがうかがえる。一旦アラームを止め、私は頭を抱えた。
「あの夢......」
今週で三回目の悪夢。同じ情景、同じ恐怖、同じ音......。いったい何なのだろうか。私は、さりとて二
度寝する気も起きず、のそりとベッドから這い上がって鏡に自分を映した。
鏡の前にいたのは、明らかに顔色の悪い女子高校生だった。目の下にはグロいほど黒々とした隈ができ
、黒髪は寝起きでぼさぼさだ。とはいえ直毛なのだからちょっと手を加えればすぐに整うのだが......。肌
はいかにも不健康な感じで青白く、下手したらゾンビに間違えられるかもしれないほどだった。櫛で髪を
整え、制服に着替え、家にあるもので朝食を手早く作る。片手間にベッドシーツを洗濯機に入れ、帰宅時
には乾燥するように設定しておいた。
「はあ......」
そして、今。
虚しさに早速首を括りたくなるような朝だ。
星宮影留。
聖スピカ学園の高校一年生で一人暮らし。部活に入っていなければ友達もいない、孤独な人生を生きて
いる。
一人暮らしになったのは、両親が去年の夏死んだからだ。両親は去年、交通事故に巻き込まれて心中の
形で死んでしまった。皮肉にも彼らは離婚届を出す途中だった。肉塊になった彼らに、しかし私は悲しみ
を覚えることもなかった。両親から愛情と言える愛情を注がれずに育った私は、ただこれからどこで生き
ればいいのか分からないだけだった。葬式を数人だけで簡単に取り締まり、母の兄と言われている叔父に
初めて対面した。叔父の顔は、覚えていない。叔父は私を彼の家に連れて住まわせ、代償に数々の雑用を
こなして高校に入学した。叔父はもうそれっきり私とかかわることをやめたいらしく、一人暮らし用のこ
じんまりとしたマンションの一室を与えて二度と会うことはなかった。なるほど家族である。妹が妹なら
兄も兄だ。私は、だけど叔父一家の温かい食卓に身を焦がすほど憧れた。叔父には一人娘と優しそうな妻
がいたが、その輪に私は決して招待されなかった。
まあいい。今、私には完全なる孤独と無関心の部屋がある。そこにいさえすれば、私は絶対に“温かい家庭”だの、青春時代の思い出”だのとは縁なく過ごすことができる。
「あ......」
ピピピピピピッ。またアラームが鳴った。そろそろ家を出なければならない。聖スピカ学園は家から電
車一本で着く。私はいつも決まった時間に決まった道を決まった服装で通るのだ。
「......」
荷物を背負ってスマホを見る。7:05。丁度いい。




