池田さんと春 その1
初めて小説を書いてみました。つたない文章ですが気軽に読んでみてください。
その女性が笑っているのをはじめてみたとき、私は、不覚にも、美しいと思ってしまいました。
私が女性の笑顔を美しいと思ったのは、これまでの人生で初めてのことでした。
その女性は、池田という名前である、ということを、私はその時知りました。もちろん、下の名前ではなく、名字のことです。彼女の左胸に張り付いている紙に、そう書いてあったのです。
なぜ、そのような紙を、彼女――池田さんは、左の胸につけていたかというと、私も参加していたその集まりが、大学のお笑いサークルの、新入生歓迎会、いわゆる新歓であり、その日初めて知り合った私たちが、円滑にコミュニケーションをとれるように、さらには、その会が終わった後も、同輩らの名前を覚えていられるように、と先輩たちが計らって私たちに紙とペンを渡し、名札を作るように言ったからでした。
私も、河原、と書いた紙を自身の左胸にぶら下げていました。
私が参加していた新歓は、「タージマハル」という名前のお笑いサークルによるものでした。このサークルは、一説によると、大学が創立されてから5年とたたないうちに創設された、由緒正しく、非常に名のあるサークルであり、数多くの伝説を持っているということでした。なかでも、学園紛争時には、そのお笑いで学生たちの士気を高め続け、大学当局を非常に疲弊させた要因の一つであるという話は有名でした。学園紛争終了後には、大学当局からサークルの解散令を出されたが、当時のサークル員たちが強く反発したことで、当局が根負けし、解散令を撤回させた、というのが、現サークル員の誇りであるというのです。
「タージマハル」という名前は、インド北部のアーグラにある、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンがその妃ムムターズ・マハルのために建設したという建造物とは一切関係がなく、サークル創設者である「田島ハル」という名前が由来であるということを、その日先輩の一人から教えてもらいました。
今回の新歓は大学のキャンパスにある教室で開催され、午後2時から始まり、「タージマハル」に興味を持った我々新入生に、先輩方が自前のお笑いを披露して、ちょうどよく時間がたち、夕食のころ合いになったら、先輩方が我々新入生を居酒屋に連行し、そのままサークルに所属するように口説く、という流れで進むそうでした。居酒屋で発生する食事代は、先輩方の懐から支払われる、というのが新歓において、多くの新入生を集めるための常とう手段であり、「タージマハル」もその例から漏れないようでした。
芸を披露したのは三十人程度で、十組でした。教室の後方の壁に、新入生用のパイプ椅子が30脚ほど、3列に並べられ、もう一方の、黒板がある壁に、教壇が置かれ、先輩方がその上に乗ってお笑いを披露する、という形でした。教室からは微かに埃のにおいがしました。
30脚並べられた椅子に対し、だいたいだいたい20席ほどは埋まったので、「タージマハル」の集客予想はまずまず、といったところと思われます。私は二番目の列の、中央から左に2つめの椅子に座りました。
それぞれの公演は、テレビで見るほどではないものの、それなりに面白いものばかりで、吹き出してしまいそうになるものもしばしばありました。なかでも私が一番興味を惹かれたことは、披露されたお笑いのなかに、コントや漫才だけでなく、落語も含まれていたことでした。お笑い研究会「タージマハル」は、落語研究会としても活動しているのです。落語を披露したのはすべてのうち一人しかいませんでしたが、その人が披露した「饅頭怖い」は、姿勢も声の抑揚も素晴らしく、今や日本で一番有名となった演目とは思えないほど、迫力があり、真新しいものに聞こえました。私だけでなく、ほとんどの新入生が頭一つ抜けていると思っていたらしく、あまりに見入ってしまうので観客が異様に静かでした。
私を強く魅了した、池田さんのその笑顔を見たのは、ちょうど、その公演の終わった後でした。
非常に興味深かった落語の公演が終わった後、興奮が冷めてきたせいか、急に喉の強い渇きを感じ、椅子の下に置いていたかばんの中からお茶の入ったペットボトルを取ろうとしたとき、私は次に行われる公演も観たかったため、視線を前方に据えたまま、自分の下に置かれたカバンには一目もくれず、手探りだけでペットボトルを取り出そうとしました。
しかし、いくら手を泳がせても、ペットボトルを探し当てることはおろか、それが入ったカバンさえも触れることができませんでした。持ってきたはずのカバンが見つからず、少なからぬ焦りを覚えました。 私は、この教室に入る前にカバンをどこかに置き忘れてしまったのかと考えましたが、すぐにそれはあり得ないことだと断定しました。公演が始まる前、この教室に入りこの椅子に座った時にお茶を一口、カバンからペットボトルを取り出し飲んだことも、その後、肩にかけていたカバンを椅子の下に置いたことも覚えていたからです。私はいよいよおかしいぞ、と思い、下をのぞいてかばんの位置を確かめようとしました。このとき、私の視界の端に、池田さんの笑顔が映りました。わずかに私の目に映るだけでも、その笑顔は私を誘惑するだけの破壊力を持っていました。カバンを探すのをやめて、私は振り返って彼女の座っている後ろ見ました。彼女は3列目の中央に座っていて、つまり私は彼女の左前に座っているという位置関係でした。
彼女が何について笑っていたのかは、その時の僕にはわかりません。ひとつ前の公演が終わってから、10秒ほどたっていて、次の公演が始まる直前でした。あるいは、前の公演が非常に面白かったので、余韻に浸っていたのかもしれないと思いました。ですが、私には彼女がどのような理由で笑っていたかは問題ではではありませんでした。
唯一の問題は彼女の、まさに花のような笑顔そのものだけでした。
前述したように、私はその笑顔を見て美しいと感じました。19年の人生にして、そのようなことを女性に対して感じたのは初めてのことでした。これからの人生においても、二度と出くわさない感情かもしれないと思いました。
池田さんは正面を向いて、まっすぐ黒板のほうを向いて笑っていました。彼女の笑顔は、彼女の持つ金色に脱色された、肩の位置に合わせて切られた髪の毛に、とてもよく似合っていました。私は彼女の顔に気を取られるあまり、カバンを探すことを忘れてしまっていることに気が付きましたが、もうそのころには喉の渇きは雲散霧消していました。私が彼女を見ている間、彼女の口角は上がったままでした。3秒ほど、彼女の顔を見つめていたと思います。すると、彼女は私に見つめられていることに気が付いたのでしょうか、彼女は首を、すっと回転させて、私のことを覗きました。彼女がこちらを見ようとしていることに気が付いたとき、あわてて私も黒板のほうに振り向き、彼女に私の顔を見られまいとしましたが、私のこの行動は、目的を達成するには遅すぎたらしく、私は彼女とほんの少しだけ目が合ってしまいました。私と彼女の目が合っていたのは、1秒の半分の、その半分にも満たない時間でしたが、私の心が奪い取られるには十分すぎました。
振り返ってから、なんとか次の公演に集中しようとしましたが、うまくいきませんでした。私の心臓は大きく波打ち、呼吸も浅くなり、要するに興奮が冷めませんでした。お茶を飲もうとしていたことがとっくの昔のことに感じられ、ひたすらに、頭の中で彼女の笑顔を反芻していました。それは時間が経てば経つほど、より一層美しいものに感じられました。その美しさを形容する語彙を、私が持ち合わせていないことに対して、私は一抹の不甲斐なさすら覚えました。




