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第三話 将軍復帰、されど操り人形


永禄十一年(1568年)秋――。

尾張の織田信長が軍を率い、足利義昭を奉じて京へ向かった。


その姿は、まるで歴史の風向きを変える軍神の行進のようであった。

五万とも六万とも伝えられるその軍勢は、秩序立ち、沈黙を保ち、軍律に厳しく――兵たちの間にあるのは、略奪ではなく征服の志。

かつての野武士の軍ではなく、明確な意志と戦略を備えた、「天下取りの軍」であった。


義昭は、その軍の中央にあった黒塗りの輿に乗り、黙して都への道を見つめていた。


輿の外では、細川藤孝と和田惟政が常に付き従い、動きを見守る。

だが、彼らの目にも、もはや“主君に仕える”というより、“護送する”という印象が拭えなかった。


「……まるで、檻に入った囚人だな」


和田が冗談めかして呟くと、藤孝が小さく睨んだ。


「軽口を。今は、上洛という歴史の大河に立つ時。我らはその橋脚となるべきぞ」


和田は肩をすくめると、遠く前方の軍の先頭――織田信長の軍旗を仰いだ。


「橋脚もいいが、流されて折れぬよう、気をつけねばな」


 


道中、諸国の武将たちが織田軍の進軍を横目に見送るばかりで、妨げる者はいなかった。


かつて幕府に弓引いた三好三人衆も、今は京で防戦の準備をしていたが、信長の進軍速度と勢いに恐れをなしたか、迎撃する様子は見えなかった。


民はざわつき、都の空気は静かに、しかし確実に変わりつつあった。


「また、将軍様が戻られるのか……」


「いや、今度の将軍は本物かどうか……。信長公の言いなりではないか?」


そんな囁きが、茶屋の片隅、路地裏の井戸端、貴族の屋敷の回廊にまで漏れ伝わった。


 


十月、京着陣。

義昭の目に映った京は、想像していたよりも荒れ果てていた。


かつて「王城の地」とまで称されたこの都も、度重なる戦乱と政変により、瓦礫と廃屋が目立つ。人々の目は疲弊し、どこか希望を失っていた。


「ここが、兄が死んだ都……」


義昭は、かつて兄・義輝が剣を振るい、命を散らした二条御所の焼け跡を遠巻きに見つめながら、唇を噛んだ。


「……戻ってきたのだ、我らは」


 


だがその「帰還」が、すぐさま祝福されることはなかった。


朝廷は冷ややかに義昭を迎え、摂家も動こうとはしない。三好残党は北白川の辺りに拠点を構えて抵抗を見せており、都の治安も安定していない。


そして、義昭の「将軍就任」の話題は、都人たちの間でもどこか「現実感を欠いたもの」として扱われていた。


むしろ――注目されていたのは、彼を奉じてきた織田信長の方だった。


 


信長は、京の各地に衛兵を配し、戦乱の名残を一掃するかのごとく整備を進めた。


洛中の道を整え、兵による略奪を禁じ、寺社には使者を送り、貴族には米と銭を供出。

すべては「将軍義昭公のため」と称しながらも、実際に指揮を執っていたのはすべて信長であった。


 


その夜、義昭の居所にて。


彼は寝所に届いた献立をぼんやり見つめながら、ぽつりと呟いた。


「……我は、戻ってきたのか。それとも、“戻された”のか……」


 


その呟きに答えたのは、いつものように傍らに控えていた細川藤孝だった。


「殿、将軍職は、近く決まりまする。朝廷も信長公の圧に抗いきれませぬ。……もはや、時間の問題にございます」


義昭は目を閉じる。


「将軍か……ならば、私は何を持って将軍たり得るのだ?」


 


その言葉には、ただの不安ではなく、“予感”があった。

自分の将軍職が、実のない“看板”として扱われることを、義昭は既に感じ取っていたのである。


 


――数日後。


将軍宣下の儀が、厳かに執り行われた。


後陽成天皇の勅許により、義昭は第十五代征夷大将軍として任命され、朝廷より正三位を賜った。


一見すれば、幕府が蘇り、将軍家が復活したように見えた。

だが――その実態は、限りなく空虚な「名目」に過ぎなかった。


 


信長は、将軍義昭の御所を修繕し、家臣団を整える人員を派遣した。が、そのほとんどが織田家の者であり、義昭の自由はほぼ奪われていた。


「御前にあらせられる御政務につきましては、織田殿下より下知がなされておりますゆえ……」


「申し訳ありません、御所の兵数も、信長様の許可が必要でございます」


「都の警護については、あくまで“軍政上の責任”ゆえ、将軍様の御意向を反映するのは難しいかと……」


 


――つまり、何も決められない将軍。


義昭はその日、夜帳をくぐると、膝を抱えて静かに座した。


「これは……将軍ではない。まるで、飾り物の人形……」


 


やがて外から、鼓の音が聞こえてきた。

京のどこかの貴族屋敷で開かれている宴だろう。祝賀の酒に酔いしれ、盃が交わされる中、ただ一人、義昭はその音を遠く聞きながら、己の無力に震えていた。


 


それでも、まだ彼は――

「義」という言葉を、胸の奥深くで信じていた。


 






永禄十一年十一月――。


将軍宣下の儀から数日が経った。

かつての室町幕府の威光を再び京の都に取り戻すはずの足利義昭は、二条御所の復旧工事が続く中、仮御所にて日々の政務に臨んでいた。


もっとも、「政務」といっても、その実態は形式ばかりであった。

進物、礼状、儀礼の受け答え、そして朝廷や寺社からの形式的な進上。

地方諸侯からの使者が来ることもあったが、そのほとんどが――


「将軍家のお力添えはありがたいが、我らが従うは織田上総介殿の方でござる」


――という前置きの後に続く、織田政権への忠誠表明にすぎなかった。


 


ある日、義昭は御前に出仕した老臣・三淵藤英にこう尋ねた。


「三淵。そちはどう思う? 我は将軍にあらず、ただの“政権の飾り”か?」


三淵は一礼したのち、慎重に言葉を選びながら言った。


「上様。確かに今の政は、織田殿の采配によって進められております。

されど、上様が“足利将軍家の威光”を持って都に戻られたことに、民も諸侯も意味を見出しておられます」


「……それは本当に、“意味”があるのか?」


「意味を見出す者にこそ、歴史は従いまする」


 


義昭はしばし沈黙した。

その表情に、怒りはなかった。ただ、心の奥底に溜まってゆく“違和感”が、じくじくと広がっていた。


 


その日の午後、義昭は御所の庭で細川藤孝と語らっていた。


「藤孝。将軍家に連なる者が、ここまで無力であっていいのか?」


「無力ではございませぬ。上様の御存在自体が、この京の秩序を繋いでおりまする」


「……だが、何も決められぬ将軍に、誰が従うのだ?」


藤孝は視線を下げたまま答えなかった。


 


そのとき、門の方から来訪者があった。信長の重臣――明智光秀である。


光秀は幾重にも折りたたまれた奉書を広げ、恭しく告げた。


「将軍家上意により、洛中・洛外の治安維持、ならびに町人税制の再整備を、信長公の裁可に基づき行う旨、申し伝え候」


義昭はその文言に眉をひそめた。


「それは、将軍家が定めるべきことではないのか?」


光秀は冷静に答えた。


「はい。されど上様のお名をもって下される政令に、信長公の武威が加わることで、より迅速に、より確実に民へ浸透いたします」


 


義昭はそのとき、自分が「名」だけを与えられ、政の“実”を織田が握っていることを再確認することとなった。


表向きは将軍の名の下に行われる政治。


だが、起草も、執行も、軍事も――すべて信長の掌の上である。


 


「……そうか、分かった。すべて任せるがよい」


そう告げた義昭の声は、冷えていた。


 


光秀が去った後、義昭は掌に力を込めた。


「信長は、私を将軍と呼ぶ。だが、それは彼にとって“使える駒”だからだ」


「使えぬと見なされれば、いつでも捨てられる……」


 


夜、義昭は書棚から兄・義輝が用いていた書簡集を引き出した。


そこには、三好長慶との折衝、将軍直筆の布告草案、討伐命令の下案――

すべて、将軍自身が動き、判断し、戦っていた痕跡があった。


「兄上は、剣をもって威信を保った。私は――?」


義昭は筆を取る。


一通の手紙を書いた。


『天下の道理は、力にあらず。

義の下にこそ、人は集うと心得候。

然るに、将軍家の威をもってしても、裁断ひとつ成せぬは無念の至り――

然れども、我未だ退かず。

義の道、見失うことなく候。』


 


宛先はなかった。

ただ、その書は後に“義昭私記”と呼ばれ、密かに家臣の間で回覧されることになる。


 


一方、織田信長は京郊外の本陣にて、家臣たちと次なる布石を打っていた。


「京は掌中に収めた。問題は、今後だ。将軍家の威光を使い続けるか、あるいは――」


柴田勝家が問いかける。


「では、いずれ義昭様を……?」


信長は一瞬だけ、思案するように遠くを見つめた。


「その時が来れば……捨てる。だが今は、使う。将軍という名の御旗は、戦の正義を装うには、都合がよすぎる」


 


その言葉が意味するもの――

それは「義昭の存在は、信長の正当性の“演出”に過ぎない」という冷徹な真実であった。


 


義昭は、まだその全てを知らぬまま、

ただ一人、都の片隅で“将軍の理想”という幻影と格闘していた。


 


だが、心のどこかで――

「このまま終わってはならぬ」という熱が、静かに燃え始めていた。


 





永禄十二年――。


将軍就任から数ヶ月が経過した。

都は徐々に整備され、町人の往来も戻りつつあった。

それは織田信長の軍政の成果であり、義昭の名による統治とされてはいたが――実際、将軍が直接行えることは、依然として限られていた。


義昭は日々の政務に臨みながら、政治に携わる機会を得ようと努力していた。


「本願寺からの訴願状、直接この手で目を通したい」


「丹波の氾濫被害、現地からの報告をまとめて報告せよ」


「寺社の特権見直しについて、関白殿とも話がしたい」


だが、彼が動こうとするたび、その前に立ちはだかるのは――


「上様、それは信長公がすでに方針を定めております」


「武家奉行からは“軍政に口出し無用”との沙汰が届いております」


「御所の警備体制も、織田家の兵によって整えられておりますゆえ……」


すべてが、「将軍は静かに座していればよい」と言わんばかりだった。


 


義昭は自らの命令に従わぬ家臣に苛立ちを募らせるようになった。

以前までは黙って受け入れていたが、ある日、とうとう怒声を上げてしまった。


「お前たちは誰に仕えておる! 将軍たる我か、それとも信長か!」


叱責されたのは政所頭人の松田政近であったが、彼は毅然として答えた。


「将軍家にございます。……されど、今は“力”ある者に従わねば、幕府は維持できませぬ」


その言葉が示しているのは、もはや「信長こそが実権者である」という公然の事実だった。


 


義昭のもとには、少しずつ人が寄り付かなくなっていた。


朝廷は信長を“天下静謐の功臣”と称え、諸侯も信長の名の下に服属を誓い始めていた。

義昭は、京の御所に在ってなお、政界の“外”に置かれた状態だった。


 


その孤独を慰めてくれたのは、数少ない信頼できる旧臣たちであった。


細川藤孝、和田惟政、三淵藤英、そして僧侶上がりの家臣・奈良興福寺の僧侶崩れ、昌仙。


ある日の夜、義昭は彼らを集め、静かに言った。


「我は傀儡なのか? 飾りの将軍なのか? 正直に申せ」


皆が言葉を失い、目を伏せた。

唯一、昌仙がぽつりと口を開いた。


「飾りにござる。……されど、飾りは“柱”ともなりましょう。

柱がなければ、屋根は落ちる。信長公も、殿を利用せねば民の信を得られませぬ」


義昭は微笑を浮かべた。


「見事な詭弁よ。されど、それでもよい。……利用されても構わぬ。

だが、その中に、我が“義”を通せる隙間が一寸でもあれば――そこに、未来がある」


 


この言葉に、藤孝の表情がわずかに緩んだ。


「ならば、殿。いずれの時に備え、諸侯との縁を広げておかれませ。信長の力が衰えた時、それが“政の実”を取り戻す鍵となりましょう」


「ふむ……」


義昭はその場で筆を取り、数通の書状を書き始めた。


宛先は、毛利元就、上杉謙信、武田信玄、朝倉義景、浅井長政――

いずれも織田に対抗し得る実力者たちである。


「いずれ、信長が“義を欠く存在”と成り果てたとき――

その時、天下が求めるのは“義”の名の下に立つ者である。……ならば、我しかおらぬ」


その声はまだか細い。

だが、そこには確かな炎が宿っていた。


 


 


【信長の台頭】

一方、織田信長は次々と改革を断行していた。


楽市・楽座、関所撤廃、官僚制の整備、直轄地の拡大――

すべてが戦国武将の枠を超えた、「支配体制」構築の動きだった。


そして、その中心には“将軍家”が据えられながら、実際の政治は信長が牛耳っていた。


義昭の書状も、諸侯には届いていたが、返答は慎重なものばかりだった。


毛利元就「上意、しかと承るも、尾張殿との関係もあり、軽挙はいたしがたく候」


上杉謙信「将軍家への忠義、心より存じ上げ奉るも、越中方面にて手が離せず」


武田信玄「貴意は了解せり。しかる後、信長殿の振舞い次第にて判断す」


 


すべてが“様子見”であった。

義昭には実力がなく、信長が強すぎた。


 


義昭はその現実に、もはや怒ることはなかった。

だが、その代わりに芽生えたのは――


「我はこのまま、信長の影に埋もれ、ただの過去の象徴となるのか?」


という、焦燥に似た恐怖であった。


 


ある夜、義昭は寝所にて夢を見た。

夢の中で、兄・義輝が、血塗れの剣を握ったまま立っていた。


「義昭……その椅子に座るだけならば、なぜ私が命を賭したのか、わかるまい」


その言葉に目を覚ました義昭は、ひとり、立ち上がった。


夜明け前の空が、うっすらと白みはじめていた。


「兄上……我は、座して死なん。必ずや、動いて見せる」


 


この時、足利義昭は初めて、「傀儡」ではなく「策謀者」としての意識を手に入れた。


そしてそれは、後に織田信長と真っ向から対峙する“信長包囲網”の序章となる。


 










永禄十二年、晩春。

足利義昭が将軍となって半年余り。

彼の名は京の都に根付きはじめたものの、現実は信長の「軍政」の影に押され、形ばかりの権威が空を舞うにすぎなかった。


しかし、その義昭の心には、確かに変化が生まれ始めていた。


 


ある朝、義昭は書院で政務に臨んでいた。


日々の報告を受けながらも、彼の眼差しは鋭さを帯びていた。

形ばかりの命令にはうんざりしていた。

今日こそは、自らが定めた政を通すと、彼は決意していた。


 


報告役の三淵藤英が、畏まって口を開いた。


「洛中の貧民の間に疫病が広がっております。とくに下京の長屋町では、死者も増えておりまする」


義昭は静かに頷き、返した。


「医師と薬草師を募り、米と銭を施すよう命じよ。寺社には粥施しの協力も願い出ること」


「……は」


三淵はわずかに驚いた様子を見せた。

将軍家自らが、庶民への直接施策を命じることは極めて稀であった。


「さらに、都において商いの過度な独占を避けるため、座制度の再調整も進めよ。

また、洛外の農民に対しては、年貢半減の一時措置を施す。織田家の地でも、これは将軍令として行うよう申し入れる」


「上様……」


三淵の声に、動揺がにじむ。


 


それから三日後――

信長の重臣・明智光秀が、やってきた。


光秀はいつものように無表情で、静かに義昭の前に座した。


「上様の御布令、確かにしかと拝見仕りました。

……しかしながら、これらの施政については、すでに織田殿が政庁にて対策を講じておりまする」


義昭は返す。


「だが、それは“私の名”ではない。京は将軍の直轄にして、武士政権の象徴であるべきだ。私が動かねば、将軍家の意味がなくなる」


光秀は一瞬だけ黙し、やがて切り返す。


「上様の御意志、まことに崇高なれど、現実においては兵糧、人足、そして金子を織田家が賄っております。

……従って、その決裁権もまた、織田殿にあると心得まする」


 


義昭の目が、光秀の目を真っ直ぐに射た。


「明智――。そなたは、どちらに仕えるつもりか」


光秀は答えなかった。

やがて静かに立ち上がり、一礼し、去っていった。


 


義昭はしばらく沈黙したあと、声を漏らすように呟いた。


「……“仕える”とは何か。“忠義”とは、誰に向けるものか」


 


その日の夕刻、御所の庭で藤孝が声をかけてきた。


「殿。民は、殿の布令に安堵の声を上げておりますぞ。

たとえ短き施しであろうとも、“将軍が民を見ている”と知ることに、意味があるのです」


義昭は小さく頷いた。


「では、私の布令は施行されたのか?」


「一部は。ただし、織田殿の政庁より“将軍家の命令は、信長公の許可を得て実行せよ”との通達が参りました」


「……そうか」


義昭の表情は曇らなかった。

むしろ、静かに、しかし深く覚悟を決める者の表情を浮かべていた。


「ならば、織田に頼らずとも布令を実行できる“力”を――いつか我が手にせねばなるまいな」


 


 


【義の反骨、密やかに】

それから義昭は、かつての敵とも言える人物に密かに使者を送るようになる。


一人は越前の朝倉義景。

一人は近江の浅井長政。

そして、山陰の毛利元就の子・小早川隆景へも。


「織田信長は、義を弁えぬ者。いずれその覇道は、諸侯を苦しめましょう」


「いまは静観のときなれど、将軍家の御旗を信じていただきたく」


その書状に対し、明確な返答はまだなかった。

だが、義昭はあきらめなかった。


彼は知っていた。信長が大きくなりすぎれば、かならず反動が訪れることを。


 


そして、ある夜。

御所の庭に一人たたずむ義昭のもとに、藤孝がひそかにささやいた。


「殿。……越前より、密使が来ております。朝倉殿、浅井殿ともに、場合によってはご協力を――とのこと」


義昭は目を閉じ、静かに呟いた。


「義が、ようやく動き始めたか」


 


 


【幕引きの前に、幕を開ける者】

信長の政権は、ますます盤石になりつつあった。


だが、その礎には、確かに“将軍家の御威光”という名の影があった。


義昭は、今はその“影”にすぎない。


だが――


「いつか、この影が、信長の歩む道を断ち切る“刃”となろう」


義昭の中に芽生えた“反骨”は、やがて“信長包囲網”という現実の火種となる。


 


彼はこの時代に生きる者として、ようやく一つの答えを手にしていた。


「力なき正義に意味はない。されど、正義なき力もまた、滅ぶ」


 


歴史は、いま一つの転機を迎えようとしていた。


義昭の義が、信長の覇道と衝突する日は、遠くはなかった――


 

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