殿下が、妙な場所にいるようですわ。
―――どこだ、ここ?
サーダラ兄ぃをアマツミカボシから蹴り出したワイルズは、気づいたら真っ暗なところに立っていた。
「何だ? ハムナのピラミッドの中みたいなところか?」
そう思いながら、明かりの魔術を行使しようとするが、発動しなかった。
「何で明かりが灯らんのだ!?【聖剣の複製】も弾き飛ばされたし……」
ブツブツ言いながら、とりあえず動こうと思って足を踏み出したが……何となく足元がふわふわした感じだし暗くて見えないしで、進んでいる気がしない。
「目が慣れたら何か見えないか?」
キョロキョロと周りを見回しながら、とりあえず足を動かしていると、闇の向こうに何かの気配を感じた。
「む? 何だ? ……誰かいるのかー!?」
見えないまま呼びかけると、闇の中にポツン、と光が灯った。
「お、明かりだ!」
そちらに向かって行くと、薄ぼんやりした灯りの中にいるモノの姿を見て……ワイルズは、少し眉根を寄せた。
「魔性か……?」
『人ではない、という意味では、そうとも言える』
素手なので、流石に少し警戒しながら呟くと、返事があった。
空中に浮かんでいるモノは、明らかに人間ではない。
姿が奇怪だったり気持ち悪かったりするだけであれば、別に魔獣で見慣れているのだが……それは、『年老いた赤子』としか形容できない存在だった。
教科書に載っていた胎児の挿絵に似ていて、短い手足と背中を丸めている。
しかしこちらを向いた顔は老人のようで、全身の皮膚も水に浸かりすぎたようにシワが寄っていた。
それの周囲には、ワイルズが発見した小さな燐光が漂っている。
ゆっくり流れる光は、フラスコのような形をしているように見えた。
「お前、話が通じるのか? ここはどこだ?」
『どこ……ここは時間と空間の狭間とも、夢とも、魂の内側とも言える、そのような場所』
甲高いのにしゃがれた声音でそれが答えるのに、ワイルズはますます眉根を寄せる。
「おい、言っていることが小難しいぞ」
『どれかが伝わればよい。どれと思っても正解ではなく、間違いでもない』
「そういう言い回しが、小難しいと言っているのだ! ハッキリ言えんのか!?」
『正確な言い方では、より理解も及ばぬ』
こちらの質問には流暢に答えるのに、何となく自分から何かを言うつもりがなさそうなそれに、ワイルズは尋ねる。
「場所のことはもういい。お前、名前はあるのか?」
『我は魔神が眷属、六悪四凶が一、 全知の代弁者〝貪欲なる胎児〟』
「……どっかで聞いたな?」
口にした単語の一部が引っかかり、ワイルズは首を傾げて、むむむ、と悩んでから、思い出した。
「ああ、『禍ツ星』の伝承に書かれてたやつか。『四凶』とかいうの」
『……』
「ってことは、お前がアマツミカボシなのか?」
『否。あれもまた元は眷属なれど、今は傲慢なる魂亡き後。虚なる『力』のみの残骸』
「なぁ、もうちょっと噛み砕いて喋れんか? っていうか、噛み砕いて喋って欲しいんだが?」
ワイルズがちょっとお願い気味に言ってみると、エイワスとやらは微かに笑ったような気配を見せた。
『己が愚かしさを自覚するは、相変わらずか。無知の知』
「愚かって言うな。……相変わらずって何だ? 私はお前に会ったことはないぞ」
『今世において、対面は初。其方との出会いは、前世と呼べる時故に』
「前世?」
『左様。ここは全知の領域にして、眷属の領域。至ることが叶うは、六悪四凶のみ』
「……えーと、つまり?」
『魔神の眷属にのみ、入ることが許された場所である』
「私は魔神の眷属とかではないが!?」
『否』
宙に浮いたエイワスは、小さく首を横に振る。
『其方の魂は、〝愚かしき狼〟。人たるを望んだ『四凶』なれば』
「????? 魔性が人間になる?」
ワイルズは、意味が分からなかった。
「ああでも、人間が魔性になることはあるから、逆もあるのか?」
首を傾げつつ、そんなこともあるか、と納得しかけていると、エイワスがまた小さく笑う。
『魂は、罪を濯ぐ昇天堕獄を望まぬ限り、輪廻の内にある。死したる魂は、大地を流れる輪廻の竜脈にて、罪以外の無垢へと還る。魂を同じくする者とて、死が隔てば人格も性質も生誕も、異なるは必然』
「つまり!?」
『其方は前世で人であり、魔性となり、今世で再び人である。記憶もなければ性格も違う』
「最初からそう言え!? わざとやってるのか!?」
ワイルズは、なんかからかわれているようで非常に気分が良くなかった。
しかしエイワスは、気にした様子もなく再び言葉を口にする。
『何にせよ、其方の出自は『四凶』なれば。その本質、昇天堕獄を経ぬ限り変わらぬ。其方の『宿命』は『四凶』なり』
「ああもう意味分からん……じゃ、『四凶』とかいうのは魔性じゃないのか!?」
『そうであるとも、そうでないとも言える。『宿命』は人と魔性の別なく、魂に刻まれし業なれば。奈辺に在ろうと『宿命』である』
「ああ、もういい!! いちいちいちいち訳が分からんのだ!」
ワイルズは地団駄を踏んだ。
「もう全部どうでもいいから、さっさとここから出る方法を教えろ!」
するとエイワスは少し黙り込んだ後、ポツリと呟いた。
『拙せど速きを望むのであれば、そのように。我は使者故。我は伝令故。故に伝えよう、〝愚かしき狼〟。其方は、力を望むか』
「力? いやだから……」
『あらゆる干渉を、災厄を、退ける力を望むか。己が身一つで、人を守りも害しもする力を望むか。己が身の人たるよりも、それを望むか』
「人の話を聞け!? つ・ま・り!?」
『人としての意識を持ったまま『四凶』に目覚めれば、凄まじい力が手に入る』
「いらんわ!」
何を言っているのか分かるようにエイワスが口にした瞬間、ワイルズは即答した。
「力など、別にもうある! それより、アトランテ王都に戻せ! 私はほんっっっとうに忙しいのだ!!」
『忙しい……?』
「大体、私は〝愚かしき狼〟などという名前ではなく、ワーワイルズ・アトランテという、両親から貰った立派な名前があるのだ! そう呼べ!」
『……』
「質問に答えろ! どうやって戻るかを教えろ! 私はアマツミカボシから、皆と一緒に国を守らねばならんのだぞ!!」
ワイルズはビシッとエイワスに指を突きつけ、さらに言葉を重ねる。
「魔物とか魔獣とか魔性は、民の皆にとっては怖いんだぞ! 殺されてしまうかもしれんくらい強いのだ! 私は、王族として、力を持たぬ者たちを守らねばならんのだ! ディオーラだって、家族の皆だって、その為に今、頑張っているのだ!!」
だから、こんなところで、グズグズしている場合ではないのである。
「それに上妃殿下らはともかく、ディオーラは目が弱いのだぞ!? あまり長時間無理をさせると、また倒れてしまうだろうが! そうなる前に、私があのガイコツを斬るのだ!」
ディオーラは、すぐに無理をする。
【整魔の腕輪】のお陰で最近はマシだが、本当は魔力もあんまり使ったらダメだし、無理し過ぎると倒れてしまうのだ。
ただ倒れるだけならまだしも、ディオーラの場合は命に関わるのである。
「私よりめちゃくちゃ優秀でも、王妃だってやっちゃダメだと思ったから、一回は婚約破棄までしようとしたのだぞ! でも王妃になるのはやめないっていうから、その分私が頑張らねばならんだろうが!!」
体力と剣技だけは、それなりに自信があるのだ。
三日三晩寝なくたってへっちゃらなのだから、時間かけたら出来ることはワイルズがやればいいし、魔獣退治くらいならワイルズが代わりにやればいい。
今がその時だ。
さっさとアマツミカボシを倒せば、聖結界を最大出力で維持する必要もないのだから。
「大体、他人に軽々しく『力をやろう』なんて言うやつはな、昔っから悪いヤツだと相場が決まっているのだ! ディオーラがそう言っていたからな!」
ワイルズはふん、と胸を張る。
「ディオーラはその後、こうも言っていたぞ。『頑張って得たものだけが自分のもの。それ以外は人から貰ったもの。感謝こそすれ、自分のものではありませんわ』とな! お前の誘いにほいほい乗ったら、またディオーラに『愚かですわねぇ』と呆れられてしまうだろう!」
ディオーラがワイルズに『愚かですわねぇ』という時、ディオーラの言葉はいつだって正しいのである。
だから、昔言われた言葉をそのまま教えてやった。
「ーーー私は、そこまで愚かではないのだ!!」
ワイルズがそう叫んだ瞬間。
後ろからいきなり飛んできた光線が頭の脇を掠めて、耳がキーンとなるくらいの大きさで、怒鳴られる。
『ワーワイルズ・アトランテ殿下ッ! いい加減、シャキッとなさいませッ!』
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