いい加減、シャキっとなさいませ!
「レオニール殿下……!」
例外的に通行を許され、騎獣と騎竜に乗って速やかに案内されてきたのは。
以前、『魔獣の大樹林』に映像を送った際に御目通りした、レオニール・ライオネル殿下だった。
そして、随行しているのも、予想通りの人々。
「レイデン卿……それに、リオノーラ夫人!」
「お久しぶりですわ〜」
ふんわりと、相変わらずのんびりとした口調のリオノーラ夫人が、おっとりと手を振り、すぐにチラリとレオニール殿下に目を向ける。
「礼を欠いての来訪になり申し訳ありません、上妃陛下」
「それは良いのですが……どうやって、何故ここに?」
「どうやって、は、我が国には上妃陛下の名声に劣らぬ魔導卿がおりますから。彼の力を借りて転移して参りました。片道なので、自分の足で戻らねばなりませんが」
レオニール殿下は、真剣さの中に少しだけ茶目っ気を滲ませて片目を閉じた。
「なるほどの。かの者であれば、転移の魔術を復活させていても驚かぬが」
「この地には目印があったようで、助かりました。そして何故、の方ですが……『『禍ツ星』が降るのであれば、聖剣とその遣い手がご入用だろう』と、リオノーラ夫人が仰いまして」
と、レオニール殿下が並び立つレイデン卿とリオノーラ夫人に目を向けながら、自分の腰に下がった剣を叩く。
「微力ながら、助太刀にと」
「相変わらず……千里眼ですわね」
思わず、ディオーラはそう漏らした。
けれど、リオノーラ夫人はゆっくりと首を横に振る。
「それは〜、上妃陛下が秘密裏に〜、危難の起こりを各国に通達していてくれたお陰ですわ〜」
すると、レオニール殿下も頷いた。
「妻のイオーラも、必要になるだろうと言っていたので。二人の才媛にそう言われたら、動かざるを得ません。本当は真の聖剣の遣い手である〝光の騎士〟も連れて来たかったのですが、あいにく王都を出ていまして。ですが、我々だけでも間に合って良かったですよ」
上妃陛下を含めて、こう在りたい、と尊敬出来る人々が、世界には数多くいる。
「また、借りが増えるのう」
「いいえ、色々返していただいていますので、お気になさらず」
「レイデン卿も。ハムナでの我が後継者らへの助力に重ねて、感謝する」
「身に余るお言葉です。期待を裏切らぬよう、精進致します」
時間がない為、手短に状況を説明した後。
「上妃陛下。一応、私の大規模破壊魔術の使用許可が、特例によって降りています。魔獣来訪の予兆を、事前に通達していただいて助かりました」
最後に、レオニール殿下が言い置いていくと、麒麟の親子が、彼の後ろをポンポンと跳ねていく。
レイデン卿も、キングレオンと白い飛竜でベル湖へと向かった。
白い飛竜の操り手は、南部辺境伯騎士団竜騎士隊の隊長らしく、聖剣の遣い手ではないけれど有能な方であるら強い。
バンちゃんに劣らない動きで危なげなく飛び、レイデン卿を持ち場に連れて行っていた。
それと前後して、貴族らの指揮を取っていた、上妃陛下によく似た顔立ちの王妹……サーダラ殿下のご母堂が報告に訪れる。
「お母様! 瘴気体の駆逐、ほぼ完了しました!」
「よくやった。順次貴族らを退避させよ」
聖結界魔導陣の中心に、ディオーラ達は四人並んで立つ。
それからしばらくして、天に向かって光線が走り、上妃陛下の〝天照らせ〟に劣らない規模のレオニール殿下の魔術が、天空で炸裂した。
上王陛下と戦っているアマツミカボシから放たれ続ける瘴気によって、どんどん分厚くなっていた瘴気雲が、聖気を纏った炎に焼かれて影響が薄まる。
「今じゃ!」
聖結界が解かれ、すぐにベル湖を包むように再構築された。
それを合図に、全員が準備に入る。
フロフロスト国王陛下が氷の魔術でウォルフ様とメキメル様を氷の中に閉じ込め、ヨーヨリヨ公爵閣下が浄化の魔術によって、極力瘴気の影響を削ぎ落とした。
上王陛下が魔刃【草薙】と【聖剣の複製】の連撃でアマツミカボシの瘴気の触腕と両腕を斬り落とし、距離を取ると……。
「―――〝岩戸開き〟」
上妃陛下の聖属性の魔力が、聖結界の魔導陣を走る。
そして、ディオーラの影とワイルズの影を繋いだのと同質の魔術によって、ディオーラの脳裏に、瘴気を浄化しながら三つの道が開かれるイメージが流れ込んできた。
―――凄まじい魔術ですわ。
横に立つ上妃陛下の額にビキビキと血管が浮かび上がり、唇が捲れ上がる程に食い縛った犬歯が覗いでいる。
本来、その機能を備えていない聖結界魔導陣の上に、従来魔術を行使する際のイメージのみで、魂に干渉する魔術の術式を重ねているのだ。
少しでもズレが生じれば起動しない、繊細な術式。
それを行使しながら、魔人王以上の魔性三体を産む程の瘴気を退けるのは、上妃陛下にとっても決して容易いことではないのである。
ましてこの魔術自体は、上妃陛下のお力のみで発動しているのだ。
瑞獣と聖剣の力は、あくまでも聖結界の強化で瘴気の影響を多少削ぐ程度であり、その力の多くは魔性と瘴気を聖結界の外に出さないことに注がれている。
聖結界自体の負担は、その二つの要素で軽減されているけれど。
上妃陛下が抜けたことで、それまでと比にならないくらい維持の負担が重くのし掛かっているのを、ディオーラは感じていた。
無謀であっても、為さねばならないのであれば、為す。
その意志を体現したような、人類最上級の魔術を、ディオーラは目の前で見た。
―――わたくしも。
そう思いながら、上妃陛下の合図を待ったけれど。
「リーレン、アンナ!」
名を呼ばれたのは、他のお二方のみだった。
意識の中でも、経路が繋がったのはウォルフ殿下とメキメル様のみ。
「「〝清めよ〟!」」
お二人方が浄化の魔術を発動し、魔性と化した二人の魂を浄化する。
強烈で野太い咆哮が辺りに響き渡り、ウォルフ殿下とメキメル様の姿が見慣れたものに戻る。
そうして気絶した体を、フロフロスト陛下とヨーヨリヨ閣下が受け止めた。
―――ワイルズ殿下……!
「届かぬ……!」
上妃陛下が、悔しげに呻いた。
ディオーラは、即座に告げる。
「上妃陛下、わたくしも……!」
「ならぬ……! 助力によって現状を打破しても、その後無理に浄化の魔術を重ねれば、そなたの瞳が潰れる……!」
その言葉に、ディオーラは怒鳴った。
「構いませんわ! このまま殿下を見捨てることになるくらいならば!」
「……!」
「大丈夫ですよ、ディオーラ」
「そうですよ!」
目を見開く上妃陛下に変わって、リーレン妃陛下とアンナ様がそれぞれディオーラの肩に手を添える。
「わたくし達の手は空いたのです」
「助太刀は、私たちがします!」
そう言って、聖結界を維持する魔力はそのままに、お二人が上妃陛下に魔力を提供する。
「其方ら……!」
「ワイルズは、わたくしの子です」
「それに私たちだって、いつまでも上妃陛下に頼り切りではないのです!」
そうして、アマツミカボシ本体に、ジリジリとイメージの道が伸びていく。
さらに。
「さ、サーダラ様ぁ! ダメです、瘴気の影響を受けた体でぇ!」
「常人よりは耐性がありますから、大丈夫です。それに、今のところ何の役にも立ってませんからね……」
振り向くと、フェレッテに支えられたサーダラ様が体を起こしていた。
「これだけの守りがあれば、逆に呑まれることもないでしょう。助太刀しますよ」
そう言ってサーダラ様が魔獣を操る力を持つ【魔眼】を見開き、アマツミカボシに干渉する。
『ワイルズを返せ。それは、多少頼りなくとも我らが王太子であるぞ……!』
一撃離脱を繰り返しながら斬り続ける上王陛下によって、アマツミカボシは、まだその場に縛り付けられていた。
サーダラ様の干渉によってさらに瘴気の影響が薄まり、イメージの道が、アマツミカボシの内部に到達する。
けれど。
「……ワイルズの魂が、見えぬ……!」
上妃陛下は、さらに顔を歪めた。
「……『四凶』故に、でしょうか」
「おそらくの……」
上妃陛下の肯定に、リーレン妃陛下が唇を噛んだ。
「そんな……」
「見つからねば、どんな力も届かぬのだ……!」
アンナ様が絶望を瞳に浮かべるのを見て、ディオーラは我慢の限界に達した。
「殿下は……」
肩を震わせ、後一息の場所まで到達した光の道を見据える。
「わたくしの……殿下は……!」
「ディオーラ?」
リーレン妃陛下の呼びかけに答えず、ディオーラは蛇腹刀を引き抜くと、自分の足元を巻くように魔導陣の上に垂らす。
「惑わされて真の魔性に堕す程、愚かではございませんわッ!!」
ディオーラは、浄化の魔術を行使する。
聖結界を維持したまま、残った魔力を全て注ぎ込み。
―――そうして瞳が、限界を超えた。
ぶつっと音がして視界が真っ赤に染まり、何も見えなくなる。
そして頬を、生暖かいものがツゥ、と涙のように伝い落ちた。
血。
瞳の血管が切れたのだ。
「ディ・ディオーラ! やめよ! そなたの瞳では、その量の魔力圧には体が耐え切れぬ!」
「殿下……!」
「ッ……二人して、この愚か者どもめ……!」
目が見えない中、脳裏に浮かぶ上妃陛下のイメージだけを頼りに、意識だけでワイルズを探る。
するとそこで、瞳を襲う痛みが軽く和らいだ。
上妃陛下の治癒魔術。
〝岩戸開き〟を行使しながら、さらに。
「流石に長くは保たぬぞ! やるのであれば、疾く為せ!」
「はい……!」
けれど、見えない。
あまりにも濃い瘴気が濃縮された本体に、魔性の生まれ変わりであるらしい殿下の魂が、闇の中に溶け込むように隠れているのだ。
―――殿下……何か、何か目印になるものさえあれば……!
そこで、魔導陣の外から静かな声が聞こえた。
「まだ、終わっておりませんわ」
リオノーラの声。
「まだ、居ます。……ワイルズ殿下を慕うものたちが」
その言葉と共に、遠い咆哮が響いた。
瘴気の中にポツリと生まれたのは、風の魔力の気配。
『クアォオオオオオオ―――……ン』
バンちゃんの咆哮。
放たれる、風の息吹の気配。
それはほんの小さな……アマツミカボシの瘴気の表面をほんの少し揺らす程度の、攻撃だったけれど。
竜の乗り手であるワイルズとバンちゃんを結ぶ魂の絆は、この状況でなお、絶たれていなかった。
―――そこに、殿下が居ますのね!?
唯一、殿下の魂の在処が見えているバンちゃんが、ディオーラに道を示してくれた。
「上妃陛下!」
「分かっておる!」
上妃陛下の光の道が、バンちゃんの示した場所に向かうと……ポツリと、微かな光が灯ったような感覚がした。
先ほど見たアマツミカボシの黒水晶よりも、なお漆黒に近い魂の近くに、もう一つ魂の姿が見えたのだ。
―――あれは……!
『こ、ここ、です……! 上妃陛下、ディオーラ様……!』
「「『影』……!?」」
『もう、殿下の影に留まるのも限界でした……! 殿下は、ここです!』
上妃陛下の魔術によって、ディオーラと繋がっている殿下の影。
何故かと言えば……殿下の動向を逐一伝えられるよう潜む者が、そこにいるからだ。
『影』は、ここ一番で、自らの役目を十全に果たしてくれた。
アマツミカボシに近づき過ぎたバンちゃんが瘴気の嵐に吹き飛ばされるのと、『影』が殿下の近くから弾き出されてディオーラの影から飛び出すのは、同時だった。
―――『影』、バンちゃん、ありがとう……!
ディオーラは、ありったけの魔力を浄化の力に変化して、見えたワイルズの魂に向かって全力で放出する。
同時に、叫んだ。
「ワーワイルズ・アトランテ殿下ッ! いい加減、シャキッとなさいませッ!」
けれど、瞳がもう保たなかった。
ワイルズの魂がどの程度瘴気の影響を受けていたのか、それがどうなったのかすら確認出来ないまま。
ついにイメージの景色と、視界を覆う赤色すら消えて真っ暗になった中で、ディオーラは意思に反して膝が崩れる。
「ディオーラ!」
上妃陛下の声が遠く聞こえ、自分がグラッと倒れ込んで行くのを感じていた。
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