やっぱり殿下は、愚かですわ。
「サーダラ様ぁ!」
チュチェに連れられて戻ってきたサーダラ様に、グリちゃんで降下したフェレッテ様が涙目で駆け寄る。
それを見ながら、ディオーラと上妃陛下は二者に声を掛けた。
「ありがとうございます……チュチェ、アガペロ」
「もう少し頑張っておくれ」
「はい、早急に持ち場に戻ります!」
アガペロがそう答えて、チュチェは再び羽ばたいた。
「瘴気体は、大体駆逐出来たようじゃの」
戦況を見回して、上妃陛下がポツリとそう漏らした。
ワイルズが取り込まれた『アマツミカボシ』とは、上王陛下が対峙していた。
ウォルフ様が変質した『九頭竜』とメキメル様が変質した『不死の王』は、国王陛下と公爵閣下が抑えている。
「上妃陛下」
「何じゃ」
「……ワイルズ殿下も、助かりますか?」
ディオーラの問いかけに、上妃陛下は軽く息を吐いた。
「リリリーレン、アンアンナ、そして、ディ・ディオーラ」
「「「はい」」」
「わたくし達は準備をせねばなりません。愛しき者達を救う為に」
ベルベリーチェ上妃陛下の口調は、いつもと少し違った。
悲しみと慈愛を強く感じるその声音こそが、本来の上妃陛下のものなのだろう。
「どれ程の危難が襲おうとも、その全てを打ち払うことがわたくし達の使命。助かるかどうか、ではなく、助けるのです」
力強い言葉。
―――助かるかどうかではなく、助ける。
ディオーラは、心の中で反芻すると、ワイルズを案ずる心をグッと飲み込んで、上妃陛下と同じように思考を巡らせた。
助けるのは、他人ではなく、自分たちなのだと。
その意志こそが、王族の矜持なのだと……上妃陛下に叱咤された気がしたから。
先ほどの上王陛下とのやり取りから鑑みるに、上妃陛下が為そうとしているのは、魂を蝕んだ瘴気を排除する大規模で精密な浄化魔術だろう。
本来であれば、起動に巨大な魔導陣と多くの魔導士を必要とするその術式を、上妃陛下はたった四人で、それも十分な準備もなく行使しようとしているのだ。
それでもまだ、不安は拭えない。
「皆様を助けるために、必要なものについて質問がございます」
「聞こう」
「浄化魔術の魔導陣はなく、【聖剣の複製】は上王陛下と国王陛下の持つ二本だけ。瑞獣の力を借りられるといっても、三人を浄化するとなると……無謀なのでは?」
血を吐くような思いで、ディオーラはそう口にした。
ワイルズの、そしてウォルフ様とメキメル様の命が掛かっているのである。
上妃陛下は、それを受けてこちらに向き直る。
目線を合わせると、その【金環の紫瞳】には、一切の濁りはなかった。
上妃陛下は、感情のみで語っているのでも、知性のみで語っているのでもない。
その姿こそが、在るべき『聖女』の姿であるように、ディオーラの目には映った。
「それでも、為さねばならぬのです。ディ・ディオーラ。聖結界の力でベル湖を覆って魔性三体を閉じ込めるには、まず民に害が及ばぬよう、瘴気体を殲滅するのが必須条件。そうして聖結界を張り直しても、聖結界は浄化の力を増幅し、瘴気を存在の糧とするモノを、内と外で遮断するだけのもの」
上妃陛下は、淡々と事実だけを口にする。
「ですからその後、アマツミカボシがアトランテの血統に干渉した経路を逆に利用して、わたくしが魂の浄化の筋道を付けます。つまりわたくし抜きで、貴女達のみで聖結界の最大出力を維持することが、第二の条件です」
そこまでは、まだ大丈夫だ。
ディオーラ自身が、増えた負担で潰れさえしなければ、三人で聖結界を維持できる……と考えていたけれど。
「その後に、リーレンがウォルフに、アンナがメキメルに、そしてディオーラがワイルズに、それぞれに浄化の魔術を行使するのです」
「それは……ですがそれでは、聖結界の維持が……!」
最大出力の聖結界を維持しつつ、魂を浄化するほどの魔術を行使する、という意味だろう。
不可能ではない、かもしれないけれど、不安が残る。
不安のない策など、この段に及んでは『ない』のかもしれないけれど。
『四霊』の助けがあるとしても。霊亀、鳳凰、応龍の三体のみでは、完全な補助とはなり得ないだろう。
『四霊』の名の通り、東西南北に四体揃って、瑞獣の力は最大となるのだ。
麒麟は子を育てる為にアトランテ大島に来たけれど、子が動けるようになってからは度々姿を消すことが多く、最近は姿を見かけていない。
元々、争いを好まない為、この場の状況を知ったとしても現れるとは限らなかった。
麒麟はそもそも、ライオネル王国のレオニール殿下の瑞獣である。
「全て成功しなければ、アマツミカボシが逃げてしまうかもしれません。『四霊』の加護が完全でない以上は」
「その可能性を少しでも減らす為に、聖剣の主が複数、必要なのです。聖剣には破邪の力があります。使い手が強く、多い程よい。麒麟の分の力を補うだけの役割を果たすだけでなく、少しでも聖結界の力を強化する為に」
上妃陛下は、そこでベル湖の方に向き直って扇を広げた。
「あの愚か者が無謀な真似をしなければ、以前九頭竜を倒した時にバロバロッサが使った神器【十拳】と合わせて三名分、破邪の剣を準備出来ると考えていたのですが」
ワイルズが取り込まれてしまったせいで、上王陛下と国王陛下の分しか使えない、ということだ。
ディオーラは、深くため息を吐いた。
「ディ・ディオーラ。無いものねだりをしていても、より状況は悪くなるだけじゃ」
「……はい」
「全く、あの馬鹿者は、最後まで手を焼かせよる」
―――仰る通り。つくづく貴方は愚かですわ……殿下。
結局、サーダラ様を救ったワイルズの行動は、良くも悪くもワイルズらしいものだった。
優しく、一生懸命で、けれど後先は全く考えない。
事態が好転することもあるけれど、今回ばかりは悪化させてしまったのだ。
するとそこで、また不測の事態が起こった。
不意に、予想もしていない方向で強大な魔力の気配が生まれるのを感じたのだ。
「これは……!」
「転移魔術……!?」
ディオーラだけでなく、上妃陛下も当然、それを感知していた。
「魔導陣に依らぬ、個人レベルの転移魔術とは……何者じゃ?」
転移魔術は、上妃陛下でもアトランテ大島内、それ以上の距離は目的地に魔導具がなければ限定的にしか操れない、遺失魔術である。
風の魔術を行使して、上妃陛下が見張り台の兵士に何事かを尋ねると、焦ったような返答があった。
『ご報告致します! キングレオンに跨った黒髪の男が一名! ワイルズ殿下の飛竜とよく似た白い飛竜と共に、竜騎士が一名! 大小の剣を携えた男が一名! 貴族令嬢らしき女性が一名! ……双剣の男の手に、旗! そして麒麟の姿が確認できます!』
「麒麟じゃと?」
「双剣に、キングレオン……まさか……!」
ディオーラは、上妃陛下と顔を見合わせる。
「旗の意匠は!?」
上妃陛下の質問の答えは、予想通りのものだった。
『―――ライオネル王国、王国旗です!』
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