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【コミカライズ4巻発売中】うちの王太子殿下は今日も愚かわいい~婚約破棄ですの? もちろん却下しますけれど、理由は聞いて差し上げますわ~  作者: メアリー=ドゥ
第四章

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あなたはどなたですの?

 ーーー時は少し遡り。


「……どこだ、ここ?」


 気づけば自分が見知らぬ場所にいたので、少し疑念を抱きながら周りを見回した。


 おそらくは、どこかの城の中。


 そして部屋の様子を見るに、ここは客間ではなく誰かの私室である。

 自分が着ている服や部屋の置かれた私物の上等さなどから、かなり高位の貴族だという推測はついたものの、それ以上は分からなかった。


 ―――普通、こういう身分の人間は侍従が側にいる筈だが……。


 そうした者の姿も見えない。

 部屋の中にあった姿見を覗き込むと、緑の瞳に金の髪をした、見知らぬ顔が映っている。


 ―――何だこれは? 俺が、俺じゃない誰かになってるのか?


 あまりに不可思議だが、『こういうこと』が出来そうな相手に心当たりがある為、割とすんなり受け入れる。


 ―――また皇帝(・・)の仕業か?


 人智を超えた力を使う主君の顔を思い浮かべつつ、分からないままジッとしているのも性に合わないので、外に出てみることにした。

 どこか夢の中にいるような心地が抜けず、こめかみを撫でる。


 ―――ああ、夢か。あり得るな。


 なんとなく考えたことに、自分で納得した。

 こんなに鮮明な夢を見るのも、夢の中で夢の自覚を得るのも初めての経験だが、あり得ないことなどこの世にはない。


 が、夢と気づいても目が覚める気配はなかった。

 目が覚めないのなら仕方ない、と、とりあえずこの城を出ることを目指してみたが……。


「殿下、おはようございます」


 そう人の声がしたので振り向き……思わず固まる。


 ―――マリアフィス……!?


 かつて失った婚約者にそっくりな少女の姿に、思わず顔を凝視した。

 だが、すぐに違うと気づく。


 マリアフィスは、こんな瞳の色をしていなかった。

 

 ―――何だ、やっぱり夢か。


 自分の状況も、少々整合性の取れない部分も、そう思えば納得出来る。


「ワイルズ殿下?」


 声を掛けてきた少女が、不思議そうな表情で首を傾げるのに、問いかけてみる。


「君は誰だ?」


 そう口にすると、少女は驚いたように目を見開いた。


「その、ワイルズ、というのが、私の名前なのか?」


 すると、少女の表情がさらに変化する。

 目を細め、何かを思案するような様子を見せた彼女に、もう一度疑問が思い浮かんだ。


 ―――夢にしちゃ、やっぱりおかしいか……?


 夢見心地は抜けないが、単なる夢と片付けるには、目の前の少女は頭の中で作られた幻想とは思えない。

 すると少女は、ぱらりと口元に扇を広げて、こちらの影に目を向けた。


「『影』」

『……はい』

「うぉ!?」


 全く気配もないまま影から一人の男が現れたので、驚いて飛び退る。


「何だ!? 何で影から人が!?」


 ―――コイツ、魔性か……!?


 自分の知る限り、影から出てくるような魔術を操るのは、皇帝か魔性くらいのものだった。

 思わず腰の剣に手を伸ばしかけるが、その前に少女が口を開く。


「一体、何がどうなっているのです?」


 すると、影から出てきた男が静かに首を横に振った。


『それが……私にもよく分からないのです』

「何故です?」

『私には、昨晩の記憶がありません』

「……記憶が?」

『はい』

「つまり……そういうことですの?」

『おそらくは』


 男の返事に、少女はふぅ、と軽くため息を吐いた。


「殿下……何だかまた、愚かなことをなさったのかしら?」


 そんな言葉を聞きながら、内心で思う。


 ―――記憶か、なるほどな。


 記憶というのは、人の魂を形作るものの一つで、いわば魂の外殻だという。

 その『魂の形』に干渉する何らかの魔術が行使されたのだろう、と理解する。


 自分は【幻想花】を使った忘却魔術を、かつて皇帝が使ったのを見たことがあるのだ。


 ―――てなると、やっぱり皇帝の仕業か。が、何の指示もなしに何を企んでいる?


 この体はおそらく、他人のもの。

 それも、多分忘却魔術で魂の外殻がやわくなったところに『魔が差した』のだろう。


 自分という『魔』が。


 ―――だったら、さっさと元の持ち主に返さないとな。


 もし予想通りに皇帝の仕業として、あの野郎が何を考えているのかはさっぱりだが、自分に人の体を乗っ取るような趣味はない。


 同時に、中身が変わっていることを悟られてはいけない、とも思う。

 知られたら、どういう対応をされるかが未知数であり、こちらに敵対する意思はないからだ。


 ―――このまま、記憶喪失を装うのがまるいか。


 そう考えて、沈黙することにした。

 私室に連れ戻された後、改めて考える。


「……アトランテか」


 その名前に、聞き覚えがあった。

 確か、皇帝から皇后に与えられた大島の名だった筈だ。


 ようやく侍従が付けられたので、待っている間に幾つか質問をする。

 その結果、場所が多分間違いないことと、何となく『今』がどこなのかを朧げに理解する。


 ―――皇国の名が忘れられる程の未来、か。


 皇帝亡き後に皇国が滅んだ、のは、まぁ分かる。


 さらに島に繋がる『ゲート』……今は転移魔導陣というらしい……も失われており、各地に少しだけ残ったものは古代文明の遺産、と呼ばれているのだと。


 気まぐれに皇帝が建造した、宙に浮くピラミッドも砂漠にあるようなので、おそらく推測は正しい。


 結局分からないのは、自分がここにいる理由だけだ。

 ある程度推測も出来、やることもないので大人しく待っていると、再度あの少女……ディ・ディオーラと名乗った彼女が姿を見せた。


 やはり見れば見るほど、マリアフィスに似ている。


「ワイルズ殿下」

「……ああ」

「少し、お付き合いいただけますか? 見せたいものがございますの」

「それは、俺が……記憶(・・)を取り戻すのに、何か関係のありそうなことか?」

「ええ」


 返答しつつ、探るような目を向けてくる彼女に、内心で苦笑する。


 ―――先ほど、愚か、と言っていたな。


 別に自分も賢い方だとは思っていないのだが、記憶に関することを口にしたのすら、悟り過ぎということだろうか。


 見たところ、この『ワイルズ』を、口に出すほど愚かと思っているらしいディ・ディオーラだが、こちらに悪感情を抱いている様子がなく、それが少し不思議だった。


 聡い者は愚かな者を嫌う傾向にある、と、これまでの経験を通して知っているからだ。

 知る限り、愚者に優しい賢者は、皇帝に害なすモノ以外には寛容だった皇后くらいである。


 そうして、荷下ろし場に着くまでに見えた庭などを興味深く眺めていると。


「ウォルフ殿下」


 と、不意に『名』を呼ばれて、驚愕と共に彼女を見る。


 ―――何で俺の名を……!?


 まさかバレているのか、と思ったが、違った。


「頼まれたものを持ってきましたよ!」

「ええ、助かりますわ」


 どうやら、『ウォルフ』という名前らしい青年が、満面の笑みでディ・ディオーラに何かを差し出している。


 ―――勘違いか。


 良かったが、あそこで反応してしまったことで、また不審に思われたかもしれない。

 また別の場所に向かう道すがら、問いかける。


「あの者の名は、ウォルフというのか?」

「ええ。ワイルズ殿下の弟君である、ウォルフルフ・アトランテ殿下ですわ。何か?」

「……いや」


 そうして、ベルベリーチェ・アトランテというらしい、女性の元を訪ねる。

 威厳のある年嵩の女性だが、雰囲気は出会った頃の若い皇后と似ていた。


 芯があり、どこか張り詰めた気配がする。


 が、もう今以降は沈黙を貫くと決めていたので、余計なことは何も口にしなかった。


「では、始めようかの。【幻想花(アーシャ)】と【月魅草(チャームルナ)】の台座に背を向け、そこに座し、目を閉じよ」

「……ええ」


 ―――今は【幻想花(げんそうか)】自体が、皇妃の名を冠しているのか。


 皇帝と皇妃を引き合わせた花であり、彼女の好んだ花でもある。


 ―――引き合わせる……。


 そう、忘却の魔術以外にも、【幻想花】はそういう来歴があった。


 ベルベリーチェの膨大な魔力が満ち溢れると、体の中に沁みてゆく【幻想花】や【月魅草】の波動と共に、夢見心地が強まってきた。

 酒に軽く酔ったような酩酊感……と、同時に、魂の奥底に意識が引き込まれ、失われていくような感覚がする。


 ―――ああ、なるほどな。


 その段に至って、ようやく自分の状況を本当に理解した。

 皇帝の仕業、という訳でもなかったらしい。


 この体は、他人の体であって、他人の体ではなかった。

 魂の外殻が失われたことにより、自分が表出(・・)しただけだったのだ。



 おそらくは『前世』と呼ばれるであろう、魂の内に残滓のように張り付いていた、自分の人格が。



 本来の外殻が……『ワーワイルズ・アトランテ』と呼ばれる人格が取り戻されていくことで、残滓はまた魂の内側に戻る。


 ―――生まれ変わった……そりゃそうだよな。


 皇国は滅び、皇帝の名まで風化するような年月が過ぎているのである。

 残滓ゆえに覚えていなかったが、自分も、とっくに死んでいるのだろう。


 マリアフィスに似たディ・ディオーラも、もしかしたらマリアフィスの生まれ変わりなのかもしれない。

 もっとも『ワイルズ』の外見は自分の元とは似ても似つかなかったので、単に他人の空似かもしれないが、それを確かめる手段もなかった。


 ―――まぁ、前世は前世、今の俺の人生は今の俺のものだ。……返すぜ、幸せにな。


 そうして、一瞬何も考えられなくなり……ゆっくり目を開けたワイルズ(・・・・)は、上妃陛下とディオーラの目の前にいた。


「……あれ?」


 状況が全く分からず、パチパチと何度か瞬きをする。


 ―――私は、バンちゃんに飛竜草を食べさせていた筈では!?


「な、何で上妃陛下が飛竜舎に!?」

「ここ、飛竜舎ではありませんわよ」


 ディオーラがそう告げ、キョロキョロと周りを見回すと、確かに違った。


「本当だ!? な、何故!?」

「愚かですわねぇ、殿下」

「愚かって言うな! 何も愚かなことなどしていないぞ!」

「あら、そうですの?」


 ディオーラは扇を開いて、スゥ、と目を細めてみせる。


「では、誰にも言わず、勝手に一人で、【飛竜草】を採りに行ったのは、愚かではない、と?」

「バ、バンちゃんの具合が悪かったのだ! 仕方がないだろう!」


 と、いつものように反射的に言い返した瞬間、上妃陛下の雰囲気が変わる。


 ―――あ。


 ワイルズは、この後起こることを察して、思わず頬を引き攣らせた。

 

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