摘んだ理由はなんですの?
「酷い目に遭ったぞ……」
「甘んじて受けられませ。そもそも殿下ご自身のせいでしょう?」
祝賀祭の運営本部に向かって歩く道すがら。
散々怒られてげっそりしたワイルズの様子に、ディオーラはクスクスと笑う。
「私は何も悪いことはしていないのだぞ!?」
「ええ、存じ上げております。殿下が何か問題を起こす時、別に『悪いことをしてやろう』とは思っていないことは」
が、結果として人に迷惑をかけていれば、それは問題なのである。
『殿下のせいで、私まで記憶を失ったのですが……?』
ついでに記憶を取り戻した『影』がそう口を挟んでくるのに、ワイルズは眉根を寄せた。
続く言葉は『お前が手を貸してさっさと終わっていれば、こんなことにはなっていないのだ!』辺りだとディオーラは予測したけれど。
「……それについては、悪かった、と、思う……」
と、少し不貞腐れた表情ではあったものの、彼はそう口にした。
少々予想外の返答に、ディオーラは思わずまじまじと顔を見つめてしまい、『影』も驚いた様子で沈黙した。
「なんだその反応は! 私が謝るのがそんなにおかしいか!?」
「ええ」
いえそんなことは、と誤魔化しても良かったのだけれど、ディオーラは素直に肯定した。
『大丈夫ですか? 頭ぶつけたり変なもの食べたりしてませんか?』
「していない! していたとしても上妃陛下の治癒魔法を余波で受けているのだから、治ってるだろう!」
『なるほど。まぁ殿下がおかしいのはいつものことなので、いつも通りと言えばいつも通り……ですかね?』
「お前、最近ますます遠慮がなくなってないか!?」
「殿下、殿下はおかしくはありませんわ。少々愚かなだけで」
「愚かって言うな!」
謝ったこと以外は、ごくいつも通りのワイルズである。
「もういい!」
ワイルズが話を打ち切ろうとしたので、ディオーラもこの辺だろう、と思ってそれ以上からかうのを止めた。
「今日は朝から、あんまり良いことないな……バンちゃんは元気になったが、摘んできた花も枯れてしまったしな……」
「殿下が見た時は咲いていたのですか?」
「ああ、白くて、見たこともないくらい綺麗な花だったのだ」
―――真に心の清らかな者しか目にすることの出来ない花を……?
鳳凰に選ばれるような『仁の心』の持ち主であるワイルズが汚れている、とは決して思わないけれど、意外ではあった。
ワイルズは世間的に言われているような聖人君子ではなく、無邪気ではあるものの、どちらかというとワガママな気質である。
悪く言えば他人の気持ちに疎いし、よく言えば……少しズレてはいるけれど……自分の芯というものをしっかり持っていて、ブレない。
突拍子もない行動も、嫌なことをやりたがらないのも、基本的に自分の中で『何故やってはいけないのか、何故やらないといけないのか』が納得出来ないからである。
納得すれば止めるし、平民の学校を作ろうとしたように、良い方向にもその行動力は発揮されるのだ。
飛竜草を手に入れよう、としたのも『禁止されているから止めておこう』という気持ちより『バンちゃんを助けよう』という気持ちが、ワイルズの中で優先されるから。
【幻想花】の判断する清らかさ、は、もしかしたら人間が考えるような清らかさとは少し違うのかもしれなかった。
これ以上考えていても、ワイルズが花を手に入れられた理由については分からなそうだったので、ディオーラは話を変える。
「わたくし達が目にした時には、既に【幻想花】は枯れていましたが、いつ枯れたかは?」
『それに関しては、多分私のせいですね』
「『影』の?」
『ええ。殿下が【幻想花】を見つけて摘んだ時、私の意識は既に朦朧としておりまして……殿下に声を掛けられて、少し意識がはっきりした時に花に目を向けたのです。目にする前に枯れました』
「何!? お前のせいなのか!?」
『不可抗力です。幻の花なのですから、私以外の人間が殿下のお守り……護衛の任についていても同じだったかと』
「お前今、お守りって言ったか?」
『気のせいです』
「あ、殿下。もう一つ聞いておきたいことがあるのですが」
ディオーラは運営本部に着く前に、ぱらりと扇を口元に広げて、ニッコリと笑いながら上目遣いにワイルズを見る。
「何だ?」
「【幻想花】を摘んでこようと思った理由は、なんですの?♪」
当然察しはついているのだけれど、ディオーラはそういうのをちゃんとワイルズの口から聞きたいのである。
するとワイルズは、ふいっと目を逸らして、ポリポリと額を指先で掻く。
「綺麗だったから……ディオーラにプレゼントしようと思ったのだ……」
「……ふふっ♪ ありがとうございます♪」
ディオーラは、ワイルズの絶妙にバツが悪そうな横顔を眺めて、満足して頷いた。
「持って帰ってこれなかったのに、礼はおかしくないか?」
その疑問に、小さく首を横に振る。
「いいえ。だって、大事なのは物ではなく、殿下のお気持ちですもの♪」
ディオーラの為に、それをしようとしてくれたことが嬉しいのだ。
「さ、今から忙しくなりますわよ♪」
その日、修羅場で生徒会の面々とてんてこ舞いになりながらも、ディオーラは最後まで上機嫌に過ごした。




