第九十九話 うわぁヒドイ
相変わらず光を反射しない黒は影のようで、中身を見ていない鈴音にはこの鎧が若い女性だと言われてもピンと来ない。
取り敢えずは営業用スマイルを全開にしておいた。
「どーもー、さっき振りやねー。生きて帰って来たったでー」
この辺で最も立派な木を背にして立つ鎧は、ヒラヒラと手を振り呑気に挨拶する鈴音を警戒している様子だ。
まあそうだろうなと思いつつ、その足元へ視線をやると、土の一部が盛り上がっているように見える。
「あっこに何か埋めてる?」
「せやな、モヤーっと黒いのんが湧いとるな」
「臭ないし死体ちゃうやんね?」
「俺の鼻でも臭わへんから、ちゃうやろ」
虎吉と猫の耳専用会話をしている間に、鎧は木の根元から湧き出る靄を集め、両手に1つずつ黒球を作り出した。
自身が避けない限り後ろの神人一行は安全なので、どうするつもりかと鈴音は鎧の動向を見守る。
すると、狙いはお前ではないとばかり外方を向かれた。
鈴音には効かないと知り、わざわざ骸骨と虹男を選んで向き直った鎧は、それぞれに向け力一杯黒球を投げつける。
しかし当然の事ながら、神である虹男に向かった黒球は壁にぶつかったシャボン玉のように弾けて消え。
地獄の使者である骸骨へ向かった黒球は、鷲掴みにされた挙げ句青白い光で浄化され、細かく砕け散って蛍の光のように儚く消えた。
虹男は『何がしたかったんだろう』と首を傾げているし、骸骨は綺麗な演出が出来たとご満悦だしで、鈴音は思わず鎧へ憐れみの目を向ける。
まさか同情を買っているとは思ってもみない鎧は、八つ当たりのように鈴音にも黒球を投げてきた。
「おー、ええタイミング。ナミ様の御力はどう反応すんねやろ」
ワクワク顔の鈴音は敢えて棒立ちで待ってみる。
その結果、飛んで来た黒球が鈴音の身体に触れた瞬間跳ね返り、来た道を戻って使用者に直撃するという恐ろしい現象が確認出来た。
「反射すんの!?」
驚く鈴音の目には、跳ね返ってきた黒球に当たって呆然と立ち尽くす鎧が映っている。
今回は即死系の術の使用者が死人だったから何も起きなかったが、これが生者だった場合は。
「これ、あれやわ。桜の精に般若の女が言うてたやつ。何やっけ、呪詛返しか。呪いの類をそっくりそのままお返しするやつや」
「ほな使た相手が死んでまうんやな」
あっさりと言う虎吉に鈴音は菩薩顔だ。
「やっぱりそうやんねー?でもあれやん?自業自得っちゅう事で、私が殺した事にはならん思わへん?」
「うーん……けどその力はもう、鈴音のもんやしなあ」
「アカンかー。……うん、でもまあ、殺す気で来とる相手に過剰防衛もクソもないやん。勝手に呪い掛けて勝手に死んだらええわ。気にせんとこ」
フンッと勢い良く開き直った鈴音を見る鎧が、危険人物に喧嘩を売ってしまった、と怯えているように感じられるのは気のせいか。
「いいなー鈴音のそれ、面白いなー。僕にも出来るかな?ねえ、もっかい投げてよさっきの黒いの」
鈴音の反射攻撃を真似したいらしい虹男のリクエストに、鎧はビクリと身体を震わせ一歩後退する。
ペタペタと鈴音に触って首を傾げた骸骨が、鎧を指差し物を投げる仕草を見せた。その後、鈴音を掌で示す。
「多分やけど、反射の仕組みが気になるから、もっかい投げてって言うてるで?」
鈴音の通訳に大きく頷く骸骨を見た鎧は、更に一歩後退した。
後ろで見ている神人一行ですら『うわぁヒドイ』と思う扱いを受けたのだから、鎧の混乱ぶりなど推して知るべしだ。
そんな、完全に逃げ腰の可哀相な鎧を見つめ、鈴音が澄ました顔で笑う。
「ふふ、今までの人らとエラい違いや思てるやろ?それもその筈、私らは神人様の付き人やからね」
この言葉に驚いたのは鎧だけでなく当の神人イキシアもなのだが、鈴音達が壁になっていてその表情は見えない。
「神人いうても“次代の”やけど、実力は折り紙付きやで?広域浄化する御力と、さっきの光の壁、見たやろ?」
動きを止めた鎧からは、話の続きを待つような気配が伝わって来る。
「そんな凄いお方が何でこんなトコに居るかいうたら、儀式の為に神殿に行く途中途中で人助けしよるからやねん。ほんで、この森を抜けた先にある村に寄った時に、あんたの話を聞いたんよ」
村の方を見、砦方向を見て、鈴音は溜息を吐いた。
「怪物にやられた砦の関係者ちゃうかいうて、村長さんも心配してはったわ。何か言いたい事があるんかもしらんけど、自分らではよう聞きに行かんねん言うから、それなら私が行きましょういうて神人様が向かう事になった訳」
虹男は退屈そうだが、ここで欠伸などしたら殴られると解っているらしく、真面目な表情を作って頷いている。
「ほんでうまい事あんたに会えた思たらさぁ、いきなり剣とか出すやん?そら神人様かて一応迎撃準備はするよね、話通じひんかったら危ないし。で、その後の事はあんたも体験したから解るやろ?ちなみに神人様が怒って攻撃してしもたんは、大事な付き人がやられたと勘違いしたからやで。まだ神人の見習いやから、そういうトコあんねん可愛いやろー」
一切の迷い無く嘘を混ぜた話をする鈴音に、神人一行は只々唖然とするばかりだ。
その時、じっと話を聞いていた鎧が僅かに動いた。
「カミさマ」
「え?」
聞き取りにくいが、確かに鎧から発せられたと解る女声に鈴音は耳をそばだてる。
「お前ヲ、神様とヨんデいた」
「神様て呼んどった?あー、はいはい。あだ名やあだ名。神人様が夢で見た神様に私が似とってんてー。そんなあだ名で呼ばれるぐらい仲良しやねん」
嘘を混ぜるを通り越して嘘八百。
神人一行は顔を見合わせポカンとしている。
「神人ヨリお前タチの方ガ強い」
「うわ、何を言うてんねんな。神人様は怒って攻撃したけど、それでも手加減は忘れへんかったんやんか。そうやなかったら、アンタ今頃ここに居らへんで?食ろてみる?神人様の本気の一撃。巻き込まれたないから私らは逃げるけど」
真顔の鈴音と、逃げ場を探すようにキョロキョロと辺りを見回す骸骨を見て、鎧は慌てて首を振った。
「あはは、それが正解や。跡形も無くなるで本気の攻撃なんか食ろたら。ほんでな?結局のところ、アンタは何なん?何か言いたい事あるからその姿なん?せっかく喋れるんやし、心残りがあるなら言うてみ?」
表情を緩めた鈴音が促すと、暫し考える素振りを見せた鎧は、おもむろにしゃがみ込んで足元を掘り返し始める。
土の中から取り出したのは、一振りの短剣だった。
鞘には、大きな蜥蜴らしき生き物に跨がり剣を掲げる人を簡略化した紋章が刻まれている。
いかにも位の高い人物が身に着けそうな代物だが、そこから溢れ出ているのはドス黒い負の力だ。
鎧はそれを両手に載せ、よく見えるようにと差し出す。
「ん、ちょっと待ってな。神人様にも見て貰お」
そう言って振り向いた鈴音は、全員前へ出るようにと手で示した。
頷いたイキシアは凛々しい表情で、サントリナ達は緊張気味に、鎧と向き合い短剣を見る。
「これは……この地方を治めるコンバラリア王国の紋章ですね」
短剣を見るなりそう言ったサントリナに、さすが知識担当と鈴音は感心しつつ頷いた。
「ソうダ。王族だケが持テる物だ」
同じく頷いた鎧に、首を傾げたイキシアが問う。
「あなたが王族だという事ですか?」
「チガう。隊長だ、砦ノ隊長ガ、現国王の子ナのだ」
鎧が語る所に依ると、現在の国王と侍女の間に生まれた子が、砦に詰めている警備隊の隊長だったらしい。
母親の身分を考えると王位継承権は与えられないが、王の子である事には違い無いのだからと、生まれた時に授かったのがこの紋章入りの短剣とのこと。
誰かに虐げられるような事も無く、母親と共に住める家と充分な生活費を支給され、何不自由なく育ったそうだ。
国王に感謝して育った彼は、国の役に立つ仕事がしたいと成人するや否や警備隊に入隊。
努力を怠らずきっちりと実力をつけ、皆が敬遠する危険な辺境砦での任務を志願した。
国王の子でありながら驕る事も飾る事も無く、その人望で直ぐに隊長へと推薦される。
常々『俺に継承権が無くてよかった、自分には向いていない』と笑っていたそうだ。
けれど、王国内で権力争いを繰り広げる者達、特に兄弟達からすると、彼の存在は無視出来ないものだったらしい。
「兄弟……つマり王子達が、良かラぬ事ヲ企んデいるらしイ、俺の命モ狙ワれているト言ってイた」
影のような見た目なので解り難いが、短剣を見つめているらしい鎧にイキシアは大きく頷く。
「砦が怪物達に襲われたのは、王子達の権力争いが原因ではないかと、あなたは考えているんですね?」
「そウだ。だっテおかシいだロう、群レる習性のナい怪物まで、集団デ襲ってクるなんテ」
「確かに変ですね。何か怪物を操る方法でもあるんでしょうか」
イキシアの視線を受けて、サントリナは首を傾げる。
「そんな精霊術は聞いた事がありません。そういった術や道具があるのなら、国家間の争いで使用されると思うのですが……」
「ならバ、王子達の勢力に、そレを作リ出した者ガいるのでハ?」
短剣を胸に抱くようにして訴える鎧を見るイキシアの目には、明らかな同情が宿っていた。
「解りました。私が調べます。次代の神人だと名乗れば、向こうも下手な真似は出来ない筈です」
「ホントウに……。た、隊長ヤ皆を殺しタ奴が居たラ、ここへ、ココへ連れて来テくれ……!!私のたったヒトツの居場所ヲ奪った奴を、この手デ殺す!!」
ドス黒い靄を立ち上らせながら鎧が吠えると、衝撃を受けた表情でイキシアが固まる。
殺意に驚いたのかとサントリナが背中に手を添えるが、どうやら違ったらしい。
「たった1つの居場所……。それを、失ったんですか。駄目です、それは駄目。絶対に犯人を見つけ出します!」
厳しい表情になり、鼻息も荒く今にもこの場から走り出しそうなイキシア。
それを手で制しつつ、今まで黙っていた鈴音が鎧に声を掛ける。
「ほな取り敢えず、ここの道いうか森に入る人を襲うんやめて貰えるー?」
「……村人は見逃ス。警備隊は殺ス。奴ラは救援要請を無視シタ。許さナい」
短剣を握り締める鎧を見やり、鈴音は溜息を吐いた。
「まあ今んとこはそれでええわ。で、アンタは結局何?砦の警備隊におった人?それとも殺された人の無念の集合体?」
「両方ダ。身寄りもナく警備隊デも軽んじラれてイた私を、砦の皆は家族のヨウに受け入レてクれた。ソんな家族に危機ガ迫っていタのに、私は街なドに出テいた……」
声に悲しみが滲む。泣いているのかもしれない。
「成る程、救援要請に走ったんはアンタ本人か。間に合わずに全滅、一緒に戦われへんかった自責の念と皆の無念とが、今のアンタを作った」
「ソうだ」
「因みにその短剣は隊長さんがずっと持ってはったん?」
「あア。隊長室に置いテあルんだ。触ってハいけなイが、いつデも見る事は出来ル。王族なノに気さくナ方だった……」
幾度か頷いた鈴音は、笑顔を作ると鎧の背後にある木を指す。
「出来るだけその木のそばで待っといてくれる?目印になるし。まずは砦を見てから、王族関係について調べる事にするわ。砦、あっちやんな?」
砦の方向を指差す鈴音に鎧は頷いた。
「頼んダぞ神人。我ラの無念、晴らサせてくレ」
そう告げると、金属音を立てながら大木の裏の暗がりへ姿を消す。
「ほな行ってきますー」
軽く手を振った鈴音は、皆を促し砦へ向け歩き出した。
鎧が居る木から充分に距離を取った所で、鈴音が深い深い溜息を吐く。
骸骨も腕を組んで首を振り、虎吉はつまらなそうに大あくびをした。虹男は平常運転だ。
「ど、どうなさったんですか神様」
心配するイキシアへ、どんよりとした顔を向ける鈴音。
「砦に怪物を呼び込んだ犯人は多分、隊長や思うねん。勿論わざとやなくて、事故やと思うけど」
「……えっ?あの……仰る意味が……解りません」
呆然とするイキシアと、首を傾げるタイマスとアジュガ。
サントリナは、そういう可能性もあると解るようで、辛そうな表情だ。
「まず最初におかしいんは、王族間の権力争いが起きてて、それに隊長も巻き込まれとるいう所ね。サントリナさん、この国は王国や言いましたよね?つまり、少なくとも王族と平民には別れてる」
「はい。王族、貴族、平民、奴隷です。隊長の母親の身分が元で王位継承権を与えられなかったという事は、母親は平民です。恐らく代々王家に仕えているのでしょうが、平民はどこまでいっても平民でしかありません。コンバラリア王国では、平民の血が流れる者が王族や貴族の上に立つ事はありえないのです」
鈴音とサントリナへ視線を行き来させながら、イキシアは必死に考えているようだ。
「え……と、それでは、隊長さんが王子達から狙われる筈がない?」
「そうなるよねぇ。狙うどころか存在すら覚えてへん可能性あるよ?」
「で、では、隊長さんに何かの罪をなすりつけて……も意味は無いんですね」
反論を試みようとするも、矛盾しか見当たらないと気付いてイキシアの声が力を失う。
「人気取りする為に、武力で革命を起こそうとした不届き者を成敗した!とか無実の罪押し付けるにしても、その首謀者に王家の血が流れとるんは具合悪いから、隊長はまず最初に除外されるやんね」
成る程と頷く男達に頷き返しつつ、鈴音は続けた。
「そもそも、権力争い自体起きてへんのとちゃうかなあ。あの村見てても、お金がないとは言うてたけど、貧困に喘いでる感じではなかったやん?纏まったお金を急に用意すんのは無理や、いう意味のお金が無いであって、生活苦しいいう意味では無いよね。宴会開いてくれたし」
「そうですね。ああいった小さな村の人々から、酒席で不満が聞こえて来ないという事は、国として大きな問題は抱えていないという証拠でしょう。そんな安定した政権に争いを仕掛けるのは無謀としか……」
「じゃあ……隊長さんが言っていた事は、嘘ばかり?あの鎧の女性は騙されていたんですか?」
眉を下げ、杖を握る手に力を込めるイキシアへ、鈴音は悲しげに微笑む。
「それを確かめに行くねん。こちらの骸骨さん、物凄い特殊能力をお持ちやから、それに頼らせて貰う」
キリッと胸を張る骸骨だが、怪物に襲われて酷い有様になった人々が大勢居たのだと思い出したらしい。
鈴音と顔を見合わせ揃って黄昏れている。
イキシアはそんなふたりを見つめながら、今聞いた話が間違いであって欲しいと心から願っていた。




