第九十八話 当たったら死ぬ系
通路を出た先は森の中だ。
前方から虹男や神人イキシア達の声が聞こえてくる。
「うーん?鎧が女の子になってー、これは何か喋ってるのかなぁ?」
「確かに中には女が居ましたが、話をするのは無理じゃないですか?神様をどこかへ隠すような者ですよ?」
「それでも対話を試みるべきだと骸骨様は仰っておられるのでは?砦の関係者かもしれないのですし」
困り気味な虹男の声に続き、納得がいかない様子のイキシアの声、落ち着いたサントリナの声がした。
どうやら皆で骸骨が出した石板を読み解こうとしているらしい。
しかし鈴音程上手くは読めないようで、骸骨が何を言いたいのかで意見が割れている。
「ま、話すにしろやっつけるにしろ、鎧が見つからなきゃ、どうしようもないよね。やっぱ邪魔な木を全部切っちゃおう」
その結果、飽きてきた虹男により先程の案が蒸し返されてしまった。
やれやれ、と溜息を吐いて虎吉と顔を見合わせ、声がする方へ向かった鈴音は虹男の背後に立って咳払いをする。
驚いて振り返った虹男の動きにより全員の視線を集めた為、取り敢えず笑顔で手を振った。
「ご無事で……!」
イキシア達はそう言って只々喜ぶが、虹男と骸骨は微妙に首を傾げて不思議そうな顔をする。
「おかえりー。鈴音、何か変わった?」
指摘する虹男とそれに同意して頷く骸骨。
鋭いなと感心しながら鈴音は遠い目になる。
「ちょっとした偶然の悪戯があってん。追々話すわ」
「ふーん?まあ無事ならいいよね」
「うん、無事無事。ところで今はどんな状況?鎧はどっかに隠れてるん?」
皆を見回しながら尋ねると、やはり答えたのはサントリナだ。
「はい。イキシア様の攻撃で、あの鎧の中には若い女性が入っていると判明したのですが、森へ逃げられてしまいました。対話を試みるべきか、いっそ森ごと消し去るべきかで悩んでいたところです」
虹男の案が選択肢に含まれていた事に目眩を覚えつつ、頷いた鈴音は意見を出した。
「神人の力って、広域を浄化する事は出来る?出来るんやったら森は残した方がええよ?」
綱木が悪霊退治で見せた、辺り一帯を浄化する技をイメージして語る鈴音に、虹男は首を傾げる。
「残すの?木はまた生えてくるからさー、切っちゃっても大丈夫じゃない?」
「まあ、少しずつならね?全部切ってしもたら、元に戻るまで時間掛かる思うよ?木が大きなるのにどのぐらい掛かるんか知らんけど、坊主になってる間、人も動物も困るでー?」
語尾で半眼になる鈴音を見て今度はイキシアが首を傾げた。
「私の力は広い場所も浄化出来ます。でも範囲を広げると威力が落ちるので、多分あの鎧には効きません。あれを探し出すには、木を切ってしまう方が早いと私も思いました。山ならば木が無いと雨が降ったら崩れてしまうので危険ですが、ここは平地なので森を切り拓いてはいけない理由が解りません」
動物が困ると言われて動揺している虹男を横目に、イキシアが感情論ではない意見を穏やかに述べる。
賢い子だなと目を細めた鈴音は、右足で軽く地面を叩いた。
「ここ、道からだいぶ外れてるから地面柔らかいやん?これ、落ち葉が腐って出来る土らしいよ。栄養たっぷりで、畑の肥料に使われたりすんねんて。これ、木ぃ無かったら出来ひんよね?」
杖や靴の先で地面を突付いて確かめる神人一行。
「ほんで、こういう土やら落ち葉なんかを寝床にする虫もおるでしょ?そしたらそれ食べる動物もおるよね?そういう動物は人の獲物になったり、肉食動物のご馳走になるよね?」
鈴音の言わんとする事が理解出来たようで、イキシアは眉を下げた。
「全ては繋がっているんですね。森ごと消してしまったら、繋がりが断ち切られてしまうという事ですよね」
「うん、そういう事。他には、防風林の役割もあるかな?あと鳥達の家があったり羽を休める場所になってたりもするやろし、雨が降ったら栄養たっぷりの水が地下に染みてって、湖なんかに流れ込んで、最終的に美味しい魚に化けたりするかも。せやから、出来る限り残すようにした方がええ思うねん」
「良く解りました」
そう言って頭を下げたイキシアは『また間違えてしまった』という顔をしている。
「まあ、あれやん。丸坊主にする前に気付けてんから、問題無い思うよ?」
鈴音がフォローするも、力の無い笑みを浮かべて『ありがとうございます』と頷くだけだった。
自信を付けさせる筈が凹ませてしまったぞ、と遠い目をした鈴音は、急いで鎧に出て来て貰う事にする。
「とにかく、まずは森の浄化をお願い。それで悪い力が全部消えたら残るは鎧だけやし、力の濃いトコが残ればその近くに鎧も居るやろし。頼むね?」
「はい、お任せ下さい」
頼りにされたのが嬉しかったようで、イキシアの顔に笑みが戻った。
さっそく杖を構えて詠唱に入る。
サントリナ、タイマス、アジュガの三人が周りを固めて怪物等を警戒した。
その間に鈴音は虹男と骸骨へ行方不明時の出来事を話しておく。
何かのはずみで繋がった、黄泉の国での出来事を。
掻い摘んで説明された内容に、虹男は只々感心し、ポカンとした骸骨は慌てて石板に指を走らせた。
「んーと……死んだ神様が行くような世界と人界を繋げられるとか、ナミ様は物凄く高い位の神様なんじゃないか、って事かな?」
描かれた絵を読み解き、ナミの顔を思い出しつつ、恐らくそうだろうなと鈴音は頷く。
「うん、火の神なんてメジャーな神様を産むような神様やし、ホンマは有名なんかも。私が知らんだけで」
そんな存在から貰った力とは、と尋ねる骸骨に鈴音は悪戯っぽい笑みを返した。
「悪役みたいな事が出来るねん。帰ってからしっかり練習してもっと幅を広げたい力やわ」
ピンと来なかったらしく首を傾げながらも、身体に異常が無いならいい、と骸骨は頷く。
その時ちょうど、イキシアの詠唱が完了した。
「……清浄を齎す光雨を以て悪なる闇を打ち消さん!」
凛とした声が最後の一節を唱え終えると、杖の先の石が輝き森全体に光の雨が降る。
途端にあちこちで焼け石に水滴が落ちたような音がし始め、どんどんと空気が浄化されて行った。
「おー、凄い凄い。木の陰でもお構い無しやん」
拍手代わりに右手で腿を叩き、少し明くなったように思える森を眺める。
すると、鈴音の感覚に随分とはっきりした負の力が引っ掛かった。
同じ方向を見た虎吉が耳を動かしつつ小首を傾げる。
「なんや森に満ちとった力とはちゃう、鎧が使うとった力より更にドス黒い感じの力やな?」
「うん。鎧の中身は女の人や言うてたから、その人を悪霊化させた元みたいなもんやろか」
鎧に話を聞いた上で、その大元ごと浄化しなければと鈴音はイキシアを見た。
彼女らもまた、強い負の力を感じ取り鋭い目を向けている。
「お疲れ様。お陰で森が綺麗になったわ」
鈴音が声を掛けると、すぐさまイキシアは笑顔になった。
「いずれ、あれぐらい強い力も光雨で消せるようになってみせます」
「そら心強いわ」
力強い宣言に微笑んで、鈴音は鎧への対処について提案する。
「ほんでな、多分あの強い力の所に鎧も居ると思うねん。さっき話し掛けた時にチラッと反応あったし、もっかい話し掛けてみたらどうかなて思うんよ。村長さんも言うてたけど、もし砦の関係者やったら何か言い残したい事があるんかもしらんし」
どうだろうか、と見つめる鈴音にイキシアはどこか渋い顔だ。
やはり、鎧の攻撃で鈴音が目の前から消えた事が引っ掛かっているのだろう。
それでもサントリナに促され、どうにかこうにか頷いた。
「神様がそう仰るのなら……。でも、危なくないですか?大丈夫ですか?」
「あー、そうやね、何か作戦考えよか。例えば私らが付き人のフリして、神人様が話を聞いて下さるぞ、て言うとか?」
この流れで、イキシアが鎧と対話する方向に持って行けないかと考える鈴音だが、本人が無理だと首を振っている。
「私、怒りに任せて思い切り攻撃しました。敵だと思われたでしょうから、きっと無理です」
「んー、そう?……ほな取り敢えず私がやるから、適当に話合わしてくれる?サントリナさん達も」
頭を掻きつつ言う鈴音に皆が緊張の面持ちで頷いた。
鈴音と虎吉に骸骨と虹男、当たったら死ぬ系攻撃もへっちゃらな者達が壁代わりに前を行き、強い負の力を感じる森の奥へと進む。
ある程度近付いた所で、もう一つ、強めの負の力が動いた。
「動く方が鎧やね。でも無視して強い方に向かういう意地悪をしてみよ。どんな反応するかなー?」
「それはええけど、後ろの奴らは黒い球に当たったら死ぬから、そこだけ気ぃつけたらなアカンで」
虎吉のアドバイスに『イエッサー!』と敬礼を返し、鎧の動向に注意を払いつつ木々の間を最短ルートで進んで行く。
何も仕掛けて来ないなと鈴音が首を傾げた時、心の声が聞こえたかのように鎧が居る方向で負の力が凝縮されたのが解った。
「来るでー、当たったら死ぬ球」
緊迫感に欠ける鈴音の警告を聞いた神人一行は、一瞬キョトンとしてから意味を理解し慌てて身構える。
「我に宿る光よ悪しき力阻む壁となれ」
イキシアが短く唱えると神人一行の前に光の壁が出来た。
「お、それは何?当たったら死ぬ系も防いでくれる壁?」
興味津々で尋ねる鈴音にイキシアは頷く。
「その筈です。即死系の術なんて初めてなので、本当に防いでくれるのか分からないんですけど」
「ほな丁度ええから試してみよ。もし壁が受け止め損ねたら私が対応するから」
「ええ!?で、でも……」
また何処かへ隠されてしまうのでは、という目をするイキシアに鈴音は悪い顔で笑った。
「さっきまでの私とは一味違うから大丈夫やで。さあ来いデッドボール!……いや、デスボール?どっちでもええわ、かかって来ーい」
やる気満々な鈴音を見て止めても無駄だと悟ったイキシアは、一行と頷き合って攻撃に備える。
鈴音も光の壁の後ろに陣取り、骸骨と虹男もその隣に並んだ。
直後、敵が一箇所に纏まった事を幸いと思ったか、馬鹿正直に真正面から黒球が飛んで来る。
一度は鈴音を転移させた程の威力を誇る黒球が、勢いそのままに光の壁へと直撃した。
反射的に目を瞑る神人一行。
だがそんな反応をする必要はなかった。
壁の放つ光に触れた瞬間、黒球が音も無く掻き消えたからである。
「大成功!ちゃんと仕事する壁やん、流石は神人やねぇ」
笑顔の鈴音に褒められた途端、杖を両手で握り照れるイキシアだったが、すぐに表情を引き締め頷いた。
「そうですよね、代々の神人が作り上げた術なんですから、効果を疑う必要は無かった。私は代々の神人がしてきた事をなぞっているだけなんですから、勘違いしちゃ駄目ですね」
この反応に、褒め方を間違えたと反省する一方、何か引っ掛かるものを覚え鈴音は怪訝な顔になる。
「伝統的な技なんやろうけど、今出したんは昔の神人やのうてあんたやし、実際に恐ろしい攻撃止めたんもあんたの力やねんから、胸張ってええよ?」
鈴音の言葉に目を見開いたイキシアは何か言いかけたが、二発目三発目と黒球が飛んで来たので結局会話は続かなかった。
「ん?弾切れかな?」
「せやな。あの強い力んトコで補給する気やな」
光の壁に全ての黒球を防がれてしまった鎧が、強い負の力の方へ移動を始める。
それを感じ取った鈴音は虎吉と顔を見合わせ、皆に頷いてから同じ方向へ歩き出した。
「さてさてー、話が通じるタイプの悪霊でしょうかー」
「どうやろなあ。森が浄化されても逃げへん辺り、あの強い力出しとる何かに執着しとるんやろうし」
「そうやんねー。ま、アカンかったらあの子にビカッと一発やって貰お」
拳を握る鈴音を見ながら虎吉が笑う。
「大変やな?神さんの役も」
「神様いうか先生いうか……自分でやった方が早いいう気持ちを抑えんのが大変」
そう言って笑い返した鈴音の視界に、前方の少し開けた場所に立つ、鎧の形をした艶の無い黒が映った。




