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第九十三話 黄泉の国

 寝間着代わりらしき布を引き上げながら起き上がり、巨大な女性は横座りになる。

 腕を伸ばして大きく伸びをしてから、改めて鈴音を見た。

「んー、何回見ても生きてる人だねぇ。どうやって来たのぉ?ココまで」

 色っぽい巨大美女に見下ろされ、大仏より大きいなあ等と現実逃避しつつ鈴音はどうにか笑顔を作る。

「初めまして、猫神様の神使の鈴音と申します。お休みの所、大変失礼致しました。実は使命を帯びて訪れたとある世界で、謎の攻撃を食らいまして……」


 森に漂う負の力とそれを使う鎧、鎧が放った攻撃、それを掴んだつもりが実体の無い靄で、気付けば洞窟に居た事。

 一連の流れを思い出して説明し、この部屋へ来ざるを得なかった理由も述べた。


「虎ちゃ……虎吉という、この猫神様の分身が普段は神界への通路を開いてくれるんですが、この場所からは開けなかったようで」

「あー……そっかぁ。ここが何処だか解んなかったんだねぇー。神界への通路とかホイホイ開けたらさ、意味ないからさ、出来ないようにしてあんのよゴメンねぇー」

 手をヒラヒラと振りながら眉を下げて笑う巨大美女。

「ここはぁ、黄泉の国。死んだ神も来る所だからさぁ、通路開くの禁止なのね?禁止っていうかー、出来ない系?だぁって帰れちゃうじゃんねぇ、そんな事出来ちゃったらさぁー」

 今にも『ウケるー』とか言い出しそうな美女を眺める鈴音は半笑いだ。


「やっぱりツシコさんの居るトコやった。黄泉の国。喋り方ソックリですよねツシコさんと」

 美女から溢れ出ている力に押し潰されそうな事に変わりはないが、得体の知れない怖さは鈴音の中から無くなった。

 そんな鈴音を見つめて、美女は首を傾げる。

「ツシコさん。ツシコさん……?あー、解ったぁ!黄泉醜女が言ってた面白い子だぁー!」

 無邪気に大喜びする美女へ、鈴音はとにかく笑顔を返しておく。

「飴いっぱい貰ったとかって喜んでたよぉ?ありがとねぇー。そっかそっかぁ、猫の神の使いかぁ。あの子達はいーよねー。死んでも復活するもんねー。羨ましいぃー。ってかさぁ、何で人が猫の神の使いやってんのぉ?」


 実に御尤もな疑問に、最早すっかり慣れてしまった“白猫と虎吉に出会った経緯の説明”を流れるようにこなした。


「おぉー、凄い気に入られてんじゃーん。人なのに猫の神の眷属で神使とか面白過ぎるよねぇ。でもそっかぁ、光る魂かぁ、へぇー……」

 説明の最中もそうだったが、美女は鈴音の光に随分と興味があるようだ。

「今は光ってないよねぇ?ちょっとやってみてくんない?どのくらい光るか見たぁい」

 拒否出来る筈も無ければ、する理由もないので、鈴音は魂の光を全開にした。

「普段はここまでです。腹立つ事あってキレてしもた時は、この倍ぐらい光るみたいです」

 鈴音の声を聞きながら、美女は実に楽しげな笑みを浮かべている。

「そっかぁ……そっかぁー……!ふふふ、誰だっけぇ、ここに鈴音送り込んでくれたの。感謝だなぁー感謝だわ感謝ぁ。ふふふふふ」

 何がそんなに喜ばれたのか解らない鈴音は、この流れなら聞けるだろうかと質問してみた。


「そのー、私をここへ送り込んだ形になったんは、異世界の悪霊的な何かなんですけど。何でこないなったんですかね?あの黒い球に仕込まれとった靄が、どっか別の場所に移動させる魔法か何かで、偶々ここに繋がったとかですか?」

 不思議そうに首を傾げる鈴音の質問に、ご機嫌な美女は笑いながら首を振る。

「生者の世界を移動する程度の歪みじゃあ、死者の世界には繋がんないよぉ。あれじゃない?当たったら死ぬ系の呪詛?あ、魔法?」

「……へ?当たったら死ぬ!?」

「そうそう。人は死ぬけどぉ、鈴音はあれでしょ、神の眷属だから。効かないよねぇそんなの。でも何だろ、神力どばーっと出してたなら全然効かないけどぉ、出してなかったから中途半端に効いちゃってー……黄泉醜女との繋がりでこっちに来ちゃったとかなのかなぁ」

 美女の推理通りだとすると、鬼とも繋がりはあるのであの世でも良かった筈だが。

 最後に接触したのが黄泉醜女なのでそちらが優先されたのだろうか、と鈴音は唸る。

「ま、異世界から日本の神様が治める死者の世界に飛んでる時点で謎過ぎるし、色々考えるだけ無駄やな」

「うんうん。何か知んないけど繋がっちゃったんだからしょーがないよぉ。あっちの世界に死者の国がなかっただけなのかもだしぃ?」

 独り言に返事を貰って恐縮しつつ、鈴音は困った顔を美女へ向けた。


「実はその悪霊と戦うてるんは普通の人なんで、当たったら死ぬ魔法なんか放っといたらマズい事に……」

「やっぱマズいのかなぁ。それとも煮物が駄目なのかなぁ」

 そろそろ向こうへ帰りたいと訴えかけた鈴音の語尾に、聞き覚えのある声が重なる。

「ん?」

「ん?」

 お互いが声のした方へ顔を向け、しっかりと目が合った。

「ツシコさんや!」

「おーぅ、鈴音じゃーん!」

 やっほー、と手を振りながら近付いてくる黄泉醜女は、逆の手に料理らしき物が載った皿を持っている。

「何で居んのぉー?まだあの子に話は聞けてないよぉ?」

「いやいや、只の偶然なんです。ちょっとしくじって、ふっ飛ばされた先が偶々こちらやっただけで」

「そうなんだぁー、アンタも大変だねぇ。大変といえば、今日も殆ど残されちゃったんですけどぉー」

 鈴音へ同情的な顔で頷いてから、黄泉醜女は皿を掲げて美女に見せた。

 途端に今の今までご機嫌だった美女の顔が曇る。

「あー……駄目かぁー……」

「ご飯食べなくても意味ないしぃ、母様が心配してるよぉー?って説得してるんですけどねぇ」

 美女と黄泉醜女の間で視線を往復させた鈴音は、どうやら美女には子供が居て何故かハンスト中らしい、と理解した。


「気休めにしかならんかもしれませんけど、飴ちゃんでも渡しますか?大きいお子さんやったら効果なさそうやけど……」

 ゴソゴソとポケットを探る鈴音へ、美女と黄泉醜女の両方から熱い視線が注がれる。

「持ってんの!?すっごい助かるんだけど!!」

「効果あるある!!ちっちゃい子だから!!」

 ただでさえ凄まじい圧力がより一層強くなり、冷や汗を掻きながら鈴音は飴を3つ黄泉醜女に渡した。

「ありがと!これこれぇー。ご飯はちょっとしか食べてくんないのに、飴には興味示してさぁ。やっぱ甘い物が好きなのかなぁ。物食べて幸せそうな顔すんの、初めて見たよねぇー」

 手の中の飴を見ながら微笑む黄泉醜女と、悔しそうな美女。

「食べてくれるの嬉しいけど、私それ見らんないしぃー。辛いんだけどぉー」

「や、多分その内フツーに会えるようになりますってぇ。多分だけど」

「多分とか無理ぃ、ホントあの糞野郎絶対コロス」

 置いてけぼりの鈴音が美女の殺気に総毛立った所で、黄泉醜女が気付いてくれた。

「あのー、鈴音がキョトーンですよぉ?」

 言われて我に返った美女は、目をぱちくりとしてから寂しげに笑う。


「ごめぇん。ウチの子さぁ、自分が私の事殺したと思ってんのねぇ?」

「……ころ……えぇー……?」

 何やら急に重い話が始まったぞという思いと、こんな強者でも死ぬのかという驚きとで、鈴音の表情は複雑なものになった。

「まあ、死んだのは死んだよぉ?理由がお産なのも事実なんだけどさぁ。私は別に何とも思ってない訳ぇ。我が子を抱けないのは辛いけどぉ、元気に育ってくれたらいいなーって思ってたの。思ってたのにさぁ……」

 眉間に皺を寄せた美女から再び殺気が漂い始める。

「当時はまだ夫だった糞野郎がさぁ、あの子を『アイツが死んだのはお前のせいだ!』って罵りながら殺しやがってさぁ」

「え、何それ」

 唖然とした鈴音に美女が頷く。


「そうだよねぇ?そう思うよねぇ?妻が命懸けで産んだ子、殺す?フツー。有り得なくない?」

「有り得ませんね」

「でしょ?そのせいであの子、責任感じちゃってさぁ。母様に会わせる顔がないっつって閉じこもるしご飯食べないしで……はぁ。んでそん時に糞野郎がさぁ、この黄泉の国まで私の事迎えに来たワケよ。丁度いいから会って文句言ってやろうと思ったんだけど、それにはこの国の神の許可がいるからぁ。許可が出るまで絶対見るなって私は言っといたのにさぁ、勝手に部屋覗いてさぁ、私が腐ってグズグズだからっつって逃げたからねぇー?」

 子供は実に憐れだが、糞野郎こと元夫に関しては、所謂“フリ”『押すなよ!?』の変化系『見るなよ!?』だと勘違いしたのかもしれないと一瞬思った鈴音。

 勿論口には出さない。

 キリリとした顔で『許せん』と頷いておく。

「だからぁ、私はあの糞野郎を絶対殺るの。たださぁ、ビビってどっか隠れちゃってさぁー。どーしよっかなーって思ってたら、鈴音が来たぁ」

 またしてもご機嫌になった美女に、鈴音は怪訝な顔だ。


「私が……何かお役に立てるんですか?」

 魂の光が関係あるのかな、と首を傾げる鈴音へ美女が微笑む。

「鈴音は人界も神界も動き回れるでしょぉ?糞野郎そのものじゃなくてもぉ、手掛かりと出会うかもしんないじゃん?」

「手掛かりですか。私に分かりますかね?糞野郎に会うた事ないんですけど」

 鈴音に元夫を糞野郎と呼ばれても、怒るどころか笑顔になりながら美女は頷いた。

「分かんないだろうからぁ、私の影みたいな物を鈴音にくっつけたいんだよねぇ。ダメ?」

「んーと、猫が怖がったり、人としての日常生活に影響が出たりせぇへんのでしたら、問題無いです」

 腕の中で小さく丸まっている虎吉を撫で、最低限の条件を出した鈴音にニコニコの美女。

「それはヘーキ。逆に今回みたいな当たったら死ぬ系の魔法?とかを防いだげるー。鈴音が光ってるか神力出してれば大丈夫だけどぉ、そうじゃない時があるからここに来たんだよねぇ?私の影さえくっつけとけばぁ、うっかり当たってもどっかに飛ばされる心配なくなるよぉ?」

「え!それはありがたいです!是非ともお願いします!」

 前のめりになる鈴音を見て楽しげに笑い、美女は自身の長い黒髪を一本抜いた。


 抜いた髪に美女が息を吹き掛けると、長い長いそれは生き物のように動き出す。

 クネクネと動く髪は美女の手を離れ床を這い、鈴音の脚を上って右腕へと辿り着いた。

 右の袖口から服の中へと入り、生身の腕にぐるぐると巻き付いていく。

 肘から手首にかけてしっかりと巻き付いた後、髪は幻のように消え去った。


「おぉー……なんやろ、吸収したような感覚?腕から全身に神力が流れた感じです」

 右手を結んで開いてしながら、鈴音は感覚を確かめる。

 美女は美女で鈴音に手を翳し、何かを確認しているようだ。

「うん、ちゃんと繋がったよぉー。これでぇ、糞野郎関係見っけたらぁ、私がガッッッ!!と行けるからぁー」

 擬音部分にやたらと力が入っていたな、と遠い目をしてから鈴音は笑顔で頷いた。

「解りました。ほな私は普段通りに動き回ってたらええんですね?」

「そうそう。色んなトコ行ったり色んな神と遊んでてくれたらいいからぁ」

「はい。そしたらそろそろ……ん?」

 いい加減あちらへ戻って皆と合流しなければ、といとまを願い出ようとした所で、背後から視線を感じ振り返る。

 大き過ぎてピンと来ないが恐らく出入り口と思しき岩の切れ目に、おかっぱ頭の子供の姿が見えた。

 年齢で言えばちょうど小学校に上がったくらいだろうか。

 ばっちりと目が合ったので、微笑みながら声を掛けてみる。

「こんにちは」

 話し掛けられるとは思っていなかったらしく、ハッ、と驚いた様子の子供。

 そのまま、鈴音と腕の中で丸まって背を向けている虎吉とを見やり、何か言いたげにしながらも黙ったまま奥へと引き返して行った。


「可愛いですね。あの子が……」

 美女の子供かと尋ねようと向き直れば、美女も黄泉醜女も目を丸くしている。

 子供が消えた辺りと鈴音を何度も見比べながら、口をパクパクと動かして瞬きを繰り返した。

「んな、なにごとぉー!?」

 そう美女が叫べば。

「奇跡キターーー!!」

 と黄泉醜女も叫ぶ。

 圧が強いし大声は虎吉が嫌がるのでやめて欲しい、とも言えず困惑する鈴音。

「ど、どないしたんですか?」

「どないって、出て来たから私の可愛いヒノたんが!!凄くない!?超久しぶりに会えたんだけど!!」

「出ないんだってフツーは部屋から!!凄いじゃん鈴音、なにしたのぉー!?」

 美女と黄泉醜女の勢いに気圧されつつ、何か答えねば解放されそうにないと悟った鈴音は、先程の子供の視線を思い出す。

「たぶんあれですよ、飴の供給元と猫に興味が湧いたんですよ。甘い物と動物好きですよね子供って」

 これでどや、と微笑みながら様子を窺うと、美女と黄泉醜女は顔を見合わせ頷いた。

「鈴音にお願いがあるんだよねぇー」

「簡単簡単。ちょこっと行ってぇ、ヒノ様とお話しして来てくんない?」

「……へ?いやあの、お話しいうても初対面いうか今チラッと会うただけいうか見ただけいうか……」

 気の毒な事情を抱えた子供相手に何が出来るとも思えず断ろうとする鈴音へ、圧力強めの笑顔が向けられる。

「いーからいーから」

「ね。行こ行こぉー!」

「え。ええぇー……」

 黄泉醜女に力強く右腕を掴まれ、半ば引き摺られるように鈴音は奥の部屋へと連行された。

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