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第九十二話 鎧

 イキシアの元へ戻って行くサントリナを見送りつつ、鈴音は半眼で鼻から息を吐く。

「自分で言うとってビックリしたわ。半分以上私のせいやんか、あの子が自信無くしたん」

「せやな。光る魂と俺と神剣と……あとは雷か。まあ、人やとは思わんわな。戦い慣れとるようにも見えたやろ。ホンマは血しぶき見られへんのにな」

 虎吉がからかうように笑い、骸骨も頷き、偉そうに説教したのだからそう思われて当然だろうなと鈴音も半笑いだ。


「とにかくあの子の自信回復が最優先かな。この世界の神様代理がメンタルやられたままはマズいし。私が神様やいう誤解は解けたら解きたいけど、無理ならしゃあないか。魚ゲットしたらすぐ帰るねんし、そこは成り行きに任せよ」

「まあ、神人とかいうのんと間違われるよりは、神さんや思われとる方がマシやろ。変な争い生まへんし、髭の神さんも向こうで見とるから、もし神殿で神人と会話する事になっても話合わせられるし」

 成る程と虎吉の言葉に頷き、そういえばサントリナの誤解は解けているのかと顎に手をやる。

「私がそれっぽかったから、もう一人の神人やてサントリナさんは思たらしいけど、違うて気付いたかな?神剣見た時におかしいなて思たやろか」

「ん?神剣の力感じ取れるんやったら、余計に神さんと関わりある奴や思うやろ。けど神さんやとは思てないっちゅう事は、まだ神人とかいうのんや思われとるんちゃうか?」

「あー……そうなんかなぁ。今更説明すんのも面倒臭いし、これも放置でええか。帰る時にまだそばにおったら、只の異世界人でしたゴメンやで!て言うとこ」

 よし、と頷き切り替えた鈴音は、さっそく化け物退治についての作戦を考え始めた。


「私いうか神様に活躍を見て欲しいいう事は、普通の人からしたら相当強いらしい化け物を、あの子の力で倒せたらええいう事やんね?私らはただのお手伝いで」

 その通りだと虎吉と骸骨が頷き、虹男も何か言いたげな顔だが取り敢えず頷いている。

「あの子の攻撃は、特に何もせんでも出せる光の球と、長い呪文唱えてから出すえげつないやつ。ほな私らが鎧の化け物の邪魔して、あの子が呪文唱える時間稼ぐんが正解かな」

 確認する鈴音に、頷きつつ骸骨が石板を見せた。

「んー、ああそっか。私らには効かへんから、巻き込む位置におっても遠慮せんとぶっ放すように言うとくんやね。確かに、人に向けて撃つな!てキツぅに言うてしもたもんな。今回は私を神様や思てること利用さして貰お」

「光はええとして、火ぃはアカンぞ?森が火事になる可能性あるし」

 虎吉の指摘でその状況を想像した鈴音は、とても嫌そうな顔をして首を振る。

「絶対アカンやつ。サントリナさんに火は使わんように言わな。後はー……男の人らどないしよ?私の周りウロチョロされたら邪魔やし、あの子の攻撃範囲から直ぐ離脱出来るとも思われへんし」

 皆でウーンと首を傾げながら暫し考えた。


「えー……、取り敢えずー……、自分達ならどう動くか想像して貰いながら、鎧の化け物以外の何かが二人に近付かんように、警戒しといて貰うみたいな感じでええかな?」

「せやな」

「いいんじゃない?」

 虎吉と虹男の返事に続きコクリと頷く骸骨。

 タイマスとアジュガには、前衛としてのイメージトレーニングを頑張って貰う事で落ち着いた。

「よし、サクッと片付けて自信取り戻して貰て、魚ゲットしに行くで!」

「ねえさっきから何か忘れてない!?」

 ずっと何か言いたげだった虹男のツッコミに『なんだっけ』という顔をしてから、瞬時に取り繕う鈴音。

「虹色玉な、魚ゲットの前に虹色玉な!覚えてる覚えてるあはははは」

「ホントかなー」

 口を尖らせる虹男へ『ホンマホンマ』と嘘をつきながら、鈴音は目印の木を曲がり砦に続く道へ歩を進めた。



 鬱蒼とした森の中では、人の手が入っている道沿いだけが明るい。

 昼間だというのに薄暗い森の奥からは、村長が言っていた通り澱でも溜まっていそうな気配が漂って来ていて、何とも居心地が悪かった。

「砦ってこの森の中にあるか、森を背にしとるって事やんね?ほな昔はこんな負の力が漂う森やなかったんかな」

「そうやろなぁ。こんなん、物運ぶだけにしても危ないやろし。最初っから森がこの状態やったら、砦はあの村がある辺りに造っとるんちゃうか?」

 鈴音と虎吉の会話に骸骨が頷き、石板を見せる。

「あ、そうやね、いつ化け物が出るか分からんし、あの子らと合流しとこか」

 言うが早いか足を止め、少し遅れてついて来ている神人一行をその場で待った。


 手招きする鈴音に気付くと、イキシアが物凄い勢いで駆け出し、一行も慌てて追い掛ける。

「お、おおお遅くなりましたッ!!」

 両手で杖を握り直立不動になるイキシアを見た鈴音は、あの反抗期丸出しみたいな態度はどこへやったとツッコみたくなるが、ボケで返す等という技は持っていないだろうし、神だと思っている相手に言われたら泣くかもしれないので自重した。

 代わりに肩をポンポンと軽く叩いておく。

「化け物に備えて一緒に行動しよ?力抜いてなー」

 何やら益々緊張した様子にも見えるが、取り敢えず気にせず続ける。


「さっきみんなで話して作戦立ててん。私と骸骨さんが前で化け物とやり合うから、その間にあんたは後ろで最初に会うた時に出した光の矢ぐらい強力な攻撃の用意して、出来次第ドカンとやって?私らには効かんし、遠慮せんと撃ってええから。勿論普段は人に向けて撃ったらあかんよ?」

 イキシアは鈴音の説明を聞きながらコクコクと幾度も頷き、最後に『はい!』と力強い返事をした。

 あまりの素直さに思わず微笑んでから、鈴音はサントリナへ顔を向ける。

「森の中なんで、火を使う攻撃は無しでお願いします」

「はい、風の精霊術を使用します」

 頷き合ってから今度は男達を見ると、巨人との戦闘やら素材集めやらで溜まった疲労が顔に出ていた。

「お二人は、彼女らに化け物以外の怪物なんかが近寄らんように、警戒をお願いします」

 鈴音の要請に男達はホッとした様子で頷く。

「心得ました」

「同じく」

 恐ろしい化け物と戦えるだけの体力が残っているか、実際微妙な所だったのだろう。

 プライドを傷付ける事無く前衛から外せて良かったと、鈴音は小さく息を吐く。

 イメージトレーニングについては言われずともやるだろうと思い、口には出さなかった。


「ほんなら、鎧の化け物探しましょか。前から来るとは限らんから、後ろの警戒もお願いしますね」

「そうでした……。そんな初歩的な事も忘れてしまうとは、お恥ずかしい限りです」

 タイマスはそう言うと、アジュガと共に慌ててイキシアとサントリナの背後へ回る。

 お疲れ気味で注意力が低下しているらしい二人を憐れに思ったのか、骸骨が更にその背後へ回った。

 骸骨に慣れていない男達に何とも言えない緊張感が生まれた以外は、特に問題も無く一行は砦へ続く道を進む。


「ん?」

「お?」

「あれ?」

 鈴音と虎吉と虹男が同時に声を出して足を止め、50メートル程離れた左斜め前方を揃って見やり、後ろで静かに骸骨も同じ方向を見た。

 遅れてイキシア達も気配に気付き、薄暗い森を見る。

 気付かれた事を理解したのか、木々の間の影が動き、黒い何かが鈍い金属音を立てながら道へと移動して来た。


 姿を現したのは、艶の無い黒。


 輪郭が西洋の鎧兜を思わせるのと、金属音がしたので恐らく鎧なのだろうなとは思われるが、何せ光を反射しないので凹凸が分からず距離感も掴めない。

 地面に伸びる影のようにも見えるし、影が立ち上がっているようにも見える。


「成る程ね、こらやり難ぅてしゃあないわ」

 普通の人からすれば、という部分を省いた鈴音の前で、鎧の右手に森から流れて来た黒い靄が集まり長い剣を形作った。

「ほな攻撃準備よろしくー」

「はい!」

 鈴音の指示を受けイキシアが詠唱に入る。

 その両脇をサントリナとアジュガが固め、背後はタイマスが警戒に当たった。

「虹男は怪物とか来たら追っ払っといて?」

「いいよー」

 頷いた虹男はその場に留まり、鈴音は後方から戻って来た骸骨と共に鎧へ近付く。


 鎧は両手で握った剣を水平に構えると、間合いに入った鈴音へ狙いを定め躊躇い無く突いた。


「……よ。あはは、出来た出来た、虹男の真似」

 掌で剣先を受け止めた鈴音は楽しげに笑う。


 直ぐに剣を引いた鎧は狙いを骸骨に変え、頭めがけて斬り掛かった。


 骸骨はコロリと頭骨を腕の中へ落とし、剣が空を切ってから元に戻す。


 数メートル後退しいわゆる正眼の構えで様子を窺っている鎧から、互いへと視線を移した鈴音と骸骨は暫し見つめ合った。

 言いたい事は同じだと思われる。

 弱い。

 弱過ぎる。

 二人掛りでは、いやたとえ一人だったとしても、これでは間が持たない。

 せめて男神シオンが寄越した天災級とやらの魔剣レベルでないと、苦戦する演技さえ難しい。


 何か無いか、と考える鈴音の脳裏に村長との会話が蘇った。

「あ、そうや、砦の関係者かどうかの聞き取り!」

 そうだった、と骸骨も手を合わせて頷く。

「なあ、あんたはあの砦に関係ある人?何か言うとく事があるんやったら聞くよ?」

 鈴音の呼び掛けに、意外にも鎧は小さく反応を見せた。

 どうやら言葉が通じるらしい。

 鎧が構えを解いたので、返事をするのだろうかと期待していると、ハッと何かに気付いた様子を見せ左手に靄を集め始めた。

「あれ、どないした?」

「鈴音、後ろや後ろ」

 虎吉に言われて振り向けば、イキシアの周りに光が集まっている。

「しもた、そろそろ発動するんやろか」

 今更止められるものなのだろうかと悩む鈴音と骸骨の間を、真っ黒い球が通過した。


 鎧へ視線を戻すと、投球直後の投手のようなポーズである。


「ええコントロールやね!」

 叫ぶと同時に黒球を追い掛け、皆に危険を知らせた。

「危なーーーい!!」

 その声に驚いたイキシアの詠唱が止まり、集まっていた光が霧散する。

 取り敢えずこれで鎧が木っ端微塵になる心配は無くなったと安心し、手を伸ばした鈴音は黒球を掴んだ。


 掴んだつもりが、黒球の中で拳を握る形になっていた。

「あれ?」

「ん?」

 直後、黒球が弾けて靄となり、鈴音と虎吉を包み込んでそのまま消えた。


「えー!?鈴音と虎吉どっか行っちゃったー!」

 目を丸くした虹男が叫べば、骸骨も慌てて周囲の気配を探る。

「な、なんて事……なんて事を……」

 呆然としたイキシアは、うわ言のように呟きながら首を振った。

 そして、自身の周りに多数の光球を出現させる。

「神様を……神様を返しなさい!!」

 カッ、と目を見開くと同時に叫び、全ての光球を鎧目掛けて撃ち込んだ。

 マシンガンの標的にされたかのような鎧は逃げる事も出来ず、両腕をクロスさせて防御するも次々と艶の無い黒を失って行く。

「うわー、あれ辛いんだよー」

 自身の体験を思い出して気の毒そうな顔をする虹男と、鎧の話を聞かなくて良いのだろうかとオロオロする骸骨。

 そんな骸骨が鎧を見てピタリと動きを止める。


 黒い部分が失われた頭部から、若い女の顔が覗いていたからだ。


 その顔に生気は無い。

 明らかに死者なのだが、両の目に宿る意志は生者を思わせる強さだ。

 成る程中身がこれだから、鈴音の言葉に反応したのかと納得した骸骨がイキシアを見れば、唖然とした顔で固まっていた。

 その隙を突いて鎧が森の奥へと逃げ出す。

 鎧の失われた部分は森から流れ込む靄で見る間に修復されて行った。

「ま、待ちなさい!!神様をどこへ隠したんですか!!」

 我に返ったイキシアが走り出し、皆で鎧の後を追う。


「いやホント、どこ行ったんだろうねー?」

 呑気な虹男の声に骸骨は溜息でも吐くように肩を落とし、周囲を見回した。

 まだ鈴音が帰って来る様子はない。

 黒球が弾けて靄になった瞬間、空間が歪んだ気配がしたのでどこかへ飛ばされたのだとは思うが、それがどこかは分からない。

 いざとなったら白猫が動くのは解っているのでそこまで心配はしていないが、どこへ行ったのかだけは気になっていた。

 帰って来たら本人に教えて貰おうと思いながら、骸骨は虹男が他所へ行かないよう見張りつつイキシア達に続く。



 その頃鈴音は謎の洞窟に居た。

 背後が行き止まりなのは白髭の神に送り込まれた鉱山と似ているが、空気感が全く違う。

「めっちゃ清浄?神聖?でも暗い感じ?この先からなんか、凄いとしか言いようない力を感じるねんけど」

 じっとしていても仕方がないので前進してはいるが、伝わって来る力に圧倒され普段の鈴音からは想像出来ない程ゆっくりとした歩みだ。

 虎吉も重圧を感じているようで、尻尾を巻いて耳を伏せ、鈴音の脇に顔を突っ込んで隠れようとしている。

「うー……無理や、怖い」

「えー!虎ちゃんが怖いとか言うん初めてやん。大丈夫なんコレ、進んでええの?でも進まな何も無いしなぁ」


 鎧が放った黒球の靄に包まれた途端、視界が黒に染まり次に見えた景色がここだった。

 一体どこへ飛ばしてくれたのだと愚痴を言う程度で済んだのは、穴に落ちて異世界へ行くという経験をしていたお陰だろう。

 あれに比べれば随分と穏やかな移動である。

 ただ、移動先に居た何かがちっとも穏やかではなかった。


「あ、出口や。さて何が居るんかな」

 軽口でも叩いていなければやっていられない程の、凄まじいプレッシャー。

 意を決して足を踏み出し巨大な空間へ出た鈴音が目にしたのは、大きさといいポーズといい、あの有名な涅槃像を思わせる女性だった。

「うーわー、美人やなー」

 ポカンとした鈴音の口から出た言葉に、ゆっくりとうつ伏せになって上体を起こした女性が、長い黒髪を掻き上げる。

「誰ぇー?……うわ、人だ人。生きた人。何でこんなトコ居んのぉ?」

 この女性が凄まじい重圧の主で間違い無いのだが、何処かで聞いた事のある気怠げな口調に、鈴音は妙な親近感を覚え少し気が楽になっていた。

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