第九十一話 化け物退治
「まさか、退治してくれるのか!?」
鈴音の実力はその目で確認済みなので、危ないだの何だのとは言わず村長は期待に満ちた顔になる。
「はい。ついでやし、兄さんと一緒に行ってきます」
あっさり頷く鈴音に村長が礼を言おうと口を開きかけた所へ、大きな声でイキシアが割り込んだ。
「待って下さい、私も行きます!」
何事かと驚いた鈴音が視線を移せば、やけにやる気満々なイキシアと目が合う。
「あー、そうか。私の行く先について来るんか」
ただそれに関して主導しているのはサントリナで、イキシアは反対の立場ではなかったか。
どういう風の吹き回しだと首を傾げた鈴音の視線を受けるも、サントリナは頬に手を当て困ったような顔をするばかりだ。
「よう解らんけど、ついて来たいならどうぞ。私は兄さん呼んで来ますんで」
「おう、そうだ、俺もさっさと野郎共に声掛けねえと全員酔い潰れちまう」
慌てて村へ戻る村長に続き、鈴音も虎吉の元へ急ぐ。
「お待たせ虎ちゃん骸骨さん。あ、虎ちゃん神剣とりあえず縄張りに戻すだけ戻してええかな。後で片付けるから」
実はボディバッグが何でも入る不思議な袋だという事になっている、と事情を説明すると、虎吉は器用にバッグの中へ小さな通路を開いてくれた。
そこへ神剣を差し込んでバッグへ仕舞った風に装い、虎吉を抱えて皿代わりにした葉っぱをゴミに出しておく。
「素材とやらは取れたんか?」
見上げてくる虎吉を笑顔で撫でながら鈴音は頷いた。
「荷車5台分も取れたわ。ほんで今から、砦の再建邪魔しとるらしい化け物を退治しに行こ思てんねん」
「そうか。乗りかかった船いうやつやな」
「うん。虎ちゃんの威嚇でビビりまくりやったから暫くは大丈夫やろけど、砦が無かったらまた来るかもしらんやん?それ放っといて帰るんもモヤっとするし」
鈴音の話に虎吉と骸骨が幾度も頷く。
「そういう訳で、行くで兄さん」
村人達の輪に近付き、酒と芋でご機嫌な虹男に声を掛けた。
「あ、妹さぁん、お兄さんおもしろいねぇー」
「自分のこと神様だとか言うんだ、わはは」
「俺もなりてえなぁ神様ぁ」
すっかり出来上がっている男達には、虹男の話が酔っ払いの戯言に聞こえたようだ。
本物の神と酒を酌み交わしたと知ったらどんな反応をするだろうか、と鈴音は密かに笑う。
「もう湖の方に行くの?」
残った酒を飲み干して尋ねる虹男の横から手を伸ばし芋を摘むと、素知らぬ顔で骸骨にも渡しながら鈴音は首を振った。
「森に出るいう化け物をやっつけるねん。虹色玉と湖はその後」
「化け物?あ、なんか言ってたねそういえば。どんな奴かな、楽しみだねー」
化け物ってなんだっけ、などとケラケラ笑っている男達に軽く手を振り、連れ立ってその場を後にする。
「あ、この小さい芋美味しいわ。食感ジャガイモやけど旨味が濃い」
「美味しいよねー、お酒が進んじゃったよ」
「でも酔うてへんね?」
「人が作るお酒だと酔わないみたい」
成る程さすが神様、と納得しつつ村の外へ出ると、男達を従えた村長が待っていた。
「お待たせしました。それで、化け物の居場所はどの辺りですか」
鈴音の問い掛けに『本当に行ってくれるのか』『ありがてぇ』といった声が上がり、それに頷きながら村長は森を指す。
「そこのデカい木の先に、砦まで続く道があるんだ。その途中に出るんだと、真っ黒い鎧の剣士が。腕に覚えのある奴らで編成された小隊が、命からがら逃げ帰って来るぐらいには強えみてぇだな」
「鎧の剣士。砦が無くなった事と関係ありそうですね?」
顎に手をやった鈴音が言うと、村長は深い溜息と共に頷いた。
「砦の警備隊の無念が形になったんじゃねえか、なんて噂が街では流れてる。なんせ全滅だったらしいからなぁ。怪物共にやられて、そりゃあ酷い有様だったらしい。あの森は元々悪いモン漂ってんのが俺でも解るような場所もあるぐらいだから、そんな化け物が生まれてもおかしくはねえ」
「森に漂う負の力を取り込んだ悪霊の類かな?けどそれやったら今ちょうど、鎧の化け物の天敵みたいな人がここに居てますね」
鈴音の視線を受けて、背筋を伸ばしたイキシアが目を輝かせ大きく頷く。
「あはは、頼もしいー。……いやホンマ、どないしたんやろあの子。家の前通るたびに吠えとった犬が急に吠えんようになった、ぐらいの違和感あんねんけど」
「まあ反省もしよったし最初に比べたら大人しなっとったけど、それでも確かにえらい変わりっぷりやな。うっかり酒でも飲んでしもたんか?」
イキシアの変化について行けず、猫の耳専用内緒話をしながら鈴音も虎吉も只々首を傾げた。
「まあ、とにかく行ってみます。話出来そうやったら何者なんか聞いてみるのも有りですね」
「話!?化け物とか!?……いや、そうだな。もし鎧の中身が警備隊の誰かで、遺言なんかがあったとしたら、それは聞いてやりてえな」
簡単な事のように言う鈴音に驚いた村長だが、すぐに沈痛な面持ちとなって頷く。
「何から何まで任せちまって悪いけどよ、よろしく頼むわ。怪我しねえように気ぃつけてな」
「はい、言い出したんこっちやし、気にせんとって下さい。村長さん達こそ大荷物なんやし、街までの道中お気をつけて。ほな、行ってきます」
見送る村長達に笑顔で手を振って、鈴音達は森へと歩き始めた。
同じく村長へ挨拶してから神人一行がその後ろへ続く。
先を行く鈴音の背中を見ながら、化け物退治で活躍して神に認めてもらうのだと張り切るイキシアに、心配そうなサントリナが声を掛けた。
「腕の立つ男性達が逃げ帰るような相手です。くれぐれも無理はしないで下さいね?イキシア様の神聖術が撃てたなら勝てるかもしれませんが、詠唱完了まで我々が持ち堪えられるかどうか分かりません」
自分の術で化け物を消し去るイメージだけを膨らませていたらしいイキシアが、我に返った様子でサントリナを見る。
「そう……か、そうですよね。まずは足手まといにならないようにと考えるべきでした」
また間違える所だった、と肩を落とすイキシアの表情があまりにも悲しげで、サントリナは慌てて言葉を探した。
「ま、まあ鈴音様がいらっしゃれば負ける事は無い筈ですから、お願いしてみるのも良いかもしれませんね?名誉挽回したいので少し時間を稼いで欲しい、という風に」
「ええ!?む、無理です!神様相手に畏れ多い」
音がしそうな勢いで首を振るイキシアに困った笑みを浮かべたサントリナは、やはり鈴音に事情を話すしかないかと前を見る。
「では、足手まといにならずに戦うにはどうしたら良いか、私が伺ってきますね。イキシア様では緊張してうまくお話し出来ないでしょう?」
「そうですね、お願いします」
今度は素直に頷いたイキシアへ微笑み、サントリナは小走りで鈴音の元へ向かった。
「んー、走りたい。村で待っといて貰たらよかったなー」
「そら無理やろ。逃げられたないから絶対ついて来るて」
神人一行を置き去りにする訳にもいかず、人の速度で歩きながら鈴音が愚痴ると、骸骨は諦めろとばかり肩を叩き虎吉は笑う。
「鈴音、悪い人みたいだね」
「ほう?」
追われる悪人のようだと笑う虹男に拳を握った所で、サントリナの足音に気付いて振り向いた。
「あれ、どないしたんですか?」
「すみません、少しお話ししてもよろしいですか?」
特に断る理由も無いので、隣に並んだサントリナへどうぞと頷く。
「ありがとうございます。実はイキシア様の事なのですが、その、鈴音様の事を神様だと信じてしまいまして」
「……へ?」
瞬きを繰り返した鈴音が虹男を見ると、殴られずに済んだと喜んだ顔から一転、口を尖らせて拗ねていた。
「あのー、私が神様やと、私より立場が上の兄も神様やいう事になりますけど?」
うんうんと頷く虹男。
「あっ。そうー……ですよね。そう思っていらっしゃると思います多分」
明らかに今気付いたと解る返答に、大変ショックを受けたらしい本物の神様は、遠くを見つめながら口笛を吹き始めた。物悲しい曲調が郷愁を誘う。
「自分の世界におったらこの反応は無いもんな……気の毒にな……」
同じく遠い目をしてから鈴音はサントリナに向き直った。
「それで、私が神様やとどないなるんですかね?」
「はい、鈴音様に認めていただければ、正式な神人になれるのだと思っておられます。ですので、化け物との戦いで良い所をお見せしたいようで……」
「うーん……?神殿に行って、何か儀式みたいなんがあって、認められるとかちゃうんですか?こんなトコに急に神様出てって、頑張っとるねぇーはい合格ぅー!とかなる事あるんですか?」
鈴音の疑問の前半部分で頷き、後半部分で首を振るサントリナ。
「仰る通り、神殿へ辿り着かなければ正式な神人にはなれません。神様が降臨なさって神人をお決めになられた等という記録はありません」
「それ知ってますよね、あの子も」
「はい。けれどそれを曲げてでも鈴音様を神様にしてしまわなければ、自分が負けてしまうと思ったのでしょう。私が、鈴音様をもう一人の神人候補だなんて言ってしまったから」
思い詰めた表情で訴えられても、鈴音には話がさっぱり見えて来ない。
「そもそも次代の神人いうんは、急にこんな訳わからんのがヒョッコリ出てって競う羽目になったりするもんなんですか?」
「いえ……そんな記録はありません。何らかの理由で神人になれなかった場合にのみ、別の神人が現れる事はあります」
この回答には鈴音のみならず、虎吉も骸骨も虹男も首を傾げた。
「ほんならまだ神殿にも辿り着いてへん段階で、本人死んでしもた訳でもないのに、別の神人が出て来る事は無いですよね」
「そうなのですが……鈴音様の方が条件に当てはまり過ぎていたというか……いえお告げが無い時点で違うのですが……」
鈴音はこういうモタモタした会話が嫌いである。苛々するのだ。当然、表情が険しくなる。
「ヒッ。も、申し訳ございません!神獣です!イキシア様にはいつまで経っても生涯を共に過ごす神獣が現れないのです!それをご本人も気にしておられて……」
「あなたも気にしとって、あれあれ?見たことない喋る動物連れとるこっちの方がそれっぽいぞ?何や光っとるし。こらコイツも神殿連れてかなもし間違うとったらえらいこっちゃで!責任問題や!とか思たんですか」
鈴音の指摘にサントリナは驚愕の表情を見せた。
どうやら、本人も自覚のなかった部分を突いてしまったようだ。
「そんなつもりは……」
「あの子初めて私と会うた時、光が……言うて呆然としとったもんなー。ほんで虎ちゃんは喋るし。味方や思てた人が次の神人がもう一人おったとか言い出すし。ほんで今の神人が人助けの最高記録保持者。自分には神獣が寄って来ぇへん。一所懸命戦うて怪物から村助けたろ思たら、戦い方がなってへんいうて叱られる。ええ事して来たつもりやったのに、どうやら他の街や村では困った存在扱いされとる」
鈴音が喋れば喋る程、口元を手で覆ったサントリナの顔が青褪めていく。
「村の人らに謝って赦してもうて、ホッとした所に私が意味不明な切れ味の剣持って来た。あ、もうアカン勝てるワケあらへん、思たやろなぁ。心ポキーッと行くよなぁ。『でも私がお告げ聞いたんはホンマやのに、この女はなんなん?神様は私が嫌いなん?いや待って、ちゃうわ、こんな訳わからん事すんのはこの女が神様やから違うん!?』ぐらい思てもおかしない気ぃしてったわ。だってまだ子供やん」
ちらりと背後へ視線をやれば、慌てて姿勢を正し緊張した表情を見せるイキシア。
笑顔で手を振っておいて、サントリナに向き直る。
「今更やっぱり鈴音様は神人やなかったです、とか言うても多分信じてくれへんやろし、それはもうしゃあないとして。自分は飽く迄もあなたの味方ですよ、て寄り添ってあげたらどないですか?まだ神殿に着いた訳やないねんから、神獣かてその内会えますよ、何なら遠回りしましょ、大丈夫大丈夫。言うて、ニコニコしといたったらええと思いますけど」
うっすら涙のにじんだ目を鈴音に向け、サントリナは幾度も頷いた。
「そうですよね……本当に、そうですよね。私が至らなかったばかりに……」
ちょっと言い過ぎたかとも思うが、こちらは大人なのだから自分で何とかしてもらおうと慰めの言葉は掛けないでおく。
「それにしても、そないなりたいもんですか、神人。そら確かに、なれませんでした!てなったら恥ずかしいやろなとは思いますけど」
不思議そうな鈴音へ、目元を拭ったサントリナが自嘲気味に微笑んだ。
「歴史上初なんです、島から神人が出たのが。ずっと大陸の方ばかりだったので。それでもう、島を上げてのお祭り騒ぎになってしまって……」
それを聞いた鈴音は顔を引き攣らせ、虎吉は半眼になり、骸骨は額を押さえた。虹男はよく解らないといった顔だ。
「あの子いくつですか」
「16になったばかりです」
「うわー……。たったの16歳で島中の期待を背負わされて、神様の代理人を務める為に旅に出たんですか」
「はい」
深い深い溜息をついた鈴音は、空の彼方をじっと見つめた。
神様という存在は本当に、人の都合などお構いなしだな、という思いを込めて。
「そら失敗出来ませんね。ご家族は島に残ってはる訳でしょ?」
「ええ。名誉な事だと特に母君が大喜びでした」
「神人になれませんでした、なんて事になったら家族も赤っ恥。島やから逃げ場無し。キッツー」
骸骨と顔を見合わせた鈴音は、さすがにこのまま放り出せないなと頷き合う。
「取り敢えず、化け物退治と森の浄化で自信取り戻して貰いましょか。その後の事はまた考えましょ」
そう提案した鈴音に、感極まった様子のサントリナは深く頭を下げた。




