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第九十話 昆布とたこ焼き

 肉を平らげ、ぺろんぺろんと口周りを舐めながら虎吉は村の外へ向かう鈴音を見ている。

「素材集めか。どないすんのか見てみたいけど、虹男アイツほっとかれへんしなぁ」

 芋が気に入ったのか酒を片手におかわりしている虹男へ視線をやってから、退屈そうに大欠伸をした。

「けどあれやな、鈴音がおらんかったら骸骨の酒も俺の肉も手に入らへんな」

 半眼になり不満そうな虎吉を見て、骸骨が胸を叩き大きく頷く。

「お、取ってってくれるんか?ありがとうな。バレんように気ぃつけてな」

 大丈夫だと言いたげに頷いた骸骨だが、実際は中々に大胆な動きを見せた。

 その結果。


「……あれ?何か今、酒瓶浮いてたような……」

「肉の串が空飛んでる」

「宙に浮かんだフォークが、地面に立ってる串から肉外してた」


 こんな話が次々と村人達の口にのぼる事となったのである。

 しかし。

「いやお前、飲み過ぎだよー」

「酔っ払ってんなー大丈夫かー」

「うひゃひゃ、目ぇ据わってんぞー」

 といった具合に、全て酒が見せた幻として片付けられたので事なきを得た。

 酔いどれ以外には見られていない辺り、全て計算尽くの行動だったらしい。

「やるやないか。これで退屈せんと待てるなぁ」

 そう言って美味い美味いと肉を食べる虎吉をさかなに、骸骨もまた異世界の酒をゆっくりと楽しんでいた。


 一方の鈴音はといえば、村長から目玉の外し方を聞いている真っ最中である。

 昆布のような髪部分は根元からバッサリと行けばいいだけで、これはまあ腕力にかなりの自信があれば普通の剣で切れない事もないようだ。馬鹿みたいに時間が掛かるので、普通はやらないらしいが。

 問題は目玉と呼ばれている黒い半球部分である。

 半球に沿って切り込みを入れ、最後に深く刺した剣を梃子てこのように使うと、黒い球体が気持ち良くポンと取れるそうだ。

「な?やり方自体は簡単だろ?ただ、その切り込みが入れらんねえんだよ普通の剣だと」

 身振り手振りを交えて説明してくれた村長は、腰に手を当てて軽く首を振った。


「詳しいですね村長さん。どっかでやった事あるんですか?」

 鈴音の質問に村長は笑って頷く。

「これでも若ぇ頃は警備隊に居てな!親父が脚悪くして畑が出来ねぇってんで村に戻ったけど、それまでは色々と解体したもんだ」

「そうやったんですね。ほな、この剣で久々にどないです?お手本にもなりますし」

 神剣を差し出す鈴音に、村長は顔を輝かせた。

「おっ!いいのか!?けど、名のある剣じゃねえのかコレ。他人が使って怒られないか?」

 受け取って眺めつつ心配する村長に、鈴音は笑いながら手を振る。

「私の主が、懇意にしている方々から山程頂いた中の一本で、砕け散ってもかまへん言われてる物なんで大丈夫ですよ」


 神使になった当初に行った鈴音の特訓は、一応気を遣って魔剣を中心に使用した為、聖剣神剣がどっさりと残ってしまったのだ。

 虹男の世界に関わった際、白猫に良い所を見せたい神々から魔剣も再び沢山貰ったので、今や木箱の中では神々しいと禍々しいが同居しながらワゴンセールの様相を呈している。

 正に宝の持ち腐れでしかなく、何ならここに居る全員分持って来ても良いのだが、それは流石に驚かれるだろうと思いやめておいた。

 そういった経緯を話す訳にもいかないので随分と要約した説明をした結果、それはそれでやはり驚かれてしまう。


「こんな名剣が山程?姉ちゃんの主様は凄えなあ。あの金髪の兄ちゃんとはまた別か?」

「また別です」

「ほえー」

 村長は驚きつつもこの程度の反応だが、神剣とは分からないまでもその力は感じ取れる神人一行はもう、目が点を通り越して白目を剥く勢いだ。

「あんなのが山程?冗談だよな?」

 タイマスがアジュガを見る。

「山程は冗談でも、他人に持たせて問題無い位にはある、とか……?」

 アジュガはサントリナを見る。

「いえ……あれ程の力を持つ物がまだあるとはとても……。神人のみが使える祝福を受けた剣は、神の力を宿すのだと聞きました。あれがそれなのでは?」

 分からないとばかりサントリナはゆるゆると首を振り、イキシアは鈴音を見つめた。

「また祝福を貰えばいいから、問題ないという事ですか?じゃああの人は現在の神人と繋がりが?それとも、あの人の主が神人と親しい……?」

 何やらまたしても大きな誤解が生じてしまったようだ。

 様々な感情が入り混じったイキシアの視線には気付かず、鈴音は村長に拍手を送っている。


「ほな村長!お手本お願いします!」

「よぅし!任しとけぃ!」

 力こぶを作って見せた村長は、仰向けの巨人に登って顔の上に立った。

 両手で握った神剣を目玉のきわに思い切り突き立てようとして、何の抵抗も無く根元までストンと刺さった事に驚く。

 バランスを崩しかけても踏ん張れたのは、畑で鍛えた足腰のお陰か昔取った杵柄か。

「ぅおーっととと!いやいやいや、どんな切れ味だよビビるじゃねぇか。ここまで深く刺す必要はねえんだ、こんくらいだな。こんくらいの深さでグルっと一周して、後はこう!」

 神剣を半分程の深さまで戻して目玉の周りに切り込みを入れ、最後に梃子の要領で黒い球体を飛ばした。

 地面に落ちる際の鈍い音からして、球体には結構な重さがありそうだ。

「おー!スポーンて飛んだ気持ちええなー!血ぃも赤ないからグロさも少ないし、これなら出来そう」

 巨人から降りて神剣を鈴音に返しながら、村長が笑顔を見せる。

「そいつはよかった。俺は荷車取ってくるからよ、後頼んでもいいか?」

「頼まれました!」

 同じく笑顔で応えた鈴音へ『よろしくな!』と軽く手を挙げて村長は村に戻って行った。


「よっしゃ、ほな手分けして……って、どないしました?ポカーンとして」

 今の手本に驚く所などあっただろうか、と首を傾げる鈴音へサントリナが慌てて手を振る。

「よ、よく切れる剣だなあと驚いていただけですので、お気になさらず!さあ、やりましょうやりましょう、手分けしましょう」

「ふーん?ほな、お二人はそっちの二体をお願いします。私はこっちのんやりますんで」

 今ひとつ釈然としないものの、村長も驚く切れ味だったのは間違い無いのでそういう事にしておいた。

 頷く男達を確認してから、鈴音は自分が担当すると告げた巨人へ近付き、まずは髪から刈っていく。


「デカい昆布やな近くで見ても。これがー……屋根瓦みたいに層になってるんか。よし、丸刈りで!」

 言うが早いか神剣を手に苦もなく昆布、いや巨人の髪を刈り取った。

「こんなんが防具に使われるとか、想像つかへんなぁ。粉にして混ぜたりするんかな」

 刈った物を纏めて地面に置き、次いで目玉に取り掛かる。

「側をグルっと切ってー……この作業たこ焼き引っくり返す時みたいや」

 梃子のように神剣を手前に引いて、スポン、と綺麗に抜けた球体が落ちるのを眺めつつ首を振った。

「いやいや、たこ焼きやったら大惨事やん。似てるけどちゃう作業やわ。けどやっぱり最後んトコは気持ちええなぁ」

 もっとやりたいので、残る二体を担当していいかと男達に聞こうとしたら。


「髪も硬いな!中々の手応えだぞ!?」

「枚数が多い分こっちの方が厄介な気もする……」

 祝福とやらを受けたらしい仄かに光る剣を手に、四苦八苦していた。


「……これはあれやな?勝手にやっても怒られる心配は無いやつやな?」

 楽しげに口角を上げ、少し離れた位置で俯せに倒れている巨人へ近付くと、これ幸いとばかり髪を刈り取ってから肩を蹴り上げて仰向けにする。

 そのまま顔へ跳び乗り目玉を気持ち良く取り出した。

 一連の流れを見ていた男達は、残る一体へ走っていく鈴音を目で追う事はやめ、菩薩顔で作業に戻る。

「強化精霊術を使ったんだよな……?詠唱聞こえなかったけど」

「生身であんな事出来る筈がないよな……精霊術使った気配ないけど」

 タイマスもアジュガも遠い目をしながら呟き、その後は黙々と手を動かした。


 女達は女達で、鈴音の動きを眺め呆然としている。

「サントリナ……彼女は……人……?」

 何らかの確信めいたものを持った様子のイキシアに、サントリナは困惑を隠し切れない表情で首を傾げる。

「詠唱を必要としない強化精霊術があるとか、我々の常識では測れない身体能力を持った人種とか」

「精霊術なら精霊の気配がしないのはおかしいし、あんな身体能力を持った人種が過去の英雄譚に一度も出てこないのはおかしい」

 サントリナの意見を否定するイキシアの視線から、先程まであった辛そうな何かに怯えるような色が消えていた。

 代わりに、熱情のような執念のようなものが燃え上がったように見える。


「私を引きずり下ろす人じゃないんだ……調べに来たのかな……あの人に、ううん、あの神様に認められたら私は正式に神人になれるんだきっと。そしたらまた、お母さんが喜んでくれる」

 戻って来た村長の荷車に素材をどんどん積み込む鈴音を見つめながら、イキシアは口元に小さな笑みを浮かべていた。

「神様……って……」

 耳に届いた言葉にそんな馬鹿なと驚くサントリナだが、脳内をいくら探しても明確に否定出来る材料が見当たらず、『やっぱりそうなのかな』等と考え始め慌てて首を振る。

「す、鈴音様ご本人がそう仰った訳ではありませんし、隠しておられるなら神様扱いはご迷惑かもしれませんよ?」

 否定は出来ない、けれど肯定もしない。

 サントリナにはこれが精一杯だった。


「そう……ですよね。こっそり調べるつもりだったのかも……って、私今物凄く印象悪いですよね!?私を引きずり下ろす為に現れた別の神人なのかと思って突っ掛かってしまったし、人かどうか怪しいなんて言ってしまったし、戦い方も駄目だって叱られてしまったし」

 杖を両手で握り締めて青褪めるイキシアを、サントリナは必死に宥める。

「ま、まあまあ。叱るのは目を掛けて下さっている証拠ですし、神様ならあまり細かい事はお気になさらないのでは……」

「そんな事分からないじゃないですか。過去には正式な神人になれなかった人達だっているんだから、何が減点になるか……。どうにかして挽回しなくちゃ」

 真剣な表情で呟くイキシアを不安げに見つめるサントリナ。


 かつて、次代の神人とのお告げを受けながら、神殿へ向かう道中で横暴な振る舞いを繰り返した結果、正式な神人と認定されなかった者達が居たのは事実だ。

 その際は驚く程の早さで次の神人候補が現れた。

 最初からそちらを指名していれば問題は起きなかったのでは、と口を挟みたくなるくらいに。

 だから鈴音を見た時にサントリナは、もう一人の神人候補が現れたのだと思った。

 ただ、イキシアは思い込みの激しい所はあるものの、傲慢だの横暴だのとは無縁の真面目な少女で、何故別の神人候補が現れたのかが解らない。

 お告げを受けた訳でも無いと言うし、それならばもう、二人揃って神殿へ連れて行けば万事解決だろうと考えたのだが。


「私が……イキシア様を追い詰めていた?」

 創世以降、神が降臨したという記録など一つも無いというのに、神が自分を見に来たのだと思いこんでしまう程にもう一人の神人候補を恐れていたのか。

 そうであるなら、先導者として次代の神人を確実に送り届けなければと意気込むあまり、まだ不安定さの残る年頃の少女に寄り添っていなかった己の過ちだ。

 けれど、沢山沢山読んで来た書物の中に、こんな時どうしたら良いのか記してある物は無い。

「一体どうしたら……」

 そう呟くサントリナの目に映るのは、苦戦する男達に自らの剣を渡し、その切れ味で度肝を抜いている鈴音の姿だった。


「はい、これで終わり!……大丈夫ですか荷車」

 髪と目玉の球体を積み込んだはいいものの、どう見ても過積載だ、と鈴音が心配する荷車は全部で5台になった。

「嵩張ってるだけで重さはそこまでじゃあねえから、多分何とかなるだろ」

 豪快に笑う村長に釣られて鈴音も笑い、哀れな姿となった巨人を振り向く。

「あれはもう要りませんか?」

「おう、埋めるのは無理があるから、出来れば燃やして欲しいんだがな」

 両手を腰に当てて鼻から息を吐く村長へ視線を戻し、鈴音は一応確認した。

「消えたらええんですよね?」

「うん?まあそうだな?けど、燃やす以外に方法あるか?」

 不思議そうな村長へ胸を張って頷き、魂の光を全開にする。

「まあ見とって下さい」

 そう言い残し、鈴音は巨人の死体を片っ端から殴って行った。


 一体目が霧散した時には何が起きたか解らずキョトンとしていた村長だが、二体三体と続けば驚きと共に目を輝かせ、残り三体が消える瞬間はもうやんやの喝采を送って大はしゃぎだ。

「わはははは!!凄え!!凄えぞ姉ちゃん!!何をどうやったらそうなるんだ!?初めて見たぞそんなの!!」

「ヒ・ミ・ツ、です!世の荒波を渡って行くには、秘密を持つことも大事なんですよ。ふふふ」

 ドヤ、とキメ顔を作る鈴音に村長は大笑いし、それもそうだと幾度も頷いた。

「確かにいくら兄ちゃんと一緒だからって、女が旅に出たら危ない目にも遭いやすいわな。まあ、姉ちゃんの場合は襲った奴が気の毒になるけどよ!」

「逆に丸裸にして売り飛ばしたる」

 拳を握る鈴音に笑いながら拍手した村長は、空を見てから荷車を叩く。

「よし、まだ日も高ぇし、俺はへべれけになってねえ男共と街までひとっ走り行ってくる。姉ちゃんは兄ちゃんと一緒に宴会楽しんどいてくれ」

 それを聞いた鈴音は少し考える仕草をし、ある質問をした。

「ヨサーク君に聞いたんですけど、森に化け物が出るようになったせいで砦が元に戻るか解らへんとか。その化け物、どこ行ったら会えますかね?」

 鈴音の言葉に村長は目を丸くし、イキシアはハッとして顔を上げる。

 サントリナは不安気な表情を見せ、疲労困憊の男達は諦めにも似た溜息を吐いた。

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