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第八話 輝光魂と出力調節と蕎麦屋にあるコットン

 身を屈めて通路を潜り抜けると、目の前に広がるのは白猫の顔だった。

「わッ!近い近い、どアップですやん猫神様。あ!もしやこれは鼻チューのチャンス!?」

 出口で鈴音が詰まっているので、その足の間から虎吉はスルリと出て来る。

「出口で立ち止まったらアカン……て猫神さんのせいか。何してますのん」

 鼻による挨拶を白猫からして貰った事で、ボウルを持ったまま小躍りし始めた鈴音は綺麗に無視。

「待ちきれんかったて、子供か!鈴音もけったいな動きしとらんと早よ座りや」

 虎吉に急かされ、白猫と鈴音は向かい合わせに腰を下ろす。


 地面がとても柔らかいので正座も苦ではないが、部屋を覆うドーム屋根や壁を改めて見て、鈴音は首を傾げ思考を巡らせた。

「なぁ虎ちゃん、ここのもこもこ雲て形変えられるん?粘土みたいに」

「え?ああ、どないなとなる(どのようにでもなる)で?」

「ほな、話の前にまずお土産出したいし、テーブルと椅子作ってええ?」

「おお、かまへんよ。地面から好きなだけ毟り。禿げたりせぇへんから」

「ありがとう、すぐ終わらすから」

 頷く白猫にも微笑み掛けて、鈴音はそこいらのもこもこを、これでもかと毟る。

 毟ったもこもこを丸めて大玉を作り、叩いて撫でて形を整えた。


 出来上がったのは、樽のような形のテーブルと、切り株のような形の椅子。椅子の高さはそれぞれの座高に合わせてある。

「はい、完成。こんなんでも、地面に直置きよりは若干マシかと思て」

 そう言いながらボウルをテーブルに載せた。

 載せたとほぼ同時に、白猫が瞬間移動を疑う速さで低い椅子にお座りし、虎吉も高く作られた椅子へヒョイと飛び乗る。

「ひー、可愛い、めっちゃ期待されとる」

 熱い視線を浴びながらラップを外し、それぞれの前へボウルを置いた。

 普通の猫ならこの瞬間ボウルに顔を突っ込むところだが、彼女らは神とその分身である。瞳孔を全開にしながらも、気合で我慢した。

「ちょっと遅なりましたけど、お近付きの印にと思いまして。どうぞ、召し上がれ」

 白猫の向かい側の椅子に腰を下ろした鈴音の声を受けて、猫達は喜びで尻尾をビリビリと小刻みに震わせながらオヤツを口にする。


「うんまッ、これ美味いなー!あっという間にうなってまうわー」

 ペロペロとボウルに残った分を舐める虎吉と、既にボウルをピカピカにして口周りを舐めている白猫。

 子猫や愛猫達と変わらぬ仕草に、鈴音の目尻が下がる。

「やっぱ飲み物状態やったね。けど、量はええ感じやったかな」

 食べ終えた虎吉が顔を洗い始めてから、二つのボウルを回収し重ねておいた。

「ごっそさん、期待以上やったて猫神さんも言うとるわ。美味かったー」

「そら良かった。次はまた、ちゃうのん(違うもの)持って来るね」

「おぉ、期待しとく。ほな、猫神さん。鈴音に何や話あるんやろ?」

 虎吉に促され、白猫が洗顔を止めて向き直る。鈴音はボウルを脇に避け、居住まいを正した。


 既に白猫が何やら話し始めているのか、虎吉がしきりに頷いている。

「ふんふん、ちょっと後半ややこい(ややこしい)な。えーとな、鈴音」

「はい」

「猫神さんが、鈴音が出来そうな仕事探して来てくれたで」

 全く、予想どころか想像すらしていなかった話に、鈴音の目が点になった。

「はい?」

「鈴音が仕事探しとるて知って、猫神さんは何とかしてやりたいと思た。ああ、そない言うたら犬神さんトコは、随分前から人を神使にしとったな、聞きに行ってみよ、となったわけや」

 ここまでは理解したか、と視線で問われ、鈴音は大きく頷く。

「猫神様、私の為にわざわざ……本当にありがとうございます」

 心からの感謝をされ、白猫はとても嬉しそうだ。


「ほな続けるで。犬神さんに聞いたら、人の神使は悪霊退治みたいなんを仕事にしとると。なんでも、国家こう……なんとか」

「……国家公務員?」

「お、それや。鈴音みたいに光る魂の事は輝光魂きこうこんて呼ぶそうや。輝き光る魂な。犬神さんトコの神使も輝光魂なんやと。魂の力と神使の力とを上手いこと使て、国から給金(もう)とるらしい。ほんでその神使に犬神さんが、鈴音にも仕事紹介したって、て言うてくれはったと」

 一般人の鈴音には信じ難い内容だが、白猫に対して犬神が嘘を吐くとも思えず、事実と認めるより他は無い。

 いやそもそも、猫が喋り巨大化し、己は砲弾を素手で受け止める、そんな世界をすんなり肯定しておいて今更何を疑うというのか。

 等とごちゃごちゃ考えてはいるが、結局の所、白猫がそう言ったのだからそうなのだ、何故なら猫の神様だから、という謎の理屈で納得出来るのが鈴音という人物である。


「あれ、でもそれやと私アカンのちゃう?退治しとうても(したくても)、幽霊とか妖怪とか近寄って来ぇへんやん?」

「そこで出力調節やんか!いやー、俺凄いな、こうなる事を見越しとったみたいやん」

「……遊びに来る神様方が眩しがるかも、て理由やった筈」

「はっはっは、それもある!まあ、その練習は後でやるとして。紹介先の担当者は、輝光魂は貴重な戦力やから是非とも会いたい、て言うてるらしいんやけど……肝心の住所がなー?」

 虎吉は眉間に皺を寄せながら白猫を見やり、白猫は小首を傾げながら虎吉を見やる。

「ん?まさか上ル下ルとか出て来る住所?それともめっちゃ遠いトコ?」

 一見さんには暗号に見える古都の住所か、関西以外の住所かと鈴音は考えたのだが。

「いや、関西やねん。市内みたいやねんけど」

「近いやん、有り難いなー」

「なんでか四万十川が出て来よる」

「なんでやねん地方からしてちゃうやないかい」

 鈴音の豪快なツッコミに、同意の頷きを返した虎吉は遠い目をする。

「スマンな、俺がおったらその場でツッコむねんけど、猫神さん現代の人界の住所とか解らんねんな。たぶん、犬神さんも同じなんやろな」

「あー……そっか、それはしゃあない(仕方ない)。猫神様は何にも悪無い。犬神様も。人の世界に住所なんかあるんが悪いねん」

 理由を知ると同時に炸裂する猫贔屓。

 小首を傾げている白猫に、問題無いと幾度も頷いて見せ、住所の続きを聞いた。


 結果、住所は特定不能と判断し、今度は目印になる建物や場所の名称を聞いて、ああでもないこうでもないと頭をひねる。

「いやホンマ何やろ、四万十川の頂天眼の蕎麦屋にあるコットンて。せめて向こうさんの名前と電話番号が判ればなあ」

「名前も変な言葉に紛れてもうてるんやろな。番号いうか、数字も多分」

「うん、どっちも混乱の中で行方不明っぽい。て、あれ?でもこれ、こっちが関西在住やいうのはキチンと伝わってるんかな?四国在住て伝わってた可能性は?」

 鈴音は虎吉を見、虎吉は白猫を見た。白猫は瞬きをしてから、小さく首を振る。

「ふんふん。猫神さんが伝えた内容は、猫神さんの目の前で犬神さんが直接、人界に居る犬の神使に伝えたから大丈夫やねんて。ただ、人界から上がってくる情報は、こっちに居る犬の神使何体か経由して犬神さんに報告されるから、その間に変わったんちゃうかて言うてはる。犬神さんトコは群れやからな。序列とか順位とか色々あって、人界に居る神使側から犬神さんに直で喋るんは無理なんやろな」

「犬神家、まさかの伝言ゲーム。……これは手強いわ」

 ふふ、と笑ってから鈴音は頭を抱えた。


 結局、住所については後回しにして、まずは鈴音を鍛えようという話になった。

「雇て貰えるかは別にして、犬神さんの紹介っちゅう触れ込みで行くねんから、光る魂持ってます、だけじゃあ話にならん」

「うん」

「多分、猫神さんの神使やいう事も話さなアカンやろ?つまり、しょーーーもない力しかあらへんやっちゃなーとか思われたら!犬神さんにも猫神さんにも恥かかすっちゅうこっちゃ!」

 カッと目を見開いて力説する虎吉の迫力に、鈴音は己の両頬を押さえ叫びのポーズで青ざめる。

「お二方の顔に泥塗る事に」

「泥まみれやで。せやから、まずは光の出力調節。ほんで、寄って来た悪霊やらを退治する為の戦闘訓練な」

「お、おーぅ」

「声が小さーい!!」

「オーッ!!」

 猫の前で出した事の無い大声で応える鈴音に、自分で要求しておいて『うわ、やかましッ』という顔をしてしまった虎吉は誤魔化すように後足で頬を掻いた。


「えーと、ほな、光な。んー、鈴音の光は見た感じ太陽っぽいから、そのまんま太陽を思い浮かべたらどや?今が真昼で、夕方が来て夜になってくイメージ」

「太陽……夕方……うーん、夕陽沈んだ後て、すぐに暗なるんやっけ?薄っすら明るい?」

 こめかみに両手を当てながら唸る鈴音の光は、明滅を繰り返し安定しない。

「アカンかー?……あ!そや、照明や照明。あれ、明るしたり暗ぁしたり、好きなように出来るんやろ?」

「あ、そっかホンマや!しかもあれやで、蛍光灯と違てLEDやと、めっちゃ細かい調節出来んねん」

「よう解らんけどエエこっちゃ、さっそくやってみよ」

 頷いた鈴音は深呼吸して心を鎮め、脳内に自室の照明を描き出した。

 最上級の明るさを示すリモコンの数字を、マイナスボタンを押してどんどんと下げて行く。

「おー、凄い凄い、やるやんか鈴音」

 虎吉の目には、鈴音の放つ真夏の太陽のような光が、水平線に沈み行く夕陽のように消える様がはっきりと見て取れた。

「どう?ええ感じ?」

「消えた消えた、普通の人らと変わらんで今。よし、その状態キープして、戦闘訓練や」


 言われた通り消灯をイメージしたまま待つ鈴音だったが、虎吉に頼まれた白猫がグイグイと頭で押して来た物を見て目を丸くする。

「どないしたんですかソレ」

 白猫が押して来たのは巨大な木箱。その中に乱雑に収められているのは、ファンタジー映画等でしか見た事の無い、剣を筆頭とした武器や、鎧や盾などの防具。それに、火器の類に、用途が想像出来ない近未来的な何か。

「猫神さんのファンに、猫神さんの神使を鍛えたいから、木っ端微塵になってもええ金属あったらくれへんか、て声掛けてん」

「その結果がこの武器と防具の山?猫神様のファンて事は、お茶しに来る神様方やんね。どんだけんねん喫茶室猫神常連神様ズ。ほんで、何や知らんけど、危なそうな気配出しとる剣とかあるで?」


 木箱の中からは様々な色の陽炎のようなものが立ち上り、何とも異様な空気を醸し出している。

「おーおー、判るようになるんやな、光消すと」

「え?あ、そっか確かに、変な気配とか生まれて初めて感じたわ!」

 指摘されて気付き興奮した事で、魂の光量が元に戻ってしまった。するとやはり何の気配も感じなくなる。

「あれ?変な気配消えた。あー、成る程解った。光全開やと何も感じられへんのや。気配感じる時は光消せてる時や」

「うんうん。ほんで、光全開のまま触ると、呪い系は解呪されて、神聖系は力倍増やろな」

「え、そうなん?」

「おう。光がピカーぐらいの魂の奴が、妖刀封印したり、御札光らせたりしとったん見た事あるし。ビッッッカー光っとる鈴音やったらその程度じゃ済まんやろ」

「へえー……」


 どれどれ、と木箱に近付き、鈴音は適当な大剣を手に取った。

 見た目の割に軽いなあ、などと思った直後、地の底から響いて来るような、低く震えるおぞましい悲鳴が辺りに轟き、唐突に消える。


「うわ、気色悪ッ!!え、今、この剣の売りを問答無用で消してもうた感じなんかな私」

「そうやろなぁ。呪いの剣なんて呪われて無かったら只の剣やし」

「あらー、ごめんやで。て、なんで神様がくれる剣が呪われとるん?」

「祭壇か何かに捧げられとったんちゃうか?神の御力で封印を、とかなんとか。遠慮のう木っ端微塵に出来てええやんか」

「成る程。でも私の力で木っ端微塵になるかどうかは」

 曖昧に笑って首を傾げる鈴音に、スパルタな虎吉先生はフンと鼻を鳴らした。

「この程度は軽ぅやって貰わな。自分で言うとったやんか、猫のパンチの事を『意外と破壊力あるパンチ』て」 

「え?あ、爪で切るんとちごて猫パンチの方で!?」

「爪はこの後や。ほれ、剣を地面に刺す、光消す、ぶん殴る」

「イエッサー!」

 急いで指示に従い、消灯のイメージ。

 しかし、幾ら軽かったとはいえ、重厚な見た目の剣を殴ろうと構えればやはり、手の痛みを想像して光が盛大に戻ってしまう。

 幾度かその流れを繰り返した後、漸く光を消したまま、右拳を剣の根元あたりに打ち込む事に成功した。

 力加減で参考にしたのは、子猫時代の愛猫に貰った猫パンチだ。

 

 そう、参考にしたのは子猫のパワー、打ったのは“思い出しにゃんこ”にニヤけている上、格闘技経験ゼロの鈴音。


 だが、それを食らった大剣は、拳が触れた部分から蜘蛛の巣状にヒビが入り、剣身の半分程を砕かれ柄と分断されてしまった。


「で、出来たー!そして痛く無い!不思議パワー万歳!」

「えらいで鈴音!ようやった!ほな次、光全開で同じ事してみてんか」

 そう告げる虎吉の語尾に重なって、不協和音と男女のうめき声を混ぜたような不気味な何かが聞こえる。

 見れば白猫が、異様に長い銃を軽々と咥えて木箱から出していた。不気味な音らしき何かはこの銃からで、やはり呪われ系だったようだ。こちらもまた、カタカタと震えてから静かになった。

「猫神様に触られても消えてまうんやね。これくれた神様方は触らんかったん?」

 大剣の残骸が残る場所へ、三メートルはあろうかという銃を突き立てる白猫に、お手数おかけしますとお辞儀しつつ、虎吉に尋ねる。

「あのお方らは、触らんでも動かせるからなぁ。向こうにおりながら、こっちに物だけ転送してくれたで殆どが」

「はー、便利やなーええなー」

 羨ましそうに呟き、巨大な銃を前に拳を構える。

 光全開でいい上に、痛みは無いと解ったので迷わなかった。

「いきまーす」

 素早く振り抜かれた拳が、銃身のど真ん中に命中。


 すると、銃全体が光ったように見えた一瞬の後、爆ぜるように消えて無くなった。

 銃の周りに散らばっていた、砕けた大剣の残骸も巻き込んで。


「…………えー、と?手応えのひとつも無い上に、破片すら見当たらへんのですが?」

 恐る恐る、虎吉と白猫へ向き直ると、揃って瞳孔をまん丸にしポカンとしている。

「……蒸発した?そんくらいの勢いやったな?」

「う、うん。私にもそう見えた。水滴がジュッて消える時、あんな感じ」

 予想以上の威力に衝撃を受け、何とも言い難い表情をする鈴音に、良い事を思い付いたといった様子で虎吉が声を掛けた。

「よし、今のは最後の切り札的なあれにしよ。普段は光の量を控えめにしとこ。悪霊程度にビッッッカー光らんでも大丈夫やろ」

 その提案に鈴音も白猫も大きく頷く。

「爪やと更に攻撃力上がるから、もっとデカいもんでも似たような事なるかもしらん。何にせよ、光の調節が全てや。頑張ろ、な?」

「うん。あの威力を街中で、はマズイ気がするもんね。猫神様が探してくれた就職先、絶っっっ対受かりたいからめっちゃ頑張る」

 拳握って気合いを入れる鈴音の頭を、白猫がポンポンと優しく撫でた。

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