第七十四話 厚生労働省生活健全局安全対策課安全対策指導室
「ウチで働く職員は、子供の時から霊力があるタイプが殆どやねんけど、偶に大人なってから目覚めるタイプも居んねん。そないなるともう他の職に就いとるやんか。『実は国家公務員採用試験受けてましてん、合格したんで転職しますー』て言える人なら何の問題も無いねんけどね?言い方はアレやけど、お前が国家公務員?て家族や友達やに疑われてまう人もおるやん」
「人柄はええねんけど、学校のお勉強が苦手過ぎ。そんなアンタが何でいきなり試験なんか受けてんねん、厚労省て何する所か知っとんか、みたいな」
鈴音が後を続けると、正にそうだと綱木は幾度も頷く。
「そういう人用に、各地に色んな会社やら店やら作って、そこの社員ていう肩書きも用意してあんねん。まあ骨董屋も『何でお前が』てなるけど、『目利きの才能あってん!自分でもビックリや!』で押し通して貰てる。騙されとるに決まってる、いう疑いはウチの場合代々続く店の実績で晴らせるしね」
隠れ蓑の役割かと頷く鈴音だが、何かを思い付いた様子で綱木を見た。
「んー……テレビ観てたら、三万円の皿と三百万円の皿見比べて高い方当てるコーナーが始まりました。子供が聞きます。お父ちゃん、これどっちがホンマもんなん?さあどないしますか、目利きの才能あるお父ちゃん」
「ああ、それな。『そんなんサッと解るんやったらお父ちゃん鑑定の番組出とるわー。手に持って見てみな分からへんなぁ』で逃げろ言うてある。飲み屋で友達に、この皿やぐい飲みはナンボやて聞かれても『わからん。骨董品ちゃうしウチの店では扱わへんな』で大丈夫や。友達がアホ過ぎて食い下がってったら『ウチで扱うとるモンはゼロが六個以上からなんや、せやからこの手のモンは分からんねんごめんやで』やね」
それを聞いた瞬間スッと真顔になった鈴音は、恐る恐る店内を見回した。
「ははは!そんな高いもんこんな見えるトコに置かへんし、お手頃価格のもんもあるよ勿論」
大きく息を吐いて肩の力を抜く鈴音に『ごめんごめん』と謝りつつ、綱木は続ける。
「せやから、給料はどっちにしろ国から支払われるけど、直接国から貰うかウチの店を経由するかの差やね。鈴音さんの場合やと、臨時採用試験があってそれに合格した、とかで行けそうやけど」
それを聞いた鈴音は顎に手をやり暫し考えて、首を振った。
「前の会社が倒産して無職になって、現在職探し中いう事になってるんで、そんな一週間も経たんうちに『試験受かって国家公務員やで』は無理があります。いつ申し込んだん、何でまた急に縁もゆかりも無い仕事を、て心配されてまう。母親ってよう見てますから」
成る程、と頷く綱木に微笑んで鈴音は別の案を出す。
「なので、一旦こちらでアルバイトする事にして、その間に、綱木さんのご親戚が厚労省勤めで、話聞いてたら自分もやってみたい思た、とかいう下地作りをします。その後にめでたく試験合格、厚労省なんちゃら局に受かったいう事にしていただけたら無理が少ないかと」
「ふんふん、解った。その案で行こ。バイトの内容は在庫管理とたまに店番いう感じにしとこか。店主が一緒に居るから骨董品の価値知らんでも出来る、いう事で」
「おー、助かります!」
「後あれや、俺の息子が実際に本省に居るから、店主の息子自慢聞いてたら自分も出来そうや思て、辺りでええんちゃうかな試験受ける口実」
拍手する鈴音に笑い、綱木は机の引き出しから一枚の名刺を取り出して渡した。
「綱木信孝さん。厚生労働省生活健全局安全対策課安全対策研究室、漢字で目が滑る!!」
「ちなみに俺や鈴音さんは、厚生労働省生活健全局安全対策課安全対策指導室、所属やで。実行部隊ね。息子は指示出す係。昨日の原状回復指示みたいなんがそう。他は調査課があって、澱の情報集めてマップに載せとる。怪異に関する情報を最初に調べに行くんも調査課の仕事。ホンマに怪異やったら、安全対策課に話が来て俺らの出番やね」
名刺と綱木それぞれに視線を向けながら頷いた鈴音は、他に聞く事はないか会社勤めと比較してみる。
「……ん?アルバイト中はここの店に出勤するとして、職員になった後はどないなるんですか?」
「皆それぞれの事務所でタイムカード打つ……事になってんねんけど、面倒臭いからアプリで定時連絡入れたら事務担当が纏めて打ってくれる」
「絶対アカンやつ!バレたらえらい事なるやつ!」
両頬に手を当てて悲鳴を上げる真似をした鈴音に、悪い笑みを浮かべた綱木が頷く。
「絶対バレへんねんなぁコレが。いやー、不思議やねぇ」
「うわー、何らかの力が働いとるやつやコレ。まあそもそも、人を試験も無しに採用したり、隠れ蓑使たり、国の一機関に許される範囲軽く超えとるかぁ……」
遠い目をする鈴音に尤もらしい顔で頷いてから、綱木は笑う。
「大昔から社会を陰で支えてきた組織やからね。どこの国も似たような感じらしいで」
「はぁー……なんや凄いトコと関わってしもたなぁ……」
ゆるゆると首を振る鈴音を見ながら、『神と関わり合いになっている人が何か言ってる』という目をする綱木。
「ま、深く考えんと。すぐ慣れる慣れる。ほな、今日の仕事内容説明しよか」
仕事と聞いて鈴音は居住まいを正した。
「とある神社にある桜が咲かへんらしい。樹木医が診ようとしたら、幹は問題無かってんけど蕾が。刃物を全く受け付けへんそうや。枝ごと落としてみようともしたそうやけど、そっちもアカンかったらしい」
「蕾切って調べる事も、枝ごと持って帰って調べる事も出来ひんいう事ですか。神社やったら神力満ちてるやろし、宮司さんの御祈祷でどないかならへんのですか?」
不思議そうな鈴音に、肝心な事を言い忘れていたと綱木は額を叩く。
「ごめんごめん、普段は無人の神社なんよ。せやからそこまで強い神力も無いし、急に呼んですぐに宮司さんが来られる訳でもないねん。ほんで調査担当が言うには、澱っぽいような負の力はうっすら感じるねんけども、ハッキリせんと。ただ、原因らしきもんの特定は簡単やったと。何せ藁人形が打ち付けられとったそうやからね」
「うわー、いきなり出ましたやん、呪いですやん」
怖い怖い、と両腕で自身を抱いて震える振りをする鈴音。
「ははは、確かに成就しとったら呪いやけど、途中で見つかってしもてるから呪いにはなってへんね」
「あ、そういうモンなんですね」
ケロリとした顔で納得する鈴音に、笑いながら綱木は頷く。
「うん。ただ、強烈な負の感情をぶつけとる訳やから、桜に影響が出た原因であってもおかしない。けど、枯れるならともかく咲かへん上に人の手を拒むいうんがなあ……」
「現物見るのが手っ取り早いですね?」
「その通り。っちゅう訳で今から行こか。調査担当にも連絡しとくわ」
言うが早いかスマートフォンを操作した綱木は、直ぐに店を休業にして車を回した。
有料道路を使って市内北部へ向かう30分程の間に、鈴音はアプリの使い方を教わっている。
負のエネルギーが集まりつつある場所や澱そのものの場所を示すマップの他に、チャット機能も付いていた。
マップには誰が澱を片付けたのかが履歴として残る為、サボりは直ぐに発覚するらしい。
チャット機能はいわゆる無料通信アプリと同じで、それぞれの仕事ごとにグループがあるようだ。
鈴音は取り敢えず、安全対策課と安全対策指導室と、市ごとに別れている出退勤管理のグループへ参加する事になった。
今日の出勤に関しては既に綱木が連絡を済ませておいてくれたそうで、後は退勤時にメッセージを入れればいいらしい。
「アイコン何にした?」
ハンドルを握る綱木の問いに、鈴音はアプリの機能を確認しつつ答える。
「LED電球です。光る魂なんで」
「ブッ。そうなんや、てっきり猫やとばかり」
「猫にすると見るたびニヤニヤしてまうから遠慮したのに、他の人の猫率がめっちゃ高い。可愛いんですけどどないしましょ」
「不審者として通報されへん方向でどうかひとつ」
前を向いたまま大真面目に言う綱木に、少し考えた鈴音は同じく大真面目な顔で答えた。
「前向きに善処します」
「絶対やらへんやつやないかい!」
綱木のツッコミが炸裂した所で、車は目的地へと到着した。
「あ、そや。無いとは思うけど、万が一妖怪の類が原因やった場合、輝光魂が出てきたて解った瞬間逃げる可能性あるから、光消しといて貰てええかな」
「はい」
すぐさま消灯状態にする鈴音に、感心したように綱木は唸る。
「自分で頼んどいて何やけど、ホンマ不思議よなぁ。輝光魂て光消せるねんなぁ」
「消す事自体はそこまで難しないんですけど、それを維持すんのが結構大変でした」
「へぇー、陽彦にも教えといたろ」
確か犬神様の神使の高校生だったか、と記憶を辿った鈴音は微笑んで頷いておいた。
「お、田中君もう来とるわ」
駐車場の端にある車に気付いた綱木は、鈴音共々急いで現場へと向かう。
小ぢんまりとした境内には、30代と思しきスーツ姿の男性が立っていた。
「遅なってごめんやで田中君」
「あ、綱木さん。お疲れ様です」
手を軽く挙げながら近付く綱木に田中は会釈し、後ろの鈴音を訝しげに見やる。
「輝光魂や言うてました……よね?」
目を細めたり逆に見開いたり、ギュッと瞑ってから勢い良く開けてみたりと、いきなり百面相を披露され鈴音は笑いを堪えるのに必死だ。
「うんうん、さっき光消して貰てん。万が一妖怪やったら逃げてまうやろ?」
「え?ああ妖怪、いや、え?そうでしたっけ?輝光魂て消えたり点いたりしましたっけ?」
目をぱちくりとさせて綱木と鈴音を交互に見る様が、鳥の動きを連想させ大変に面白い。
堪え切れずに鈴音は笑い出してしまった。
「アカン、初対面で変顔連発からの鳥モノマネはあきません面白過ぎる……!」
くっくっ、と口元を覆いながら笑う鈴音に、挨拶もせずにジロジロと見てしまった事に気付いた田中が慌てる。
「うわスンマセン!めっちゃ失礼やった!輝光魂の人に会うん初めてやから、つい。ホンマ申し訳ないです」
言葉通りの顔で何度も頭を下げる田中に鈴音は『いやいやいや』と手を振った。
「気にせんとって下さい。悪気無いん解ってるし面白かったし。改めまして夏梅鈴音と申します」
「あー、ありがとうございます。田中真也です」
お辞儀し合う二人を微笑んで見守った綱木は、境内を見回し社の横に生えている大木に目を留める。
「田中君、あれやな?」
しっかりとした蕾が付いている桜を指した綱木へ、顔を上げた田中が頷いた。
「そうです。負の力は感じるけど、何やこう……閉じ籠もっとるいうか」
話しながら三人揃って桜の元へと向かう。
光を消しているので、鈴音にもこの立派な桜の木から出ている妙な気配が感じ取れた。
「閉じ籠もる……いや、閉じ込めてる?」
二人とは逆向きに木の周りを回って呟いた時、幹の陰からそっと顔を覗かせる美少女と目が合った。
何の音もせず気配もなかったので危うく派手に驚いてしまう所だったが、相手が幻想的な美少女だった事で周囲にちょっとした振動が起きる程度で済んだ。
グロテスクな化け物だったら辺り一帯が吹っ飛んでいたかもしれない。
「……えー……と。多分、いや絶対あれやんね、人ちゃうやんね」
今度は鈴音が目をぱちくりさせる番になったようだ。
白っぽいピンク色の長い髪に茶系の着物、赤系の帯に黄緑の帯締め、白い素足はまるで汚れていない。
ぱちくりしながら素早く観察した結果、彼女が何なのかは色から想像出来た。
「桜の……何?精?桜の精で合うてます?」
鈴音の問い掛けに少女は頷いたが、綱木と田中が近付いて来ると慌てたように姿を隠す。
「鈴音さん!?何や揺れたけど……、あれ?」
「ビックリしたー、ビックリしたー、……うん?」
二人にも鈴音の先で消えた少女が見えたようだ。
「桜の精らしいですよ?」
木から二人へ視線を移した鈴音の言葉に、綱木も田中も首を傾げる。
「そんな報告上がってなかったな?」
「はい。今日でここ来るん四回目ですけど、一回も会うた事ないですね。やっぱり輝光魂やとちゃうんですかね」
田中の予想に綱木は首を振った。
「いや、光消しとる時の鈴音さんが輝光魂やて解る筈がない。鈴音さんには姿見せて、俺らが近寄ったら隠れたいう事は、男がアカンのと違うか?」
「あー、そっちか!ありそうです」
田中と頷き合った綱木は鈴音に向き直る。
「ちょっと俺ら離れとくから、桜の精が出て来たら意思疎通図って貰てええかな?」
「え、彼女一人で大丈夫ですか?」
「……鈴音さんに勝てるんは神か仏しか居らん。むしろ俺らは邪魔や」
ヒソヒソ話も丸聞こえだが、知らぬ振りをして鈴音は微笑んだ。
「試してみますね。一応、この男の人達は秘密を守れる人達です、とかも言うてみます」
「ありがとう、よろしく」
軽く手を挙げた綱木と会釈した田中が離れて行ったのを確認し、鈴音は桜を見る。
「男の人達向こう行きましたよ?お話しませんか」
そう声を掛けて暫し待つと、再び桜の精がおずおずと姿を現した。




