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第七十五話 神ではないねん

 境内から出て話し込んでいる男達を見てから、桜の精は鈴音へ顔を向ける。

「私の事、見えるんやね」

 幹に手を添え半身だけを覗かせる桜の精に、堂々とした桜の木本体とは随分と雰囲気が違うなあと思いつつ鈴音は微笑んだ。

「見えてますよー。桜が咲かへん診察も出来ひん、いうて心配してる人が居てるんで、調べに来ました。鈴音いいます」

「……うん」

「あっちの男の人達も同じで、悪い人らやないですよ?私の上司と先輩です。秘密も守れます」

「……うん。でもやっぱりああいうの、男の人には見られたない思うねん」

 桜の精の言い方で、おや、と首を傾げる鈴音。

「あなたやなくて誰か別の…………あ。藁人形か」

 突然現れた桜の精に驚いてすっかり忘れていたが、この木には藁人形が打ち付けられていたのだ。


「藁人形を打ち付けに来た人が女の人で、男の人に見られんのは可哀相や思てはるんですか?」

「そう。凄い顔してるから」

「まあ、誰か呪ったろ思て真夜中に釘打つねんから、そら恐ろしい顔なりますね……」

「うん」

「けど、その女の人のせいで、悪いモノが溜まって花咲かされへんのと違うんですか?」

 鈴音の問い掛けに、桜の精は可愛らしく小首を傾げる。

「咲こ思たら咲けるねん……。でも私が咲いたら悪いモノ全部飛んでってまう。ここのお掃除してくれる人とか、私が虫に食われてへんか病気なってへんか心配してくれる人とか、優しい人みんな具合悪なってまう。そんなん嫌や」

「あー……、そうか……やっぱりおりが出来ててそれを閉じ込めてたんや」

 最初に桜の木を観察した時に感じた通りだった、と納得した鈴音は脳内の情報に澱を追加する。


「んー……、澱は負の力が溜まったモノで、負の力は負の感情の集まりやったっけ?一人で澱作り出したん……?あー、確か藁人形って一回コーンやって終わりちゃうかったよな。途中で見つかったから呪いになってない、て綱木さんも言うてたし。あの、藁人形の持ち主何回ぐらい来てるんですか?」

「最初の人形が五日打ち終わった後に見つかって、三日開けて四日目に新しいの打ちに来た。次の日に見つかったけど」

 指を折りながら数え、桜の精は鈴音を見る。

「ほな、最初の五日で澱が出来たんかな。三日の空白は新しい藁人形用意しとったんやろか。あ、もしかして、今日がまた藁人形見つかってから四日目ですか?」

「うん。また今日の夜来るかなあ思うねん」

「ごっつい執念、怨念?ですね。その人を私が捕まえたらええですか?」

 尋ねる鈴音に桜の精は困った顔になった。

「捕まえたら……終わる?他所でせぇへん?他所の木が痛い思いして、その木を好きな人が具合悪なってまうんは嫌やなぁ。あと……あの女の人も具合悪なってまうよ?きっと何にも知らんねん……可哀相や」

「ああ、確かに。そうか藁人形の主の説得も必要かー……。藁人形の主も具合悪なるんは、自分が出してる負の感情のせいですか?」

「うん。今の私は蕾に閉じ込められるけど、花咲かしてる間は無理やし。呪いになれ思いながら打ったら、半分はあの人に跳ね返るんよ?いっぺんに具合悪なる思う」

 困っているような悲しんでいるような桜の精の顔を見ながら、顎に手をやった鈴音は唸る。


 澱を溜め込んでしまう前に咲く事も出来たのに、それをしなかったのは藁人形の主を助ける為だった。

 そして今は、澱を解き放って周りの人々に影響を与えるのが嫌だという理由も加わり、尚の事咲けなくなった。

 樹木医の診察を拒んだのも、蕾を切ったりしたらもろに澱と接触してしまうからだろう。

 澱に関しては消し去れるので問題無いが、原因をどうにかしなければ、この神社が駄目なら別の神社で、と同じ事が繰り返されるだけなのは桜の精の言った通りだ。

 ただ、相手は般若の面を地で行くかのような女である。


「うん、これは上司に頼らな無理」

「えー……ひどい」

「いやいやいや、藁人形を何回も打ちに来るような人、私一人で説得は無理ですもん。余計ややこなります(ややこしくなります)て。その人にあなたの姿が見えたらどうにかなりそうですけど、見えてへんのですよね?」

 口を尖らせて拗ねる桜の精に、両手を振り振り鈴音は必死の説明をする。

「見えてへん……。でも、見えるようになる方法あるんよ?あるんやけど……難しいねん」

「うちの上司は関西代表らしいんで、難しくても何とかなるかもしれませんよ?もっとすごい人もまだまだ上にるみたいやし、ダメ元で言うてみて下さい」

 出来れば般若に会いたくないので、鈴音の言葉に力が籠もる。

 だが桜の精は首を振った。

「霊力の問題違うねん……。魂の問題。光る魂の人がおったら、その力借りて見えるようになれるねん。でも弱い光の人やとアカンねん。強い光の人やないと借りられへんから」

 無理でしょ、という表情の桜の精と、目が点になっている鈴音。


 瞬きを繰り返し辺りをキョロキョロと見回した鈴音は、黙って魂の光を全開にした。


「ひゃ……!」

 驚いて幹の裏に隠れた桜の精は、そうっと顔を覗かせ呆気にとられた様子で鈴音を見つめる。

「光ってなかったのに」

「あー、はい。消せるんです。無駄に光ると色んなもん脅かしてまうみたいで、消してました。このくらいの光で足ります?」

「うん、眩し過ぎるぐらい」

「ほなちょっと減らしましょか。ええ感じのトコで止めて下さい」

 そう言って鈴音は徐々に光量を落として行く。

 結局桜の精が止めたのは、第1段階の光まで来てからだった。

「こんなんで足りるんですか。いうても私の光は私には見えへんのですけど」

「まだ強いぐらい。でもこれなら見えるだけやなくて、咲く前に悪いモノやっつけられそう。光ったまま幹のどっかに触っといてね?」

 先程までの拗ねた顔はどこへやら、桜の精は嬉しそうに微笑んでいる。

「触っとかなダメなんですね。ほなあなたに全部お任せいう訳にはいかんと。やっぱり私も般若の人と会わなアカンと」

 遠い目をする鈴音に、桜の精は小首を傾げた。

「般若?」

「知りませんか?般若の面。えーとね、こんなん」

 スマートフォンを取り出して検索し、画像を見せる。

「わ。でも確かにこんな顔」

「ひぃぃ怖ッ!こんな顔した化け物やったら負ける気せぇへんけど、人やもんなぁ。怖すぎるわー」

 自らを抱き締めてぶるりと震えてから、スマートフォンを仕舞いつつ鈴音は確認する。

「藁人形打ちに来るのって、夜中の二時頃でしたっけ?ほな一時頃にまた来たらええですか?」

「うん。あの男の人達も来るん……?」

 何やら慌てている様子の田中とそれを宥めている綱木へ視線をやり、やっぱり嫌そうな桜の精。

「そうですねぇ、お仕事なんでどうしてもねぇ。事情話して、遠くの方で待機しとって貰えるようにしますけど」

「んー……」

「どっちみち般若の面みたいな怖い顔は私に見られてまう訳やし、恥ずかしい思いさせへんのは無理ですよ?」

「……そっか。うん、遠くにおって貰て?」

「解りました。ほなまた一時頃に」

 頷く桜の精に会釈し、鈴音は綱木達の元へ向かった。


「お話聞いて来ました」

 小走りでやってきた鈴音を、綱木は笑顔で田中は緊張の面持ちで迎える。

「お疲れさん。何て言うてた?」

 田中が固まり気味なのは光を見たせいかな、と思いつつ綱木に桜の精との話を報告した。

「成る程……自分に釘打つモンまで庇うたるて、優しい桜やね」

「はい。直接聞きはしませんけど、たぶん過去に何かあったんでしょうね。光る魂に力借りたら人に姿が見せられるとか、普通知らんでしょ?なんぼ年代物の木ぃや言うても」

「せやろなぁ。あの木の下で男女に纏わる悲劇でもあったんかもしらん。その手の話は日本全国どこにでもあるからねぇ」

 うんうんと頷き合ってから、鈴音は田中を見る。


「大丈夫ですか?」

「……へッ!?ああはい平気ダす大丈夫でシ」

「いや器用な噛み方……ッ」

 直立不動で噛みまくる田中に笑いを堪えプルプルする鈴音と、あちゃーという顔をしている綱木。

「神ではない、とは言うといてんで?」

「ぶふふ、はい、大丈夫です結構慣れましたから」

 人だと認識されているだけマシだと鈴音は頷いた。

「ほなここは夜中にまた来るとして、街なかの掃除に行こか」

「掃除、ああ澱を消して回るんですね?」

「そう。俺らは姿隠しのペンダント着けてそれぞれのやり方でチマチマやらなアカンねんけど、鈴音さんはあれやな」

「このまま突っ込んだら消えますよね」

「うん、羨ましい限りや」

 いいなあという顔をする綱木に笑い、鈴音はスマートフォンを取り出してマップを確認する。

「ふんふん。綱木さん、姿隠しのペンダントて、マユリ様にお会いした時のやつですよね?お借りする事出来ませんか?」

 鈴音の頼みに首を傾げつつも綱木は胸ポケットを探った。

「鈴音さんは拝んだり印結んだり、不審者に見えるような動きせぇへんやろ?」

 そう言いながら取り出した巾着袋からペンダントを出して渡す。


「ありがとうございます。いや、車に乗してもうたり電車乗ったりするより、走って跳んだ方が速いんで」

 ペンダントを首から下げて笑う鈴音に、流石の綱木も目が点である。田中に至っては口が開きっ放しだ。

「あ、へぇー、そうなんや」

「はい。これ17時まで作業して、時間来たら出退勤管理にメッセージ入れたらええんですか?」

「うん、そやね」

「解りました。桜の精に夜中一時頃に来るて約束したんで、家から直接来てもかまいませんか?」

「ええよー」

「ありがとうございます。ほなまた夜中にー!」

「はいいってらっしゃーい」

 機械的に手を振る綱木の前から、そよ風と共に鈴音の姿が消える。

「……神ではない?」

「神ではないねん」

 遠い目をした男二人がその場を動くまで、暫しの時を要した。


 一方、人目を気にする必要の無くなった鈴音は、マップを頼りに澱から澱へと突撃している。

 女神サファイアから貰った力のお陰で感電の心配が無い為、電柱も鉄塔も空を行く道のひとつとなっていた。

「ふーん、人が多いトコで湧いて、人気の少ないトコに溜まる感じかぁ。そないいうたらホコリもよう部屋や階段の隅に溜まるわ」

 似てるなあと笑いながら、電柱を飛び石代わりに小学校の校舎裏へ降りる。

 日陰で蠢く赤黒いモヤモヤとした物体へ、何の躊躇いも無く近付き通過した。

 鈴音の光に触れた瞬間、気味の悪い悲鳴のような音を立てながら澱は消滅する。

「はいオッケー次」

 マップを確認し近くのショッピングモールに澱のマークを見つけると、軽く地面を蹴って跳び去った。



 夕方5時。

 骨董屋の前に戻った鈴音は、皆のメッセージを手本にして『退勤』とだけ出退勤管理へ送信する。

 これで夜中までは自由だ、と頬を緩めていると、大鎌を担いだ骸骨が疲れた様子で帰ってきた。

「お疲れ様です骸骨さん」

 普通に話し掛ける鈴音の声の大きさに骸骨が慌てるが、道行く人は誰も気にしていない。

 はて、と首を傾げる骸骨に鈴音は種明かしをした。

「ふふふー、これこれ、このペンダント。着けとる間は人から気にされへんというスグレモノ」

 骸骨は成る程とばかり頷きながら拍手する。

「という訳で、家まで割と直線的に帰れるけど……しんどかったら地下鉄で帰る?」

 疲れているらしい骸骨を気遣うが、思い切り首を振られた。

 大鎌を仕舞って石板を取り出し、どどんと見せてくる。

「んーと、早く猫に会いたい。あははそらそうやんね!よっしゃ急ごう!」

 大きく頷いた骸骨を伴い、地図アプリを頼りに鈴音は我が家へと急いだ。


 人目が無い事を確認してからペンダントを外し、石が身体に接触しないように持って自宅のドアを開ける。

「ただいまー」

 ドアに施錠して振り向くと、廊下の向こうで三匹がこちらを伺っていた。

 どうやら骸骨を警戒しているらしい。

「お母ちゃんはまだやね?よしよし。ニャーちゃんヒーちゃんおチビ、この骸骨さんはねーちゃんの友達。仲良うしたって?」

 紹介された骸骨はユラユラ揺れている。

 大猫中猫チビ猫の並びが可愛らしいので既に悶えているようだ。

「トモダチ?」

「イイヒト?」

「ゴハン?」

 骸骨には全てニャーにしか聞こえないが、それもまた良いらしく両拳を握って震えている。

「あ、そうやね先にゴハンやね。骸骨さんソファーで寛いどってー」

 リビングへ入り骸骨にソファーを勧め、鈴音自身は空の皿を回収して洗い、餌の用意を始めた。

 尻尾をピンと立てて鈴音の周りをウロウロする猫達に骸骨は夢中だ。


 そうして餌やりや猫トイレ掃除を済ませると、全員で仲良く鈴音の部屋へと向かう。

 骸骨が殆ど物音を立てず大人しい為、猫達はもう警戒を解いていた。

「ここが私の部屋で、骸骨さんの拠点ね。寝る時は普段どないしてはんの?」

 鈴音に聞かれた骸骨は部屋の隅へ移動すると、胸像状態になり肘から先を体の前に重ねる。

「おお、コンパクトに纏まってる……って、おチビこらこら登ったらアカン」

 低くなった骸骨に興味津々で登り始める子猫。

 目をキラキラさせながら自信満々の顔で迫りくる子猫に、骸骨の頭がゴロリと落ちた。

「ぎゃー!!さっそく殺られたー!!骸骨さん気を確かに!!」

 大人猫達がおもちゃにする前に頭骨を回収した鈴音が首へ戻すも、肩へ到達した子猫のスリスリ攻撃にあい再び撃沈。

 骸骨が猫との距離感に慣れるまで、暫し大騒ぎが続いた。

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