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第六十八話 裁きの王の心遣い

 弱き者の声を拾い、強き者の疑惑を追求すべく東奔西走し書かれた記事。

 あの素晴らしい記事を書いた記者はもうこの世に居ない。

 けれど仲間の記者、それも年上に見える彼なら、同等かそれ以上の実力があるのではなかろうか。

 その力を発揮して貰うにはどうすれば良いか。


「あの、サファイア様。嘘ついたら物凄い苦痛を味わった上で死ぬ、みたいな制約を人に、それも個人に課す事って出来ませんか?」

 小声で尋ねる鈴音にサファイアは『うーん』と困り顔だ。

 出来る出来ない以前にやった事がないので、解らないのかもしれない。

 すると滑るように飛んで来た骸骨がサファイアに会釈し、ローブの中へ大鎌を仕舞って代わりに石板を取り出した。

「イリュージョンや……あのでっかい鎌が消えたで」

「そもそも石板もどっから出しとんねんっちゅう話やしな。何でも入るポケットでもあるんやろな」

 鈴音と虎吉がそんな会話をしている間に、骸骨は絵を描き上げた。

「えーと、骸骨神様が石板持って指差しながらサファイア様に見せてる。ああ!やり方教えてあげるよって事?」

 その通り、とばかり親指を立てた骸骨は、大神殿を手で示しサファイアを促す。

「サファイア様、是非とも教わって下さい。あの悪党達に最も効果のある罰です」

「あら、それなら絶対に覚えなくちゃ。待っててちょうだいね」

 やる気に満ちた顔で頷いたサファイアが、骸骨と共に大神殿へ入って行った。


 手を振って妻を見送った虹男が、階段下へ視線を移し首を傾げる。

「でもさ、嘘つかなかったら、ずっと生きてられるよね?ズルくない?」

 せっかく下っ端まで一掃したのに、親玉の一人と子分が生き残ってしまうではないか、と言いたいらしい虹男に鈴音は首を振った。

「アイツらが嘘つかんと生きるなんて無理。私に猫を嫌いになれ言うぐらい無理」

「そんなに!?そっかー、それならズルくないね」

 驚きつつ納得して、虹男は大神殿へ視線を戻す。

「まだかなー」

 楽しげな夫の声が届いたのか、ほんの数分でサファイアは姿を見せた。


「おかえりー」

「ただいま。思ったより簡単だったわ。教え方が上手なのね」

 微笑むサファイアへ骸骨が上下にゆらりと揺れる。骸骨の世界に於ける本来の挨拶のようだ。

「鈴音、もう制約を課してもいいのかしら」

 やってみたくて仕方がないという表情を見せるサファイアに、鈴音は慌てて手を振った。

「ちょっとだけ待って下さい。先にやっときたい事があるんです」

「わかったわ。いつでも出来るから声を掛けてね」

 やる気が溢れ返っているサファイアに礼を告げ、階段を下りた鈴音は秘書の前に立つ。

「大統領の動きに関するメモ……えーと、覚え書き?どこに置いてあるんかな」

 魔剣の怪物が化け物と呼んだ鈴音に見下ろされた秘書は、明らかに怯えてはいるものの隣の元大統領に比べれば幾らか余裕があるようにも見えた。

 鈴音と剣の王の会話から、自身が直ぐに殺される事は無いと踏んでいるのかもしれない。

 目を伏せ何事か考えた後、おもむろに口を開いた。


「覚え書きはつけておりません。全て頭の中にございます」

 こう言えば死がさらに遠のくと思ったようだ。

「へえぇー……そうなんやぁー」

 わざとらしく首を傾げる鈴音の前に、上質な紙の束が突如として現れる。

 それを見た秘書の表情が強張った。

「あ、神様ありがとうございます。これはなにかなー。わあすごい、大統領の交遊に関する記録やー」

 空いている右手で掴んだ資料を見やり、棒読み演技をした鈴音が冷たい笑みを浮かべる。

「大神官の美術品が何も無い所から出て来よったん、もう忘れた?過去を振り返れる神様のお力の事も?そんな記憶力の人が頭ん中に作った覚え書きとか、全ッ然信用出来ひんわー」

 上から降って来る嫌味に滝のような冷や汗を流しつつ、秘書は必死で言い訳を考えていた。


「その……覚え書きの類はもう、敵対勢力に奪われたのではないかと思った次第でありまして」

「ふーん。こんな大事な資料を他人がちょっと探したら見つかるようなトコに隠しとったとも思われへんけどまあええわ」

 一息で言い訳を吹き飛ばした鈴音は、振り向いて記者を見やり右手に持った資料を振る。

「大統領の交遊記録ですよ。誰と付き合いがあったかわかりますよ。他にもまだまだ色んな資料がある筈」

 言ったそばから紙束がポンポン現れ鈴音の周りを浮遊し始めた。

 不正を働いた議員を教えてやると骸骨を通じてした約束を、骸骨神が果たしているのだろう。

 それを見ていた記者は無意識に一歩踏み出し、我に返って足を戻すと迷った様子で鈴音を見つめる。

「御覧になりたければこちらへどうぞ」

 促された記者は意を決したように頷いて、両頬を叩いてから歩き出した。


 確かに自分から近付くのは勇気が要るだろうな、と自嘲気味に笑う鈴音の元へ、硬い表情の記者が辿り着く。

「は、拝見しても?」

 緊張が伝わる声を聞きながら、怖いと知りたいを天秤にかけた結果知りたいに傾いてしまったんだな、流石はジャーナリストだ、と微笑みながら資料を差し出した。

「どうぞ。他のも好きに見て下さい」

 上質な紙の束を受け取った記者は最初こそ遠慮がちに見ていたものの、意外な人物の名前でも発見したのか次第に目の色を変え、あれもこれもと次々に資料を手に取った。

「これは、これは凄いですよ、不正を行っていた議員をあぶり出せます!」

 興奮した顔で鈴音を見る記者の目には強い光が宿っている。

「それは良かった。彼らから話を聞いて照合すれば、更に確実な証拠になりませんか?」

 鈴音が示す元大統領と秘書を見た記者は、勿論だと頷こうとして、はたと表情を変えた。

「そう……ですね、彼らが真実を話すのなら。神の御威光に怯える今は話すかもしれませんが、時が経てばどうでしょうか。他の議員からの報復を恐れて嘘を並べ立て、虚偽の記事だと騒ぐかもしれません」

 偽の証人に騙された同僚を思い浮かべた事を、悔しそうな顔が物語っている。

「ああ、確かに。困りましたね。どないかなりませんか、神様」

 うんうんと頷き眉根を寄せた鈴音が、階段上へ声を掛けた。


 来た、と顔を輝かせたサファイアは、弾む声で答える。

「嘘をついたら死んでしまうようにしたらどうかしら?それも、うんと苦しい思いをするの」

 顔と声と内容のギャップがとんでもないが、人々もそこそこ慣れてきたらしく、『おお』とか『そんな事が』とかいった普通の反応を示していた。

「それは素晴らしいですね。でも沈黙を貫かれたら意味がないので、質問に答えへん場合も嘘をついたのと同じ扱いにしましょう」

「わかったわ」

「ま、待って下さいそんな無茶な。沈黙も許さないなんて人を何だと思って……」

 抗議の声を上げた秘書を鈴音の視線が射抜く。

「ほなやめとく?別にええよ、資料あるし元大統領おるし無理せんでも。証言なんかせぇへん沈黙する言うんやったら、今すぐそっちの広場行って?役に立たん悪党にタダ飯食わすんは税金の無駄やから」

 顎で広場を示され、秘書は震え上がった。

 ゆるゆると首を振り、大人しくなる。

「あ、証言してくれるんや?良かった良かった。では神様、お願いします」

「任せて!」

 嬉しそうな返事が聞こえたかと思うと、二人の悪党の周囲を黒く長い紐のような物が波打ちながら輪になって回り始めた。


「お?おお!?」

「げッ。アカン。アカンアカン落ち着いて虎ちゃん、あれは紐やないから遊んだらアカン」

 目を真ん丸にして耳と髭を前に向ける虎吉を鈴音が必死に抱え込んでいる間に、黒い紐は悪党との距離を詰める。

 最終的に悪党の全身に巻き付いた紐は、首にだけ色を残し後は幻のように消えた。

 痛みなどは無かったようで、二人共身体を見やり怪訝な顔をしている。

「パッと見首輪やね。嘘ついたら死ぬでっていう戒めかな。あ、そうそう。これを真似して、殺した相手の首に黒い線描いて『神との約束を破った罰を受けたんだ』とかほざかんようにして下さいねー?神様はこの二人にしか約束させてませんからねー」

 全世界へ向け釘を刺してから、鈴音は記者を見た。

「はい、これで誰も、嘘やとか陥れようとしてるやとか言えんようになりました」

 それを聞いた記者は、様々な感情が入り混じった何とも複雑な顔をする。


「もっと早くに神が現れていたら、なんて事を……考えてしまいました。駄目ですね、人の手で悪党を追い詰め悪事を暴くと言っておきながら」

「駄目やないですよ。人としては当たり前の感情やないですか?他にもそない思てる人、ようさん居てる思いますよ」

 頷く鈴音に少し驚いた顔をしてから、記者は小さく笑った。

「御使い様は人の事を本当によく御存知だ。だから頼りたくなってしまうけれど、それじゃあ駄目なんですよね。人の手で浄化して住み良い世界を作って、神の手を煩わせないようにしないと」


 笑顔で頷く鈴音だが『私、人や思われてへん。なんでや』と心の中では菩薩顔全開である。


「神にここまでしていただいて、妨害工作に負けましただとか絶対に言えません。必ず不正を暴き、人の法廷で決着をつけます」

「無いと信じたいですけど、毒やら襲撃やらにはお気をつけて」

「そうですね、念の為に用心棒でも雇います」

 鈴音の忠告を素直に受け取った記者へ、大神殿の神官から声が掛かる。

「恥ずかしながら宿舎に随分と空きが出来ましたので、こちらで寝泊まりなさっては?カンドーレさん程ではないですが、強い神官戦士もおりますし安全かと」

「え!……いやしかし」

「家を無くされた方々も受け入れますので、遠慮なさらず」

 神官の言葉で、破壊された門前街の住人から安堵の声が漏れた。

「そうですか……それじゃあお言葉に甘えてお世話になります」

 資料を片手に抱え胸に手を当てた記者へ、神官も同じ礼をして微笑む。

「うん、良かった。大変やろけど応援してますからね」

「ありがとうございます!」

 力強く頷く記者に手を振り鈴音は階段上へ戻った。


「サファイア様、完璧です」

 褒める鈴音に、サファイアは勿論何故か虹男も得意気だ。

「うふふ、嬉しい。これでもう、私の可愛い夫を殺した者達は片付いたわね?」

「はい。皆、神様の怖さも知ったでしょうし、虹男にも神獣にも手を出したりはしないでしょう。現時点でサファイア様が人類を滅ぼす必要は無くなったと思います」

 鈴音の含みのある言い方にサファイアも虹男も首を傾げた。

「この先は解らないという事?」

「すごく怖がってたのに?」

「……伝説の神官戦士プレテセリオの言いつけも、数百年で破られましたよね?人には忘れるという機能が付いてる上に寿命もあるので、今は良くてもまた数百年後にド阿呆が現れる可能性はあります」

 世界は違えど同じ人族として、大変申し訳無さそうに鈴音は事実を告げる。

「そっかー、入れ替わっちゃうねそういえば」

「困ったわね。忘れられないように時々雷を落としに来ようかしら」

 顔を見合わせる夫婦に鈴音は頷く。

「たまにビビらせるのは有りや思います。気の毒やけど滅ぶよりはマシな筈」

 あまりに神妙な面持ちで鈴音が言うため、サファイアは笑い出してしまった。

「人の営みを壊さない程度にしておくわね。それじゃあ世界を戻しましょうか」

 コロコロとひとしきり笑ったサファイアが、楽しげな顔のまま優雅に手を動かしかけた。


 その時不意に、大神殿から青白い光が放たれ、世界中の人々を包み込む。


「あら?どうなさったのかしら」

 骸骨神の行動に驚いたサファイアに、骸骨がせっせと絵を描いて見せた。

 それを読み解いた鈴音は頷き、サファイアへ説明する。

「……彼らは今骸骨神様が見せる夢の世界で、二度と会われへん筈の人に会うてます」



 突如真っ白になった視界に、有り得ない人物の姿を見つけた記者は驚きのあまり固まった。

 開きっぱなしになっていた口をどうにか動かし、何度目かで漸く声が出る。

「お、おま、お前、なんで?」

 ただ、出て来た言葉はとても間の抜けたものだった。

 聞かれた人物は困ったように微笑んでいる。

「だってお前、大統領にとんでもない目に遭わされて、俺、俺が居なかったせいで……あ、あんな死に……方……ッ……すまん!!すまん……!!」

 目の前に現れた今は亡き同僚の姿に、流れる涙を止めることが出来ない。

「取材日程伸ばしたりしないで帰ればよかった!!凄い話が聞けたなんて馬鹿みたいに喜んでる時にお前はもう……!!」

 後悔を叫んだ所で意味は無いと解っている。

 それでも言わずにはいられなかった。

「何で俺が帰るまで待てなかったんだ!!……ああ違う、大統領との面会なんて前々から決まってたんだ悪いのは俺だ……でも、でも!!」

 ぐちゃぐちゃの感情を受け止めるように、同僚は微笑みながら頷く。

 そして、記者の抱える資料を指差した。

 ハッと目を見開いた記者を、真っ直ぐに見つめている。

 じっと見つめ返し、同僚の言わんとする事を理解した記者はしっかりと頷いた。

 腕で涙を拭い、資料を叩く。

「そうだ、俺は記者だ。隠された不正を白日の下に晒し、正しく生きる者が馬鹿を見ない世の中にする為、必ず記事にする。記者としての誇りにかけて……必ず」

 その決意を聞いた同僚は、満足そうに笑って頷き、おもむろに背を向ける。

 声を掛けようとした記者の目に、手を繋ぐ家族三人の姿が映った。

 娘と手を繋いだ同僚が、幸せそうに妻と顔を見合わせて笑っている。

 一度だけ振り向いて記者に頷いた同僚は、迷いの無い足取りで、家族揃って遙か先に見える光へと歩いて行った。

 記者の目から再び涙が溢れ出る。

 それを拭う事なく同僚を見送った記者は、資料を抱える手に力を込め、真っ直ぐ前を見据えた。

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