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第六話 どきどき砲弾キャッチ

 鈴音の脳裏に浮かんだ“生身で落ちる勇者”は、幼い頃に観た特撮ヒーローだったらしい。

「高いトコからクルクルッと回って着地とか、カッコ良かったもんなー。咄嗟に思い出せて助かったわ。……あ、ただいま虎ちゃん、猫神様」

「ああ、おかえり。上手いこと着地出来たな」

 どうやら今の着地方法に思い入れがあるようだ、と察した優しい虎吉は、両足から地面に降り立つイメージさえ持てば、すんなり着地出来た事は黙っておいてあげた。追々それとなく教えてやればいいだろう。

 そして、チラリ、と白猫に目配せしてから鈴音へ近付く。

「それで、どうや?身体に問題無いか?」

「うん。えっらい高さまで上がった気ぃするけど、なーんともないで。凄いなぁ猫神様の御力て」

 手足を動かして見せながら、無邪気に笑う鈴音。その姿を見下ろしていた白猫が、スルスルと縮んで虎サイズに戻った。


 縮んだ白猫の足元には、虎吉がドーム内から転がして来た、“例の虹色玉アレ”がある。

 忌々しげにそれと虎吉を見やり、鈴音へは申し訳無さそうな顔を向けた。

 一度目を閉じ心を鎮めてから、再び目を開き鈴音と一直線上に並ぶよう虹色玉を前足で転がす。配置が完了すると、それが打てる位置に長い尻尾を伸ばした。

 幾度か心配そうに鈴音を見やり、虎吉には念を押すような視線を突き刺して、尻尾を力強く振り抜く。


 目にも留まらぬ速さの尻尾に打たれた虹色玉は、まるで拳銃から発射された弾丸のように鈴音へと迫った。


「フツーあの高さから生身で落ちて来たら、髪の毛はボッサボサの顔は涙と鼻水でグッシャグシャの、たぶん、えげつない状態なっとるよねー。それが、そよ風に吹かれて来ました、みたいな感じやねんから……」

 虎吉にジャンプの感想を語っていた鈴音の耳に、何やら不穏な風切り音が届く。

 何事か、と音の方向へ顔を向けると、見覚えある虹色の玉が急速に接近していた。

「またオマエか!!」


 言うと同時に右手でガッチリと捕球する。


「私のデコに何の恨みがあんねん腹立つやっちゃ」

 最初にぶつかった時の痛みを思い出したのか、左手で額を押さえ、虹色玉を睨んだ。

 その様子に、虎吉は目を細めて頷き、白猫は何故かドームへ走り去って、出入り口から顔の右半分だけを覗かせた。

「……あれ?猫神様どないしたんですか……て、ニャ政婦は見た!になってますやん!可愛いなぁ」

「あれは、今度こそ嫌われるんちゃうか、とビビッとる姿やね」

 虎吉の解説に、鈴音は困惑する。

「また話が見えへんのやけども」

「うん、理由は簡単や、その玉を鈴音に向けて打ったんが猫神さんやから。まあ頼んだん俺やけど」

「ええ!?なんで!?これと私がぶつかったら、ロクな事にならんのちゃうかったっけ?」

「そうやけど、ココにはそれしか、ぶつけられるような物が無いねんなぁ。勿論、鈴音が気付かんかったり避けそこねそうな時は、当たらんように俺が叩き落としたで?」

 虹色玉と虎吉と白猫それぞれへ視線をやり、やはり鈴音は首を傾げる。

「この玉やなくてもよかったんは理解したけど、そもそも何で、私は物をぶつけられなアカンの?」

「耳と目ぇの性能を、確認した方がええ思て。耳は猫の言葉が解る能力が既にあるけど、小さい音聞き分ける能力も同居しとるんかどうか。目ぇは取り敢えず、どこまで速い物が見えるか。ボールの類があったらよかってんけど、ココなーんもあらへんからな。そしたら、あのけったいな玉があったやん、て思い出してん」

「あー、鼠の足音も聞こえる耳と、驚異の動体視力ね!そっか、でもキャッチボール程度で判断……て、ちゃうな。猫神様が打ったて言うたわさっき。この玉、めっちゃ速かったん?」

「たぶん、鉄砲の弾ぐらい?」

「はっはっはっはっはー……嘘ぉん!?」


 虹色玉を持った右手に、鈴音は得体の知れない物を見る目を向けた。

「そんなもんが見えた事もやけど、鉄砲の弾、より大きいから小さ目の大砲の弾?みたいな勢いのんをキャッチしといて、どないもない手って何なん!?」

「猫にオモチャ投げたら、叩き落としたり捕まえたりするやろ?そんなんで怪我するか?そういう事や」

「オモチャと砲弾が同じ扱い。……いや、そらそっか、神様の力やもんね」

 改めて、神の恐ろしさを思い知ったのも束の間。顔半分でこちらを窺う“ニャ政婦”と目が合い、笑いが込み上げた。

「猫神様、パーース!」

 笑顔で告げ、虹色玉を山なりに投げる。

 後足で立ち上がった白猫は、飛んで来た玉を右前足で素早く叩き落とした。そのまま、親のかたきのようにバシバシ乱暴に叩いてドームの奥へと追いやる。

「嫌いなんかな」

「嫌いになったんやろな。ナンデカナー」

 アナタノセイヤデー、と虎吉へ視線をやってから、揃って白猫の元へ向かった。



 数分が経過したドーム内では、鈴音の腿を枕にした白猫が、喉を鳴らしながら頭を撫でられている。

 怒っていないし何の問題も無い、と笑顔で腰を下ろした鈴音に促され、膝枕を試した結果、動物園で寝転ぶやる気の無い虎のようになってしまったのだ。

「猫神を駄目にする枕や言うてはるで」

「あはは、マッサージ機能付きやし?」

 右手で白猫を撫で、左手で虎吉を撫でる。鈴音にとっても猫達にとっても、幸せな時間だ。


「取り敢えず今日判ったんは、鈴音には、かなり猫神さん寄りの猫の能力、全部備わっとると思てええ、ちゅうこっちゃな。たぶん暗いトコでも見えるし、鼻も利くし、爪立てたらバッサリ行けるやろし」

「ん?ちょちょ、待ってバッサリて何を……あー、フツーの猫の爪で木ぃにキズ行くからー、猫神様を私で割ると……それなりの木ぃぐらいならバッサリ?」

 砲弾のような物を軽々と受け止めた己の右手を見やり、第一、第二関節を曲げる。短く切り揃えた爪は、勿論何の変化も無い。

 その手を軽く閉じたり開いたりして虎吉に見せながら、その位だといいな、という願望を述べた。

「木ぃ?そらバッサリや。当たり前やんか。んー、けど、鈴音がどの金属まで行けるかは、試してみな判らんな。まあ、今までのパワー見る限り何でも行けそうやけど」

 鈴音の願望は儚くもバッサリだった。木どころか金属前提である。まさか己の手が、取り扱い要注意の危険物になろうとは。

 菩薩の笑みを浮かべた鈴音は、『でもそんな気はしてた』と幾度も頷く。


「まあ、ひとつひとつ試してモノにして行こ。フツーに使えるようになったら、新しい仕事見つかるかもしらんで?」

 虎吉の冗談に白猫の耳がピクリと小さく動き、その耳をマッサージしながら鈴音は笑った。

「ええねぇ、地上最速の宅配便とか、クレーン要らずの引越し屋とか、素手による金属加工とか?」

「大人気間違い無しやな。けど、世界中の研究機関からも大人気なってまうのがツライとこやな」

「それは嫌やなー。実際虎ちゃんは、人界に遊びに来た時に、喋る猫やー、みたいにバレた事ないのん?」

「有る。ただ、俺の言葉解るんは、いわゆる霊感持ちだけやからなぁ。うっかりバレても、だいたい無害な妖怪の類や思てくれるから。『うぬ、面妖な畜生め』とか『あやかし滅ぶべし!』とか言うて襲って来た奴は……まあ、うん」

 にっこりと目を細めてとても良い笑顔の虎吉。普段なら間違い無く、『ぎゃー可愛いぃ』と発作を起こしてデレデレになる鈴音だが、神の使いに襲い掛かった愚者の末路を思うと、またしてもの菩薩顔で返すしか無かった。


「……そや、喋り方。今、時代劇っぽかったやん?襲って来たアホの真似の時。てことは、時代に合わせて喋り方変えてんの?関西弁なんは昔から?」

 顎を掻いてやりながら質問を続けると、にゅうっと首を伸ばして心地良さをアピールしつつ虎吉は答える。

「時代劇がどんな劇か知らんけど、言葉は時代に合わせな通じひん。現代人と縄文人で会話出来るかいうたら、無理やろ?俺、幸い耳はええから、しばらく街中で会話聞いとくねん。そしたら覚える。関西弁もそういう流れで知っとったからな、鈴音に合わせてみたんや」

 どや、と得意気な顔に、今度こそ鈴音はデレデレだ。虎吉の顎から頬、耳の裏へワシャワシャと指を動かした。

「あー可愛い、めっちゃ可愛い。標準語でもそら可愛いけど、聞き慣れた言葉喋ってくれた方が、余計に可愛いよね。嬉しいし。もー、可愛いし賢いしで、最高やなー。ホンマ、虎ちゃんはイケニャンや」

「ふふん、もっと褒めてええんやで。あー、そこや、そこそこ」

 鈴音と虎吉がじゃれていると、白く長い尻尾が小刻みに地面を叩き始める。

「おや、私の大事な女神様が拗ねておられる。これは一大事」

 笑いながら鈴音は両手を移動させ、腿の上にある大きな頭をせっせと撫でた。


 気持ち良さそうな白猫の顔と高めの体温、喉から聞こえるゴロゴロ音に、鈴音の口から欠伸が漏れる。

 すると猫達も順番に欠伸をした。うつったらしい。

「特に眠たいわけちゃうのに、目ぇ瞑ってる猫見てると欠伸出るのなんでやろ」

「知らんがな。まあ、本来は眠たい時間やから、出易いんちゃうか?ここに時の流れは無いけど、鈴音の脳ミソからしたら、エラい長い事起きてる気がする、て混乱しとんかもしらん」

「え、時間流れてないの?でも私動けてるで?」

 驚いた鈴音は白猫の顔をフニフニと柔らかくつまんで、動けるアピールをする。白猫はされるがままだ。

「基本ビッカビカの魂の力で動けて、今は猫神さんの力も混ざっとるから更に馴染んどるんやろ」

「そっか、不思議パワーや。深く考えたら負けやな。にしてもビッカビカて、目ぇチカチカしそうな呼び方やなー。ビッッッカーとどっちが眩しそうやろ」

 眩しそう、と聞いて虎吉の耳がピンと立ち前を向いた。

「おお、そうや。その魂の光り方も出力調節出来るようにしようや」

「へ?そんなん出来るん?」

「たぶん簡単やろ、自分の魂なんやし。ここに茶飲みがてら遊びに来る神さん方の中に、ひょっとしたら眩しい言い出すお方も居てはるかもしらんし、やっとこやっとこ」


 当たり前のように言い切られ、魂については詳しく無いのでそんなものかと思う鈴音だが、ひとつどうにもツッコまずにいられない箇所があった。

「ここは猫カフェやったん?神様方がお茶飲みに来るの?」

 テーブルも何も見当たらないが、と不思議そうな鈴音に、虎吉は小首を傾げる。

「猫カフェをちゃんと見た事無いけど、客が貢物持って猫に会いに来て、持参の茶ぁシバきながらただただ猫の姿眺めるだけ、の場所やとしたらそうかもしれん」

「うーん、お茶持参やとカフェいうより喫茶室のが近い……?てか、他の神様は貢物とか持って来るんやね、やっぱり猫神様は女王様や」

 言いながら鼻筋から額にかけてをなぞると、元々上がっている白猫の口角が更に上がったように見えた。女王様呼びも嫌いではないらしい。

「よその神さんらも色々大変らしいてな、猫神さんやら俺やら見とったら癒やされるねんてよ。ほんで、縄張りにお邪魔すんねんから、言うて、自分用の祭壇にあった供物なんかを手土産に持って来る。だいたい肉か魚やな」

「うわ、ストレスかな。現代人と一緒やん。けど貢物が肉か魚て、猫神様も虎ちゃんも食べるんや、てっきりゴハン要らんのかと」


 己の言葉でふと、『ゴハン?』と目を輝かせる子猫と、愛猫二匹を思い出す。彼らの好物は虎吉や白猫も好きだろうか、等と考えた。

「食べても食べんでも問題無いで?食べんでも腹は減らんけど、食べたら食べたで美味いなぁとも思うし」

「そうなんや!それやったら、猫用のオヤツとか持って来よかな。口に合うか判らんけど」

 虎吉と白猫の目がキラリと光る。どうやらオヤツに興味はあったらしい。

「でも食べたら出すやん?トイレどこ?外にも無かったやんね」

 鈴音の尤もな問いに虎吉は頷く。

「俺らは食べたもん飲んだもん全部完全に吸収するし、菌おらんし代謝の類も無いから、出さへんねん。せやからトイレ要らんねんな」

 食べ残しを他の動物が食べたり、微生物が分解して土壌を豊かにしたり、といった循環の無いこの場所では、ゴミ等を出せば永遠に残ってしまうと説明され鈴音はただ驚くばかりだ。

「出したらアカンからって、完全吸収出来てまう体になれるんが凄いわ。あ、そしたら他の神様が遊びに来はった時も、ゴミは持ち帰りなんやね」

「その通り。せやから鈴音も、自分の食べ物やら持ってってもええけど、余った物なんかは人界へ持って帰ってな」

「はーい」

 右手を真っ直ぐ上げた良いお返事が出来た所で、今日はもうお開きにしようという事になった。

「ほな練習内容考えて、また明日声掛けるわな」

「うん、ありがとう、よろしくね。ほな、おやすみなさい」

「おやすみ」

 お辞儀をして、虎吉が開けた通路から鈴音は戻る。それを見届けてから、白猫がゆっくりと立ち上がり、大きく伸びをした。


「あれ?どっか行かはるんか?」

 ドームの出入口へ向かう白猫へ、珍しい事もあるものだと虎吉が驚いた様子で問い掛ける。

「え、犬神さんトコ?なんでまた」

 返答したのだろう、チラリと虎吉へ視線をやってから、白猫は優雅に歩き去った。

「へー……成る程。おもろい事考えたなぁ。それにしてもこの短い時間で、ホンマに鈴音の事気に入ったんやなぁ。世話焼きのオカンみたいになっとるやないか」

 白猫の計画が上手く行き、鈴音も白猫自身も喜べたらいいな、と目を細めて虎吉は自分用の寝床へ向かう。

「さて、明日は諸々の出力調節の練習と攻撃力の測定やなー。光は勿論、速さも高さも制御出来な、ビックリした瞬間に雲の上まで飛んだらえらい事やで。んー、攻撃力見る為の金属類はどっから調達しよか……」

 虎吉サイズに整えられた、もこもこサークルベッドの中でとぐろを巻き、くあー、と大欠伸をしてから楽しげな顔で眠りについた。

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