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第四十九話 女神様の思いやり

「え、何なん、もしかして生存者ゼロ?」

 あちこちに転がったまま動かない兵士達を見て、鈴音は急いで九割近く目を閉じた。

 死体など見慣れていないし、見ないで済むならそうしたいので、細く開けた瞼の隙間からの捜索に切り替える。

「うーん、見ただけでトラウマなりそうな姿の人はおらん……かな。世の中には雷に打たれても生き残る人もるし、爆発に巻き込まれても打撲だけで済む人も居るし、100人以上おったんやったら誰ぞ生きとると思うんやけど……」

 糸のような目で周囲を見回しブツブツ呟く鈴音に、虎吉が鼻で溜息を吐いた。

「せーやーかーらー、耳を使えっちゅうねん。息と心臓の音聞こえるやろー?」

 はたと虎吉を見た鈴音は、申し訳無さそうに頭を掻く。

「そうやった。流石に心音は集中せな無理やけど、呼吸ぐらいやったらそない頑張らんでも聞こえるわ」

 死体の存在に怯え過ぎて、さっき教わった事をもう忘れていた。

 耳を澄ませば、見える範囲に転がっている兵士達の呼吸が聞こえる。

 どうやら皆生きているようだ。

 一通り見回したが、禿頭とくとうの男は居なかった。

 では崩れた建物の下か、と鈴音は呼吸音のする方へ近付き、右手でヒョイと瓦礫を持ち上げる。

 中で息を潜めていた兵士は、片手で巨大な石を持っている鈴音と目が合った瞬間、死を覚悟した。

「んー、フサフサで若い」

 それだけ言って鈴音は足早に去って行く。

 兵士の全身から力が抜け、何だか色々なものが流れ出た。



 鈴音が中隊長を探し始めた頃、大神殿前の広場では竜が青く光る地面を出現させ、ジェロディを困惑させていた。

 上空からキラキラとした光を降らせ、カンドーレの傷を治した直後、続けて地面を光らせたのである。

 傷があまりに一瞬で消えたので、神の御力は素晴らしいと皆で感動し頭を垂れたのも束の間、光る地面の意図が理解出来ずジェロディは首を傾げた。

「神よ……これは一体……」

 謁見の間からこの街の外れまで運んでくれた、あの光にそっくりだとは思いつつ、何故それを今ここに出してくれたのかが解らない。

 そんなジェロディに、竜から何か言付かったらしい虹男が微笑んだ。

「それ使って、友達のところに行きなさい、だってさ」

「……っ!!」

 目を見張り口を開きかけたジェロディだが、言葉が出て来なかった。


 友達とは即ち、国王の事だ。

 この国から戦を仕掛けられ、『急げば落城に間に合う』だのという大神官の言い草からして、既に交戦中と見て間違い無いだろう。

 神の力でこの国へ飛んだ自分達と、入れ違いのような形になったと思われる。

 いくら奇襲のような格好で挑まれたとはいえ、城塞都市が大神官の言うような早さで落ちる事は無い。

 解ってはいるが、心配なのも事実。

 しかし自分は神官である。

 この世に降臨した神を放ったらかして、戦に身を投じるなど言語道断。

 けれどもし、神剣を手にした自分が加わる事が出来たなら。

 いや駄目だ。戦は兵士の仕事だ。心配せずとも王国騎士団は強い。

 だが隣国に兵士達を貸し出したと言っていた。その分の戦力は補えるのか。

 それに国王も騎士団長も、敵国であるこの国で今何が起きているかを知らない。

 もうすぐ国家元首が捕らえられ、戦どころではなくなるのだが、それを知らない。

 馬のない状況では、援軍要請にも時間が掛かるし、援軍そのものの到着にも時間が掛かる。

 そんな見当すらつかない日数を持ち堪えられる程、日照りに参っている王国の備蓄に余裕があるとも思えない。

 何も知らない国王が負け戦と思い込み、兵士を含めた国民の助命嘆願の為、その身を差し出してしまわないか。

 もしや、一刻の猶予も無いのでは。


 思考の迷路に入り込み、黙ってしまったジェロディの前で虹男が手を振る。

「おーい起きてるー?」

「はッ!!申し訳ございません」

 迷路から帰還したジェロディに、虹男が続けた。

「何かねー、鈴音が戻って来るまでに世界中で暴れるから、私が王国を通るまでお友達と一緒に頑張ってね、だって」

「……な、なんと!神がいらして下さる……!それは、『あの通り降臨なさった神により審判が始まる故、大人しく待て』と双方を説得しろという事にございますな!?」

 戦に出向く大義名分を与えてくれるのか、とジェロディの目が潤む。

「よくわかんないけど、たぶんそれ」

 虹男の適当な返事に大きく頷き、竜を見上げたジェロディは、神剣を脇に置いて膝を突き、両手を胸に当て頭を垂れた。

「神より賜りましたお役目、このジェロディ、命に替えましても必ずや果たして御覧にいれます!!」

 気合十分なジェロディに虹男が慌てる。

「ちょ、死んだら駄目だよ!?たぶんだけど、僕が鈴音にぶっ飛ばされる気がするから!……あ、妻も怒るって言ってる」

 だらだらと冷や汗をかきながら微笑む虹男に、驚いたジェロディは幾度も頷いた。

「畏まりました。命を懸けるつもりで挑みます」

「そうそう、つもりね、つもり」

 額を拭う虹男へ胸に手を当てて礼をしてから、ジェロディはカンドーレへと視線をやる。

「私は王国と、王国を攻める者達の説得に当たる。そなたは、神の仰る事をよく聞いて、指示に従いなさい。あの背信者の処遇を任された際は、決して油断せず、確実に事を成すように」

 真剣な眼差しで話を聞いたカンドーレは、胸に手を当て礼をした。

「こちらはお任せ下さい。私には皆さんもついていて下さいます。神官長様こそ、どうかお気を付けて。神……の御使いも、鈴音さんもいらっしゃらない状態で戦場へ向かわれるのですから」

「勿論、無茶はせぬよ。御使い様ともお約束したのでな」

 微笑んで頷いたジェロディは、抜身の神剣を再び手に取る。

 どの道すぐ使うにしろ、鞘がないのは少し不便だなと思っていると、ジェロディの腰に立派な鞘が吊り下がった。

 心の声が聞こえたわけではなかろうが、あまりのタイミングに驚いたジェロディは、恐縮しながら神剣を鞘に収める。

 それに倣うように、カンドーレも地面に突き立てたままだった聖剣を鞘に収めた。


 青く光る地面の前へ歩を進めたジェロディが、ふと呟く。

「私にも鈴音様……いや鈴音さんのような御力があれば、攻城兵器の一つや二つ破壊してみせるのに」

 近くにいる虹男にすら聞こえない呟きだったが、竜の耳には届いたようだ。

 空からまた、キラキラとした光がジェロディに降り注ぐ。

 その効果はジェロディ本人が直ぐに気付いた。

「身体が軽い……」

 老いと共に身体のあちこちに現れていた不具合が、まるで感じられなくなったのだ。

 実は聖剣は神官の力を込めると、腕と一体化したかのように軽くなる。だから剣の重さを無視した振り方が可能なのだが、今なら普通の長剣でも同じ事が出来そうな気がした。

「神よ、この御力は……?」

 驚くジェロディに、虹男が答える。

「身体能力を上げたんだって。でも今日一日しか持たないよ、って言ってる」

「なんと……。欲深き私をお咎めになるどころか、願いを叶えて下さるとは」

 目元を拭うジェロディを見ながら、竜の言葉に頷いた虹男が続ける。

「その光を通ったら、敵の後ろ側に出るから、適当に暴れたらさっさと城壁の中に入れてもらいなさいってさ」

「は!!仰せの通りに!!」

 胸に手を当て礼をしたジェロディが、カンドーレや残る神官達に頷く。

「では行ってくる。後は頼んだぞ」

 皆が礼をしたのを見て、ジェロディは青く光る地面を踏み、その場から姿を消した。



 一方、外ればかり引き当てていた鈴音は、何度目か持ち上げた瓦礫の下に、漸く目的の人物を見つけた。

「ツルツル……て、うわーうわー、なんや曲がったらアカン方向に腕とか足とかがー」

 ここまで見てきた兵士達は、打撲や切り傷ぐらいの軽傷だったので、サファイアが人に対しては威力の落ちるような調整をして攻撃したのだな、とすっかり安心していたのだが。

 発見した中隊長はかなりの重傷だった。

 手足の一本ずつは鈴音の言う通りポッキリと折れているし、あちこち火傷しているし血も滲んでいる。

「コイツだけは多めにダメージ与えたんかなー、ひぃー、見てるだけで痛いー」

「大丈夫か?この程度でビビっとって。この後、大悪党二人の首がホンマの意味で飛ぶかもしらんけど」

「う。それなー……私だけ耳塞いで目ぇ瞑っとくわけにいかんよなぁ」

 瓦礫を退けながら虎吉の指摘に頷く鈴音の表情は、この薄暗い世界よりもさらに真っ暗だ。

「昔は公開処刑とか晒し首とかあったんやんね?ようみんな平気で見よったなぁ」

「ある種の娯楽やったしな。死体が珍しいもんでも無かった、いうんもあるかもしらんな」

「娯楽……。つくづく現代人で良かっ……いや、今からその恐ろしい娯楽を見せる側になるんやがな。しかも全世界同時配信とか言い出したん私やで」

 瓦礫の撤去を終え、中隊長を見下ろしながら大きな溜息を吐いた。


 丁度その時、上空を竜が長い長いまだ長い体をくねらせながら、彼方へと飛び去って行く。

 アドバイス通り、建物に被害が出ない程度に雷を落としつつ。


「なっっっが。頭は行ってもたのに、まだまだ体が続いてるやん。どっからが尻尾なんやろ」

 あんぐりと口を開けて見上げてから、ふと真面目な表情になって、大神殿と一部が壊れた街を見た。

 街には瓦礫を撫でるように乾いた風が吹き、砂埃を巻き上げている。

「……何ていうか……結局は私がサファイア様を引っ張り出したみたいなもんやんねぇ。あの気性やねんから、可愛い思た者は全力で守りに来るぐらい、予想出来ん方がおかしかったよなー……。ここまでやっといて、でも人が死ぬところは見たくないんですぅー、とか甘ったれた事言うとったらビックリよな。自分にドン引きや。もし猫が被害にうとったら、問答無用であのジイサンこの世から消し去っとるクセに何言うとんねんっちゅう話やで」

 自身の手を見つめる鈴音に、虎吉が小首を傾げる。

「覚悟決めたか?」

「んー……、眉ひとつ動かさず、とかは無理やけど、こうなるようにけしかけた者の責任は果たすわ」

「そうか。まあキッツいなぁ思たらほれ」

 ずい、と虎吉がその可愛らしい頭をつき出す。

「あはは、遠慮なく吸わせて貰うわ、ありがとう虎ちゃん」

 スリスリと頬擦りしてくる鈴音に、虎吉は目を細めた。

「よっしゃ、ほんならコイツに親玉どこか聞かなアカンな」

「そうやね。はいはい、起きて下さいよー、悪党のオジサーン?」

 近くに落ちていた板切れを拾い、ペシペシと中隊長の頬を叩く。

 小さく呻いて薄っすらと目を開けた中隊長は、何か言おうとして全身に走る痛みに悲鳴を上げた。

「うわビックリした!喧しいやっちゃなー」

 虎吉が耳を反らし瞳孔を開いて、尻尾をブンブンと振る。

 鈴音も驚いて半歩引いてしまったが、気を取り直して再び中隊長を見下ろした。

「喋れる?アンタとこの最高司令官、どこにおるんか教えて?」

 脂汗を流しながら荒い呼吸を繰り返す中隊長は、血走った目で鈴音を睨むばかりで何も答えない。

かばうならかぼうてもうて結構やけど、あの国家元首が捕まらんかったら、この国ごと無くなるかもしらんよ?見たやろ?竜こと神様の御力。あんたをそんな姿にしたあれで、小指の先で突付いたぐらいの力やからね?」

 今ひとつ現実味が無いのか、中隊長は黙っている。

「ふーん、ほな、アンタの子供、アンタとおんなじ姿にしたろか」

 テレビドラマ等で悪役がよく言うセリフを、笑顔と共に告げてみた。

「むす……ッ、息子はか……んけッ」

 喋ろうとしては咳き込み、咳き込んでは痛みに悶えと効果てきめんである。

「悪党でも子供は大事なんやねー。可哀相になあ、父親が悪党なせいで酷い目に遭う羽目になって」

 ポイ、と板切れを投げ捨て、無表情で見下ろしてから踵を返す。

 鈴音の芝居にまんまと引っ掛かった中隊長が、必死に叫んで呼び止めた。

「官邸だ!ッほゲホ……官邸に、いな、ければ、ッか、地下……通路が」

「また地下かぁ。官邸どっち?」

 足を止め振り向いた鈴音に、中隊長は折れていない腕を必死に動かし、どうにか指差した。

「はいどうもー。あ、無事な兵隊さんらに忠告しとくわー!この人無理に動かすと死ぬかもしらんから、触らん方がええよー!内臓やられとるかもしらんからー!あと、この人の悪事に気付いときながら従ってた人ー!同罪やでー!今の内に懺悔しときよー!」

 鈴音が指差した先では、未だに竜の胴が空を泳いでいる。

 どうするだろうと眺めていると、あちこちでガタガタと音がし、兵士達が飛び出して来た。

 皆、膝を突き両手を胸に手を当て、地面に着きそうな程に頭を垂れている。

 突如として開催されたほぼ土下座祭り。

「何人居んねんな。腐った隊やってんなー」

 隊の半数程が平伏す様に呆れながら、官邸の方を向いた鈴音は力強く地面を蹴った。

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