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第四十五話 神官の涙

「ありがとうございますぅ」

 契約成立を祝うかのように笑顔を交わし、鈴音は革袋から更に金の延べ板2枚を追加する。

「ほなこれ、手付金いうことでぇ。残りは“商品”と引き換えにお渡し致しますぅ」

 延べ板計5枚を大神官の前に置き、広げていた宝飾品を片付けた。

「うむ、よかろう。受け渡しまで、さほど時は要さぬ筈だ」

 目の前にある金に目を細めながら応える大神官に、鈴音は小首を傾げる。

「そら助かりますけどぉ……この街ざっと見た感じ綺麗ですやん?材料ありますぅ?そら、路地裏の更に奥まで見たわけちゃいますけどぉ」

 魔剣の材料が解っている者の口振りに、チラリと鈴音へ視線をやった大神官は、その後ろに控える神官長達を見て納得した。

「彼らから聞いたのだな?」

「えぇ、そうなんですぅ。お堅い国の神官さんやのに、話の通じる方々でぇ」

「お堅い国か、2つ3つ思い浮かぶな。そなたらも憐れな事よ、その内こちらへ呼んでやろう」

 愉快そうに笑われ、神官長達は恐縮した様子で胸に手を当て礼をする。

 その手が小刻みに震えているのは、緊張からではないだろう。

「材料に関して言えば、そなたの申す通り街中にあるモノは使い切ってな」

 恐ろしい事を顔色一つ変えず言う大神官へ、鈴音は口角を上げたまま瞬きを繰り返した。

 深く考えるとボロが出るので、材料が人の命だという事は一旦忘れる事にしている。

「あらぁ、使い切ったんですか、そら街も綺麗な筈やわぁ。街をお掃除する為に、魔剣造り始めはったんですかぁ?」

「うん?まあそうだな、確かに掃除だが、街は特に関係無いぞ?」

 ニタリと笑う大神官は、どうやら鈴音に答えを当てさせたいらしい。


「うーん……お掃除やけど、街の為ではない?……自分の邪魔……いや、数が少なそう……別の何かの……違う。別の誰かの……?」

 そこまで呟いた鈴音に、目を見開いた大神官は手を叩いて大喜びした。

「ふはは!素晴らしい!どうしてわかった!?」

「あらぁ、当たりましたぁ?いやぁ、大神官様の場合はお立場からして邪魔になるもん少なそうやし、お掃除する程ではなさそうやなぁと。あっても精々ちょっとしたお片付け、くらい?そうなるとぉ、ゴッソリやりたい人が他に居てはる……。この国の制度からして……自分の立場を守りたい人が、大神官様を頼らはったんかなぁ思ただけですぅ?」

 国王がくれた情報及び選挙に関する知識あってこその推理だが、そんな事はおくびにも出さない。

 顎に手を添えながらニッコリ笑う鈴音に、大神官はご満悦だ。

「くくくく、そうだ、その通りだ、国民に選ばれる為なら奴らは手段を選ばぬ。選ばれてしまえば甘い汁が吸い放題なのだから無理もなかろう。国民が好む聖人君子で通すには、過去に弄んだ女や、罵詈雑言を浴びせ奴隷の如く扱った学友、そういったものが表に出て来ては困るそうでな。本人のみならず、家族やそれらを見聞きした者に至るまで邪魔だと言う。これは中々の数だぞ?掃除するのは簡単だが、ただ捨てるのでは勿体ない。何かに使えないか?と考えたのだ」

「それで魔剣の材料にしたんですかぁ?」

「うむ。魔剣にして売れば良いと思い付いた。だが、そなたも知っての通り魔剣など神官にしか作れぬ。そのまま売っては色々と不都合だ」

「そうですよねぇ、バレたらお堅い方々が大騒ぎするでしょうねぇ。……あ!せやから……」

 まるで今それに気付いた、という表情で鈴音が見やると、大神官はしたり顔で頷く。

「そうだ、聖剣という事にしたのだ。しかしそもそも聖剣は売り物ではないし、神官以外に授ける事などまず無い。一度ならともかく、何度も授けていては疑問を持たれてしまう。頭の固い連中に知られる事無く、神官以外に売りつけた上、魔剣だと判らぬ形で人知れず消え去って貰うにはどうしたら良いか」

 金の延べ板を撫でながら楽しげに微笑む大神官は、またしても視線で鈴音を促す。


「えぇーと、私が噂を聞いたんが魔の山の麓やからぁ……。魔の山で戦う事を条件にして、あなただけに聖剣が手に入る機会を与えましょう、他言無用ですよ、みたいな言い方して売ったとかぁ?」

「おお、ほぼその通りだ、よく思い付いたな。思考が似ておるのか?そなた私の娘ではあるまいな?ふはは、冗談だ」

「いややわぁもう、あれ?そうやったかなぁ?思てまいましたやんかぁ」

 つまらない冗談にも愛想良く笑う鈴音に、益々上機嫌の大神官。

「はっはっは、すまんすまん。それで、重要なのはな、頭の悪そうな者に話を持ち掛けるという事よ。『多くの神官達は隠しているが、山にいるのは魔獣なのだ。その魔獣が増えて襲って来そうだ、大神官様は聖剣を作って討伐したいと仰るが金も人手も足りぬ、そなたは随分と強そうだ、どうか手伝ってくれ』……こういった話を信じて貰わねばならぬのでな」

 延べ板を軽く叩きつつ大神官は笑い、鈴音もニコニコと笑顔を保つ。

 シェーモの言っていた事と大体一致するな、と思いながら。

「けどぉ、どっちみち消えて貰うなら、態々(わざわざ)危ない橋渡って魔剣にせんでもぉ、普通の剣を聖剣や言うて売り付けたら良かったのに、て思てまいますけどぉ」

「勿論、魔剣である必要があったのだ。もしも山に居るという獣が手に入れば、とてつもない金を生む。山に居るのは神獣だからな、普通の剣や聖剣では歯が立たぬのだ」

 さらりと言う大神官へ、目を見開いて鈴音は驚く。

 無表情を貫いていた神官長達も、これには同じく驚いた。

 神獣だと知った上での所業か、と。

「えぇ?魔獣やのうて、伝説の通り神獣やったんですかぁ?」

「そう、神獣だ。伝説通りの御使いが守っていたと、命からがら逃げ戻った者が証言した。まあ、そんな話を広められては困るので魔剣の材料になって貰ったがな?そやつの申す通り山の獣が神獣ならば、その方が価値は高いので好都合だ。しかし神獣のままでは誰も手を出さぬだろう。よって魔獣という事にした。『大神殿の神官が言っていたぞ』『大神殿の神官から聞いたのだ』と噂を流してな」

「時には本物の神官さんが、それを匂わせてみたりもして?十年前ぐらいですよねぇ、その噂流し始めたん」

 頬に手を当て小首を傾げる鈴音に、悪い笑みの大神官が頷いた。

「くくく、もうそんなになるか。奴も長いな。ほれ、今の元首、あれが最初に泣きついて来た悪党だ。奴と共に作った噂よ。まったく、一つ片付けてはまた邪魔者が出て次もまた、と実に敵の多い男でな。それが清潔な人物として人気だというから笑わせる。しかし順調なのは奴ばかりで、私には十年も経って神獣の一匹も手に入らん。寂しい限りよ。魔剣まで持たせてやったのに、どいつもこいつも滅多に山の上から戻らぬのだ。もしも獣が手に入ったら、と期待して中腹で待つ部下達も、手ぶらで逃げ帰って来る者の始末だけでは飽きてしまってなぁ」


 つまり魔剣使い達は、怪しい神官の話に乗った時点でどのみち殺される運命だったという事か、と理解した鈴音は笑顔を保つのに苦労する。

 虹男に挑んで散る、逃げ帰っても中腹で殺される、首尾よく獣を持ち帰っても獲物だけ奪われてやはり中腹で殺される。

 鈴音の作り話のように、聖剣を賜ったのだ、等と酒場の女あたりに囁いていたとしても、山に入ったきり戻らなければ『やはり法螺話だったか』で片付けられてしまう。

 では、あのシェーモと部下達は何故無事に下山出来たのか。


「部下の方々も大変ですねぇ。そういえば大神官様ぁ?この間までおった王国で、妙な噂を耳にしたんですけどぉ。なんや、王国の騎士が聖剣で魔人を倒したとか何とかぁ。その呪いで雨が降らんやの家畜が消えたやの……部下の方々、お仕事失敗しはったんですかぁ?」

 心配そうな顔でしれっと嘘をつき首を傾げる鈴音に、眉間に皺を寄せた大神官が大きく頷く。

「あれはな、仕方無いのだ。どこから漏れたやら、魔剣を持たせた阿呆を追って、王国の精鋭部隊が山に入ってな。私の部下達も勿論負けてはおらぬが、もし討ち洩らしが出たらかなり面倒な事になる。背に腹は代えられん。聖剣という名の魔剣に関しては、知らぬ存ぜぬを貫くしかあるまい、そう覚悟したのだ」

「あらぁー、精鋭部隊。そら喧嘩なったらどっちもどえらい被害出ますねぇ」


 それこそ、本来なら大神官の部下達が居る山の中腹で、騎士団精鋭部隊が神殺し後のシェーモ達を捕らえたのだろう。

 魔剣は虹男に触れて只の剣に戻っているので、これといった苦労は無かった筈だ。

 そのまま速やかに国へ連行したから、王国の騎士が魔人を倒した、だの、神の御使いを殺した、だのといった噂話がどこにも流れなかったのかもしれない。

 成る程、と頷く鈴音の耳に、今しがたの表情からは想像出来ない程、とても愉快そうな大神官の声が届く。


「まあ、そんな覚悟も今や不要となったがな」

「……え?」

「この国が王国に戦を仕掛けたのだ」

 鈴音の背後で神官長達が大きく息を呑んだのが分かる。

「それは、何ででしょう?」

 笑顔を忘れて驚く鈴音だが、話の内容が内容なので不審には思われていないようだ。

「神の御使いが殺された。犯人は王国の騎士だ。それをたまたま山に居た数名の者が目撃し、大神殿には申し出ていたのだな。しかし待てど暮せど王国側から報告が無い。これはどういう事かと書簡で問うても梨の礫。つまりは、かの国の国王が御使い殺しを命じたのだろうという結論に至る。神敵を討伐せんと、今ここに英雄が立ち上がったのだ」

 芝居がかった台詞回しで悦に入る大神官と、流石に引きつった笑みになってしまう鈴音。


 王国を陥れるこの話にも、嘘の中に真実が混じっているから厄介だ。

 目撃者云々は大神官の部下達で間違い無い。

 書簡についても事実だろう。この国の代表から、見た者がいるぞどうするんだ、と脅しに近い文書が送られたのではないか。

 それに対し国王が返信したかどうかはこの際問題ではない。内容証明郵便があるわけではないだろうから、水掛け論になるだけだ。

 問題なのは、梨の礫だと王国を非難する側に、大神殿がついている事。

 現状、大神官が腐っているという事は、同じく腐っている者達しか知らない。

 大神官が意見を纏め、大神殿があの王国は神の敵だ、と発表すれば世界中の人々が信じてしまうだろう。

 噂は嘘で、やはり魔の山ではなく神の山だったのか、殺されたのは魔人ではなく神の御使い、だから世界がおかしくなったのだな、そう思われてしまう。

 鈴音としては、特に一つの国に肩入れするつもりはなかった。王国にだって後ろ暗い事の一つや二つあるだろうし。

 しかし目の前の大神官の腐りっぷりと、民主主義の悪い部分だけを凝縮したような元首の話を聞かされてしまっては、真面目が服を着て歩いているような神官長達が居る国を助けたくなるのが人情というものではなかろうか。


「うーん、無理がありません?その設定。御使いを殺しても、王国に何の徳も無いように思いますけどぉ。それに、この国が王国を滅ぼしても、御使いは戻りませんよねぇ?この国にも徳は無いかとぉ」

「ふはは、王国側の考えなどどうでも良いのだ。国王の頭がおかしかったのだな、と誰もが思うであろうよ。とにかく、御使い殺しを討ち取った英雄として、この国の元首に神の祝福の証、神剣を授ける事が私への依頼だ。それに、御使いは所詮使いであろう?代わりがその内遣わされるのではないか?」

 ははは、と声も高く笑う大神官。

 どうしてくれよう、と半眼になった鈴音の背後で、神官が動く気配がした。


『え?神官長様やのうて神官さん!?』


 耳で音を聞き分けていた鈴音がギョッとして振り向くと、壁際に立つ従者から聖剣を奪い返した神官が、目に涙をためて大神官を睨んでいる。

 大神官の左右に立つ護衛達が音も無く剣を構えた。

「おうおう、どうしたというのだ?」

 小馬鹿にした笑みを浮かべる大神官に、鈴音は溜息と共に答える。

「戦を仕掛けられた王国の出身ですからねぇ」

「なんと!憐れな。急ぎ戻れば城の陥落くらいには間に合うのではないか?ついでに剣を回収してきてくれれば、魔剣の完成だ」

 ニタニタと笑う大神官の言葉に思わず鈴音は納得してしまった。

「ああ、大した時間掛からんと魔剣出来るてそういう意味か。そうや、戦争で出来てしもた事あるて言うてはったわ」

 急にハキハキと喋り始めた鈴音を、大神官が怪訝な顔で見やる。

「そなた……」

 言いかけた大神官の声を、聖剣の柄に手を掛け今にも抜きそうな神官の声が掻き消した。

「神よ!あのお方の邪魔をしないという誓いを破った罪を認めます!けれどどうか、一時のご容赦を!私は、許せない……!!」

 聖剣を奪われた従者が、そろりそろりと動いて扉から走り出て行く。

 増援が来るのも時間の問題だ。

「人を人とも思わず命を玩び、自らの欲だけを満たし、その汚れた心で神の御力に触れ、御使い様を侮辱したその男を!!そして、おぞましい程の汚さにも気付かず人々の痛みも苦しみも知らず、その男を盲信していた私自身も!!」

 魂から絞り出しているようなその叫びも、大神官には何一つ届いていないと、薄ら笑いのその顔が証明している。

「あれほどお優しい神を失望させた罪、そして誓いを破った罪、その男を討ち滅ぼして後、この命を以って償います」

 その目から一粒の涙を零し、神官はスラリと聖剣を抜いた。

 神官長は何も言わず、真っ直ぐに大神官を見、次いで護衛達を見て、おもむろに格闘の構えを取る。

 ぐい、と涙を拭った神官が力を込めると、聖剣は淡い光を帯びた。

「なに!?聖剣か!!」

 笑っていた大神官と護衛達に初めて動揺が走る。

 だがここで、鈴音も予想していなかった事態が起きた。


 この世界の空間が大きく大きく歪む気配。

 それに続いて現れる、圧倒的な神力。


「嘘ぉん」

 間の抜けた声を出したのは鈴音だ。

「あれー?どうしたんだろう?」

 呑気な声を出したのは虹男。

「おう、ごっついな?化けてコレか?」

 物陰から現れてヒョイと鈴音の膝に乗った虎吉が耳を動かす。

 その他の者達は、恐ろしいまでの神力に只々圧倒されて声も無い。


 すると、なんの前触れも無く、皆の頭上を光が通り過ぎる。


 直後、天井が綺麗さっぱり無くなり、そこへ真っ暗な空が広がった。

 ぽっかり空いた元天井に、ぬう、と巨大な何かが顔を出す。

 城一つ丸呑み出来そうな口を持つその顔は白く、爬虫類を思わせる。靡くパールブルーのたてがみが美しい。

 白い羽毛に覆われた胴は何処まで続くのか判らぬ程に長い。ひょっとしたら星一つ締め上げられるかもしれない。

「竜……っぽい何か。恐竜系?蛇みたいに長いけど、虎ちゃん大丈夫?」

「流石にあれに喧嘩売ろうとは思わへん」

 スナギツネ顔の虎吉共々、鈴音は暗黒の空に青白く浮かぶ竜を見上げた。


 女神サファイア、降臨である。

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