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第三十二話 神を殺した世界

 ひとしきり暴れた女神が漸く落ち着き、散らかった部屋と散らかった虹男を修復している。

 部屋の半分が吹っ飛んでいるので、女神は残った半分にあるソファを鈴音達に勧めた。


 大人しく腰を下ろした鈴音は、相変わらず遠い目をしている。

「えらい目にうたね……」

「せやな。喧しかったな」

 猫の耳にしか聞こえない吐息だけでの内緒話に、膝の上に座る虎吉も遠い目だ。

 虎吉は肉食獣なので、バラバラ死体もどきは怖くない。ただひたすら女神の剣幕に驚いていたのである。

 鈴音は、大声にげんなりした虎吉を気遣うように、優しく頭を撫でた。

「あんな美女が虹男と釣り合うんか、て最初思たけど、お似合いやわ」

「そうか」

「うん。見た目は大人中身は子供な夫と、見た目は女神中身は鬼女な妻やで?くっついといて貰わな周りが困ると思う」

 随分な言い草だが、受けた衝撃の大きさからすれば仕方の無い事だろう。

「それにしても、きっと嫌味チクチクかますタイプや思てたら、まさかの殴り飛ばすタイプやねんもんなぁ。あービックリした」

 大きく息を吐き、虎吉の顎を撫でる。

「まあ、あれ以上の衝撃はまず無いやろし、後は楽かな」

「おう。早よオモロイもん無いか見して貰お」

 そんな内緒の会話をしている内に、部屋は元通りになっていた。


「ごめんなさい、お待たせして」

 申し訳なさそうな女神が、ティーセットを手に戻って来た。

 とんでもないものを見せた事ではなく、待たせた事を気にするあたりが流石だな、と鈴音は心の中でスナギツネになっておく。

 実際の表情はニッコリ笑顔だ。

「いえいえ、お気になさらず。……あれ、虹男は?」

「……虹男?」

 キョトンとする女神に、自分達が名前を発音出来ず、あだ名を付けた旨を報告する。

「まあ。うふふ、いいわね虹男。彼は今、ちゃんとした服に着替えてるの。ねえ、彼にだけ素敵なあだ名があるなんてズルい。私にも付けて?」

「あー、確かに女神様の名前も発音出来ませんね、虹男……様に聞きましたけど。うーん、女神様のイメージ……」


 半眼になって唸った鈴音は、シオン同様花の名前にしようと記憶を手繰るのだが、浮かんで来るのは食虫植物やイバラ等の姿ばかりだ。

 花に拘るのをやめよう、と目を閉じれば、大蛇や般若が大暴れしながら瞼の裏を通り過ぎて行く。

『いや正直が仕事し過ぎや、方便どこ行ってんサボりか。アカンアカン』


「んー、あれですか、女神様は青がお好きですか?」

 髪の色とカーテンを見て尋ねると、女神は笑顔で頷いた。

「ほなもうあれや、サファイア。どうでしょう」

「あら、綺麗な響き。何か意味があるの?」

「私の住む世界では、青い宝石の代表格です。四大宝石いう、特に貴重で人気のある宝石の中のひとつですね」

 その説明で女神の目はキラキラと輝く。

「素敵!サファイア、今日からそう呼んでね!うふふ、いいあだ名をありがとう」

 ご機嫌な女神サファイアがお茶を淹れ、焼き菓子等を並べていると、着替えを終えた虹男がやって来た。


「なんか嬉しそうだね?」

 白の三つ揃いに身を包んだ虹男は、妻の機嫌がすこぶる良い事を喜んでいる。

 自然と隣へ腰を下ろす様子を見れば、先程その妻に木っ端微塵にされていた等とは到底信じられない。

「鈴音に素敵なあだ名を付けて貰ったの」

「え!?」

 笑顔と共に放たれた言葉にギョッとした虹男は、妻と鈴音の間に視線を走らせ、おもむろに首を傾げた。

「あれ?なんで機嫌がいいんだろう?」

「なんでって、付けてくれたのはサファイアなんて綺麗な響きで、しかも彼女の世界では貴重な宝石の名前よ?喜ばない方がおかしいわよ」

「へぇ、サファイア、へぇ」

 当然だという顔をする妻に頷いてから、虹男は鈴音に眼力で訴える。


『なんでだよう!!カッコいい名前ズルい!!』

 対する鈴音も負けてはいない。

『ん?ほな適当に付けて怒らした方が良かった?』

 互いに何となく伝わったようで、『それは困る』と虹男は小さく首を振り、『せやろ?』と鈴音はゆっくり頷いた。


「いいね、サファイアね。宝石とかキミにピッタリだ」

「うふふ、嬉しい。アナタのあだ名も可愛くて素敵よね、虹男」

 サファイアの言葉に虹男は笑顔のまま固まる。

「そ、そうかなあ?」

「ええ、可愛い。とっても似合ってるわ虹男」

「そ……っかぁー……あはは、今更だけどありがとね、鈴音」

 とても良い笑顔のサファイアと切ない笑顔の虹男。

 ニッコリ笑い返した鈴音に、虎吉がコソコソと囁く。

「あいつ、初めてちゃうか?鈴音の名前呼んだん」

「そう?どうせあれやろ、変なあだ名付け返して呼んだろ、とか思とったけど思いつかんかってんて。モタモタしとる間に愛しの妻があだ名気に入ってもうて、仕返し失敗」

「うわ、どんくさッ」

「ま、虹男らしいっちゃ虹男らしいやんね」

 内緒話を終えた鈴音は、本題に入る事にした。


「ところでサファイア様、ご夫妻で創りはった世界は、今どないなってますか?」

 鈴音の問い掛けで、何をしに戻って来たのか虹男も思い出したようだ。

「そうだった!神殺しって凄い事らしいんだよ!何か色々起きて、動物達が危ないかもって!」

 拙い説明に『子供かッ』のツッコミを堪えるのが大変な鈴音は、頑張って笑顔を作っておく。

「ああ、動物達なら大丈夫よ。おかしな事になる前に、アナタが創った新しい世界へ移しておいたから。先に居た子達も元気だったわ」

 さすがは妻、サファイアには虹男の説明で通じるらしい。

「おおー!!ありがとう!!完璧!!」

 大喜びの虹男と、拍手を送る鈴音にサファイアは笑う。

「当たり前じゃない、夫が可愛がってる動物達だもの。あんな世界に放ってはおけないわ」

 そこですかさず鈴音は右手を軽く挙げた。

「あ、サファイア様すみません、世界はどのぐらい不味い事になってるんでしょうか」

 小首を傾げるサファイアに、鈴音は続ける。

「実は、こちらの世界へ入らせてもうて、何か面白い物を探されへんやろか、いう話がありまして」

「そう、そうそうそう!鈴音と仲が良い大きい猫に面白いお土産渡さないと、返して貰えないんだ、僕の一部」

 割り込んで来た虹男に、鈴音は憐れみの視線を送る。

 迷惑を掛けた詫びの品を探す、とでも濁しておかねば、危ないのは虹男なのに、と。

「え?返して貰えないってどういう事?」

 案の定サファイアが若干の不信感を滲ませるので、経緯を話さねばならない。

「大きい猫というのは、私のあるじの猫神様の事です。猫神様は意地悪で彼の一部を返さないと言っているわけでは無く……」


 虹男が鈴音達の前に現れて、白猫に殴られるまでを、しっかりと説明した。


「……そうだったの……女性の部屋に無断で……。ごめんなさいね、鈴音の大切な神様に」

 辛そうな表情で謝ってから、ゆっくりと夫へ向き直る妻。

 己の失敗に気付き青褪める夫。

「……後で、ゆっくりとお話しましょう?」

「す、鈴音と虎吉が居たらダメなの?」

「ええ、私達の問題ですもの」

「あー……そっかー……」

 遠い目になる虹男を、成仏しろよとこっそり拝んでおいた鈴音は、話を元へ戻す。

「それで、どうでしょう?私と虎ちゃんと、まだ不完全な虹男サマが探索に入ったり出来ますか?」

 鈴音に向き直ったサファイアは、何とも言い難そうな様子だ。

「最近は新しい世界に移した動物達のお世話ばかりで、元の世界の方は見てないのよ。よかったら今、一緒に確認しない?鈴音の目で見た方が確実でしょう?」

「それは助かります。神様の、しかも創造神様の感覚と私の感覚やと、かなり違いそうですもんね」

 笑顔で頷き合う女達を横目に、虹男は遠い目のままお茶を啜った。


「それじゃあ出すわね」

 そう言ったサファイアが空中に円を描くように手を動かすと、直径1メートル程の惑星が目の前にフワリと現れる。

「私の可愛い虹男が殺されたのは、どこだったかしら」

 物騒な事を呟きながら惑星を回転させ、とある大陸で止めると、その大陸を拡大表示していく。

 白い山々や薄っすら緑の残る茶色い大地に続き、道や建物などの人工物も見え始めた。

「ここの山に神獣達を放していたのよ」

 一際高い山を指したサファイアに頷きながら、鈴音は半笑いだ。

「珍しい動物達て、神獣の事やったんですね。それを狩りに来るとか、どないなってるん。ここの大陸?国?の人は、神獣やいう事は知らんかったんですか?」

「最初は知らなかったかもしれないわね。でも、神剣や聖剣で危害を加えられない時点で、気付くわよね?」

 それは勿論、虹男に対してもという意味だろう。

「まあそうですよね。私も、私の光が何ともない相手は、神様系かなて思いますもん」

「でしょう?つまり、それでも攻撃を止めないという事は、神を敵に回しても構わないという意思表示よね?」

 冷たい目をするサファイアに、鈴音は言葉を選ぶ。

「私の居る世界やと、神様の存在を信じてへんだけ、いうパターンもあるんですけど、こちらではそれは無いんですね?」

「人が神の存在を信じていない事があるの?か、変わっているわね……私達の世界でそれは無いわ。私が神殿に与えた力で、人々の傷や病を癒したりしていたから」

「そら信じますね。ほなやっぱり神様の何かやと解ってて狩ろうとしたんかぁ……」

 納得した鈴音は更に世界のあちこちを見せて貰い、地震や火山噴火や洪水のような災害が発生しているわけではないと確認した。


「行って大丈夫そうか?」

 見上げて来る虎吉にデレながら、首を傾げる。

「直接的な危険は無さそうやねんけど、どうも水が少ないいうか、干上がっとるように見えるねん。なんやろ、んー、ジワジワ首締められよる感じ?飢饉が起きとるかもしらんから、食べ物系で良さそうな物は無いわきっと」

「そうか。ほな遊べるもんやな」

「この世界のお金無いから、自然にある何かしか無理やけど、猫じゃらしに出来そうな草とか木ぃとか、見た感じ枯れとるねんなー」

 口を尖らせる鈴音に、虹男がとある山を指差した。

「この山の途中に、丸い石があるよ?僕の一部の玉と似てるし、取り替えて貰えないかな?」

「あ、それええかも。転がる物はお好きや思うし。頑丈なら更にええねんけど」

「せやな。普通の石は猫神さんがしばいたら即、粉々や」

「頑丈だと思うよ?動物達が噛み付いたり蹴っ飛ばしても壊れなかったし……」

 そう言いながら、石を見せる為に虹男が山を拡大すると、険しい道に列を作って進む人々の姿が映し出される。

 兜に胸当て、手には槍、腰には剣。揃いの装備である事から、軍隊で間違い無いだろう。

「え、また軍隊?これは……足軽かな?」

 足軽こと軽装歩兵の列を辿って行くと、鎧兜に長剣というフル装備ながら、軽やかな足取りの者がちらほら見て取れた。

 皆、鎧の胸に剣をモチーフにした紋章が刻まれている。

「んー?……あー!!この模様、僕を殺した人の鎧にも付いてたよ?仲間かなぁ」

 虹男の声で全員が紋章を見た。

 サファイアからは怒りの神力が漏れ出ている。

「いちいち人の営みを細かく見ないから、何の印なのか判らないわね」

「たぶん、所属してる国とか家とかを表してるんや思いますけど、どっかの建物に同じ模様の旗とか出てませんか?」

 鈴音の指摘で列の前後にある街を拡大した結果、後方にある街の城に同じ紋章の旗が掲げられていた。


 旗が翻る城は断崖を背に建ち、その前に街が広がっている。城も街も皆しっかりとした石造りだ。

「大っきいなお城も街も。これひょっとして、ひとつの国なんかな?ほな、列の先にあった旗の無い街は別の国?まさか戦争してるか、しようとしてるか?」

 鈴音は口元へ手をやり唸っているが、サファイアは戦争かどうか等どうでもいいようだ。

「この中に私の夫を殺めた者がいる……?」

 眉間に皺が寄り、表情が険しくなりつつある。

 不味いと思ったのか、虹男がサッと手を挙げた。

「危なく無さそうだし、見に行くのが早いと思う!」

「あー、その方が早そう。ちなみにサファイア様はこの世界、積極的に滅ぼそうとしてはります?それとも、神殺しで起きる災厄で勝手に滅びろ、て感じですか?」

 この凶暴な女神が積極的なら既に滅びているだろうから、答えはひとつなのだが鈴音は敢えて尋ねた。

「怒りに任せて私の力を全て引き上げた後は、放置してるの。彼の力も私の力も失った世界で、自分達が何をしたのか思い知ればいいと思って」

「そうですか……それならワンチャン有りかな?」

 呟きが聞こえず首を傾げるサファイアに、鈴音は首を振って微笑んだ。

「まずは行ってみて、お土産の石の採取と、神殺し本人がるか確認して来ます」

「うんうん、行こう行こう!」

 急いで虹男は立ち上がり、虎吉は膝の上でグググと伸びをしてやる気を見せる。

「わかったわ。それじゃ、向こうへ繋ぐわね」

 頷いたサファイアがヒラリと手を振ると、トンネルのような半円形の通路が開き、向こう側の景色が見えた。

「危険は無いと思うけれど、もしもの時は呼び掛けてね。ちゃんと見ているつもりで、うっかり見逃す事もあるかもしれないもの」

「はい、ありがとうございます。行ってきます」

 お辞儀した鈴音は、虎吉を抱き上げ通路を潜る。

「行ってきまーす」

 笑顔で手を振った虹男も続き、手を振り返してサファイアは静かに通路を閉じた。

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