表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/629

第三十話 テオスvs凶暴神使

 この場所からは特に何の気配も感じないが、皆で用心しつつ次の階への段を上る。

 すると、フロアへの出口が塞がっているのが見えて来た。

「あれ、なにこれ。壁が伸びたん?壊して平気やろか」

 鈴音は塞がれた出口の前に立ち、右手をグーパーと動かす。

 それを見た虹男が軽く手を挙げた。

「いきなりモンスターが居てうっかり僕の一部ごと消されたらヤダから、ちょっと見てくるよ」

 両手の平を見せ、待ってて、のジェスチャーをしてから虹男が空間を歪ませて中へ消えて行く。


「大丈夫かな?」

「まあ死ぬ事は無いから大丈夫やろ」

 腕の中から虎吉に見上げられ、鈴音の目尻が下がった。激怒モードの光がユラリと揺らぐ。

「あ、待て待て維持しとき。その方が安全やから」

「そっか、虎ちゃんが元に戻そうとせえへんのは、この状態の方が強いからかぁ」

「おう。前みたいに我を忘れとる状態やとマズイけども、今ぐらいやったらこういう世界ではええ感じやな」

 そんな会話をしていると、目の前の空間がぐにゃりと歪んで虹男が戻って来た。

「ただいまー。モンスターはまだ奥だったよ。相変わらずウネウネしてた」

「ありがとう。ウネウネいうんが謎やけど、まだ先なんやったら遠慮はいらんね。おりゃ」

 虹男へ頷いてから、出口を塞ぐ壁に指先でそっと触れる。

 鈴音の指が触れた瞬間、壁は破城槌でも食らったかのように砕けた。

 先に入った虹男に続きフロアへ足を踏み入れると、床や壁が波打っているような、何とも不快な感覚に襲われる。

「これ、神力使ってこの空間を弄っとるんかな?」

「せやろな。うすーい神力感じるわ。これであの壁も拵えとったんやろ」

「機械も神力使えるんやね。シュールやなー」

 呆れたように笑ってから、先導してくれる虹男について行く。


 少し歩いた先、階段から然程離れていない地点で壁に阻まれた。扉が付いて居たので、神力で作られた物では無いと分かる。

「ここ?」

「うん。広い部屋全部、あのモンスターの為のものみたいだよ?」

「わかった。ほな行こか」

 本来は厳重なセキュリティチェックが行われる筈の扉を、またも力技で襖のように開けた。

「うわホンマやウネウネしとる」


 広大な部屋の中央に陣取っていたのは、床や天井を這う無数のケーブルを毛糸玉のように巻き付け、先の部分をウネウネと動かしている謎の巨大物体。

 どうやらこの物体がテオスらしい。


「この世界のスーパーコンピューターて、こんなんなん?そんなわけないか。なんやろ、顔が見えへんメデューサみたいやな」

 鈴音の呟きに虎吉と虹男が首を傾げる。

「メデューサてなんや?」

「生き物?」

「髪の毛が全部蛇で出来てる怖い神様。神様?怪物?わからんけど、何かの神話に出てくるねん。ギリシャ神話やったかなあ。うた事ないけど、あんな感じでウネウネしとるイメージ」

 自身の髪を持ち上げて揺らす鈴音に、虎吉と虹男は微妙な顔だ。

「蛇はアカンで蛇は」

「髪が蛇とかやだなあ。くっつこうとしたら噛まれそう」

 虹男は妻の姿で想像したのか、自らを抱き締めて震えた。

「地球の神話やけど、虎ちゃんは会うた事ないのん?」

「ないない。蛇は天敵やで?向こうかて嫌やろ」

「そうやった、会うた瞬間大喧嘩なりそやね」

 呑気な会話を繰り広げる鈴音達へ、直径2センチ程のケーブルが数本襲い掛かって来る。挨拶代わりといった所か。

 鈴音が適当に右手を振れば消えてしまう脆い物だが、太さといい動きといい、今まさに話していたものを連想させる。


「虎ちゃん?アカンで?」

 左腕で抱えている虎吉に声を掛けると、瞳孔全開ヒゲ全開の顔で頷かれた。空返事丸出しである。

 案の定、次いで襲い来たケーブルに、虎吉は嬉々として飛び掛かって行った。

「わ!!大丈……夫なんだね、強いしなんか可愛いし」

 心配しかけた虹男も、紐にじゃれる猫状態の虎吉に目尻を下げる。

「うん、前は蛇相手に神力全開で喧嘩売りに行ったから、今回も危ないか思たけど、問題無かったわ。遊んどるだけやねあれは。くっ。くぁわぅいぃぃ……!」

 激怒モードを保っておけと助言されているので、デレてはいけないと我慢するのだが、何せ虎吉の動きがいちいち可愛い。

 後足で立ち上がってケーブルを両前足で掴もうとしてみたり、高速の連撃を繰り出してみたり、フリフリと尻を振ってから飛び上がってみたり。

 鈴音に耐えろと言う方が無理である。

「ひー、アカーーーン!!可愛過ぎる!!さっさとテオス片付けんと!!あのグルグル巻き付いてるやつの真ん中にあるん?」

 確認する鈴音に虹男は大きく頷く。

「うん、あの中から感じるよ」

「解った。ほな引っこ抜いてくるわ」


 床を蹴って一気に近付くと、巻き付いていた大量のケーブルが解け、鞭のようにしなって様々な角度から鈴音を狙う。

 それにより隙間から見えたテオス本体は、1メートル四方のメタリックな箱だった。

 特に虹色玉が落ちた穴等が見当たらないのは、神力を使って修復したからかもしれない。

 何にせよあれに辿り着けば良いのだな、と頷いた鈴音が両手でケーブルを薙払っていると、不意に室温が下がった。

「え、なに?」

 ケーブルをあしらいながら視線を走らせ、原因は足元だと気付く。

 スニーカーの底を通して、足に冷気が伝わって来ていた。次いで空調が作動したのか、冷風も吹き付けて来る。

「さっっっむ!!アカンアカンアカン!!」

 遊んでいた虎吉が慌てて走って来て、鈴音の腕に飛び込んだ。

 庇うように虎吉を抱き締めながら、ボロ布一枚の虹男は大丈夫かと振り向けば、浮遊したままこちらを心配そうに見ている。特に問題は無いようだ。

「熱を処理する設備を弄って悪用したんかな。こんくらいならまだ平気やけど」

 長時間このままでは不味いだろうが、短時間で凍えて死ぬ程では無い。

 左腕に虎吉を抱えたので、右手のみでケーブルを捌き更に本体へと近寄る。

 すると今度は警報が鳴り響き、天井からガスが噴き出して来た。

「火災ヲ検知シマシタ。消火作業ヲ開始シマス。直チニ退避シテ下サイ」

「いや警告遅ッ!!」

 この手の部屋に使われる消火剤といえば、酸素濃度を極端に下げる物と相場は決まっている。

 異世界でもたいした違いはないだろうと踏んだ鈴音は、ケーブルをやり過ごしながら部屋の端へ移動し、外に面した壁と向き合う。

 緊急事態につき確実に破壊出来るよう、指で突くのではなく拳を軽くぶつけた。


 ドン、とフロアごと揺らすような衝撃と共に、分厚い壁がほぼ無くなる。窒息の危機を脱すると共に、大変見晴らしの良い部屋となった。

「あれ?思たより弱かったな?」

 拳の威力に首を傾げる鈴音を見上げ、虎吉が残念そうな顔をする。

「光が5に戻ってもうとる。10を維持せえ言うたのにー。まあこの程度なら別に危ない事も無いやろけども」

「え!?ホンマ!?あー、やっぱさっきのやなー、可愛過ぎたわあれは」

 にゃいにゃい、と右手を猫パンチのように動かして見せる鈴音に、キョトンとした虎吉は直ぐに理解して目を閉じた。

「俺か。スマンな。また本能が抑え切れんかったんや」

「いひひー、可愛かったからオッケー。もし危ななったら猫神様んとこへ一旦いったん帰ったらええだけやし」

 デレデレと笑いながらケーブルを粉砕した鈴音は、改めてテオスへと向き直る。

 ここまでの間を使い、テオスはケーブルを周囲から補充して、本体を守るように巻き付くものと、空中で波打つ攻撃用のものとに分けていた。


「やる気満々やん。今までの感じから勝ち目あるか、とか計算せぇへんのかなぁ」

 魂の光を第1段階まで下げた鈴音は、うねるケーブルを叩き落とし足を踏み出した。

 まるでその一歩に戦いたかのように、本体へ巻き付いたケーブルがザワザワと蠢く。

「いや気色悪ッ!!生理的に無理や!!早よぶっ飛ばそ」

 鈴音のその言葉を認識したのか、テオスは攻撃用のケーブルを空中でグニャグニャと動かし、何やら文字のような物を作り始めた。

 しかし、鈴音にこの世界の文字は読めない。

「会話はいけるけど、字は読まれへんねんなぁ」

「この世界の神さんが招いてくれたんやったら読めるやろけど、通路開けてくれたんはその友達の神さんやからな。会話出来るだけでもありがたい事やで」

「女神様に感謝。けど、文字読めるパターンもあるんやね。それは面白そう」

 謎の文字を無視して会話する鈴音と虎吉の死角で、太めのケーブルが空中をゆっくりと進む。

 どうやら謎の文字は、このケーブルから目を逸らす為の陽動だったらしい。

 首尾よく間合いに入ると、一気に加速して鈴音に巻き付いた。

 この機会を逃してたまるかとばかり、鈴音の身体を虎吉ごときつく締め上げる。


 憐れなテオスは知らなかった。

 鈴音を驚かせるという行為がどれ程危険な事なのか。

 鈴音の前で猫という小さな獣に危害を加えると、何が起きるのか。


 それを思い知らせるかの如く、強烈な神力でタワー全体を振動させながら、鈴音の魂が再び爆発的に輝いた。


 巻き付いていたケーブルは霧のように消えて無くなり、自由になった手で鈴音は虎吉を撫でる。

「大丈夫?虎ちゃん。一応庇えたとは思うけど、苦しなかった?」

「おう、ビックリしただけや。風の音が喧しいから、蛇モドキの音が聞こえへんかったなあ」

 空調の音と外壁が無くなった事による風とで、ケーブルが空を切る音へ注意が向かなかったと虎吉は笑う。

 一緒にニッコリ笑ってから、スッと笑みを消した鈴音はテオスを見た。


 人で言うところの恐慌状態に陥ったのか、テオスはケーブルを滅茶苦茶に動かし、天井や床に突き刺すと部屋を変形させ始める。

 ぐらぐらと床が揺れるが、鈴音の表情は変わらない。


 接近を拒むように太いケーブルを振り回すテオスが妙な機械音を立てると、応えるような金属音が複数、外から聞こえて来た。

「ごめん虹男、ちょっと下見てくれへん?」

「いいよー」

 鈴音の頼みに頷いた虹男が滑るように飛行し、壁があった場所から外へ出て下を確認する。

「わあ、巨人が塔を登ろうとしてるよ?壊れないかなこの塔」

 殲滅用ロボットがタワーに取り付いているらしい。


「無茶させるなぁ。そもそも、コレは何がしたいんやろ?虹男の神力手に入れたら、人に従うんが嫌になったん?自分より頭悪いから?」

 右手で次々とケーブルに触れ、消滅させながらテオスへ近付いて行く。

「いやまあ、何でもええねんけど。どっちみち、消えてもらうし」

 ぐらつく床が流石に鬱陶しくなったのか、鈴音が神力を多めに解放した。

 途端に部屋はピタリと動きを止める。

「自分の事、神様みたいに賢い思てるみたいやけど、アンタ阿呆やで」

 腕を薙ぎ、暴れ回るケーブルを纏めて霧散させると、鈴音はテオス本体の前に立った。

「藪をつついて蛇を出す、いうことわざこっちには無い?いらん事したせいでえらいひどい目に遭う、て意味な。アンタがしたんは正にそれやで。ご自慢の計算でそんくらい予測出来んかったん?」


 冷たく言い放つと同時に、テオスの中心部へ真っ直ぐ腕を突き入れた。

 内部で玉を探り当てると、がっちりと掴みそのまま引っこ抜く。

 奪い返そうと動きかけたケーブルはしかし、目的を果たす事無く本体諸共霧散した。


「うーん、消化不良。思い切りぶん殴りたかった」

 虹色玉を握ったまま口を尖らせ零す鈴音に、愉快そうに笑ったのは虎吉だけで、両頬へ手をやった虹男は首を振っている。

「やっぱり凶暴……!キミが思い切りぶん殴ったら、それこそ大陸半分ぐらい無くなりそう!暴力ハンターイ!!」

「ぶふッ、なんぼなんでも大陸半分は無理や思うわ。はい、お待ちかねの玉やで」

 笑う鈴音が差し出した玉に、虹男はパッと顔を輝かせた。

「わあ、ありがとう!!やったー、何が戻って来るかなぁ」

 受け取った玉を胸元に当てると、溶けるようにその身体へ馴染んで行く。

「んー……?あ、内臓かな?どれかは謎だけど」

「へぇ……それで、奥さんに睨まれても耐えられるようになったん?」

 特に何の変化も無い虹男を見ながら、鈴音は彼の本来の目的について尋ねた。

 途端に目が泳ぎ出す虹男だが、意を決したように大きく息を吐いてから頷く。

「が、頑張るよ!せっかく無傷で取って貰ったんだし」

 両手を握って踏ん張る様子が子供のようで、鈴音は楽しげに笑う。

「そっか、ほな帰って奥さんに会いに行こか」

「う、うん、そそそうだね、いや、その前にあれだよ、お土産探さないとお土産」

 時間稼ぎなのは明らかだが、鈴音も白猫に、面白いものがあれば持って帰る、と告げていた事を思い出した。

「けど、街けっこう壊れとるで?しかもこの世界のお金持ってへんし」

「とにかく地上に戻ってみようよ」

 既に虹男は壁だった場所から空中に出ている。

「まあ行くだけ行ってみよか」

 そう頷いた鈴音も、虎吉を抱え直してからヒョイと空中へ飛び出した。


 この星の引力に任せて落下しつつ、タワー登りの途中で止まってしまった殲滅用ロボットを横目に着地する。

 ふと見れば、タワー入口から円柱型ロボットや制圧用ロボットが大挙して内部へなだれ込んでいた。

 その全てが今は、所在なげに佇んでいる。

「うわぁ、何あれ。テオスが呼び寄せとったんやろか。けど円柱型はどうやって上まで行く気やったんかな。……ま、どうでもええか」

 鈴音がロボット達を無視して歩き出すと、道の先にある店の前で虹男が手を振っていた。

「ねーねー!宝石があるよー?大きい猫が女の子なら、喜ぶんじゃない?」

「いや、猫神様は宝石に興味無い思うし、それ勝手に持ってったら泥棒になってまうからアカンわ」

 のんびり近付く鈴音の返答に、それならば、と虹男は隣の店の前へ移動する。

「こっちは?綺麗なお皿とかあるよ?」

「あー、でっかいお皿は欲しいなあ。けど、お金無いからアカンわ」

 店内を覗き込んで首を振る鈴音に、虹男はとても不思議そうな顔を向けた。

「お金ないと、持って帰ったらだめなの?僕、神様だけど」

「神様でも駄目。神様にあげますよー、て置いといてくれた物はええけど、これはちゃうから。虹男のお気に入りの動物を、あげるとも言うてへんのに奥さんなり他の神様なりが連れてってもうたら、嫌やろ?」

「それは嫌だ。そっか、じゃあやめておくよ」

 素直に頷く虹男に微笑み、鈴音は提案する。

「虹男の世界で探すんはどう?猫がらん世界の物より、猫っぽい動物が居る世界の物の方が猫神様も喜びそう」

「滅びかけてると思うけど、大丈夫かな?」

「天災が酷過ぎたら無理やけど……どんな感じか取り敢えず見てから考えよ」

「ん、わかった」

 話が纏まったところで、鈴音は虎吉を見る。

「ほな帰ろ。虎ちゃんお願いします」

「よっしゃ」

 頷いた虎吉が空を掻き、神界への通路を開く。

 虹男を先に行かせ、一度タワーを振り向いてから、鈴音も通路を潜りこの世界を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ