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第ニ十六話 変な虫や鳥や巨人の世界

 神々は、誰が虹男の妻がいる場所と繋ごうかと話し合っている。

 そんな中、ウロウロと落ち着かない男がいた。虹男だ。

「ねえ、やっぱりさあ、先に力を返して貰うのは駄目かな?」

 骸骨神にコソコソと頼む虹男を、玉をその手に収めているシオンが半眼で見た。

「聞こえてるよー。で、もし返した玉に入っている力が、神界に通路を開けられるものだったとして、キミが逃げ出さない保証は?」

「え?あー、うん、あるよ?」

 瞬きを繰り返し、視線を泳がせてから、ぎこちなく笑う虹男に、シオンは溜息を吐く。

「まあ、別に構やしないんだ、キミが逃げ出しても。もうキミの世界の場所も、奥さんの居所も判ったしね。俺と他の神々で奥さんに頼みに行くさ、哀れな動物達の救済を。けれどそうなると、キミはもう二度と元には戻れないなあ。俺は、俺の可愛い巫女に怪我させそうになった挙げ句、嘘ついて逃げるようなヤツに、何ひとつ渡してやる気は無いからねー」

 残念そうに言いながら、空いている手に自身の世界へ降って来た玉を出す。

 同様に他の神々も似たりよったりの玉を出し、遠くを見たりヤレヤレと首を振ったり。


 神様は演技力も求められるのか、と虎吉を抱えたまま白猫を撫でる鈴音が驚いていると、両手で頭を掻きむしった虹男が情けない声を上げる。

「だって、ホントーーーに怖いんだって!!もうちょい力が戻らないと、睨まれるか怒鳴られるかしただけで、死んじゃいそうなぐらい怖いんだよ!?その強いのじゃなくてもいいから、ひとつぐらい返してくれない?」

 虹男は神々を見回すが、誰も目を合わせようとはしなかった。

「まあ、大なり小なり皆さん被害は受けてはるやろし、無条件ではいどうぞ、とはならへんやろー。唯一これといった被害無いんが猫神様やったのに、アンタ無礼ぶちかまして自分でチャンス潰したもんなあ」

 鈴音の言葉に、白猫が尻尾でもこもこ地面を叩いて応える。

 すっかりお気に入りになった鈴音を連れて来てくれた虹色玉だが、その鈴音を狙い撃つのに使ったのも虹色玉だ。それ故、大変複雑な感情を呼び起こすこの物体を、本来はとっとと手放したかった。

 だが鈴音の言う通り、現在白猫にその気は無い。

「何ぞ代わりになるもん持って来ん限り、絶対返したらへん、て言うてはるで」

 虎吉の通訳に、虹男はガックリと肩を落とした。


 流石にもうおとなしく妻の元へ行くか、と思われた虹男だが、何かを思い出したようにハッと顔を上げ、虎吉を見る。

「人界に通路繋げて?」

 今度はなんだ、という皆の視線を浴びながら、虹男は胸を張った。

「別の世界に、回収されてない玉があるの、思い出したんだ!返して貰えないなら、自分で取りに行けばいい!あったまいーな僕」

「まあ別に通路開けるぐらい、俺はかまへんけども」

 虎吉が神々を見ると、皆何とも言えない顔をしながら頷いている。

「おー、ありがとう。それで、今の僕だと非力過ぎて取れなかったヤツだから、ついて来て手伝ってよ猫と仲良しの人」

「え?嫌やで?」

 あっさりと断った鈴音に、愕然とする虹男。

「なんで!?」

「いやむしろ、何でそんな驚くん!?私は動物達さえ無事ならええねん。奥さんの説得は手伝うけど、アンタが身体やら力やら取り戻す手伝いせなアカン理由なんか、ひとっっっつも無いやんか。その回収されてへん玉が、私らの世界にあるなら話は別やけど」

 呆れた様子で言い切られ、虹男は口を何度かパクパクと動かした。反論を試みて失敗したようだ。


 確かにここに居る誰にも、虹男を手伝わなければならない理由など無い。

 特に神々の場合、人界へ降りる為には変身が必要で、そんな手間を掛ける理由は更に無い。

 そうなると鈴音が適任なのだが、これまた本人の言う通り、手伝う必要性全く無し。

 憐れ八方塞がりか、と思われたその時、虹男は起死回生の一言を思いついた。

「猫が居るかも」

「え?そら何処の世界にも居る可能性はあるよ、可愛いねんから」


「そう!!私はこの可愛い生き物を何故思いつかなかったのか!」

「それだよ。同じくだよ。何でだよ俺」

「かといって、今更作り出すのも何か違う」

「然り」

「猫を思いついた神は天才。神の中の神!!」


 神々が騒ぎ出すのを無視して虹男は続ける。

「あの世界、どこ行っても変な虫や鳥や巨人が人を追っ掛け回して攻撃してたし、建物や塔がたくさん壊れてて、無事な物はあんまり無さそうだったから、けっこう危ない世界なんじゃないかな、って、思……う」

 鈴音のやる気を引き出そうとしたつもりが、その場に居る全員の注目を集めてしまった。

 しかも皆、目が怖い。

 真顔の鈴音が代表して口を開いた。

「猫を見掛けたわけでは?」

「ないよ。だけど、居ないとも言い切れないし。何かみんな顔怖いよ!?」

 怯えた様子の虹男をよそに、皆その異世界がどういう状況なのか推測している。


 災害によって荒廃したのか。

 戦争の真っ只中なのか。

 それとも、神が世界を作り直そうとしているのか。


「元々そういう世界なんですかね?人の立場が弱いような。狩られる側というか。もしも、ホンマは平和な世界やのに、虹男の一部が原因でそんなコトになったとしたら、流石に神様が気付きはりますよね?」

 首を傾げながらの鈴音の意見に、神々は皆大きく頷く。

「さすがに気付くねえ。変な玉がウチの巫女にぶつかりかけた、ぐらいだと報告が無い限り無理だけど、普段おとなしい生き物達が暴れたりすれば、あれあれ、なにごとかなー?って確認するよ。小競り合いなら放っとくけど、全世界規模なら介入するなー。で、世界をおかしくした原因が変な玉だって判ったら、ねえ?」

 前半は鈴音に向けて話していたので優しいシオンだったが、後半は虹男に向けていたので怖いシオンだった。

 慌てて目を逸らす虹男に笑いながら、シオンは続ける。

「だから鈴音の言う通り、普段からそういう世界なのかな?随分変わってるけど。そうじゃなきゃ、そこの神はどこに目ぇ付けて……」

 そこまで言って、何かに気付いたようにシオンは口を噤む。

 同じく、他の神々も。


 その神々のグループの中から一柱、長い赤髪の女神が進み出た。

「ねえ、アタシの知り合いのトコ、今ちょうど代替わりの最中よ?」

 その声で、神々全体から憐憫の情のようなものが滲み出て来るのが分かる。

 シオンも気の毒そうな表情をしながら、赤髪の女神に声を掛けた。

「その知り合いの世界、見る事は出来るかい」

「ええ。猫ちゃん、ここの床ちょっと借りていいかしら?」

 白猫が頷くと、ありがとうと微笑んだ女神が床に手をかざす。

 すると、足元に直径3メートル程のスクリーンのような物が出現し、どこかの星を映した。

 最前列を確保した白猫と鈴音とその腕に居る虎吉、シオンや虹男や神々が見守る中、映像はどこかの大陸へ急降下して行く。

 ウェブ上の地図か、という早さで拡大された画面に映るのは、鈴音にとっては割と見慣れた景色で、神々にとっては珍しい景色だった。


「あー!ここだよ、ここ!!」

 この世界で間違い無いと虹男が騒ぎ、鈴音は微妙な表情で首を傾げる。

「なんか地球に似てるわー。て事は、塔とか言うてたんはビルかな?飛行機飛んどるけど、あれが変な鳥やろか。ほな変な虫は、あ、おったドローン。人はどっか隠れてんのかなぁ。で、巨人は?」

 大きい独り言を口にする鈴音を見て、神々は『詳しいな』とばかり感心し、白猫は得意気に胸を張った。

「ぅわ、出た!巨大ロボや!足にボールキャスターでも付いてんの?滑らかに動きよるなー。こんなんが実用化されとるって事は、この世界は地球より進んだ文明なんやな」

 幾度か頷き顔を上げた鈴音は、そこで漸く神々の視線に気付いた。

 子供って、目に映る物全てを親に教えてくれたりするよね、というような温かい眼差しだ。

「す、すみません、勝手に喋り倒して。猫の姿も人の姿も見当たりませんね。ところであの、さっき仰った“代替わり”て何ですか?」

 急に恥ずかしくなった鈴音は、質問で誤魔化した。

「代替わりはあれよ、神官が代わるのよ。この世界、それに時間が掛かるみたい」

 赤髪の女神の説明が実にざっくりとしていたので、作った笑みを浮かべながらシオンが補足する。

「俺のトコなら神託の巫女ね。ウチは寿命がきてから交代するけど、そこはまあ、神の数だけ色々な制度があるよね。で、直ぐに次世代が就任出来ればいいけど、儀式やら何やらで、実質巫女が不在な空白の期間がどうしても出来ちゃってさ。その間、人界の様子がさっぱり聞こえて来なくなるんだよねー。自発的に覗き見しない限り、わかんなくなるんだよ面倒な事に」


「うっかり定時確認を忘れたら、大陸半分吹っ飛んでいた事がある。我が禁じていた魔法を、戦争で使用したのだ。封印ではなく消去すべきであった」

「気付いたら、邪神とかいう謎の生物が幅きかせてた事あったわぁ。時々ああいうのが湧くのは何故かしらぁ。作った覚えも無いのにぃ」

「精霊同士の大喧嘩で多数の種族が滅びの危機に瀕しておった……確認を忘れてはいかん」


 神々が語った恐怖の体験談に、鈴音の顔が青褪める。

「これ、この状況、ここの神様に教えて差し上げんとアカンのちゃいます?」

「でもあのコ、今日は鳥の神の集会に出てるのよ。どの鳥だったか忘れたけど、なんにせよ猫とは相性悪いじゃない?猫好きで有名なアタシが連絡したら、あのコ向こうで大変な事になっちゃうわよきっと」

 世界の危機より集会での立場。唖然とする鈴音だが、今日教えるのも明日教えるのも、神に流れる時間からすれば大差無いのかもしれない、と無理矢理納得した。

「わかりました。ほな取り敢えず、猫とか他の動物が居るか、酷い目に遭うてないか、それ調べて来ますね」

 自然にそう言った鈴音のそばで、虹男が小さく小さくガッツポーズしている。


「それじゃあ、最初はアタシが開けるわね?一度向こうに行けば、後は猫ちゃんの力で行き来出来るわよね……猫ちゃんじゃなかったわ、なんだったっけ、そう、虎吉ね!」

 シオンから聞いてるわ、と得意気な赤髪の女神に虎吉は目を細めてニッコリだ。

「虎吉やで。鳥好きの神さんの世界に猫がるか、しっかり調べて来たろ」

「え?虎ちゃんも来てくれるの?」

「おう。猫居ませんか、より、俺突き出してこんな動物知ってますか、の方が早いやろ?」

 その答えに笑いながら、鈴音は大喜びだ。

「また虎ちゃんと異世界探検やー!」

 目を見開き悔しそうに尻尾を振る白猫へ『何かおもろい物あったらゲットして来ます』と約束し、虎吉を抱え直した鈴音は、女神に通路を開いてくれるよう願った。

「行ってらっしゃい、気を付けてね」

 笑顔の神々に見送られ、鈴音は通路を潜る。



 穴に落ちたわけではなく、正式な道を通ったので、地続きで直ぐに異世界へと到着した。

 通路を出て真っ先に視界に入ったのは、暴動でも起きたかのような街並み。

 店舗の大きなガラス窓は強化ガラスだったのか粒状に砕け散り、壁には焼け焦げた跡と共に、あちこちに穴が空いている。

「うわー、荒れ果てとるー。何やろ、ゾンビとか出て来る系の映画にありそうな風景」

 更に周囲を確認しようと振り向いた鈴音は、すぐそばに立っていた虹男に目を見開いて驚いた。

 驚いた事で無意識に迸った神力が周辺の建物を揺らし、残っていたガラスも飛び散ってしまう。

「ビッッックリした、気配無いんかいなアンタ!てか、何でおるん!?」

「何でって、僕の一部を取り戻しに来たからに決まってるでしょ!?」

 こちらもまた驚いた顔で答える虹男に、一度キョトンとしてから、思い出したように鈴音は頷く。

「はいはいはい、そんな話やったなー。ほな頑張ってね。私らは猫と動物探しで忙しいから」

 じゃ、と手を振り立ち去ろうとする鈴音を、前方へ回った虹男は全力で阻止。

「だーかーらー!!今の僕だと取れないのー!!場所は判ってるんだよ、ほら、あの塔!」

 虹男の指差す先には、天さえ貫きそうなビルが立っていた。確かに、塔と呼んだ方がしっくり来る見た目だ。

「やたら偉そうな謎タワー」

「うん、あの塔の上の方にあるんだ。何か変なのの中に入り込んじゃってて、取り出せなかったんだけど。ね、だから手伝ってよ」

「嫌や。けど、あんな偉そうなもんが、この状況に無関係なワケ無いもんなぁ。しかも神力入った玉取り込んだ何かがあるとか、どう考えても原因それやんね」

「とにかく行ってみようよう!この辺なんにも居ないしさあ!」


 何も居ない、と虹男が言ったあたりで、鈴音と虎吉の耳が妙な音を拾った。

「何の音や?虫の羽音に近いような、ちゃうような」

 耳を動かしながら、虎吉は鈴音の腕から地面へと降りて、音のする方へと小走りで向かう。

「あ、待って虎ちゃん。これ多分ドローンの音やと思う。地球のヤツよりおとなしい音やけど」

「えー、塔はそっちじゃないよ?」

 鈴音と虹男も後に続くと、建物の陰から小型の飛行物体が現れた。

 黒っぽいそれは鈴音と虎吉を確認しているのか、近付いたり離れたりを繰り返す。

「虹男には無反応っぽい」

「僕が不完全体だからかな?」

 そんなやり取りをしていると、更に別の建物の陰から、2メートル程の高さの、走る円柱型ロボットが現れた。

 人の胸辺りの部分が素早く開き、銃口のようなものが顔を出す。何の警告も無しに、それは火を吹いた。

 物騒だなと思いながらも、全ての動きは見えているので、鈴音は余裕を持って躱す。

 2発目が発射され、それも躱そうとしたが、そもそも弾道が違った。


 狙われていたのは虎吉だ。


 勿論、虎吉とて弾丸如き見切って避けられる。普段通りの状態ならば。

 ただ現状の虎吉は、奇妙な動きを繰り返すドローンに目が釘付けになっていた。猫の本能だ。

 そこへ弾丸が飛んで来たので、避けるどころか気付く事さえ無く、横っ腹へまともに食らう。

 だが対象の命を奪う筈の弾丸は任務を全う出来ず、丸めた紙屑が壁に当たった時のように、力無くポトリと地面に落ちた。

「ん?なんやねん鬱陶しい。せっかく集中しとったのに」

 何が当たったのかも確認せず、適当に毛繕いをする虎吉。狩りごっこの邪魔をされた事に腹を立てているらしい。

「あ、良かった無事かあ」

 呑気に呟いた虹男だったが、即座にその言葉を撤回せざるを得ない事態となった。


 ここにもう一人、腹を立てている、いや、そんな可愛らしい状態ではない人物が居たからだ。


 猫が、撃たれたのである、猫が。


 猫、撃たれた、この二つの単語だけが思考回路をグルグルと廻り、理性を眠らせ、感情の全てを支配する。

 一瞬にして、撃ったロボットは勿論、それを命じた者も粉微塵にしてなお余りある程の怒りが噴き上がった。


 突如、その場で何かが爆発したかのように、周辺の建物が音を立てて揺れる。


 ポカンとする虹男の目の前に、激怒状態の鈴音が無表情で立っていた。

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