第ニ十七話 国民の盾
猫殺しの魂を消し去ろうとした時と同じく、光も神力も全て解放している鈴音に、顔を上げた虎吉が目をまん丸にしている。
「おお!?何があってん!?」
その虎吉のセリフに虹男も驚く。
「いや多分キミのせいだよ!?」
そんな会話は耳に入らないのか、しつこく銃撃して来る円柱型ロボットへ黙って近付いた鈴音は、右手を上げると銃口付近を無造作に引っ掻いた。
爪の先が触れた瞬間、ロボットは霧散する。
攻撃の特訓に使った、神々がくれた金属とは比べ物にならない脆さ故か、鈴音の光量が倍増しているからか、光る事も爆ぜる事も無く、霧のように消えた。
「ちょっと待って、あの子、何?」
人の域を超えていないか、という顔をする虹男に、虎吉は不機嫌な様子で尻尾を振る。
「人や。ちょっと珍しい魂に猫神さんの力が混じっとるだけの、人や」
「それだけー!?でもそっか、確かにあの大きい猫と同じ力しか感じないや。ほぇー、人なのに神の力を上手に使えるんだねぇ」
感心する虹男の視界に、曲がり角の向こうから5メートル級の二足歩行ロボットが、滑るように入って来た。
「あ!小さめの巨人!危……なくないか」
虹男の言う通り、彼らに危険は無い。
危ないのは、鈴音の目の前に出てしまったロボットの方だ。
鈴音を認識するや、虫でも潰そうとするように、小さな駆動音と共に腕を振り上げるロボット。
その腕が振り下ろされる前に軽く跳んだ鈴音は、ロボットの腰辺りを人差し指でチョンと突く。
すると、巨大な鉄球でも激突したかのような勢いで、運悪く後方に現れた同型ロボット達を巻き込みながら、大通りを遥か遠くまで吹っ飛んで行った。
その様子を眺め、自身の指を見、首を傾げてから鈴音は振り返る。
ドローンが一気に高度を上げ、上空で警報か何かを発しているようだが、取り敢えず放っておいた。
ゆっくりとしゃがんで、目線を虎吉に近付ける。
「虎ちゃん、ゴメンね。私があの弾丸掴むか叩くかしたら、虎ちゃんには当たらんかったのに」
話し掛ける声は穏やかで、前回より幾らか冷静に見えなくもない。ただ、魂の光は倍増したままなので、怒りは収まっていないのだろうと判断出来た。
「そうか、俺に当たったんは鉄砲の弾か。スマンな、全然気付かへんかったわ。ほれ、あの変な虫が気になっとったから。せやから、鈴音は何にも悪ないねんで」
慰めてくれる虎吉に微笑みながらも、鈴音は首を振る。
「私が避けた先に誰か居るとか、考えもせんかった。今回は虎ちゃんやから無事やったけど、そうやなかったら思うと……。勿論、虎ちゃんを撃ったんも絶ッッッ対許さんけど」
強い言葉とは裏腹に表情は穏やかな鈴音を見て、虹男は遠い目をしていた。
「やだなー、怖いなー」
どうやら妻の怒り方に似ていたようだ。ゾゾゾ、と身体を震わせている。
そこへ、ドローンに呼ばれ街の各所から集まって来たらしい円柱型ロボットと二足歩行ロボットが、次々と姿を現し始めた。
「とにかくこの先はもう、飛び道具系全部……」
鈴音は喋りながら立ち上がり、右手を軽く挙げた状態でくるりとターン。全方位から一斉に放たれた弾丸を、その手で触れるだけで消滅させた。
「私の後ろには行かせへん」
言うが早いか獲物を狙う猫のような目を見せ、地面を蹴って一瞬でロボット達との距離を詰める。
両手指の関節を軽く曲げると、容赦無く腕を振り片っ端から薙ぎ払った。
増えたドローンも、ジャンプ後に建造物の壁や屋根を蹴って移動しながら的確に仕留めて行く。
「あれ?蹴っ飛ばされてるけど、壁とか無事だね?」
「そらオマエ、殺る気の蹴りと足場にする為の蹴りが同じやったらアカンやろ」
「へぇー。なんかもう、あの子が触ったら全部壊れちゃうのかと思ってたよ」
「それやったら地面に立っとられへんがな」
「ああ、ホントだあ。穴空いて落っこっちゃうねー」
神と神の分身による実に呑気な会話の間に、全てのロボットが霧散し姿を消した。
それでも鈴音の魂の光は元に戻らない。
「よし、あのタワー行こ。人が居ったら猫の事も聞けるし一石二鳥やわ」
自身の言葉に頷きながら、鈴音は虎吉を抱き上げた。
目的地が重なった事に喜びかけた虹男だが、言葉の中に不穏な気配を感じ取り眉根を寄せる。
「一石二鳥って?」
「ひとつの目的の為に動いたら、もひとつ同時に達成出来たわラッキーて事」
「猫と動物の事を聞きに行ったら、僕の一部も回収出来てラッキー?」
虹男の確認に、鈴音は真顔で首を傾げた。
「虎ちゃん撃ったヤツの親玉をぶっ飛ばしに行った先で、人にも会えたらラッキーやなぁ、やで。あ、一石二鳥の使い方間違うたかな。この場合もっとええ例えがあったんかも」
「例えはどうでもいいよ!?それより親玉って、僕の一部取り込んだヤツでしょ、キミがぶっ飛ばすとかしたら、僕ごと壊れない!?」
慌てふためく虹男を鈴音は不思議そうに眺める。
「一部分とはいうても神様やん?死ぬ気の無い神様どうにか出来るような力、私には無いよ。たぶん」
「たぶん!?」
愕然としている虹男にはそれ以上構わず、鈴音は走り出した。道は知らないが、タワーが常に見えているので、特に困る事は無い。
置き去りになるかと思われた虹男は、不完全とはいえ流石に神。浮遊しながら鈴音の後をしっかりと追っている。
「壊さないでね?ねーねーねーってば!……あれ?あっちの道の方が、塔に近付けそうじゃない?どこ行くんだよう」
急に方向を変えた鈴音に驚き、疑問を口にしながらも虹男はついて行く。
暫くすると、広場かと勘違いする程、大きな通りへ出た。道幅が百メートル以上ありそうだ。
その大きな通りの向こう側に、低く頑丈そうな建物を庇うようにして、軍隊らしきものが展開している。
「あ、人だ。だからこっちに来たの?よく気付いたねぇ」
「俺らは耳がええからな。特にあんだけ騒いどったら、聞こえる通り越して喧しいわ」
虎吉の言う通り、向こう側は大騒ぎだ。
服装や装備は地球の軍隊とよく似ているが、動きが何というか、洗練されていないのが素人目にもはっきりと分かる有様で、見ていて気の毒な程である。
気の毒な彼らが何故騒いでいるかといえば、鈴音達の前に現れたのと同じドローンが数機、部隊の上を飛んでいるからだ。
明らかにそれらドローンは、例のロボット達を集める警報を発していた。
「急げ!!」
「落とせ!!」
「何で当たらねんだよぉ!!」
「狙え、無駄弾を撃つな!!訓練通りに!!」
部下たちの悲鳴にも似た怒号を聞きながら、指示とも言えぬ指示を出し、国防軍緊急時特別支援部隊第一小隊隊長オルニスは自嘲気味に小さく笑う。
訓練通りと言ったって、実弾を使った野外訓練など年に一度あるかどうか。それで一体どうやって、空を不規則に飛び回るドローンを落とせというのか。
全世界的に、無人機や人工知能搭載ロボットによる国土防衛が主流となって久しく、軍人に充てられる防衛費など微々たる物だ。
それですら無駄金呼ばわりされ、もっとロボット関係に携わるエンジニア達に回すべきだと叫ばれ続けてきた。
人が戦場に立つ事など最早ないのだから、軍人などという職業は廃止すべきである。
全てはエンジニア達と、この国の頭脳であるスーパーコンピューター“テオス”に任せておけば良い。
そんな世論が支配する中、それでも万が一に備えて、と人による部隊を残したのは政府だ。
政治家達には先見の明があったのだろうか。
いや、今回のような事態が起きた場合の保身用に、取り敢えず残しておいただけに思える。
ロボットが敵に回った場合を本気で想定していたのなら、もっと実践に近い訓練が積めるだけの予算を組んだだろうし、こんな貧弱な装備で戦えなどとは言わない筈だ。随分と酷い話である。
更に酷いのは、軍人など不要だ給料泥棒だと叫んでいた連中だ。
彼らはこうなった途端、何故もっと強い武器を揃えておかないのか、ロボットを倒す力を備えておかねば危険ではないか、軍が悪い政府が悪いと叫び出した。
今も、背後に庇う国民に混じったそいつらが、さっさと制圧して人の世を取り戻せなどと罵声を飛ばしている。
つい先日まで、スーパーコンピューターとロボットさえあれば良いと言っていた、その口で。
「それでも俺は、部下達に命を懸けろと命令しなければならない」
オルニスがそう呟いた時、必死に狙い撃ち、どうにか一つ二つとドローンを落とす部下達の向こうに、ついに二足歩行ロボット数体の姿が見えてしまった。
「うわあぁぁあ!!」
「もう駄目だ!!」
「中へ、中へ逃げましょう小隊長!!」
背後の建物の壁は厚く、ドローンやロボットに搭載されている熱感知機能、動体感知機能を無効化出来る。
ただそれは、視認される前の話だ。
標的が建物内へ入った、と認識して追跡するくらい、彼らの人工知能には朝飯前である。
では何故軍隊は外に展開しているのか。それは、どんな状況でも自分勝手に行動する馬鹿共のせいである。
忘れ物をしたから家に戻る、あっちの避難所は嫌だからこっちに入れろ、そんな信じ難い馬鹿の対応に時間を取られ、ようやっと自分達が入れるぞ、となった所でドローンに見つかった。
警報で戦闘用ロボットを呼ばれる前に撃ち落とす、それしか助かる道は無い。けれど、訓練が足りていないから落とすのに時間が掛かる。その間に次のドローンが来る。また次が来る。
そして、現在に至る。
「よく持ち堪えた方だよな、誰か褒めてやってくれないか」
何とも悲しげに微笑んでから、直ぐに厳しい顔に戻ったオルニスは叫ぶ。
「中へ入る事は許さん!扉さえ開けなければ中に人が居るとは認識されない!中の人々は守られる!国民を守る事が我々の責務だ!」
自らも銃を手に前へ出る。
「一歩も退くな!!我らは国民の盾である!!」
その声に覚悟を決める者、泣き出しそうな顔をする者、祈りを捧げる者。
皆それぞれだが誰一人、背後の扉を開けようとはしなかった。
「撃てーーー!!」
号令の元、幾らか弱そうな関節部分を狙って射撃開始。
的が大きい分当たってはいるのだが、残念ながら火力が足りない。戦車にエアガンで挑むぐらい足りていない。
大量の弾丸を浴びてなお平然と進むロボットに、皆の顔は強張った。
対するロボットは、淡々と腕を変形させ、マシンガンのような物を構える。
標的が多いので、纏めて排除するつもりらしい。
オルニス始め、自身に向けられた銃口を目にした皆には、様々な思いが込み上げる。
ああ、終わった。
どうしてこんな事になったんだろう。
死にたくない。
この世に神は居ないのか。
皆が死を思ったその時、天から何かが降って来た。
部隊とロボットの間に音も無く着地した何かは、細身の女性だ。
彼女が右腕を振ると、部隊が放った弾が消えた。
次に左腕を振ると、攻撃の構えを見せていたロボットが消えた。
死を前にして、幻覚を見ているのだと皆は思った。
周囲の流れがスローモーションのように見える中、女性だけが素早く動き、一体のロボットを指先で突く。
突かれたロボットが吹っ飛んで他のロボットを巻き込み、重なるように一纏めになって倒れる。
一瞬でそこへ近付いた女性が、その一山を引っ掻くような仕草を見せると、ロボット達は纏めて消えた。
ああ何という奇跡。
でも駄目なんです、ドローンがいる限り奴らは何度でもやって来る。
スローモーションの中、オルニスがそう心で呟いた直後。
「ニャー!!」
聞いたこともない何かの声で我に返る。
声のした方を見れば、伏せるような体勢を取った縞々の小さな獣が、ドローンを見上げ尻を振っていた。
「なにを……」
全てを言い切る前に獣は地を蹴り、上空へ達するや否やドローンを叩き落とした。
有り得ない柔軟さで見事な着地を決めると、再度跳び上がり、今度はドローンの上に乗る。
そのドローンを蹴り飛ばして別のドローンへ移り、また蹴り飛ばして別のドローンへ。
獣が飛び移るたび、ドローンが勢いよく墜落して来た。
「ねーねー、ちょっと待って、これ大きい猫のお土産にならない?これ渡したら、あの玉返してくれないかな?小さい猫がそんな楽しいなら、大きい猫も喜ぶと思うんだけど」
「ゥアォオーゥ!!」
「わあゴメンってば!とらきち、虎吉ね覚えた覚えた覚えたから叩こうとしないで!?」
突如割って入った細身の男が、獣と何やら会話をしているらしい。
いやそんな事よりも、ボロ布を纏ったこの男、ふわふわと浮いているのだ。
いくら科学技術が進歩したとはいえ、なんの装置も無しに人が浮く事は無い。
「ああそうか、俺達はもう、死んだんだな」
細身の美男美女は死神か何かなのかもしれない。獣はそのペットだろうか。
「死後の世界なんてもの、信じちゃいなかったんだがなぁ」
情けない笑みを浮かべながらそう呟くオルニスへ、部下たちもまた似たような表情で頷いていた。




