第百五話 星空お悩み相談会
王都に着いたのは日が落ちて暫く後。
4つあるという城門は全て閉ざされていたが、猫の耳に夜の街の喧騒が聞こえてくる事から考えて、大体午後8時ぐらいかと鈴音は思う。
兎にも角にも寝床の確保をと周囲を見回し、少し離れた雑木林にテントを張る事となった。
神人一行はイキシアの杖に灯る光を頼りに、鈴音達は暗闇を物ともしない目を頼りに、それぞれ組み立てる。
「わあ、ホントに布で部屋が出来た!面白いねー」
「真ん中の棒に触ったらアカンよ?ぺしょっと潰れるから。入る時は靴脱いでな」
「わかったー」
鈴音と虹男のやり取りを聞きながら、タイマスとアジュガは自身の手元を見つめていた。
「金槌無しで杭打ちしてたな」
「拳でドンだったな。それもこの暗闇でな」
ハハハ、と遠い目で笑い合った二人は、女性陣が寝床の準備をしているテントに続き、自分達用のテントも張る。
鈴音達に先に休む事を詫びながら引っ込むサントリナとイキシアを横目に、せっせと杭を打った。
本当は途中で見張りの交代を申し出ようと考えていた二人だが、その必要は無い事を今まさに悟っている。
理由は簡単、鈴音を筆頭に向こうの全員から強大な力が溢れ出し、辺り一帯を覆い始めたからだ。
獣や怪物に対し『近寄るな』と警告しているのだろう。
怪物に襲われる心配ではなく、怪物が襲われる心配をしてしまう程の迫力。
「この力を感じ取れない盗賊なら、寄って来てしまうだろうか……」
「鈴音様は見た目だけなら若く美しい女性でしかないし、虹男様もお強そうには見えん……良い獲物だと思うだろう」
盗賊に同情的な発言をするアジュガと、気の毒そうな顔で頷くタイマス。
「盗賊共がこちらに気付いていない事を祈る」
「そうだな。どうか警備隊に捕まれと祈ろう」
胸に手を当て神に祈りを捧げてから、皆に会釈してテントへ引っ込んだ。
氷でローテーブルを作っていた鈴音は、テントへ潜り込むタイマスとアジュガへ会釈を返し笑う。
「たぶん朝までグッスリやろなー。めっちゃ疲れてるみたいやったし」
「鈴音にぶっ飛ばされて、巨人と戦うて、宴会参加して、素材取って、森で鎧に会うてから砦、塔の上り下り、砦から村、村から街、街からここ。おう、俺やったら途中で何回か寝とるな」
虎吉が今日の出来事を振り返り、改めて思い出してみて鈴音は遠い目になった。
「私らなんか更に黄泉の国挟んでるからね、間にね」
「あれは怖すぎた」
水でも払うかのように前足をピピッと素早く振った虎吉は、恐怖を拭うように顔を洗い出す。
「ま、便利な御力もいただけたから、私にとってはええ面もあったけど」
虎吉にしてみれば只々怖い思いをしただけだったな、と気遣ってそっと背中を撫でた。
「あ、テーブルだ」
そこへ、虹男と骸骨がテントから出て来て、白い氷で作られた卓袱台のようなローテーブルに驚く。
「氷かあー、便利だねー」
「うん。お酒飲むんやろ?テーブルぐらいあった方がええかな思て」
その言葉に拍手した骸骨が、ローブからドクロマーク付きの酒瓶と木製お猪口、それに自分用の水筒を出して並べた。
全員でクローバーのような草が生えた地面に直に腰を下ろしてテーブルを囲む。虎吉だけは鈴音の膝の上だ。
「ほな開けよか」
瓶を手にした鈴音は、まず針金の封を解き、少しだけ出っ張っているコルクのような栓を引っこ抜く。
当然、本来は指で引っこ抜けるような栓ではないのだが、現在ツッコミ不在の為ものの見事に流された。
いい音を立てて栓が抜け、酒好きのふたりがうっとりと目を細めている。
「んー、このボトルから注ぐには、お猪口やと小さ過ぎるなぁ……。計量カップみたいなん作るか」
酒飲みではない鈴音には、片口のような気の利いた物は思い浮かばない。
透明な氷で計量カップを作り、まずはそこに注いでからお猪口へと注いだ。
氷が溶けて酒に水が混じるかと思ったが、鈴音の作り出す氷はやはり普通ではないようで、計量カップは一切溶けなかった。
先に作り出されたテーブルも気温の影響などどこ吹く風で、これまた全く溶けていない。
「ヒノ様ぐらいの力がないと溶かされへんのかな」
火の神の手で溶けた氷を思い出しつつ、骸骨の水筒にはボトルから直接注ぐ。
「ま、ええわ。ビシャビシャなる心配ないいう事やし。ほな、飲もか。今日はお疲れ様、かんぱーい」
お猪口を軽く掲げた鈴音に倣い、虹男と骸骨もお猪口と水筒を掲げ、酒を口に運んだ。
「んー、ちょっとピリッとすんのと若干の甘みがある。成る程これは飲みやすいわ」
強烈なアルコール臭などもしないので、知らずに飲んだら確かに危険だろうなと鈴音は頷く。
「この世界には他人に強い酒飲まして悪い事する奴は居らんのやろか。おったらコレ絶対使うよなぁ」
伸び上がった虎吉がフンフンと匂いをチェックし、興味無し、とばかりまた丸くなった。
可愛いなあと目尻を下げてから、酒好きふたりの反応はどうなのだろうと顔を上げる。
「いいねー、美味しいねー。でもやっぱり酔わないかな?」
手酌で二杯目を口にして、酔わない事を確認する虹男。
骸骨は水筒を絞って勢い良く酒を喉の奥へ飛ばし、水のようにゴクゴクと飲んでいた。
幸せそうではあるが、こちらも酔わないようだ。
ジュース扱いされる死の酒に、瓶に描かれたドクロマークが切ない。
「美味しく飲んでるから赦してな」
小さく笑った鈴音もおかわりし、瓶が空になるまで皆で楽しんだ。
すっかり満足した虹男と骸骨がテントへ引き上げ、テーブルを消した鈴音は見張りに入る。
暫くは寝転んで満天の星空を眺めたり、腹の上の虎吉を撫でてみたりと楽しんでいた。
しかしこのまま朝までとなると、いくらなんでも退屈である。
「うーん、飽きた。ヒマ」
「木ぃにでも登るか?」
顔を覗き込む虎吉の提案に、それもいいかと起き上がった時、テントからイキシアが出て来た。
杖の石をほんのりと光らせ周囲を見回し、鈴音を見つけると会釈して近付いて来る。
「どないしたん?寝られへん?」
小声で話し掛けると、小さく頷いたイキシアは鈴音の近くに腰を下ろした。
「今日あった事とか、今までの事とか、頭の中がぐるぐるしてしまって……」
溜息と共に零すイキシアを見やり、たぶん半分以上自分が原因だと菩薩顔になる鈴音。
それに気付いたのかイキシアは慌てて手を振った。
「神様のせいじゃないんです!……私の問題なんです」
沈んで行く表情に、何か言いたそうな時が何度かあったなあと思いつつ、鈴音はただ膝上の虎吉を撫でる。
暫しの沈黙があってから、イキシアは顔を上げた。
「あの……、私の話を聞いて貰えますか?」
何やら思い詰めた少女の表情に、お悩み相談は苦手なのにと頭を掻きつつも鈴音は頷く。
ホッとした様子のイキシアは躊躇いがちに口を開き、溜め込んでいた物を吐き出し始めた。
「私には二つ上の姉が居るんです。私はいつも後ろにくっついていました。姉のする事を真似るのが楽しかったから。でもある時、私が何をやっても姉の真似であり、既に姉が全てやってしまった後なんだって気付いたんです」
鈴音は姉だが、下は弟なので今の話はピンと来ない。
脳裏に蘇る幼い頃の記憶といえば、お菓子の数だのどっちが戦隊レッドをやるかだのを発端とした、取っ組み合いの大喧嘩ばかりだ。勿論姉である鈴音が圧勝の全勝である。
そんな圧倒的強者に勝つため背後から奇襲を仕掛けて来る忍者モドキなら知っているが、後をついて来て行動を真似る可愛い生き物など生まれてこの方見た事も無い。
姉妹だとまた違うのか、と怪訝な顔をする鈴音には気付かずイキシアは続ける。
「字が書けた、と見せに行けば『あら上手。お姉ちゃんも最初に書いたのはこの字で……』料理を作っても『まあ美味しい。そういえばお姉ちゃんが初めて作ってくれたのは……』全部全部全部、お姉ちゃんの後。私が何をしたのか出来たのかじゃないんです。お姉ちゃんが出来た事なんだから、出来て当たり前。両親にしてみれば何の感動も無いんです、二度目だもの。私にとっては初めて出来た事なのに、始まるのはいつも姉の昔話」
両親と言いながら、話に出て来る口調は母親のものばかりだな、と思いながら鈴音は取り敢えず頷く。
「じゃあ姉がやっていない事をやろうと精霊術を習ったら、そんな危ない事はやめて、お姉ちゃんみたいに、お裁縫やお料理を練習したら?って言われました。私、何なんですか?姉の複製か何かですか?どうして私がする事を認めてくれないんですか?どうして私を……見てくれないんですか」
悔しそうに顔を歪め、滲んだ涙を乱暴に拭う。
「もうこの家に私の居場所なんて無いんだ、早く大人になって自分の力で生きて行きたい、そう思ってました。そんな時に、神様のお告げがあったんです。お前さんを神人にしようと思うんじゃが、どうかの?って」
あ、白髭の神だ。と鈴音は笑う。そして気付いた。
「ん?ごめん待って、『どうかの?』って言うたん?それはつまり、断っても良かったって事?」
慌てる鈴音に少し驚きながら、イキシアは頷いた。
「はい。無理にとは言わん、他にやりたい事があるならそっちを優先しなさい、って」
「あー、そうか。そうなんか。わかったありがとう、続けて続けて」
どうぞどうぞ、と右手で示す鈴音に小首を傾げつつ、イキシアは話を戻す。
「神人なんて畏れ多いけど、家を出て一人で生きていくにはこの機会を逃しちゃいけないと思ってお受けしました。そしたら次の日には神殿から人が来て大騒ぎになって。両親も姉も大喜びです」
「どや、凄いやろ!て気分良かったんちゃうの?」
「嬉しかったですよ、初めて私を見てくれた気がして。でも『やっぱり精霊術を習ってたのが良かったのかしら』とか言うんです。やっぱりって何ですか。やめろって言った癖に」
「あ、それは確かにモヤッとする」
「そうでしょう!?おまけに、お姉ちゃんにも無い才能がイキシアにはあったのね、ってまた!姉!!」
唸る小型犬のようなイキシアを『どうどう』と宥めつつ、その複雑な心中を思う。
親に認められたい思いと、今更何をと反発する思いとがぶつかって、本人もどうしていいか解らないのだろう。
「もういい、そんなに姉が大事なら三人で仲良く暮せばいい。私は非の打ち所が無い最高の神人になって仲間と共に生きて行く。ここが私の居場所だ!って、思ってたんです……」
興奮状態から一転、風船が萎むように肩を落とし、ちらりと鈴音を見て項垂れる。
「あー……、ガンガン人助けして記録叩き出して神殿乗り込むでー!思てる時に、喋る獣連れてビッッッカー光ってる変な姉さんに出会ってもうたと。しかももう一人の神人候補やとか言われたと」
そう言いながら一瞬テントの向こう側へ視線をやった鈴音は、耳を動かしている虎吉を見た。
鈴音を見上げた虎吉はニンマリと目を細め、前足を伸ばしながら膝から降りる。
後足も伸ばして大あくびをかまし『散歩』とだけ告げて林の中へ姿を消した。
そんな虎吉を目で追いつつ、勢いを無くしたイキシアは鈴音の言葉に小さく頷く。
「私の前には現れない神獣を連れてるし、光ってるし、また私は居場所を無くすのかって思いました。神様どうしてですかって泣きたくなりました。この場所を譲りたくない、絶対負けるもんかって意地になってる時に『アンタは何と戦ってるんだ』っていうあの指摘……。ホントだ、私は何と誰と戦ってるんだろう、目の前のこの人?姉?母?現在の神人?解らなくなりました」
日本ではネタと化している台詞が、まさかそこまで効いていたなんて、と鈴音は申し訳無さから視線を逸らす。
「神獣の事にしてもそう。仰る通りで動物だという意識が無かったというか、相手の気持ちも考えずに自分の都合だけ押し付けようとしてました……そりゃ、避けられて当然ですよね」
大きく息をついたイキシアは、遠くの茂みがガサリと音を立てた事に驚いた。
「ひゃっ!まさか盗賊?」
「ああ、大丈夫大丈夫。虎ちゃんが遊んでるだけやから。安心してええよ」
「そうですか、よかった……。ええと、それで、あの……。ホントに、し、失礼な事ばかり言ってすみませんでした!」
頭を深く下げるその姿に、成る程これが言いたかったのかと鈴音は笑顔になる。
「ええよ、もう気にしてへんから」
その声にイキシアは急いで顔を上げた。
「本当ですか」
「うん。それより私もあんたに謝らなアカンわ」
「え?」
困った顔になった鈴音はバツが悪そうに頭を掻く。
「神様に大変な役目を押し付けられた可哀相な子や思ててん。ホンマは、自分で選んだんやね。自分が決めた道を誇り持って歩いてる人に、可哀相とかどエラい失礼な勘違いしてすみませんでした」
胡座から正座に直して両手をつき頭を下げる鈴音にイキシアは瞬きを繰り返し、大慌てで頭を上げるよう促した。
「こっこっこっ、困りますそんな、頭を上げて下さ……っ、あれ?何で涙……」
「ぅえ!?泣かした!?うわゴメンほんまゴメンどないしょー!?」
「違、違うんです、大丈夫です、落ち着いて下さい」
両手を頬に当て叫ぼうとして、寝ている皆に配慮し叫べずグネグネする鈴音と、後から後から溢れる涙を拭いつつ笑うイキシア。
そんな彼女らを狙っていた盗賊が一人、また一人と闇に沈む。
キラリキラリと大きな目を光らせながら、小さな影が楽しげに夜と戯れていた。
「うはは、次や次ぃー」




