第百四話 お酒と焼き魚も買おう
色々な店が立ち並ぶ通りへ来ると、看板を頼りに道具屋を探す。
「赤い看板に白い字の道具屋がええて言うてはったな……、んー、あ!あったあった」
道具屋と書かれた看板を見つけ、ドアが開け放たれている入口から店内を覗いた。
「こんにちはー、動物と一緒に入ってもいいですか」
初めて見る異世界の店に心躍らせつつ声を掛けると、奥に居たふくよかな中年女性が愛想良く応える。
「どうぞどうぞ、何をお探し?」
「二、三人で寝られるテントが欲しいねんけど、扱うてますか?」
入店し鈴音が女性店員と話している間に、骸骨も虹男も所狭しと並べられた商品を興味深そうに眺め始めた。
虹男は壁一面を使った棚に並ぶ薬瓶らしき物を見つめて首を傾げ、骸骨は天井から吊り下げられたドライフラワーらしき物へ近付きじっくりと観察している。
触らなければ問題無いだろうと判断し、鈴音は女性店員にテントを見せて貰った。
「これが二、三人用かしらね。小さく纏まるから持ち運び易いって評判よ」
出してくれたのは、所謂ワンポールテントと呼ばれるシンプルな物だ。
この先二度と使わない可能性もあるので、お手頃価格らしいこのテントを買う事にした。
「ほんならコレ下さい」
「はい、ありがとう。銀貨3枚よ」
「解りました。……こっちは決まったけど、他に何か買うとく物ある?」
ボディバッグから白髭の神に貰った革製巾着袋を出しながら尋ねると、骸骨も虹男も首を振る。
見るだけで充分だったらしい。
「ん、了解。ほな銀貨3枚でしたね」
巾着袋から銀貨3枚を取り出して渡し、伊達巻きのように丸まったテントを貰った。
支柱は分割して真ん中に入れてあるそうだ。
「ありがとう。因みにこの辺で、手軽に食べられて美味しい物売ってるとこあります?」
鈴音の質問で虎吉の目がキラキラと輝く。
聞き逃してなるものかと耳を前に向ける姿を見て、女性店員は目尻を下げた。
「うふふ、この子は人の言葉が解るみたいねー、可愛いねー。美味しい物といえば、焼いた川魚かしら。魚屋さんが朝獲ってきた色んな魚を串に刺して焼いてるの」
「おー、そら美味しそうですね。行ってみます」
詳しい場所を教わり、礼を告げて道具屋を後にする。
「二つ向こうの通りやな。急ご急ご」
目的の魚屋へ向け早足で進む鈴音の肩を、突如骸骨がガッチリと掴んだ。
「ん?」
何事かと足を止めて見れば、骸骨は酒屋を指差してソワソワしている。
「そっか、お酒好きなんやっけ」
それを聞いた虹男もワクワク顔で酒屋を見た。
「お酒は僕も好きだよ?僕も選んでいい?」
揃って熱い視線を送って来る様子に笑った鈴音は頷いて、虎吉に謝りつつ酒屋へ進路を変更。
「ごめんな虎ちゃん、ちょっとだけ寄り道するわ」
「くそー。しゃあないな、ちょっとだけやで」
骸骨も両手を合わせて虎吉に詫び、大急ぎで店内へ突入して行った。
少しでも先に行って酒を選んでおこうと考えたらしい。
気遣いに微笑みながら、鈴音は動物連れでも良いか確認してから、店に入った。
酒樽や酒瓶が並ぶ店の奥で、骸骨が棚の一角をじっと見ている。
どうしたんだろうと近付けば、そこにあったのはラベルにドクロマーク付きの酒だった。
「おっちゃーん、これ、死ぬ程強い酒やでーって事?」
鈴音が瓶を見せながら問い掛けると、こちらを見た店主は笑いながら頷いた。
「ああそうだ。酒に強い奴でも、こんくらいのコップに2杯も飲めば潰れるような代物だよ。スッと飲めちまうから危ねぇんだこれが」
店主の仕草からして、ショットグラス2杯で泥酔といった感じか。
「わー、おもしろそう。僕でも酔えたりしないかな?これ飲んでみたいなあ」
虹男が楽しげに言えば、骸骨も思い切り頷いている。
「んー、ふたりなら大丈夫かな?よし、これ下さーい」
ワインボトルサイズの死の酒を手にカウンターへ向かうと、店主が目を丸くして鈴音と虹男と瓶を見比べた。
「だ、大丈夫か?間違っても一気に大量に飲んだりするなよ?ホントに死んじまうぞ?」
「あはは、大丈夫ですよ。ええ大人なんでその辺は心得てます」
巾着袋を出しながら鈴音が笑うと、それでも心配らしい店主は、カウンター下から木製のお猪口のようなものを二つ出す。
「この酒の事知らなかったぐらいだ、こんな小っこいコップ持ってねえだろ。オマケしといてやるから、絶対に飲み過ぎるなよ?」
「わ、ありがとう。最初は舐める程度にしとくから安心して?」
笑いながら鈴音が銀貨2枚を支払い、嬉しそうな虹男が瓶とお猪口を持った。
再度礼を言って店を出ると、踊り出しそうな骸骨が瓶とお猪口を受け取ってローブの中に仕舞う。
ついでにテントも仕舞ってくれた。
「ありがとう。流石は大鎌も入る底無しポケット。ほな次こそは魚屋やで虎ちゃん」
「よっしゃ、食うで。急げ鈴音!」
「御意ッ」
骸骨と虹男に頷いて見せた鈴音は、香ばしい匂いがする方へ人の速さの小走りで向かった。
「あそこや!」
カッ、と目を見開いた虎吉の視線を辿れば、美味しい煙を出している魚屋発見。
いそいそと近付くと、内蔵を取り串打ちされた鮎のような魚が、黄金色の脂を滴らせながら火に炙られている。
「鈴音、買い占めるで!!」
「ええ!?そんなに持たれへんよ」
そう言って虎吉を見ると、それはそれは悲しげな顔で見つめ返された。
「ぐは……ッ!!」
クリティカルヒット。
光の速さで手のひらを返した鈴音は、虹男と骸骨へ有無を言わさぬ笑みを向ける。
「片手に二本がノルマな」
「えー?結構大きいよあの魚。持てるかなー」
自身の手と魚に目をやり首を傾げる虹男と、やる気満々で頷く骸骨。
骸骨が持つと焼き魚が宙に浮いてしまうが、虎吉の望みを叶える為ならそんな些細な事を気にしてはいられない。
誰かに何か聞かれた時は、風の精霊術の応用ですだとか適当に答えればいいだろう。
よし全く以て何の問題も無いな、と頷いた鈴音は焼き魚を買い求めた。
待ち合わせ場所に戻って来た神人一行は、串刺しの魚を手に待つ鈴音達を見て目が点である。
「あ、おかえり。いやー、焼き魚買うたはええけど、虎ちゃん猫舌やから焼きたては食べられへんねんなー。せやから走って体温ぐらいまで冷まそ思て」
笑顔の鈴音と、魚に鼻を近付けては『まだ熱い』と顰め面になる虎吉。
虹男は既に口をもぐもぐと動かしている。
「美味いか?ぅあー、俺は何で猫舌なんや」
「猫だからじゃない?美味しいよ、この魚。皮がパリパリしてて、身はフワッとしてる」
虎吉と虹男の会話を耳にして、残る全員の喉が鳴った。
「後で温め直して食べましょね、みんなでね」
「まあ!ありがとうございます!でしたら我々からは果物を。良い物が買えましたので」
鈴音とサントリナが頷き合い、焼き魚が冷め次第休憩を取る事が決まる。
「では、行きましょうか」
空飛ぶ焼き魚が注目を集め始めたので、何か言われる前にと急いで街を出た。
走る事暫し。
こまめに鼻で温度を測っていた虎吉がそろそろ食べ頃だと言うので、街道脇から更に脇へ避けて休憩に入る。
木から大きめの葉を数枚失敬して虎吉の皿にし、串を抜いて魚を置いた。
「何匹食べる?」
「あと二つもあったらええで」
そこそこ大きな魚を計三つも、と虎吉の食欲に驚きながら、サントリナが腰のポーチから皿と果物を出してテーブル代わりの岩に置く。
ナイフを手にしたタイマスが、見た目は熟れたアボカドのようなそれの皮を器用に剥いていった。
現れたのは山吹色の瑞々しい果肉。マンゴーか黄桃が近いだろうか。
「ほぇー、皮の色からは想像出来ひん中身」
果物の意外性に目を丸くした鈴音は、虎吉用の魚二尾を葉っぱ皿の上に避難させ、残る六尾を温め直そうと準備中である。
「さて、火力調整をしっかりとー……イメージは焚き火かな?」
呟きながら右手を差出し、その上に魚を焼くのに丁度良さそうな焚き火サイズの炎を出現させた。
「よっしゃ成功」
左手に持った焼き魚を炙り、鈴音はご機嫌だ。
「わあ、便利だね!」
鈴音の真似をして魚を炎に近付けつつ、虹男は“手乗り焚き火”を観察している。
「僕にも出来るかなー」
創造神なんだから簡単だろうにと思ったが、いや違う、と瞬時に鈴音は考え直した。
「なーんかちょっと出そうとしただけで、空まで届く火柱とかになっちゃうんだよねー」
案の定である。
出来るかな、の意味が違った。
力が安定しないのは、虹色玉を回収する度に強さが増すのも原因だろうか。
「具体的な火の大きさ想像して、自分が思うより遥かに、かなり、めっちゃ少ない力でやってみたら?」
何かの弾みで辺り一帯を焦土に変えられては不味いので、力少なめ、を殊更強調しておいた。
「そっか、力が強過ぎるのか。難しいなー」
悩む虹男を横目に、魚が良い感じに温まったので鈴音は火を消す。
神人一行に一本ずつ渡し虎吉の皿におかわりを載せ、さあ食べようかと顔を上げると、骸骨ではなく虹男が最後の一本を持っていた。
「あれ?虹男さっき食べてたやんね?」
首を傾げる鈴音に、石板を出した骸骨が説明する。
「んー?噛む。咀嚼。ポロポロ。あー、丸呑み出来ひん大きさの物は食べられへんのかぁー……ごめん気付かんかって」
村で出た肉の串焼きも、一口サイズではなかったから食べられなかったのだ。
謝る鈴音に骸骨は気にするなと手を振った。
「あの、もしよろしければ、こちらをお使い下さい」
話を聞いていたサントリナが皿にナイフとフォークを置いてくれる。
それを見た骸骨は何やら困った様子だ。
恐る恐る石板を見せてくる。
「一口サイズにするまでは食器使うけど……食べる時は手掴みで、お口にポイする。うん」
それが何か?という顔の鈴音と虹男、そうなんですね、と納得している神人一行。
「あ、そうか。マナー違反的なあれを心配した?」
コクコクと骸骨は頷く。
鈴音には既にそういう飲食の仕方を見せているから平気だが、初めて見る虹男や神人一行が不快な思いをしないかと心配していたらしい。
鈴音の通訳を聞いた神人一行は顔を見合わせて笑った。
「そういう文化なんだ、と思うだけです。私達は島出身なので、どちらかと言うと驚かれる側というか……」
イキシアが言えばサントリナも頷く。
「島の常識が大陸の非常識だったりするんですよ……。例えばこの果物も、大陸ではこんな風に剥かないそうです」
「こっちの大陸だと、こう、皮ごと櫛みたいに切って、齧り付くんだそうで」
タイマスが新しく出したアボカドでマンゴーで黄桃な果物を、メロンのように切って見せた。
アジュガが果肉に齧り付き、皮だけを綺麗に残す。練習の成果だそうだ。
「なので、気にしないで下さい。せっかくの温かいお魚ですし、皆でいただきましょう?」
笑顔のイキシアに頷いて、骸骨は虹男から魚を受け取り皿に載せた。
せっせと魚を切り分けては口へ放り入れ、ビリビリと震えて感動している骸骨。
それを寂しげに見つめる手ぶらの虹男。
仕方が無いので鈴音は自分の魚を半分に切って貰い、皿とフォークを借りて虹男に渡した。
「私ゃあんたのお母ちゃんか」
スナギツネと化しながらも、ご機嫌さんで魚を頬張る様子は微笑ましいので良しとし、鈴音自身も魚を食べる。
「おおー、ホンマや皮パリパリや。脂ものってて美味しいなぁ」
「おーかーわーりー」
「はいはい」
虎吉の葉っぱ皿へ最後の一尾を載せ、はたと気付いた。
「虎ちゃん、骨どころか頭と尻尾まで全部食べるん?」
おかわりの魚以外なにも載っていない皿を見て、鈴音の目はまん丸だ。
「ああ、ほれ、ゴミ出されへんから。食うなら全部が当たり前やねん。それにしても、焼いてあったら尻尾食い易いなー。生魚のんはマズいんや」
さらりと言う虎吉に、そういえば縄張りはゴミ厳禁だったと頷き、ここにも異文化がと鈴音は笑った。
「そうや、果物は?貰う?」
「んー?いや、今はええわ」
「わかった」
では、と鈴音は自らの分だけを貰って礼を告げ、山吹色の果肉を頬張る。
「ん!食感桃やのに味が林檎!美味しいけど脳が大混乱や」
よく解らないが喜んで貰えたようだ、と神人一行は笑い、皆で美味しそうに焼き魚を平らげた。
「ふう、美味かった、満足や」
前足を使っての洗顔を終え、虎吉が鈴音の腕に収まる。
「よっしゃ、ほな王都まで一気に突っ走りますか」
焼き魚の串等のゴミは鈴音が光全開になって消去し、きっちり原状回復してから、再び街道脇を全員で走り出した。
街を離れると疎らになった人影も、王都に近付くにつれ徐々に増えてくる。
ただ時間が時間だからか、殆どの人が王都手前の街で宿泊するらしく、その街以降人影はほぼ無くなった。
「成る程、私らみたいに『朝の行列に並んどる暇は無いねん』いう人でもない限り、野宿なんかせぇへんのですね」
暗くなって行く空を見ながら鈴音が言うと、チラリと振り向いたサントリナが頷く。
「はい。盗賊の心配もありますし、怪物が出る可能性もあります。余程急いで街に入らなければならない人以外はしないようですね」
「盗賊!そっか、怪物だけちゃうんか……ほな見張りは私がやろ」
「え?いえ、それは皆で交代しながら……」
「いやいや、皆さんは今日一日で色々有り過ぎて疲れたでしょ?寝て下さい。私は大丈夫なんで。ね、虎ちゃん」
鈴音が片目を瞑って見せると、虎吉は察した様子で頷いた。
「せやな、俺もおるし大丈夫やで任しとき」
譲る気配の無い鈴音に、皆は申し訳無さそうに軽く頭を下げる。
「では、お言葉に甘えて休ませていただきますね」
サントリナへ笑顔を返した鈴音の耳に、虎吉の声が届いた。
「鈴音、もしかして俺らと同じか?神界に居る時と同じで疲れへん腹減らへん、要するに時間流れてへん状態か」
「そうやねん。虹男の世界に居る時からひょっとして、とは思ててんけど。何せ全然トイレ行きたならへんから、こらやっぱり異世界居る時は神界に居るんと同じなんや私、思て。日本に居る時は普通やねんで?」
猫の耳専用会話をしながら鈴音は小さく笑う。
「やっぱり眷属パワーなんかな?でも助かったわー、こんな長いこと異世界で過ごしよって普通に時間流れてたら、私だけ老けていくやん。友達に会うたら一人だけオバチャンなってるとか嫌やし」
「おう。実は俺もそれは心配しとったんや。あんまり異世界には行かさん方がええか思ててんけどなぁ、そうかー、神界時間かー、ふふーん」
「ん?何でそんな楽しそうなんやろか虎ちゃん」
もしや余計な事を言ってしまっただろうか、と一瞬後悔した鈴音だが、これといって不都合な点が見当たらない。
「ま、ええか。楽しそうな虎ちゃん可愛いし」
結局はそこへ落ち着き、虎吉の頭を優しく撫でつつ皆と一緒に薄闇の中を駆けて行った。




