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第百一話 凄惨極めてもうとるやないかいー

 机の引き出しを開け、例の短剣を取り出して愛おしそうに撫でるのは、三十代半ばに見える整った顔立ちの男。

 背も高く上品に見えるので、女性に人気がありそうだ。

 ただ鈴音達の目には別の物が映る為、もし実物と向き合う事があったとしても、心奪われはしないだろう。

 なにせこの男、常に身体から負の感情を立ち上らせているのである。

 そんな状態で触れられ続けている短剣は、負の感情が凝縮して負の力となった黒い靄を纏い、魔剣のような禍々しさを醸し出していた。


「短剣のドス黒いのんは、隊長の恨みが塗りたくられて擦り込まれて、固まったもんやったんやねぇ」

 神人一行はまだ状況がよく解らないらしく、鈴音と目の前の光景とに視線を何度も往復させている。

「ふふ、ほらみんな前見て、誰か来ましたよ」

 鈴音の言う通り、ノックに続いて同じような体格の男が慣れた様子で入って来た。

 男の顔を確認した途端、よそ行きだった隊長の表情が変化する。

「お前か。首尾は?」

 皮肉めいた笑みを浮かべ尋ねる姿は、誰がどう見ても悪党だ。

「誰に聞いているんだ。いつも通り喉を潰して放り込んである。好きな時に取りに行けばいい」

 似たような表情で応えるこの男は隊長の協力者か。

「流石は我らが副隊長だ」

 何と副隊長だった、と皆の目が丸くなる。

「それで、どうなんだ。完成しそうか?」

 その副隊長の問いに隊長が溜息を返した。

「誰に聞いている、と言いたい所だが正直まだ何ともな。今日の獲物を使って更に様子を見てみるさ」

「まあ、流れる血が多ければ多い程より強力な術となりそうで、期待は高まる」

「ああ、私を虚仮にした王家も、お前を軽んじる子爵家も、纏めて怪物共の餌となる日が近いと信じよう」

「実に楽しみだ。じゃあな」

 部屋を後にする副隊長へ手を挙げて挨拶を返した隊長は、扉が閉まり足音が遠ざかってから、短剣を撫でつつ何とも不気味な笑みを浮かべる。


「副隊長とかいうアイツ、殺られるよなコレ」

 虎吉の声に鈴音は頷いた。

「最後の獲物はお前だ!のパターンやで多分」

 物騒な会話を交わす猫と人に神人一行が引いている。

 そんな神人一行にも隊長にも特に興味のない虹男は、次の動きがあるまで早送りする骸骨を眺めながら首を傾げた。

「これ、あの人が移動したらそのまま歩いてついて行けるの?」

 骸骨は答えを描いて石板を出してくれたが、虹男はこれを読み解くのが苦手である。

「鈴音、読んで」

「はいはい。んーと、うん。あー、成る程。骸骨神様みたいに広範囲に力を行き渡らせる事は出来ひんから、遠い場所に移動したらそこでまたやり直すみたいやで」

 鈴音の解説を聞いて虹男は納得の表情だ。

「骸骨の神は場所関係無く映し出してたもんね、あれはすごかったなー。あ、勿論骸骨のこれもすごいよ?僕には出来ないし」

 褒めつつも少し悔しそうな虹男へ、滅相もないと骸骨が手を振って慌てる。

 虹男に気を遣ったというより、尊敬する骸骨神と比べられたのが畏れ多かったのだろう。

 汗など掻かないのに額を拭う仕草をした骸骨は、机で書き物をしていた隊長が扉へ向かったのに気付き、映像を通常の速度に戻した。

 部屋を出た隊長を追い、皆で足並み揃えてゾロゾロとついて行く。


 辿り着いたのは砦から少し離れた森の中。

 枯れ枝や落ち葉で偽装された地面の穴に、手足を縛り上げられた河童モドキの怪物が入れられていた。

 藻掻いてはいるが鳴き声を出さないのは、副隊長により喉を潰されたからなのだろう。

 憎悪に満ちた目で睨む怪物を見やり、隊長は冷たく笑った。

「王子の為にその命を使えるんだ、名誉な事だろう?」

 一緒に置いてあった袋に怪物を詰める隊長を見ながら、さて王子とはどちらの意味かと鈴音は考える。

「呪いみたいなもんになって王子達を殺せる怪物としての名誉……ちゃうな。俺様という王子の役に立てんねんから、ありがたく死ねよ、いう意味?どっちにしろクズやなー」

 怪物入り袋を担いで戻る隊長について行きつつ、鈴音へ視線を向けたイキシアが遠慮がちに口を開いた。

「そんな恐ろしい考え方をする人を生み出したのは、王家の側だという考え方も出来ますよね……?」

「うん、そうやねん、元を正せば王様が悪い。平民との間に子供出来たら、その子の立場がどないなるかぐらい解ってる筈やしね」

 肯定されて『合ってた』とイキシアは嬉しそうだ。

 しかしすぐに喜んでいる場合では無いと気付いて表情を引き締める。

 その様子を見た鈴音は笑いを堪えながら頷き、続けた。


「後は母親もなぁ。どう頑張っても王子として扱うて貰われへんて解ってるなら、何が何でも隠し通したったら良かったのにねぇ。鎧の人の情報からすると、母親は馬鹿正直に喋ってしもたんやろなーって思うわ」

 よく解らない、というようにイキシアが首を傾げる。

「隊長は国王への感謝を口にしてたらしいやん?それは多分、母親に言い聞かされたからやと思うねん。『私が平民だからアナタに王位継承権は無いのゴメンナサイ。でも陛下はアナタを息子と認めて紋章付きの短剣を下さったし、この家と充分なお金まで下さったわ、感謝してもしきれないくらいよ』せやから国の為になるような仕事に就くんやでーぐらいまで言うたかな?」

「お母さんは伝えた方がいいと思ったけど、隊長にとってはそうじゃなかった……?」

「うん多分。大人になってから聞いんやったら、城で一緒に暮らしてへん時点で、自分の立ち位置って大体解ったと思うねん。ただ、子供の時に聞いたら……母親が感謝するような相手で、それが自分の父親やねんで?会うてみたいなって思てまうんちゃう?」

 そこでイキシアは先程の隊長の言葉を思い出した。

「私を虚仮にした王家……」

 辛そうな顔で呟くイキシアに鈴音は頷く。

「メイドさんに手ぇ出すような王様やったら、隊長みたいな子は他にもようさん居りそうやし、ロクに相手して貰われへんかったやろなぁ。それが何歳いくつん時の体験かは分からんけど、存在を否定されるぐらいの傷が出来たやろね、心に」

 そこでハッと顔を上げたイキシアは、思い詰めたような目で鈴音を見つめた。


「ん?何?どないした?」

「……っ、すみません、何でもないです。あ、あまりに気の毒になって」

 じっとイキシアを眺めた鈴音だが、特に何も尋ねず話を進める。

「まあ、気の毒やね間違い無く。ただ、傷付いた可哀相な自分を助けてやれる機会は、何遍もあった筈やねん。子供ん時はしゃあないけど、大人になる過程で気付けた筈やねん。父親がそんな奴やいう不幸は消えへんけど、母親は生きとるし衣食住には困らへんし勉強もさせて貰える。あれ、割というかかなり恵まれとるんちゃうか俺、て考えて一発逆転狙たら良かったのに」

 一発逆転の意味が解らなかったのか、神人一行が揃って首を傾げた。

「王様のお金で勉強して剣とか魔……精霊術とかの技術を磨いて一流になって、お母ちゃん連れて他所の国に出てってそこで軍の天辺ぐらいまで登り詰めたったらええんやんか。あれアンタの息子やで!て言われた王様が慌てて呼び戻そうとしても『どちら様でしょう?最近そういう輩が多くて困っております。やれやれワタクシの父はこの世に何人居るのでしょう』ニッコリ。て、やったったらええやん。スカッとすんで」

 成り上がり話が男達には刺さったらしく、愉快そうに頷いている。

「別に軍人やのうても、学者でも商売する人でもええやん。こんだけ人望あるんは紋章の効果だけちゃう思うし。何をやったって上まで行けた人やったやろに、自分を丁寧に扱わんかった人らへの復讐心で凝り固まってしもて、こんなんなってんねん。アホや。勿体ない。どんな理由があったって、無関係の人を巻き込むこんな方法取った時点でアイツは只の悪党や」

 厳しい表情で言い切る鈴音に骸骨が大きく頷いた。

 イキシアもまた頷きながら、胸に手を当て何かを考えている。

 鈴音は何も気付かぬ振りをして歩を進めた。


 さて、部屋に戻った隊長はといえば、仕掛けのような物を動かして本棚を移動させ、例の隠し部屋を出現させている。

 何の迷いも無くそこへ入ると地下室への扉を開け、怪物を収めている袋を蹴落とした。

 そのまま自らも階段を下りていく。

「うーん、行かなアカンよね?様子が解らんもんね?」

 半笑いの鈴音が確認すると、虹男と虎吉を除く皆が諦めたような表情で小さく頷いている。

 凄惨を極めるような現場ではありませんように、と祈りながらぼんやりと光る階段を下りた鈴音だったが。

「うぎゃー、極めとるやないかい、凄惨極めてもうとるやないかいー」

 素早く目を細めるも、天井に血飛沫が飛び散り、部屋中央の床に描かれた魔法陣のような物の上にはバラバラにされた怪物の一部が残っている、ぐらいまでばっちり見てしまった。

 階段と同じく壁が発光しているので、猫の目でなくともクッキリはっきりだ。

 ちらりと視線をやれば、骸骨や神人一行も顔を伏せたり目を逸らしたり、似たような反応を示していた。

「ここ、本来は何に使う部屋やったんやろ。まさかこんな使われ方するとは、作った人もビックリやろなー」

 遠い目をして現実逃避を図る鈴音をよそに、隊長は手慣れた様子で怪物を袋から出し、魔法陣の上に蹴り飛ばしている。

 壁に掛けてあった剣を取ると、藻掻く怪物の縄を切り、立てと指で挑発した。


「ぅんー?転がしたままやとアカンのかな?」

 意図が解らず唸る鈴音の前では、隊長に襲い掛かろうとした怪物が、魔法陣から伸びる透明な壁に阻まれ怒りに任せて暴れている。

 その頭からは黒い靄が立ち上っていた。

 冷たい目でそれを見つめていた隊長は、黙ったまま素早く剣を振る。

 怪物の腕が飛び、魔法陣に赤い血が降り注いだ。

「うわぁ……せめて血の色緑とかやったらなぁ。にしても、壁ん中に入った剣は怪物と同じ目に遭わへんのやろか」

 隊長は剣身の半分程を壁の中に入れ、怪物を斬りつけている。

 特に動かし難くは無さそうだ。

「全部中に入ってしもたモンだけが、出られへんようになる仕組みちゃうか?」

 虎吉の推理に鈴音は目を輝かせた。

「それや。生き物だけ閉じ込めるとかなら、剣はもうちょい突っ込んで使いそうやけど、うっかり全部入ってもうたら取り出されへんから、半分でチマチマやってんねんな」

 チマチマやられている怪物からは血と共に黒い靄が溢れ出し、全てを魔法陣に吸い取られている。

「負の感情そのものと、負の感情に支配されてる生き物の血が要るんかな」

「せやろな。えげつないな」

 頷き合う鈴音と虎吉、骸骨に虹男に神人一行、皆が見つめる中、散々痛めつけられた怪物は隊長を睨んだままゆっくりと倒れた。


 すると、まるで今まで吸い込んだ物を吐き出すかのように魔法陣の中に黒い靄が湧き出し、竜巻の如く渦を巻き始める。

「精霊術式が発動したようです」

 サントリナの声に『魔法陣ちゃうかった』と鈴音は心の中で舌を出した。

「これはもう完成ですか?」

「解りません。治療に使う以外の精霊術式を見たのも初めてですから」

 そう聞いた鈴音は成る程と頷く。

「そういう正の力を出す式を弄ったんかもしれませんね」

「確かに、それならありそうです。任意の場所に怪物を呼び寄せられるのなら、どこかの国が兵器として開発した可能性も否めませんね」

「でも、そんなもんが使われた記録は?」

「ありません。ただ、とある国の研究機関があると噂された街が、怪物の大群に襲撃されて滅んだという記録はあります。生き残った方による証言がはっきりしない事もあり、怪談や不思議な話に分類されているので、今の今まで思い出せませんでした」

 頭を下げるサントリナに問題無いと手を振り、鈴音は考える。

「怪物を呼び寄せる式は出来たけど、その場で効果を発揮してまうもんやったんかな?そんな力、持ち運べな何の意味もないどころか自分らが死んでまう訳やし、完全な失敗作。でも、滅んだ街の研究所からその資料を持ち去って、保管した者が居ると。それがこの国。その資料を隊長は見て、今回の事を思い付いた」

 では、持ち運べないという致命的な欠点はどうするつもりだったのか。

 今ここで発動しては目的が果たせないだろうに。


 訝りながら見つめる鈴音達の視界では、黒い竜巻が細く低く縮んで行く。

 やがて、掌で転がし丸めた綿のように圧縮された靄が、漆黒の球体となって精霊術式の真ん中に浮かんだ。

「フフ……ははははは!!出来たぞ。後はあの馬鹿貴族を呼ぶだけだな」

 実に楽しげに笑いながら漆黒の球体を眺め、剣を壁へ掛け直した隊長は表情を戻そうと努力しながら階段を上っていく。

「馬鹿貴族て。やっぱり副隊長殺す気満々?人の血混ぜたら持ち運び出来るようになるとか?うーん」

 唸る鈴音を突付いた骸骨が石板を見せ、このまま早送りしてみようと提案した。

「うん、賛成。ここで何かが起きるのは確実やもんね」

 笑顔で頷く鈴音に親指を立て、骸骨は映像を早送りする。

 その間、漆黒の球体は一切の変化を見せずその場に留まり続けた。

 静止画ではないのかと疑いたくなる映像が続く事暫し、階段に射す人影に気付いた骸骨が通常再生へ戻す。

「……と思うのだが、どうにも私一人で判断するのは不安でな。何せ初めての事だ」

「ああ、わかったわかった。だが私とて初めてなんだ、的確な判断が出来るという保証はないぞ」

 隊長に続いて地下室へ下りて来る副隊長。

 精霊術式のど真ん中に浮かぶ球体を目にした途端、呆気に取られた様子で固まった。

「凄いな!成功じゃないのかこれは」

 我に返ってそう言い式へと近付く副隊長の、無防備な背後にそろりと回る隊長。

「だといいんだがな……」

 答えると同時、今だ、とばかり両手を前に突き出した。

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