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アークがさくら商店から旅立つ日

 王都から帰ってきた翌日、アークは私とアリスに全ての事情を話すと改めて謝罪と感謝を伝えた。

 そしてこれからどうするかという話になった時に彼は私達が想像すらしていなかったことを口にしたんだ。


「私は、商人を目指してみようかと思う」

「……はい?」

「アーク、それはどういう……」


 寝耳に水、と言ってもいいんじゃないだろうか。アークに何かしらの考えがある事は想像できたけれど、まさかそれが商人を目指すという事だったなんて思いもしなかった。


「昨日の戴冠式が終わった後、私はようやく肩の荷が下りたと喜ぶと同時に自分の余命を考えていた。恐らくはそう長くはないだろうと……。だが、そんな時にアスタルスから渡されたのがこの指輪だ。お陰で生きる道筋が見えたことで色々と考える事も出来た」

「うん。戴冠の儀の時はそうなんじゃないかと思ってた」


 アークは苦笑いをすると困った様な顔をする。


「情けないところを見せた、すまない。だが一度死を覚悟した事で視野を広げることも出来たよ。だからこそやってみたい事を追う決心がついたんだ。それもさくらやアリスのお陰だと思っている」

「アークがやりたい事があるならそれが一番大事だもんね。……じゃあ、ここを出て旅に出るんだね?」

「そうなるな。世話になっておいて恩返しも出来ずにすまないとは思っている」

「そうですか……」


 アリスは話を聞いて相当落ち込んでいるみたい。アークの命が助かったことは素直に喜んでいるけれど、やっぱり別れが辛いんだろう。

 私もまさかこんなことになるなんて思いもしなかったよ。けれど彼が自分の進む道を見つけられたことは素直に喜ばないといけないと思う。


「あ、そうだ」


 私はある事を思いつくと《異空の指輪》からそのアイテムを取り出す。


「これ、《魔法の墨石》って言うの。商人になるなら持っていても損はないと思うよ。これを――ほいっと!」


 剛腕の篭手(パワー・ハンド)を装備して墨石を半分に割る。


「なっ!?」

「さくら!?」

「だ、大丈夫だよ慌てないで! これをね、はい。持っていくといいよ」


 割れた片方をアークに差し出すと少し戸惑ったように受け取る。


「商人になるなら鑑定が必要でしょ? でも鑑定してくれるところって大体安いと証明書がないんだよね。そんな時にその墨石を持ち込めば証明書を作ってくれるんだよ。凄く便利、凄く必須」

「良いのか? そんなものを貰っても」

「退職金代わりだよ、色々とお店のこと以外にも手伝ってもらったし。あ、それから旅に出るなら《次元蜥蜴の鞄》も必須だね。あとは簡単な装備と着替えと……あと……」

「さくら……」


 どうしよう、やっぱり自然と涙が出てくるや。頭では引き留めたりしちゃダメだってわかっているのに堪え切れなかった。呪いの力でも感情の起伏は消すことができないんだなぁ。

 どうかこの涙が彼の決心を鈍らせませんようにと祈る。


「……よし。はい。色々と必要そうなものを入れておいたからね。冒険者登録を忘れないようにしてね」

「あぁ。何から何まで、世話になってしまってすまない。この恩は必ず返す。それまでどうか息災で」

「期待してる!」

「それからアリス。キミもよく私を助けてくれて感謝している。ありがとう。これからもどうかさくらを支えていってくれ。彼女はキミがいないと少し危ういところがあるようだから」

「だ、大丈夫です。私はずっとここに居ます。だから、何かあったら寄ってくださいね」

「あぁ。ダンジョンに潜る事もあるだろうし、扉を見かけたら土産でも持ってまた寄らせてもらう」

「待っています」


 アークとアリスはお互いに笑顔を交わす。さらっと酷い事を言われた気がするけどあってるから仕方がないね。

 先程までの落ち込んだ顔はどこへやら。こんな時に笑顔でいられるのは仲間意識の強いアリスだからこそアークを引き留めたりするのは自分の自己満足でしかない事を理解しているからなんだろう。だからこそ笑顔で送り出そうとしている。

 私も見習わなきゃいけないな、と少し恥ずかしくなる。


「では、急だが今から発つことにするよ。このままここに居てはどうにも後ろ髪を引かれてしまうから……短い間だったが世話になった。また近々会えることを楽しみにしている」

「うん、元気で!」

「しっかりご飯食べてくださいね! あと髭もしっかり剃ってくださいね! 客商売なので! あと身だしなみも――」

「ア、アリス……」


 アークはそんな風に言ってもらえることが嬉しかったのか、笑顔で手を振り扉から出て行く。まるで今からお使いに行くようにあっけない出発だ。

 本当に急な事だけど、アークはこれから自分の人生を生きていくんだと思うとその旅立ちを見送れて良かったなと感じる。

 この世界の神様の事はよく知らないけれど、もし本当にいるのならどうか自分を犠牲にして国を守った彼の旅路に多くの幸福があらんことを……とそう願うのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「では可決という事でよいな?」

「異議なし」

「……しかしよく考えたものだ。いや、幾度となく議論には上っていたが……何故今まで可決されなかったのか不思議だな」

「旧体制を良しとし新体制を認められなかった我々年寄りの怠慢だな。アスタルス陛下にはそれを思い知らされるよ」

「その通りだ。王というには年端もゆかぬあの方が我々を説得するのにどれほどの神経を使われたか……アレクス前王はこのために地盤固めをされておったのかもしれんな」

「あぁ。私達も、そろそろ世代交代を迎えるべきやもしれん」


 ここは王城の2階に位置する議会室。国、民の為に新たな法案や取り組みを話し合い、承認が得られれば王に進言し許可を取り付け実行に移すための国家運営の要となる場所だ。

 選ばれるのは国を支えるに値する地位を持った貴族が殆どだが、その流れも大きく変わろうとしていた。

 議長を務めるのは王族に名を連ねながらも王位に一切の執着を見せず、ただ国や王の為に尽くしてきた大貴族ファルド=ホス=シュバリオン。

 昔は冒険者として名を馳せ、アレクスがその道に憧れる原因を作った人物だ。


「ではここに新たな貨幣制度を設けることを可決する。単価、単位に関しては今後の話し合いで決める事となるが、とりあえずは民への周知を徹底し速やかに移行できるように尽力せよ」


 議長であるファルドの一声で議会室は慌ただしく動き始める。

 これから彼らはアスタルス王が提唱する新しい貨幣制度の為に国内を飛び回らなければならない。それがどれだけの労力であるかは全員が理解しているが、議会の世代交代もうまく機能していない現状ではまさに老骨に鞭を打っての仕事となる。

 ファルドは人の少なくなっていく議会室の中をぼんやりと見渡すと、机の上に置かれたコップから水を一気に飲み干す。


「アレクスよ、ようやくお前の願いが叶うな……俺の命があるうちにお前の旅立ちを祝福できてよかった」


 まるで自分に言い聞かせるように呟くと椅子から立ち上がり書類を抱えて部屋を後にする。

 彼にとってアレクスは幼い頃から剣術の稽古をつけていたいわば弟子という事になる。それだけでなく、同じ王族の末席に身を置く者として、互いに信頼しあい彼の夢を後押しする友でもあった。

 そしてアレクスが玉座を守るために仮初の国王となった時に彼を非難の矢から身を挺して守ったのも他ならないファルドであった。

 彼はふと王城から見える遠くの景色を見て立ち止まる。

 この街を旅立ったであろう弟子を、友を、そして仕えた王を想い少しだけ顔を綻ばせると胸に右手を当て彼の旅に幸がある事を祈るのだった。

 

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