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巡る悪魔の杖

「おいセレナ! 大丈夫かセレナ!? クソ、迂闊だったか……!」


 私はぐったりとして動かないセレナを庇う様に抱きしめると、眼前に迫る大型のモンスター『トロル』に向かい剣を構える。

 私とセレナは2人でギルドから紹介されたアイテム収集の任務にあたっていたのだが、少し階層を深入りしすぎてしまいよりにもよってネームドモンスターの『トロル』と鉢合わせてしまったのだ。

 本来ならば逃げることも容易い力だけが取り柄の鈍重なモンスターだが、この日はアイテム採取に夢中になり索敵を怠ってしまった。

 勿論それだけならスキル補助でどうになかなったのだが、このトロルはよりにもよってレアスキル『隠密行動』持ちだ。

 初手で完全に磨り潰されなかったのはむしろ幸運と言えるだろう。

 とはいっても、セレナは横薙ぎに棍棒を受け完全に気を失い、私もセレナが壁に叩きつけられるのを庇おうとして右足を痛めてしまったこの状況が幸運と言えるかはわからないが……。


「どうにか……だがどうすれば」


 左手には気を失ったパーティメンバーのセレナを抱え、右手で剣を向けてはいるが相手からすれば動かない獲物を棍棒でひき潰すなど造作もない事だろう。

 何とかこの窮地を脱しなければ、と考えれば考えるほどに絶望的状況だという事を思い知る。

 そしてついにトロルが動いた。

 こちらの必死の思考も虚しく、ただの一撃で私達を圧殺する為に渾身の力で棍棒を振り下ろすその様はまさに死神のようにも見えた。


「よい――っしょ!」


 命の終わりを確信し目を閉じた私の前に何かが滑り込んでくる気配を感じた。

 何事かと眼を開けると、そこには片手でトロルの棍棒を受け止める小柄な銀髪の少女が目に映る。


「なっ!? なんだ!?」

「うーん、しびれる……。危なかったですね! 今やっつけますからねぇ」


 少女は明るい声でそう答えると、まるで枝でも払う様にトロルの棍棒を弾き飛ばすとその身体へ向けて拳を突き出す。

 パンッと乾いた音がダンジョン内に響き、後には腹部を失い絶命するトロルが消えていく姿だけが残された。


「ふぅ、アイテムゲット、と。大丈夫ですかふたりとも?」

「あ、い、いや、助かったが……はっ!? そうだ、相方がトロルの攻撃の直撃を貰ってしまった! 助けてもらって更に厚かましいが上級ポーションは持っていないだろうか!?」

「ふむふむ。あ、危ないですね。ありますよ上級ポーション――ほいっと。どうぞポーションです」

「す、すまない!」


 その少女は何事も無いように謎の空間からポーションを取り出す。

 受け取ると急いでセレナに飲ませるが、内臓を損傷しているのが自分で飲み下すことができないようだ。

 私は自分の口にポーションを含ませるとセレナの唇へと舌をねじ込み強引に喉へと流し込む。

 何度か繰り返すと急速に回復が始まったのか、セレナの口から血液が溢れだし咳き込むが次第に呼吸を安定させていく。

 

「な、こ、のポーション……なんだこの修復速度は! ……ってどうしたのだ? なぜ顔を覆っている?」

「あ、いや、刺激が強いなって思って……」


 少女は指の間からちらりとこちらを見ると困ったように呟く。

 

「バ、バカ! 人命がかかってるんだぞ! しかたがないだろう!」

「いやぁ、なんかお姉さんからはそれ以上のものを感じましたが……」

「ち、違う! 断じて違うぞ!! ――いや、そんな事よりも、なんだこのポーションは? ただの上級ポーションではないな……少ししか飲んでいない私の脚の怪我まで治っている……」

「え、ああ、はい。一応ねハイポーションではあるんですよ。けどそれはうちの自家製でして。ちょっとだけ効能が上がってるんですよね」

「自家製、なるほど錬金術師……ではないな?」

「私は商人ですよ! ダンジョンの中でアイテム屋を営んでます。あ、そのハイ・ポーションは銀貨2枚です」

「あ、ああ……では、これで」

「毎度あり!」

「しかし、ダンジョンの中でアイテム屋とは……いやそのおかげで助かったのだが」

「最近はお店も構えて商売してますよ。《さくら商店》ってダークウッドの扉を見かけたら立ち寄ってくださいね!」

「あ、あぁ。ところでその商人がここで何をしているんだ?」

「ええと、実は探しているアイテムがありまして。《トロルの胆石》っていうものらしいんですが、さっきのあれがトロルで間違いないですよね?」

「そうだ。一応ネームドモンスターに分類されている。胆石、というと滅多に出ない割には使い道がなくて困るアイテムだな」

「あ、そうなんだ。知り合いの錬金術師が欲しいそうなんですよ。丁度今日はこの『トロル大洞穴』にお店が繋がったんで探してみようかと思って」

「そういう事か、しかしそのおかげで助けられたな。すまない、ありがとう」

「いえいえ、命があって良かった。嫌ですからね、探索しててぺしゃんこの冒険者を見るのも!」

「そうだな、うん。気を付けておくよ」

「う、んん……」

「セレナ!? 無事か!? どこか痛みはないか!?」

「え、エリィ……はっ!? トロルは!?」

「大丈夫だ、通りすがりのこの商人が倒してくれたんだ。ええと……」

「こんにちは! かわいいお嬢さん! 私はさくら、さくら商店の店主です!」

「あ、こ、こんにちは」

「大丈夫か、立てるか?」

「うん、大丈夫」

「それじゃあ私はこれで! 気を付けて帰ってくださいね!」


 少女はそういうと手を挙げて立ち去ろうとする。

 私はセレナと一瞬顔を見合わせるが、頷くと彼女を呼び止めた。


「さ、さくら! あの、さっきの礼に《トロルの胆石》探しを手伝わせてくれないか?」

「え、それは助かりますけど……」

「大丈夫だ! 本来ならトロルに負けるほど実力がない訳じゃない。それに借りを返しておかないと気が済まないんだ、頼む!」

「でも私、お邪魔じゃないですか?」

「――!? だからあれは違うと!」

「あはは! じゃあお願いしようかな!」

 

 さくらは大きく口を開けて笑うと懐からクリスタルを取り出す。

 私とセレナは頷くと彼女とパーティを組んだのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「発見しました」

「……確かに。魔力痕跡がありますね。しかしこれは……」

「恐らく人為的な物でしょう。現在は禁止されている秘術『ネクロマンス』ではないかと考えます」

「そうですね、間違いなく同一の波長を感じます。しかし、そうなると2本目の杖、という事になりますか」

月下美人(ムーンライト)!! ミノス殿より緊急連絡です!」

「はい、こちら月下美人(ムーンライト)です」

『ミノスだ。ガジェスノーツで2本目の杖を魔法使いに売ったという情報を入手した。やはり存在しているようだ』

「わかりました。その売り手はどこで()()を?」

『なんでも古くから家に伝わる蔵の中で死蔵されていたものだそうだ。手放すために整理していた所で売ってほしいと莫大な金をちらつかされて売ってしまったと。年代的にはこちらが1本目だな』

「なるほど、一般の人からすればそんな大金になる物だとは思いませんからね。……わかりました、こちらでも追跡を開始します」

『頼んだ』


 2本目の杖……この世の中には神話級や伝説級といったアイテム、装備品が存在するが、その中でも異質な存在を『アーティファクト』と呼称している。

 杖が最初に登場したのは今から80年ほど前、他大陸のダンジョンの傍にあった小さな村での事だった。

 ダンジョンから繁殖期で溢れたモンスターが村を襲いひとり残らず食い殺されたというのが定説だが、調べていくにつれて不可解な事に気が付いた。

 まず遺体の少なさだ。

 いくら食い殺されたとはいっても、そのダンジョンに生息していたのはゴブリン。

 ゴブリンが骨まで残さず捕食するとは考えられなかったからだ。

 そして次に遺体の傷口。

 残された遺体は全部で7名分、その全てが身体中を噛みちぎられていたらしい。しかしゴブリンの歯型とは一致せず、武器による傷もなかった。

 最後は消えた残りの遺体が無造作にダンジョンの入り口付近で発見されたことだ。

 村には50名の村人が暮らしていたそうだが、7名を残し43名が失踪した。そしてその43名の内29名がダンジョン内で発見されのこりの村人は依然行方不明。

 不思議に思った当時の調査官の調べで、ダンジョン内から魔力痕跡が発見され、その痕跡をたどった末に村とは反対方向の山中で無残な骸と化した遺体を発見した。

 その遺体が所持していた杖が1本目、つまりこの事件の原因となったアーティファクト『首界の呪杖』だったのだ。

 後の調べでこのアーティファクトは生き物を全てアンデッドへと変換する恐ろしい能力を有していることが分かった。

 しかしその効果に選択権はなく、使用者そのものもアンデッド化してしまう欠点があった。

 冒険者ギルドの本山へと厳重に保管され、ギルドマスター・シリウスでもギルド会議での承認を得なければ立ち入る事の許されない『大封印』の奥へと安置されている。


「もしあの杖を持った者がこのまま彷徨えば、街ひとつアンデッドの巣窟となってもおかしくはありませんね」

「しかし、それならばこの『幽鬼の墓場』内でのアンデッドモンスターの増殖は……」

「……至急、あの時に救助された冒険者以前に行方の分からなくなった者が居ないか調査してください」

「はっ!」


 当たらなくてもいい勘はよく当たる、そんな事を考えながら私は壁へともたれ掛かる。

 もしかすると今この大陸は未曽有の危機を迎えているのかもしれない。

 そんな考えが頭を過るのだった。

 

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