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人気商店の秘訣は買取にあり!

体調がすぐれません。

今回は書き貯めしておいた話しに少し加筆を加えてあります。


どうぞよろしくお願いします!

「全っ然人がいない……」


 私は朝早く中級ダンジョン『幻惑の花園』へとやってきている。

 ガネッサから馬車なら半日の距離にある中級ダンジョンで階層は30層、20階層には休息所がありその下10階層……つまり21階層からは上級ダンジョンと然程変わらない難易度らしい。

 しかしこの手の精神異常耐性が必要なダンジョンは人気がないみたいだ。

 精神耐性スキルは所有者数が少なく持っていてもスキルレベルが上がりにくいという性質があるらしく、私のように特殊な条件でもなければそう簡単には手に入らないらしい。

 しかし攻略ができない訳ではなく、状態異常を回復できるスキル保持者や耐性を上昇させるスキル、アイテムがあれば不可能じゃない。

 でなければこのダンジョンも攻略済みにはならないし、錯乱の洞穴のように『特殊ダンジョン』に分類されてしまうはず。

 それにガネッサの市場には精神異常耐性を付加するポーションが売られていたから全く人がいない訳ではないと思う。


「んー、でもあのポーション高かったんだよなぁ。どれくらい効果があるのかわからないけどアレを飲みながら30階層潜るのはコスパが悪い……」


 なんと1本金貨1枚。

 恐らくそういう事情もあってあまり人気はないんだろうなぁとは思っていたけれど、まさか目に付く範囲に人がいないなんて……。

 

「しっかし、ダンジョンというには少しファンシーだね」


 歩く床全て草花に包まれ、壁にまで蔦が絡みついている。

 まるで天然の草花の洞窟といった印象を与えるこのダンジョンの中には、どういう訳かモンスターが見当たらない。

 情報収集したかったけど、今回は適当な人物が見当たらなかったから冒険者ギルドで聞いてみたんだけど、虫タイプのモンスターが出るといった事しか教えてもらえなかった。

 まぁ商人祭の影響でギルドに尋ねてくる人も多すぎて大騒ぎだったから仕方がないとは思うけど。


「お? おお!?」


 20階層の休息所へと入ると、そこには花に囲まれた巨大浴槽が私を待ち構えていた。

 どういう原理でお湯が出ているのか、壁にはライオンのレリーフがあり、その口からお湯が溢れ出ている。

 浴槽の中には乳白色のお湯が並々と張られ赤い花びらがその表面でゆらゆらと揺れていて、なんだかお金持ちの人達が入るお風呂のように見える。

 

「なにこれ! 凄ーい! こんな大きなお風呂見たことないよ!」


 近づいてお湯に触れてみると少しぬるりと指に絡みついてくる。

 そういえば一度気を利かせた看護師さんが温泉のお湯を再現したヌルヌルする入浴剤を入れてくれたことがあったっけ。


「早速――と言いたいけどまだ全然疲れてないし、まずは下の階でアイテムを集めよう」


 私は後ろ髪をひかれつつ21階層への階段を下る。

 

「ん? 雰囲気が変わったなぁ」


 明らかに19階層までとは雰囲気が違う。

 相変わらずあちこちに花が咲き独特な香りに満たされているけど、花の香りが異常な程強く足に絡みつく植物も心なしか踏み応えがあるというか、少し芯のような硬さが入っているように思える。


「でもモンスターは相変わらずでない、と。お! 宝箱じゃん!」


 モンスターを警戒しながら徘徊していると宝箱が草花に埋もれているのが見える。

 足を止め探索用の短剣で蔓を切りながら宝箱を開けると未鑑定の軽装防具が入っていた。


「おー、やった! 未鑑定の防具だ。出来たら装備できる奴がいいなぁ……ん? なんか足元がもぞもぞする――――ぎゃああああああ!?」


 私は急いでその場を飛びのくと20階層へと戻る階段へ走り出す。


「全然気づかなかった! 全然気づかなかった! 全然気づかなかったぁぁ!!」


 私は叫びながら階段を駆け上がると同時に装備を脱ぎ収納へと仕舞っていく。

 そして一糸まとわぬ姿になると躊躇いなく大浴場の湯船へと飛び込んだ。

 そう、今までモンスターがいないと思っていたのは私の勘違いで、実は1階層からずっとこのダンジョンに居たんだ。


「ひぃいい!! ああまだ身体がぞわぞわする!!」


 私は湯船の中に浮いた「ソレ」を外へと掻きだすと一心不乱に身体を擦る。

 足を止めてしゃがみ込んだ時に私の身体を這い上がってきたそれ、『小さな虫型のモンスター』の死骸がお湯に流されて部屋の端にある水に流れ込んでいく。


「ひぃい! まさか虫型モンスターって――ずっと踏みしめながら歩いてたって事!?」

「あら、あなた何も知らずにこのダンジョンに来たの?」


 湯船から出て身体を洗っていると突然後ろから声を掛けられる。

 驚いて振り返ると、そこには筋骨隆々の身体を優しく撫でながら艶やかな黒髪を掻き上げた男性がゆったりと湯船に浸かっている。

 

「ぴっ!?」

「安心なさぁい、私女の子にはキョーミな・い・の」

「え、いえ、べ、別に恥ずかしくないですし」

「どうしてそこで開き直るのよ? 意味わからないんだけど」

「い、いつからそこにいたんですか?」

「ついさっきよ、まぁあなたが飛び込んできた時にはここにいたんだけど。多分入れ違いになったのね」

「……くぅ、安心したようなそうでもないような……この世界に来てよく裸を見られる……」

「何言ってるのかわかんないけれど、とにかくお風呂入りなさいよ。ここのお湯美肌にも効果あるんだから」


 男性……女性? はにっこり笑うと自分の肩を優しく撫でている。

 確かに見た感じお湯のぬめりもあってかなり綺麗に見える。


「それにね、ここのお湯はモンスターの毒にもよく効くのよ。肌にあとが残っちゃまずいしね、貴方も女の子なんだから」

「え? 毒?」

「そうよ? あ、そうか……誰もここのこと教えてくれなかったでしょう?」

「あ、はい。虫型モンスターがいるとしか……」

「このダンジョンはね最近踏破されたんだけど、その踏破者が私なのよね。私自前のスキルに毒耐性と精神異常耐性があるのよ。だからここは気軽に来られてアイテムと経験値が稼げるとっておきなの。だから情報は殆ど喋ってないのよね、ごめんなさいね」

「いえ、私もそういうスキルがあるんでおいしいダンジョンなら気持ちわかります」

「普通の冒険者なら入った瞬間に花の匂いと虫の毒にやられるからすぐに分かると思うんだけど……あなたどうやら虫のダメージも通ってないし相当高レベルなのねぇ」

「ま、まぁ。あ、私はさくらって言います。ダンジョンで『さくら商店』っていうお店を開いて歩いてます」

「あらごめんなさい、あんまりにもお風呂が気持ちよかったから……私はマリアよ。こう見えて魔法使いなのよ、よろしくねさくらちゃん」

「よろしくお願いします」


 私が異空からタオルを取り出すとマリアは少し驚いた顔をしていたが、何かを思いついたように指を鳴らすとニコッと笑う。


「さくらちゃん、貴女お店開いてるって言ってたわね?」

「はい」

「じゃあアイテム買い取ってくれないかしら?」

「え?」

「私のスキル、重量過多になると効果を発揮しないのよ。今回はちょっと頑張りすぎちゃってドロップ品が沢山あるのよね」

「ええ、でもいいんですか? 贔屓のお店があるんじゃ……」

「んー、あるにはあるんだけど、ほら時期が時期じゃない? だから忙しいみたいで相手してくれないのよねぇ」

「そうですか、じゃあ私で買える物なら」

「助かるわぁ」


 マリアはお風呂から出るとタオルで丁寧に身体を拭いていく。

 その所作はまさに妖艶、自分の身体を大切にしているのがよく分かるが、残念ながらどう見ても……いや心は……。


「お待たせ――ってどうしたの難しい顔をして?」

「あ、いえ。神の悪戯に怒りすら覚えているところです」

「そうなの? 確かに少し不公平よねぇ……っと、はいこれよ」

「はぁーい、じゃあ見せてもらいま――すぅ!?」


 マリアから荷物を受け取った私はあまりの重さに地面へと倒れ込む。

 

「あら! 大丈夫かしら? ごめんなさい……少し重かったわね」

「あ、い、いえ……ははは……」


 凄いな、これを片手で持ち上げたのこの人。

 剛腕の篭手(パワー・ハンド)をつけていなかったせいで危うく腕を持っていかれる所だった。

 あの筋肉は伊達じゃないって事なのかな?


「篭手をつけて……うーん、量が多いですね。相場は大体調べてきているけど……あ、珠蟲の宝殻ってここのアイテムだったんだ」

「そうなのよ、モンスターも小さいからアイテムも小さいのよね。だから量も多くなっちゃうし普通の人は嫌がっちゃって」

「でしょうね……どうしようかな、あ。そうだ『異界商店』のレベル上がって買い取り機能ついたんだっけ。どれどれ」


『異界商店LV2:買取機能の開放。訪問した商店からアイテムの平均値を自動で産出し買取相場を決定、買い取りを自動化する』


「うん、使えそう。他のお店は何か所も覗いてるからアイテム相場は勝手に覚えてくれるみたいだね。じゃあ少しアイテムお借りしますね」

「お願いね」

「どれどれ、『異界商店』起動っと。買取は……お、異空の指輪の中に入れればいいのね。よいっしょっと」


『買取価格自動算出中……買取価格自動算出中……完了しました』


珠蟲(パールインセクト)の宝殻×20枚 1枚1万リム 計20万リム

珠蟲(パールインセクト)の羽根×120枚 1枚10リム 計1200リム

・毒蟲の針×360本 1本5リム 計1800リム

・蜜花の花弁×13枚 1枚5000リム 計6万5000リム

・蜜花の実×30個 1個1万リム 計30万リム

・密林の革靴×3足 1足10万リム 計30万リム

・花園の革靴×2足 1足20万リム 計40万リム

・幻惑香の原液×10本 1本5万リム 計50万リム


「買取合計176万8000リム……! なにこれ、え? 凄すぎない?」

「あら、随分高く買ってくれるのね! いつもの所だと査定手数料引かれて100万リムくらいよ。まぁでも相手にそのまま伝えるのは問題かもね。例えばそこに手数料を加えて請求するとか、170万なら150万っていうとかね」

「あーそうか、確かにそれだと利益になりますもんね。なるほど……あ、ここで数値が弄れるのか。試しに180万にすると……おお、変わった変わった!」


 私が手元の数字を触ると自由に価格を変更することができた。

 これ、やりようによっては莫大な利益を生み出すこともできるんだけど、一歩使い方を間違えたら相手からの信用を一発で失う可能性もあるって事か。

 今の販売形態だと既存品を私が買ってきて、その値段にプラスして配達料を取る形で利益を上げているわけだけど、買取に関しては相場値は表示されるけれどそこからの差分や手数料なんかは相手との問題もあって販売より難しく感じる。

 確実に儲けが出るとは思うけれど、マリアの言うとおりに利益を少しでも上げるならそのままの数値を相手に伝えるのは確かに悪手だ。


「じゃあ今回は180万リムで買取しますよ! 色々教えてもらいましたし!」

「え。いいのかしら? 自棄になってない? 大丈夫?」

「いえいえ、その代わり今後も仲良くしてくれると助かります。まぁ今回はお近づきの印、でしょうか?」

「そういう事なら遠慮なく。……はい、ありがとう――って金貨の方が重くなっちゃったわね。ちょっと誤算かしら。まさかこんなに高く買ってくれるとは思わなかったから嬉しい誤算だわね」

「あはは、すいません。これからどうされるんですか?」

「そうねぇ、一度外に出ようかしら。今回ドロップも多かったから儲けも出たし。そういえば貴女はまた下の階層に戻るの?」

「いえ、私は……もういいかなって……はは」

「そうねぇ、出来ればあんまり居たくはないわよね。けどここ儲けが凄いから。貴女も是非暇があったら通ってみるといいわぁ」

「そうですね、素材の買取だけで150万リムって正直驚きました。どうしてこんなに高いんだろう?」

「ああ、それなら簡単よ。こういう精神異常耐性の必須なダンジョンは人気がないからドロップ品も高騰しやすいからよ。珠蟲の宝殻なんかは装飾品として利用されてるし、蜜花の花弁や幻惑香の原液は女性に大人気の香水として使われるわ。他にも毒に耐性を持つ装備の作成にも使われるし意外と需要が大きいの。私ここを踏破した時はPT組んでたんだけど、その時の報酬と清算で家買えちゃったもの」

「そんなに!? 道理で他の人には言いたがらない訳だ……」

「他のPTメンバーは稼ぎが良くても耐性が低いと辛いからって他の場所へ行っちゃったけどね。結局は私達みたいな他に使い勝手のない精神異常耐性っていうスキル持ちの数少ない恩恵でもあるわけよね。だから稼ぎになる此処に通うんだけど」

「へえ、そういうものですかね」

「そ。そういうものよ」

「あ、でもマリアさんは他にも理由があるんでしょう?」

「え?」

「温泉。肌にもいいし」

「ふふふ、そうね……」


 私達は他愛のない会話をしながら外への階段を目指す。

 今回は『販売』じゃなくて『買取』を覚えた。

 正直まだまだな所はあるし、買取価格の調整、手数料の設定、それに買取商品の選定も必要になってくると思う。

 スキルが自動で算出してくれるけど珍しい商品はほとんど見かけないし、そうなると相手側の言い値という場合も出てくるだろうけど……それが詐欺ではないとは言い切れない。

 今以上に情報収集をして、素材を欲しがっている人のリサーチも必要だ。

 それこそ以前のエリクシルポーションの時のように誰かから依頼されてアイテムを探すこともあるだろうし、相場、自分の働きによる加算なんかもしっかり設定しないといけないよね。

 うん、考えるのも面倒だけどこれは楽しくなりそうな予感がする!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ギルドマスター・シリウス、お元気でしたか?」

「お主こそ、商人ギルドは更に発展しておるようじゃなルシーダ」

「いえいえ。……ところで噂を耳にしましたが、なんでも新人商人がアンパルでエリクシルポーションを売りに出したとか……」

「ははは、商売の事になると異常なほどの情報収集能力だなルシーダ。事実だが、詳細は聞いていない。全てその商人が考え、そして行動した結果じゃ」

「成程、近頃の商人は目先の儲けに走り夢を追う者が少ない。その新人商人はそういう意味では実に『商人らしい』と言えますなぁ」

「ああ。お主が好きそうじゃと思うたわ。ワシはあやつに『アイテムリンカー』の素質を見ておる」

「ほう?」

「会えばわかる。恐らく今年の商人祭で嵐の中心になるのではないかと期待しておるしな」

「貴方がそうまで認める商人ですか……『彼』以来ですね」

「そうじゃな」


 ふたりは壁に掛けられた額縁へと視線を向ける。

 そこには3人の男が肩を組み合い笑顔で描かれている肖像画が飾られていた。

 心なしか3人並んだ左右に描かれた男性はソファに沈み込むシリウスとルシーダに似ているような気がした。

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