表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/50

1 暗黒の洞窟


 第二階層に続く道は緑豊かな一層の奥地にある。草地から歪な洞窟が、獲物を待ち構える捕食者のように口を開けていた。


「いよいよだな」

「うん」


 短く言葉を交わし、天然の階段を下りていく。内部の空気はひんやりと冷たく、水の滴る音が何処からともなく聞こえてくる。

 背後から差し込む日差しはすぐに弱くなり、代わりにトリシャは杖を掲げた。


「【古き光よ、全ての道を暴け。夜光霧(グロウパフ)】」


 先端の宝玉が光り始め、闇を払い除ける。松明の何倍明るいんだろう。


「……寒いな」


 俺はじんわりと染みる寒さに身震いする。潜れば潜るほど冷気が強まってくる。吐き出す息も真っ白だ。

 ポニーテールだとうなじが冷えてくるので、攻略中は髪を下ろすことにした。気休め程度だが。


「ラウラ、平気?」


 トリシャは手袋や耳当てなどの防寒具を身に着けられるが、俺は全身鎧なので耳とマフラー以外は対策を取れない。

 金属なので鎧がどんどん冷やされてしまい、二層は発狂するような寒さだ! と以前酒場で管を巻いていた冒険者を思い出す。


「一応、防寒のマジックアイテムを買ったから何とか」


 俺は首から下げたペンダントを見せる。『竜の温もり』と呼ばれる熱を発する使い捨てアイテムだ。所持してるだけで全身を温めてくれるのだが、安価の割にはそこそこ寒さを防げる。


「……ここら辺、階段が凍ってるな。気をつけないと」


 俺は立ち止まり、周りを見渡す。湧水が凍結したらしく、途中から広範囲に亘って靴底が滑りやすくなっている。天然のトラップと言ったところか。


「まず俺が先に進んで安全を確かめるよ」


 俺は慎重に足場を確認しながら進んでいく。まだ湿っぽい箇所もあるから、水は湧き出してるのかな? と考えていると、首筋に冷たい感触が突如として襲ってくる!


「うわっ!?」


 そのまま背筋を伝い、身体がびくりと震え上がった。


「ラ、ラウラ!?」

「も、問題ない。多分、水滴が首から入ったんだと思う……」


 クソ、下ばかりに注意を払ったのが仇になったか。気をつけないと。


「……ついた。ここが第二階層の地下一階、だな」


 自然が生み出した不意打ちに苦労しながらもようやく階段が終わった。目の前には自然にできたアーチ状の岩が組まれている。岩肌には先駆者たちの置き土産として自身の名前や、適当に書き殴っただけの落書きが遺されていた。


「俺たちも書き加えよう」


 途中の店で買った布を突き出た岩にしっかりと結び、そこに筆で『ラウラ』『トリシャ』と書き込む。岩肌に直接書くと消えてしまう可能性もあるからだ。


「これでボクたちもようやく名前を残せたね。前来たときは、後で描き残すつもりだったんだけど……」

「ああ。でも――」


 胸中にいくつもの想いがこみ上げる中、無数に書き残された名前を見上げ、呟く。


「目指すべきは第四階層だ」


 決意を新たに、俺たちは薄暗い迷宮を歩き始める。一層とは異なり、地下とは言え広大で複雑に入り組んだ空間だ。ギルドが配布しているマップがなければあっという間に迷うだろう。


「それにしても広いな……」


 高い天井から下がる無数の鍾乳石。ごつごつと組み合わさった岩の道。洞窟と言うには広すぎる。


「現在地は……二層地下一階の入り口付近、岩戸の大広間か」


 地図結晶『マップコア』を使うと、立体型の地図が表示された。最近開発された魔法のアイテムだけど、平面の紙に書き出すより遥かに細かい精度でマップが描ける。


「まずはラーニングしつつ、二層の手応えを確かめよう。今日は色々と試してみたい」

「ん、分かった」


 トリシャにはもう全て話してある。パーティは一心同体の戦友だ。隠し事は不和を呼び込みかねないからな。

 性別変異に関しては引かれるかと思ったが、あまり気にしてない様子……というより、イマイチ理解してないように感じられた。


『ラウラが元男の子? 男装してたの?』


 いえ、男装ではなく最初から男です。そして今も中身は男です。〝元〟ではない。断じて。


「……ラウラ」

「早速来たな」


 トリシャの声音で瞬時に気持ちを切り替え、盾を構える。行く手の岩の割れ目から人間らしき手が怪しく蠢き、人型の魔物がのっそりと現れた。一層のスカヴェンジャーに似ているが、身体中に薄汚い包帯を巻きつけている。彷徨える死体、マミー。


「さて……どれほどのものか」


 俺は盾を把持し、待ち構える。対するマミーは鈍重な動きで殴りかかってきた。ヨルムンガンドに比べれば目を瞑ったままでも防げそうな鈍い攻撃。余裕でそれを盾で跳ね返し、相手にノックバックをかける。


「ふっ!」


 バランスを崩した相手の胴にヴェルトバイパーを叩き込む。岩をも切り裂きそうな切れ味の前に、あっさりとマミーの上半身と下半身は別れを告げた。

 それでもなお俺の足に喰らいつこうと藻掻くのは、不死者特有の執念だろう。スカヴェンジャーのように増殖しないだけマシか。


 いくら魔物でも嬲る趣味はない。楽にしてやろうと大剣を振り上げる。


「危ない!」

「うわ!?」


 暗闇から殺人的な速度で何かが飛来する。即座に盾でガードするが防ぎきれなかった攻撃が頬を掠めた。


「この! 【熱く滾って燃え尽きよ! 血炎(エシュダム)】!」


 勢いに押され、ふらつく俺を守るようにトリシャが魔法を起動させる。地面が弾け、灼熱の渦を巻くが対象が小さすぎて殆ど当たらない。

 しかし本能的に火が苦手なのを理解しているのか、小さな円状の群れは一旦向きを変えて飛び離れていく。


「序盤から面倒なのが出てきたね。コイツらはカースカッパーだよ」

「これが……」


 カースカッパー。迷宮内で冒険者が落とした銅貨に邪悪な霊が憑りついたモノ。ただでさえ硬いのに、更に硬化させるスキルを使う持つ面倒な敵だ。

 倒せばその邪気が抜け落ち、回収できる。残念ながら殆どが古銭なので現在の通貨としては使えないが、一応売れば金になる。中には好事家垂涎の歴史的な貨幣もあるとか。


 俺たちの会話を肯定するように、早速カースカッパーはそのスキルを使って自分たちに淡い光を帯びさせる。続けて強化された身体を生かして突っ込んできた。


「く、ウザいな!」


 雨のように打ち付けてくる銅貨を盾で弾きつつ、俺は舌打ちした。


「【パラライザー】!」


 お返しに麻痺スキルを右手に宿し、地面を殴りつける。半円状のパルスが迸って、縦横無尽に飛び交っていたカースカッパーは全て地面に墜落。効果覿面、ビクビクと痙攣している。


「ふぅ……こんなものか」


 不意を衝かれたのは失態だが、これから気をつければいい。

 二層の探索はまだ始まったばかりなのだから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ