来訪の知らせ
意識は取り戻したものの、だからといってすぐにベッドから離れられたわけではない。
後から聞いたところによると、クロエの傷は表層のみで内臓には達しておらず、そのおかげで命に別状はなかった。
しかしそれでも、大きな怪我ではある。
最初は痛みが強くて起き上がれず、起き上がれたとしても動けばそれだけで傷に障ることもあった。そのため、ローガンの管理の元でクロエは鎮痛剤や睡眠薬で寝たり起きたりの状態だった。
半分は眠ったような状況から脱したのは半月も経った頃だろうか。
そうしてやっと日中起きていられるようにはなったものの、その間に体力も食欲も落ちてしまっていた。少しずつ動く範囲を増やすことで体力を戻すことに腐心し、さらに半月近くはベッドの上、もしくは寝室の中で過ごしていたように思う。
今まで経験したことのないような痛みにクロエは心が折れ、何度も泣き言をもらした。それでも家族、それにローガンやサラたちが寄り添ってくれたから何とか耐えられたのだろう。
結局、ある程度元の生活に戻れるようになるまで三ヶ月はかかった。そしてその間に、クロエは九歳の誕生日を迎えたのである。
♢♢♢
「サイラス殿下がこちらにいらっしゃるの?」
その日、クロエはゆったりとしたドレスに身を包みながら、自室で母とお茶をしていた。こうした時間が取れるようになったのも最近のことであり、娘を心配する母は頻繁に一緒の時間を過ごそうとやってくる。
「ええ、そうよ。実はあなたが目覚めてすぐにお見舞いに来たいとのお手紙をいただいたのだけど、あなたもそれどころではなかったでしょう? 私たちも殿下をきちんとおもてなしできる状況ではなかったし、しばらくお時間を、とお願いしていたのよ」
窓から差し込む陽の光が母のダークブロンドの髪を照らしていた。
クロエは母から髪色を、そして父からバーミリオン色の瞳を受け継いでいる。
「あなたもこうしてお茶ができるくらいには回復したし、いつまでも先延ばしにはできないわ」
「殿下がいらっしゃる日はもう決まっているの?」
「三日後よ」
王都と辺境はそれなりに距離がある。王子の移動ともなれば、護衛や途中での滞在の用意も含めてそれなりの準備が必要になるだろう。
三日後ということは今日にもサイラスは王都を立つということで、つまり今回の訪問はクロエが知らなかっただけで少し前には決まっていたということだ。
「あなたもそのつもりでいてちょうだいね」
「はい、わかりました」
母にはそう答えたものの、クロエは自分の気持ちが塞いでいくのを感じていた。
(殿下がいらっしゃるのなら、今のようなドレスというわけにはいかないわ。背中が隠れるちゃんとしたドレスなんてあったかしら……)
今クロエが身につけているのは、貴族の令嬢としてはかなり簡易的なものだった。
一般的に好まれるドレスというのは、上半身は体に添い、ウエストがくびれていて腰回りから膨らむような、そういったドレスだ。
デコルテや背中の美しさは賛美されることが多く、令嬢たちははしたなくならない程度に肌を見せるものだった。
しかしクロエは怪我をして以降、いわゆる令嬢らしいドレスは着ていなかった。
その方が体も楽だったからだ。
元々辺境という地もあり、王都のご令嬢がこぞって着るような華美なドレスはあまり好んでいなかったせいもある。
ドレスの布地や宝石が多ければそれだけ動きにくくなるためだ。
それでも、狩猟祭のように他の貴族を迎える時には王都の流行に合わせたドレスを身につけるし、ましてや今回のように王子を迎えるともなればご令嬢らしいドレスが必要となるだろう。
(後でサラと相談しなくては)
そう思いながらも、母も事情はわかっているだろうし、あえて新しいドレスを仕立てなかったことからも手持ちのドレスで問題ないということだろうと当たりをつける。
「では今からドレスを選ぶことにします」
「そうね、何か困ったことがあれば相談しなさい」
そう言って、母とのお茶会を終わらせると、クロエはさっそく自身の衣装部屋に直行したのだった。
「サラ、なるべく背中の隠れるドレスだと、どんな物があったかしら?」
クロエの希望に、サラはすぐに応える。
「こちらとこちらがよろしいのではないかと思います」
サラが選んだのは、温かみのあるオレンジ色のドレスと、可愛らしいサーモンピンクのドレスだった。どちらも背中が他のドレスよりも覆われている物であり、サラがクロエの意図をきちんと汲み取っていることがわかる。
「うん、どちらもいいわね」
「一度着てみますか?」
サラの言葉に、クロエは一瞬迷った。
怪我をして以降、クロエは着替えの時間が苦手だ。
令嬢のドレスというのは一人で着ることが難しい。そのため必ず侍女の手を借りる必要がある。また、ドレスを着るための部屋には姿見が置いてあり、クロエは毎回嫌でも現実に直面しなければならなかった。
それでも、クロエには専属侍女として幼い頃から一緒に過ごしてきたサラがいて、彼女がいつでもクロエのために心を砕いてくれていることがわかっているから耐えられるのだろう。
「そうね、着た感じを見た方が良いと思うわ」
クロエの返答に、サラはすぐに準備に取りかかる。
衣装部屋は侍女であれば出入りが許されているため、場合によっては他の侍女が用事で入ってくることがあった。
たいていの貴族令嬢であれば侍女が自分の周りにいても気にしないものだが、クロエの場合はそういう訳にはいかない。
クロエは、自分の体をサラ以外に見られるのが嫌だった。
だからサラはすぐに部屋に鍵をかけ、誰も入ってこられないようにしてからクロエの着替えの手伝いを始めたのだった。
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