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【第一部完結】辺境の令嬢は王子の愛を求めない  作者: 神宮寺 あおい


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ヒューゴの帰郷

 クロエが母の部屋まで来たのには訳がある。


 辺境城の三階、無骨な石造りの城の中にあって、母の部屋はいつでも女性らしさに溢れていた。

 同じ城の中とは思えないくらいに扉を開けたその先は華やかだ。


「お母さま、今度ヒューゴ兄さまが帰って来るそうよ」


 今朝『鷹』が届けてくれた情報をクロエは母と共有する。

 椅子に座ってのんびりと刺繍に勤しんでいた母は、顔を上げると首を傾げるようにして言った。


「このタイミングで? しばらくは帰れないのではなかったの?」


 たしかに、少し前に帰ってきた時にヒューゴは当面の間辺境領に来ることはできないと言っていたはずだ。


「相談したいことがあるとしか書いてなかったから詳しいことはわからないわ。でもわざわざここまで来るくらいだもの。よほどのことがあるのでしょう」


 次兄のヒューゴは王都の学園を卒業した後に王太子であるアンセルの近衛騎士になった。

 二人は同じ年で学園でも仲良くしていたようだから、アンセルとしては側近として兄をそばに置きたかったのだろう。


(それに、ヒューゴ兄さまは嘘のない人。虚実入り混じる王宮の中で、信用できる人がそばにいればアンセル殿下も安心でしょう)


 そこまで考えたところで、クロエは思い出さないようにしている人の面影が脳裏に過ぎりそうで頭を振った。


 十年前のあの頃、あの人のことを思わなかった日はない。しかしそれも月日が経つにつれ薄れていき、今では思い出の一つになったと思う。


(それでも、今あの人がどうしているのかを知るのは怖いわ……)


 風の便りで、彼が学園を卒業し王宮でアンセルの仕事を手伝っていることは知っている。

 

(そして、いまだに結婚どころか婚約者すらいないことも)


 でもそれは国中のみんなが知っていることだ。


 ヒューゴが領地へ帰ってきた時にあの人の近況を伝えようとしてくれたけれど、クロエはそれをことごとく避けてきた。

 何度もそんなやり取りを繰り返す内に、ヒューゴもクロエが話を聞くつもりがないことを理解したのだろう。ここ数年は話題に出すこともなくなっている。


(今回もきっと大丈夫よね)


 しかしそんなことを思ってしまうあたり、いまだにあの人の存在が自分の中で大きいということを、クロエは認めたくはなかった。


♢♢♢


『鷹』からの知らせを受けた翌日、ヒューゴは早々に領地へと帰郷した。


「ただいま」


 そう言いながら城の中に入ってきたヒューゴはその足で司令室に顔を出す。

 

 なんとなくのざわめきが遠くの方から聞こえてきて、中にいたクロエとガルドもヒューゴがやって来たのを感じていた。


「お前は相変わらずだな」

 

 そう言ったガルドに向かってヒューゴが「え? なんで?」とでもいうような顔をする。


「いつでも騒がしいからだ」

「酷いな。これでも王宮では寡黙な護衛で通ってるんだけど」


 その発言に関してはクロエも疑いの眼差しでヒューゴを見た。


「ああ! クロエまで信じてくれないとは!」


 いかにも『傷心!』といったポーズを取るヒューゴの、いったいどこが寡黙だと言うのか。


「そういえば父上は?」

「今は巡回中だ」

「なるほど」


 ガルドの返答にヒューゴが思案げな顔をする。そんなヒューゴは珍しく、クロエはどことなく落ち着かないものを感じた。


「今日後でみんなに相談したいことがあるんだが」

「今ではダメなのか?」

「あー……まあな」


 ヒューゴはいつでも明快な答えを返す。その次兄が珍しくの口を濁したことにガルドも首を傾げていた。


 そしてその疑問の答えは、久しぶりに家族全員がそろった場で明かされることになる。


 両親と長兄のガルド、そして五年前にガルドと結婚した義姉のエレノアに、ガルドとエレノアの子でクロエの甥にあたる三歳のアイザック、そこにクロエとヒューゴが加わり、総勢七名での食事だった。


「あー……やっぱり領地の料理はうまいなー」


 そんなことをぼやくヒューゴだが、王都にはここよりも洗練された食べ物がたくさんあるはずだ。

 それでも、生まれ育った時に慣れ親しんだ味が一番なのだろうか。


 旺盛な食欲でたくさんの食事を平らげ、ヒューゴが件の相談したいことについて切り出したのは、食後のお茶が配られてからだった。


「で、いったいお前はなぜ急に帰って来たんだ? たしかしばらく戻ってこられないはずだっただろう?」


 三歳のアイザックを寝かしつけるためにエレノアが退席し、その場に残ったのは両親とガルド、そしてクロエだけだ。

 そんな中、ガルドが口火を切った。


「そうなんだよな。この前はそのつもりでいたんだが……」


 そう言いながらヒューゴは服の隠しに入れていた書類を取り出す。そしてなぜかそれをヒョイっとクロエに放った。


「……?」


 いったい何なのかと思いながら、クロエは受け取った紙を広げる。


「……クロエ・マディソンを、王太子の婚約者であるエリシア・グレースの護衛に任命する……アンセル・エスペランサ……え?」


 書かれていたことを口に出して読み上げて、クロエは最後に疑問符をつけた。


「……は? いったい、どういうこと?」


 意味がわからなかった。

 いやもちろん、その書類がアンセルからの任命書であり、『エリシア・グレース』なる人の護衛をクロエに頼みたいということはわかった。


(……というか、エリシア様っていったい誰のこと? しかも任命書がシワシワだったんだけど! ……って、これ本物の任命書よね?)


 混乱したからか、クロエは思わず心の中で突っ込みを入れてしまう。


 それにしても、ヒューゴがあまりにも雑な扱いをした書類はかなり重要な内容の書かれたものだ。


「ヒューゴ兄さま、詳しく説明してくれるわよね?」


 任命された当事者であるクロエは、ヒューゴの胸に指を突きつけると、そう言った。


♢♢♢


 そしてこの任命書をきっかけに、クロエは長らく近寄ることもなかった王都へと行くことになる。


 十年。

 クロエが最後に王都へ行ってから十年という月日が流れた。

 十歳の時のほんの一時の思い出は、いまだにあの時の苦しさをクロエの中に残している。


 任命書に導かれて、クロエが行くのは陰謀渦巻く王宮。

 

 そしてそこでクロエは再会する。

 甘く苦しい感情と、決して忘れることのできないあの人に———。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


この話は随分前から考えていたもので、結末まで決めてあります。

できればこのまま最後まで突っ走りたいところなのですが……。

しばらくの間書籍化の作業がいくつか入っておりまして、今までのようなペースで書き進めることができません(泣)

次話まで少しお時間をいただき、さらには投稿がスローペースになるかもしれませんが、必ず完結させますのでよろしければ最後までおつき合いいただけると嬉しいです。


また、少しでも続きが気になりましたら、ブックマーク登録、評価などしていただけるととても励みになります。

読んでくださる方々の反応はモチベーションに繋がりますし、がんばって続きを書こう!という気持ちになるので……。


どうぞよろしくお願いいたします。

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