オーブリー家のお茶会
その日クロエはあえてサイラスの色のドレスとアクセサリーを身につけた。
サイラスに贈られたプラチナブロンドのドレスは、上半身は体にフィットしていてウエストの部分からスカートがふんわりと広がっている。そしてデコルテと背中の部分には同色の光沢のある糸で繊細なレースが施されていた。
いつも当たり前のようにレースで首元までを覆っていたからか、もはや最近ではその形のドレスがクロエの代名詞になりそうなくらいだ。
しかも、首までとはいかないが、襟元や背中側にレースを足したドレスを着る令嬢もチラホラと増えている。
そして耳元には三連の星を模したブルーサファイアのイヤリングが、首元には同じ石がいくつも連なったネックレスをつけた。
エスコートのために迎えに来てくれたサイラスと共に、クロエは王宮の馬車でオーブリー邸へと到着する。
「ようこそいらっしゃいました」
迎え入れてくれたのはオーブリー公爵夫人とリリアンだ。
基本的にお茶会に参加できるのが母と子のみということもあり、オーブリー公の姿は見えない。
「今日は皆さまへのおもてなしをすべてリリアンに任せております。基本的にわたくしは顔を出しませんので、気楽にお楽しみいただければ幸いですわ」
以前メイソン邸で会った時の傲慢な感じは鳴りをひそめ、いかにも子どもを思う母親然としながら夫人がそう言った。
交流会からそれなりの時間が経ち、子どもたちのお茶会はだんだんと母親主催から子ども本人の主催へと変わってきている。
今回はリリアンがすべてを取り仕切っていると宣言することで、お茶会が成功すればリリアンの手腕に対する評価になるだろう。
「招待感謝する」
「ご招待いただきありがとうございます」
サイラスに続いてクロエもまた夫人とリリアンに向かって正式に挨拶をする。心の中で何を思っていようとも、対外的な態度は重要だ。
「さあさあ、他の招待客の皆さまもいらしてますわ。どうぞこちらに」
サイラスとクロエが最後だったのだろうか。
侍従ではなくリリアンが先導し、クロエはお茶会のホールへと足を踏み入れた。
♢♢♢
お茶会は思ったよりも何事もなく進んでいる。
参加者を見回してみても、オーブリー家の家門やリリアンと親しくしている家の令嬢だけでなく、広く招待している印象だった。
(わざわざ殿下と一緒にと誘ってきたから何か起こるのではないかと思っていたけれど……考えすぎだったのかしら?)
内心落ち着かない気持ちを抱えながら、クロエは笑顔を浮かべて談笑に参加する。
そんなクロエにとって幸いなことに、今回の参加者の中にはシャーロットがいた。
以前メイソン家のお茶会に招待されて以降、クロエはシャーロットと手紙のやり取りを通して交流を持っている。
聡明なシャーロットとは話も合い、今度一緒に街へと出かけないかという話まで出ていた。
シャーロットだけでなく他のご令嬢とも交流を持っているうちに、お茶会も終盤になってくる。
予想に反してリリアンは必要以上にサイラスやクロエに絡んでくることもなく、お茶会は平和に進行していた。
今日は何事もなく終わるかもしれない。
そう思っていたクロエたちの元へ、オーブリー家の家令が近づいてくる。
そして家令はサイラスに何事かを耳打ちすると、一礼して去っていった。
「クロエ嬢、少し用事ができてしまった。私が戻るまで、ここにいてもらえるだろうか?」
サイラスの言葉に、クロエはもちろん承諾する。
「シャーロット様もいらっしゃるので、こちらでお待ちしておりますわ」
「クロエ様のことはお任せください」
なぜかシャーロットに保護者のように言われ、クロエはおかしく感じて小さく笑った。
「あら、笑うところではありませんわよ。クロエ様は大人しく見られがちですもの。余計な問題に巻き込まれないように私がしっかりと守りますわ」
「私はそんなに大人しくないわよ?」
王都ではお淑やかさを求められるから大人しくしているだけで、辺境でのクロエはかなり活発だ。
「実際のクロエ様がしっかりした方だというのはわかっていますわ。でも、基本的にどなたに対しても優しく受け答えされるでしょう? その態度を見て、与し易いと思う方が一定数いましてよ」
優しく受け答えするのは当たり前のことでは? と思わなくもないが、たしかに王都のご令嬢ははっきりとものを言う。それに比べるとクロエはおっとりして見えるのかもしれない。
「シャーロット嬢がいれば安心だな。では少しこの場を離れる」
そう言って、サイラスはホールを出て行った。
「こんな時に、いったいどんなご用事なのかしら」
呟くシャーロットに対して、クロエも心の中で同意する。
いくらサイラスが王族とはいえ、今日は子ども中心のお茶会だ。途中で連れ出すようなことがあるとは思えなかった。
そしてそれから少し時間が経った頃だろうか。
クロエが手にしていたカップの飲み物がなくなったちょうどその時、声をかけてくる令嬢がいた。
「クロエ様、ごきげんよう」
今日初めて話すからか、その令嬢は遠慮がちにそう挨拶をする。
お茶会は終盤とはいえ、主目的は他のご令嬢や令息との交流だ。
クロエはサイラスの婚約者ということもあり令息との交流を持つことはないが、令嬢であれば誰でも受け入れるようにしていた。
「ごきげんよう」
挨拶を返せば、目の前の令嬢はとある伯爵家の家名を名乗る。
(たしか王都から少し離れた場所に領地を持つ伯爵家ね。オーブリー家の家門ではなかったはずだわ)
何度も絡まれていれば、さすがにクロエもオーブリー家家門のご令嬢を警戒する。
しかし目の前のご令嬢はそういった家の者ではなく、クロエに対して敵意を持っているようにも見えなかった。
ただ少し、どことなくオドオドしているのが気になる。
そう思いながらクロエは会話を続けた。
「あの……実はクロエ様にご相談したいことがあるのですが……」
「私にですか?」
ほとんどつき合いのない令嬢からの突然のお願いにクロエも戸惑いを感じる。
「相談ごとなら親しくされているご令嬢にした方が良いのではないかと思いますが……」
「いえ、サイラス殿下の婚約者である、クロエ様にご相談したいのです」
クロエがやんわりと断ろうとしたら、なぜかすがるように令嬢がそう言った。
「わかりました。ではその内容をお話しいただいても?」
『サイラスの婚約者として』と言われれば断ることもできず、いぶかしく思いながらもクロエは話を促す。
「えっと……この場でお話しするのはちょっと……ホールの外ではダメですか?」
「え?」
予想外のことを言われ、クロエの口から思わず声が出た。
(殿下にはここから動かないように言われているし、どうしようかしら……)
「クロエ様はここで殿下をお待ちになっているのよ。ホールから出ることはできないわ」
困惑するクロエの横から、シャーロットがそう答える。
「どうか、お願いできませんか?」
シャーロットの声が聞こえているはずの令嬢は、それでも再度言葉を重ねる。その様子にただならぬものを感じて、クロエはどうした良いのか悩んだ。
そんなクロエのことをどう思ったのか、令嬢がさらに一歩近づいてくる。
そしてクロエにしか聞こえないような声で言った。
「サイラス殿下に関することなのです。私は知ってはいけない秘密を知ってしまったのですわ。だからどうか、私の話を聞いてください」
切羽詰まったようなその声が、クロエの耳の奥に響く。
(殿下の……秘密?)
その言葉がクロエの心を引っ掻いた。
「わかりましたわ。お話をうかがいましょう」
だから、そう答える。
「クロエ様⁉︎」
「大丈夫よ。話を聞いたらすぐに戻ってくるから」
少し慌てたように問いかけるシャーロットにそう言って、クロエは令嬢と共にホールの外へと歩き始めたのだった。
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