消えても生まれたシャボン玉
“…郎、久須郎、起きて。”
…ん?眩しい…。誰だ?俺の名前を呼んでるの…。知らないっての、俺はこんな声は…。
声のする方を向くと、眩しくて目が上手く開けられない。これではまるで人間界にあった太陽を見ているようだっての…。
“久須郎…やっと会えたね…ごめんね…ごめんね…。”
「誰だ…?」
「あなたを生んですぐに一人にして…寂しい思いをさせて本当にごめんなさい」
「…………え?」
「今更あなたに母親だなんて名乗れるとも思ってないわ…。でも、どうしてもこれだけは伝えたくて…」
「……………………俺の母さん、なのか?」
眩しくて顔は良く見えない。でも、この包まれるように暖かくて、明るくて、優しい光…本当にどこか懐かしい太陽みたいだ。
「久須郎…私ね、ずっとあなたのこと、上の世界から見てた。随分と辛い思いをしたのね、ごめんね。よく頑張ったね。久須郎、みんなはあなたを怖いと非難したけど私は知ってるよ。あなたは強くて優しくて、ちょっと目立ちたがり屋の…普通の男の子」
「…!」
「久須郎…生まれてきてくれて、本当にありがとう」
「…………………………………………母、さん。」
生暖かいものが、俺の蛇だと恐れられた眼から何本も流れていくのを感じる。
「それだけは伝えたくて…あなたの精神世界にまできてしまった…。…ごめんね。もう行かなきゃだね」
俺の心の中で色々なものが、浄化していくのを感じる。
待って…、
「待って母さん!待ってくれ…!待って!俺、本当はただ…みんなに認めてもらいたかった、そうやって言ってもらいたかっただけなんだっての…!」
母さんの身体が…光が、どんどん薄く、遠ざかってく。待ってくれ。今度こそもう、俺を置いて行かないでくれ。また俺を一人にしないでくれ…。
「あなたはもう一人じゃない…。あなたを助けてくれる人が、光があるでしょ?すぐそこに」
「え?」
「今度は、その手でちゃんと掴んでね…。ずっと天国から、見守ってるよ」
「母さん!」
パン、シャボン玉が弾けるように、母さんの姿が消えた。最後にはっきりと見えた母さんの眼は、俺と同じ蛇のような____優しい眼だった。
:
…………………………眩しい。…あれ?母さんは消えてしまったはずなのに、どうしてまだ、この太陽の光だけが____…。
「久須郎!」
嗅ぎ慣れた血の匂いと、慣れていない消毒液の匂いが、俺の鼻をツンと刺した。定まらない視界をゆっくりと開けていくと、さっきと同じ、眩しい太陽の光。そして目に飛び込んできたのは、俺が殺そうとした重罪人の囚人、風篠さくらの顔。耳には俺の名を呼ぶこの女の声。
「…何で、お前が太陽を…」
「ひぃいっ!しゃ、喋りましたぁあ!こ、殺されませんよね!?僕たちまた殺されませんよねぇえ!?」
「ちょっと!しっかりしな団寿!大丈夫だから!」
「ひぃいいいっ!」
「おい紫太夫…何かお前に一番ビビってねぇか?この看守」
……………………何だ?どういう状況だこれは?俺の身体が包帯でぐるぐる巻きになってるのはまだいい。それをしているのが、俺が殺そうとした囚人達と、医者を名乗ってた看守だと?しかも動物園のようにぎゃぁぎゃぁと騒いでるっての…。俺は百鬼に斬られて死んだんじゃなかったのか?
「あ、英雄!久須郎が固まった!私の顔見て太陽が何ちゃらとか言ったまま固まったぁあ!もしかして私の眼も蛇みたいに見たものを石にする能力が開花して…!?」
「んなわけあるかアホ女!もう一回起こせ!一命は取り留めたはずだ!」
一命は取り留めた…?いや、だから…、
「一体どういう状況だってのぉおこれ!?」
「ひぃいいいいいっ!お許しをぉ久須郎様…!」
勢いよく起き上がると、医者の看守は猫のように跳ね上がって風篠さくらの後ろに身を隠した。風篠さくらからは何で明らかにごつい英雄じゃなくて私を盾にするんだよと怒られていた。辺りを見渡すと、驚くことにあの百鬼までもが、壁に背中をもたれさせて腕組みをし、この場にいる。
「何で、お前らが俺の手当てなんてしてんだっての…!?俺はさっき百鬼に斬られて…お前ら敵をやっつけたんだぞ!?放っておくっての普通!」
「ひ、ひぃ、それはさくらさんが、早く手当しろって…」
「あぁあ!?何だと!?何故だ風篠さくら!!」
「あ、あぁ、く、久須郎様、重症なのであまり叫ばれないでくださ…、」
「うるせぇっての!」
「ひぃいいいっ!」
俺の言葉に、風篠さくらは俺の眼を真っ直ぐ見据えて、口を開いた。
「…泣いてたから」
「……………………はっ?」
「あんたが百鬼に斬られて意識を失ってた時、何故か泣いてたから」
「それ……だけ、だと?」
「しいて言うなら、あんたが純粋に涙を流す、普通の男の子に見えたから」
「…おかしいだろ…俺はお前らを殺そうとしたんだっての…」
「普通の男の子を見殺しにしろっていう方が普通でいられないよ」
何なんだ…?正気かこいつら…。俺が復活したら、また命を狙うかもしれねぇんだぞ?俺はお前たちを斬ったんだぞ?
“あなたはもう一人じゃない…。あなたを助けてくれる人が、光があるでしょ?すぐそこに”
「!!」
母さんの言葉が、蘇る。
「それにもしまた私達を殺そうとするなら、きっとまた百鬼が助けてくれる」
風篠さくらは強い表情でそう言った。
_________太陽。ここにあったのか。この女、やっぱり瞳に…心に、太陽をもってやがる。強くて真っ直ぐで、眩しい光。
「…調子に乗るな。助けたわけじゃないと言った。お前を虐げるため譲歩しただけだ」
「すみませんほんとに二刀は勘弁してください」
あの百鬼の顔が…和らいでる。この女…この女が、太陽の光を与えてるのか。
「…百鬼…俺は…閻魔の座を諦めたわけじゃねぇっての…だけど次お前に挑むときは…正々堂々お前を狙いに行く。今の俺とは比べものにならないくらい、強くなってるっての、絶対」
「……………命拾いしたのは偶然だ、蛇小僧。決して俺は生かそうとしたわけじゃない。次も全力で首を斬りに行く」
「負けねぇっての…。俺はもう、ちゃんと知ったから」
「…?」
一人じゃないってことを。光を。まさかこんな気持ちになるなんて、思ってもみなかった。俺には何もない。そう思っていたが…そうじゃなかった。行く末が地獄の果てだとしても、俺はもう、前を向いて行ける気がする。最強の俺が認めるのは悔しいが…この重罪人の女、母さんのような強さをもってるっての。その光に救われた。
なぁ母さん…………俺を、生んでくれてありがとう。
風篠さくら…………俺を救ってくれて、ありがとう。




