因縁の対決
驚くほど、勝負は一瞬だった。そして言葉も出ないほどその光景に圧倒された。私達が束になっても歯が立たなかった久須郎が、百鬼の前ではあんなにも呆気なく…。まるで赤子のように。
「百っ…鬼…てめぇ…!」
「…まだやるのか?」
「ったりめぇだっての…!お前は俺が殺すって、もう20年以上前から誓ってんだっての…!お前にこの上ない屈辱を受けたあの時からな…!」
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____21年前、地獄。
「おいおいおいおい、こんなもんかぁ地獄ってのはよ!針山?血の池?大したことねぇ試練ばっかり用意しやがって、こんなもんより俺は刺激的な虐殺を楽しんできたんだっての!」
当時僅か15歳の少年、久須郎は負の遺産を人間界へ生み落とした。集落民全員虐殺__…このニュースは瞬く間に世界へ広がり、人々を震撼させる。その後謎の転落死により地獄へ来た久須郎は、地獄を意ともしない。当時自分の担当番人を務めていた男までもを殺し、輪廻転生を謀った。
「ちっ…何で輪廻転生できねぇんだっての。もう一回人間界に帰って今度はもっと刺激的なスリルを味わいてぇのに…。…ん?なぁ、おい!お前番人だろ?俺を今すぐに輪廻転生させろっての!」
遠がりに見えた、黒髪着流し姿、二刀を背中に差した青年を見付け、後方から肩を掴み、強引に後ろを向かせる。
「____何だお前は?」
「っは____、」
久須郎はこの時、今まで感じたことのない感覚を味わう。頭に思い浮かべた言葉がすらすらと口から出てこないのは、初めてだった。百鬼の眼を見た途端、体が硬直してわけのわからない汗が背中を伝ったのだ。
「(何だよこれ…動けねぇ…。こいつ何者だっての…)」
「お前か…番人殺しという前代未聞の罪を犯した重罪人は」
「(怖い…?怖いなんて、この俺が思うわけねぇよな…?有り得ねぇっての…。俺は最強だ、誰よりも強い。だから皆殺しも達成した、こんな奴に怖気づくような俺じゃねぇっての…!)」
「お前には反省も何もないようだな…」
「はっ…反省?そんなもんして強くなれんのかっての…お、お前も俺に殺されたくなければ…早く俺を輪廻転生させろっての…!」
百鬼の肩を掴んでいた力を強くすると、百鬼からの殺気が大きくなる。久須郎は凍えてしまいそうになる体を必死に誤魔化して、百鬼からの言葉を待った。
「…残念だ。弱さ故に自分の力を過信し、身の丈に合わぬ相手に喧嘩を仕掛け散っていく…」
「っな、何だとっ…!」
「お前に輪廻転生する価値などない」
シュバッ……!
…動けなかった。一瞬だった。久須郎の首が、飛ぶ。派手に血飛沫が飛び散って地面に落ちた首が、ゴン、と嫌な音を立てた。
「…地獄の住人となり、終わらない闇を彷徨え。お前の咎だ」
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「そう、あの時…あの時お前は俺の輪廻転生の権利を永久に奪った…!最強だった俺を、一生この薄汚い地獄に閉じ込めた…!俺はお前が憎くて仕方ねぇんだっての…!殺したくて殺したくて、閻魔になってお前を無残に弄り殺してやろうと思ってんだよ!!」
久須郎は血管が切れるほどの怒号を鳴らしている。久須郎を地獄から出られないようにしたのは、どうやら百鬼だったようだ。
「…お前のような奴は何度地獄に落とされても変わらないな」
「黙れっての!死ね百鬼!!」
「…己の咎から逃げようとするクズに、輪廻転生する価値などない」
後ろから襲い掛かった久須郎の頭からつま先まで、中心一直線に太刀が入る。吹き出した久須郎の血が、再び宙を舞った。
「…俺も、お前も」
百鬼が最後に付け足した言葉が、私には妙に立体的に聞こえた。
:
…まただ。また、勝てなかった…こいつに…この最強と呼ばれる本物の鬼に…。最強は俺…俺なのに…。俺が閻魔になれば、俺が最強だと証明される…こんな奴よりも、俺が最強だって証明されるのに…。
(_____ねぇ、あの子よ、ほら。あの蛇みたいに目つきの悪い子…)
(やだ…こっち睨んでるんじゃない?怖いったらありゃしないわ…)
(何でこの集落にあんな不気味な子__)
…何だ?これは…人間界での、記憶?
(この集落の恥だわ)
あぁ、そうか。そうだった。俺は都心から離れた集落に生み落とされた。母は俺を生んですぐに死んでしまったらしい。だから顔も名前も知らない。俺を育ててくれたのはじいちゃんだ。だが俺が物心ついた頃に病気で死んでしまった。俺はそれからずっと一人で生きてきた。集落の奴らは、俺のことを蛇と言って不気味がり、阻害した。
俺は何も悪いことをしてないのに。ただ、生まれてきただけなのに。どうして誰も俺を見てくれない、どうして誰も認めようとしてくれない。忌々しい。俺がもっと強ければ…もっともっと強ければ、こいつら全員に俺の存在価値を知らしめられるのに。俺は生まれてきてよかった人間だと、証明できるのに____。
(…あんな子、いなくなればいいのに)
その剣が、俺の胸を射抜いた瞬間を、俺はまだ覚えていた。気が付いたら俺の右手には、血塗られた真っ赤な鈍器が握られていた。そして足元には血の海と、いくつもの屍。それを自分がやったのだと認識した時には、俺の心にはいくつもの感情が渦巻いていた。
多くの人間の命を奪ったというただならぬ背徳感、自分の力が最強だと証明できた高揚感、そして何故か、喋らなくなった屍からの言葉を待つ、根絶感…。
でも、もうない。俺にはもう何も。いや…もともと俺には何もなかったんだ。親も兄弟も、友達も普通の生活も、恋も、友情も、愛情も…結局何も得られずに永遠の暗がりへ行くのか。本心を言うなら…もう一度生まれ変わりたかった。今度は普通の生活をして、普通の恋をして、普通に強い心をもって…普通に、みんなから好かれて。みんなから認められて…。
…俺は________…。




